6.総督府
宇宙港から10km程離れた郊外の小高い丘の上に帝国駐アブロリモーゼ総督府は建っていた。丘の周りを高い塀でぐるっと囲んだ広大な敷地になっており、総督府の裏、北側には大きな川が流れている。そのため接近路は総督府正面に限られている。総督府本館の上には巨大な帝国国旗がはためき、正面の頑丈そうな鋼鉄の扉は固く閉じている。
バルツァーら第一大隊が空港に降り立ってからここに来るまでに約1時間半が経過している。さすがに総督府の方でも状況を理解し、防戦準備を整えているようだ。事前の情報では総督府に常駐している警備兵は400~500人、それにここから60㎞程離れた駐屯地には1個師団、約1万人が駐留しているはずだ。ぐずぐずしていると数時間後にはその部隊が駆けつけてきてしまうだろう。バルツァーは意を決し、用意してきた拡声器を取り出した。
「え~、え~、帝国総督府の諸君、我々はテラフォード軍である。本日、我々テラフォード艦隊はこのアブロリモーゼ宙域の制宙権を確保した。繰り返す、え~、我々は制宙権を確保している。無駄な抵抗はやめ、直ちに開門されたい。そうすれば総督以下、皆さんの安全はこのテラフォード陸軍大佐、マンフリート・フォン・バルツァーの名において保障する。え~、直ちに開門を・・・」
間の抜けたバルツァーの呼びかけに部下たちがくすくす笑い出したその瞬間、乾いた銃声がして1人の兵士がよろよろと倒れる。
「伏せろ!」
慌てて兵士達が林の中で散開する。倒れた兵士もすぐに起き上がり、岩の後ろに飛び込む。新開発のアーマードスーツのおかげで命拾いしたようだ。このアーマードスーツも、急なアブロリモーゼ侵攻作戦決定のため、第一大隊300名分しか用意できていない。残りの兵士達は仕方なく、警察のSAT用の軽防護スーツを着用している。
「ふうむ、どうも奴さんたち、やる気満々だな」
バルツァーが顎を撫でまわすと、副官のソンバルト中尉がカラカラと笑う。
「きっと大佐の演説が彼らの闘争心に火を点けたんでしょう」
「まあな、ちょっと上手すぎて嫉妬させたかな。仕方ない。第一IFV分隊、あの正門をぶち壊せ。第二分隊はあの4隅の塔、あそこに狙撃兵がいる。制圧しろ」
ダダダダダッ、ワイルドキャット4台が正門を囲むように半円形を作り、35㎜砲が正門の扉に向かって集中砲火を浴びせる。残りのIFVは指定された塔に向かって散開すると、同じく激しい銃撃を浴びせ始めた。
「撃ち方やめ」
耳をつんざくような轟音が静まり、もうもうと上がった硝煙が晴れると、ひしゃげた正門の扉が内側にねじれ曲がっているのが見えた。四方に立っていた塔ももうもうと煙を上げながら半分崩れ落ちている。
バルツァーが一番近くのIFVに近寄り、後部ハッチを叩くと内部から開く。「行くぞ」バルツァーに続いてソンバルトと10人の兵士が乗り込むと、ワイルドキャットはハッチを開けたままうなりを上げて正門に突進する。他のIFVが続き、さらにその後に大隊の兵士達が駆け足で従った。
バルツァーが乗ったIFVが体当たりで扉の残骸を吹き飛ばすと、そこは広い中庭になっていた。三方を総督府の建物が取り囲んでいる。IFVが中庭に侵入するとそれを待っていたように全ての建物から激しい銃撃が浴びせられる。IFVの中にいるとまるで雹や霰が激しく叩きつけているようだ。
8台のIFVは今度はバルツァー車を頂点に扇形を作り、三方の建物に銃撃を浴びせる。それが20分程も続いただろうか。やがて敵側から応戦の音が聞こえなくなった。
「突入!」バルツァーの指示に、IFVの後ろや門の外で待機していた兵士達が小隊ごとに分かれ左右の建物に突進していく。兵士達は建物の入口にたどり着くと壁に張り付くように散開した。先頭の小隊長が既に扉が崩れ落ちた入口から中に手榴弾を投げ込む。轟音とともに中からもうもうと煙が吐き出される。煙が収まり、しばらく中を窺っていた小隊長が顔を上げ、Go!Go!というふうに手を振ると、隊員たちが中に飛び込んでいく。
「俺たちも行こうか」
バルツァーがそう言ってIFVの後部から降りるとソンバルト達が後に続いた。バルツァーは正面の本館建物に到着すると既に待機していた小隊の隊長に頷く。他の建物と同じように、小隊長の手榴弾攻撃に続いて兵士達が飛び込んでいく。
扉をくぐってバルツァーが中に入っていくと、玄関ホールの中は静まり返っていた。ホール内のあちこちで崩れた本棚やテーブルが煙を上げている。床に割れた壺や皿、額縁に入った絵等が散乱する中、小隊の兵士達が扇状に散開し銃を構えている。と、バルツァーの視線の片隅にちらっと人影のようなものが映った。
「伏せろ!」バルツァーが隣の兵士の襟首をつかんで床に引きずり倒すと同時に、乾いた銃声が響き、後ろの壁に銃弾がめり込んだ。すぐに他の兵士達が応戦し、中二階のバルコニーでうめき声とともに人影が崩れ落ちるのがみえた。
「第一分隊は1階を捜索しろ。他の分隊は俺についてこい。油断するなよ」
小隊長がきびきびと命令を下す。バルツァーは小隊長とともに正面階段を昇り始めた。中二階に上がり廊下を進んでいくと、ためらうように左右の扉が開き銃が投げ出される。「手を挙げて出てこい」小隊長が銃を構えたまま帝国公用語で叫ぶと、怯えた顔の兵士達が手を挙げたままぞろぞろと出てきた。みんな驚くほど若い。
中二階と二階の捜索を小隊長に任せ、バルツァーは副官のソンバルトと10人の兵士を連れて三階に昇った。事前の情報ではここが総督室のはずである。三階に着くと、秘書のものらしい机の上に書類が散乱している。その先の頑丈そうな扉は固く閉まっていた。
「撃ち抜きますか?」
兵士の一人が携帯式無反動砲を掲げてみせる。バルツァーはにやりと笑って首を振った。
「景気よくいきたいところだが、やめとけ。衝撃で総督閣下が心臓麻痺でも起こしたら困る」
「とはいっても、こうした公館長の執務室っていうのは少々の爆弾攻撃にも耐えるし、数日間は立て籠もることができるようになってるらしいですよ。中には水や食料、トイレもあるとかで」副官のソンバルトが言う。数時間後には敵の師団がここに到着してしまう。下手をすると袋のネズミになるのはこちらの方だ。バルツァーは腕を組んで考えこんだ。
「東館、制圧終了」「西館も制圧終了しました」ヘルメットの通信機に続々と報告が入ってくる。「マイアー大隊長とA中隊、工兵中隊、現着しました」
その通信を聞いた途端、バルツァーは腕を組んだままにやりと笑い、ソンバルトは背中に悪寒が走るのを感じた。ソンバルトの経験から言って、連隊長のこの凶悪な笑顔はそれこそとびきりの悪事を思いついた時のものだ。
「トイレがあるって言ったよな?」話がみえず、ソンバルトは戸惑った顔で頷く。
「よし、工兵中隊長、総督室まで来い。今すぐにだ」
1時間後、固く閉まっていた総督室の扉が薄く開き、中から白いシーツのようなものが差し出された。どうやら降伏の白旗のつもりらしい。同時に扉から凄まじい悪臭が噴き出し、バルツァーの部下たちは慌ててヘルメットのバイザーを下ろした。
部下の1人が扉を力任せに引くと、小太りの男が涙目で鼻を押さえ、激しく咳き込みながらよろよろと出てきた。どうやらこの男が帝国のアブロリモーゼ総督らしい。バルツァーは(臭いので)ヘルメットのバイザーを下ろしたまま、帝国公用語で話しかける。
「初めまして。失礼ですがルター総督閣下であられますか?」
激しく頷きここから早く連れ出してくれと懇願する総督だったが、バルツァーはその腕をがっちりと掴み、首を横に振る。
「閣下に帝国軍アブロリモーゼ駐留師団への停戦・武装解除命令を出していただくのが先です」
後に、ウォラフソンがバルツァーにどうやって総督室を攻略したのか尋ねた時、バルツァーはただにやりと笑ってこう答えたものである。
「密閉性の高い部屋、唯一外界と繋がっているトイレ、工兵、そして便意を催した300人の兵隊さ」
それを聞いてウォラフソンが帝国の総督に心底同情したのは言うまでもない。またこの後、第442連隊の兵士達が他の部隊の連中と話す時、部隊長の話になると決まって得意げに言うセリフがあった。
「ウチの部隊長はさ、ほら、クソ野郎だから」
もちろん深甚なる敬意を込めてのことである。
とにもかくにも、アブロリモーゼ侵攻作戦はこうして終了した。テラフォード側の損害は軌道宇宙港を制圧時に警備兵との銃撃戦で陸戦隊兵士5名、地上の総督府攻略戦で第442連隊戦闘団の兵士が12名負傷したのみで、死者はいなかった。
アブロリモーゼ自治体協議会は、テラフォード艦隊による制宙権確保が明らかになった時点で降伏声明を出したが、その後混乱から立ち直ると当然のことながら厳しい抗議声明を出した。この件に関しては、明日にもテラフォード陸軍第一遠征師団とともに外務省政務官が来訪し、アブロリモーゼ自治体協議会に対し説明とテラフォードへの帰順を説得する予定である。




