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真直の嫁入り  作者: 鳥柄ささみ


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第三十六話 モヤモヤ

 夕食を終え、入浴を終えるも、清水医師の動きは今のところない。

 相変わらず人好きしそうな表情で接しているため、誰も彼のことを疑っている様子はまるでなかった。


 悪意も今のところなりを潜めていて、それが余計に気になるところではあるけれど、もう就寝時間。

 そのため、このあとどうしようかと考えあぐねているときだった。


「真直さん、どうしたの? 今日はずっと難しい顔をしているけど」

「え? あっ、申し訳ありません」


 有馬様に指摘されて、そこで初めて自分が険しい顔をしていたことに気づく。自分では平静を装っていたけれど、どうやら有馬様には気づかれていたようだ。


「清水医師のことが気になるの?」

「っ! い、いえ……別に……」

「そうやって隠さないで本当のことを言っていいよ。先日病院を行ったときもそうだけど、どうも真直さんは清水医師が関わるといつもと雰囲気が違う気がする」

「そ、れは……」


 思わず言い淀む。

 有馬様にこう指摘されているということは、それくらい気になるということ。下手に隠し立てしたところで、隠しきれないのは目に見えているだろう。

 下手な言い訳をしたところで余計に有馬様の不信感を募らせるだけだと、私は「そう、ですね」と渋々ながら認めた。


「どうして?」

「どうしても、清水医師の言動が気になってしまって」

「そう? まぁ、あのように怒鳴られたらそう思ってしまうのもわからなくはないけどね。……でも、普段は穏やかな方だよ。あのときも虫の居どころが悪かったんじゃないかな?」

「そう、でしょうか……」


 共感してもらえたことを内心喜んだのも束の間、有馬様の清水医師の肩を持つような発言に意気消沈する。

 元々付き合いの長さで言ったらどう考えてもあちらのほうが長い。

 そのため、新参者の私がいくら不信感を抱いているといっても理解してはもらえないだろうことも理解していた。


 けれど、やっぱり悲しい。


 現実的な面でそう理解しているとはいえ、やはり気持ちとしては有馬様に妻として信用してもらえないというのは悲しかった。

 かと言って、人の悪意が聞こえるだなんて言えるはずもなく、私は有馬様にこれ以上何も言えなかった。


「真直さんは気遣いをしてしまう傾向にあるから気になってしまうのかもしれないけど、気にしすぎるのもよくないよ。清水医師も明日にはお帰りになるんだから、今日はもう早く寝よう」

「そう、ですね……」


 頷くも、まだモヤモヤは消えない。

 このまま放っておいていいのだろうかという懸念を抱くも、有馬様にやはりこれ以上何かを進言する勇気は私にはなかった。


「ほら、じゃあ寝るよ。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 布団に潜り込むと、有馬様がランプの灯りを消してくださる。

 すると、一瞬で室内は暗闇に溶け込んだ。

 隣で衣擦れの音がするのを感じながら、私は静かに何も発することなく目を閉じる。


 悪意は今のところ聞こえない。

 ただ、虫の声だけが聞こえていた。



 ◇



(……やっぱり、このまま眠れない)


 どうしても清水医師の悪意が気になってしまって目を開く。ずっと目を凝らしているとだんだんと目が慣れ、夜目が効くようになってきた。


「有馬様……起きてますか?」


 小さな声で呼びかけたあと隣の気配を伺うと、有馬様は既に就寝なさったようで反応はない。

 先に寝てくださったことにホッとしつつ、私は行動を起こすことに決めた。


(有馬様には頼れない。だったら、私が何とかしないと)


 杞憂なら杞憂でそれでいい。

 全部私の気にしすぎだったいうことで謝ればいい。


 のそのそと有馬様を起こさないように意識して布団から出る。

 そして、ゆっくりと目を閉じて清水医師の気配を探った。


 まだ悪意は聞こえない。


 このまま夜が明けるまで、とにかく何もなければそれでいいと徹夜覚悟で一人起きていようと思ったそのときだった。


 __よし、寝静まったな。行動するにはいい頃合いだろう。


 不意に、悪意が流れ込んでくる。

 慌てて枕時計をよくよく見て確認すると丑三つ時。こんな時間に清水医師は一体何をするつもりだと、緊張感が走る。


(家人が寝入ったことをいい頃合いだと評する悪意……何をするつもりかわからないけど、防がないと!)


 私が感じるのは悪意のみ。

 ここまま放っておけば、確実に何かよからぬことをされてしまう。


 私は足音を立てず、有馬様を起こさないよう慎重に部屋を出る。ゆっくりと、まずは清水医師が移動したことを確かめようと客間に向かえば、そこは襖が開いたままもぬけの殻になっていた。


(やっぱりいない……!)


 どこに行ったのか、暗がりの中を月の光を頼りに歩く。

 清水医師はどこに行ったのか、心当たりは全くない。

 だが、この時間、寝静まった頃合いを見計らって行動するという状況から鑑みると、恐らく何か小細工でもするつもりなのかもしれないと、私は必死に悪意を追うため意識を集中させながら歩いた。


(どこ……どこにいるの……?)


 __くそっ、ここでもない。台所はどこだ?


(台所……!)


 流れてきた悪意に、慌てて踵を返す。

 何の用事があって台所を探しているかは不明だが、とにかく清水医師は台所に用事があるということだろう。

 私はすぐさま足音を立ててバレないように気をつけながら、足早に台所へと向かった。


(いた……!)


 台所に続く廊下の先にいる清水医師。

 私は気づかれないように、影に隠れながら闇夜に紛れて息を殺した。


「はぁ、やっと見つけた。ここが台所か。……全く、無駄に広くて嫌になる。金持ちのくせに田舎臭いし、虫の気配はするしで本当にここは最悪だな。さっさとやることやってとっとととんずらしたいぜ」


 人の気配がないからか、ぶつぶつと不満の声を漏らしながら台所へと入っていく清水医師。

 そのうしろからバレないように忍び足であとを追う。


(何をするつもり……?)


 こっそり隙間から台所を覗く。

 清水医師は何かを探しているようで、台所の中をうろうろと動き回っていた。


(何を探してるのかしら。いっそ、ここで何をしているか尋ねてみたほうが……いえ、ダメだわ。今ここで聞いたところで、誤魔化されてしまったら意味がない)


 目的がわからない状態で下手に咎めてしまったら、きっと証拠もなくうやむやになってしまうだろう。ここで確たる証拠を確認して、今後一切千金楽家に手出しできないようにしなければと、ジッと私は清水医師の動向を見守った。


「これか、水がめは」


(水がめ? 喉が渇いていた……わけじゃないだろうし、水がめをどうする気……?)


 水がめの中には井戸から汲み上げた飲料水しか入っていない。飲み水は部屋に用意してあるし、一体水がめに何をする気かと様子を伺っていると、清水医師は何やらゴソゴソと懐を漁り始めた。


「よし、これに毒を入れれば……」


(毒……!?)


 清水医師の聞き捨てならない言葉に反応する。

 そして、毒を入れられる前に動かなければと、私は何も考えずに台所の中に突入した。

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