14.ふさわしくない男
午後7時、ボルトハーゲン艦隊本隊と諸侯艦隊は全面攻勢を続けている。両艦隊は約2,500隻の戦列艦部隊を入れ替わり立ち替わり突撃させ何とか戦線を突破しようとしているが、その攻勢の正面に立ったペレイラ戦隊はランサック少将の本隊とエスカルティン戦隊の砲艦1,000隻の支援を受け、何とか持ち堪えている。その隣で、ボナール戦隊は5つに分けた部隊を巧みに動かしつつ、ボルトハーゲンがペレイラの側面を衝こうと繰り出す迂回部隊を選択的に集中攻撃し、ボルトハーゲン艦隊が前に出る勢いを削いでいる。一方、ボルトハーゲン艦隊の右側にいるナルヴィク艦隊の動きは不活発で、正面のロンズデール戦隊との間で遠距離砲戦に終始している。
「ナルヴィクは何をしている! もっと前に出て敵に圧力をかけよ!」
先程からボルトハーゲンは怒鳴り散らしているが、ナルヴィク艦隊に応じる気配はない。彼は焦っていた。左翼方面ではホルスト艦隊の背後を衝いた2個戦隊2,500隻が側面に進出しつつあり、さらにその後ろでは敵右翼艦隊が補給と再編成を始めている。その方面にはシュベルツドルフ艦隊を配置しているが、いつまで持ち堪えられるか不安だった。
「空宙機動歩兵部隊、準備完了。いつでも出撃可能です」
ランヌはスクリーンに現れた男を見上げた。オットー・フォン・フェスター少佐が船外戦闘用のスーツを着込み、ヘルメットのバイザーを上げた状態でこちらを見つめている。
「よし、手筈通りこちらで敵要塞の地表を制圧する。合図があり次第、突入せよ。中の状況を逐次連絡するのを忘れるなよ」
はっ、フェスターは敬礼するとすぐに背を向け、手を振る。その合図で彼の部下達は空宙機動艇に搭乗し始めた。ランヌ率いるラパス級突撃艦戦隊はフェルゼン要塞に接近すると、直ちに大型レーザー砲で要塞の地表に多数設置された対空砲群を攻撃し始めた。要塞に設置されている荷電粒子砲は前面にしか向いておらず、側面から接近したランヌ戦隊は一方的な攻撃が可能だった。
ランヌ戦隊の右前方にはダヴーの高速戦列艦戦隊が布陣し、敵左翼シュベルツドルフ艦隊の襲撃に備えているが、その敵艦隊はランヌの要塞攻撃が始まっても不気味に沈黙し、距離を保ったまま静止している。
「敵対空砲の沈黙を確認!」
「よし、突破口を開け」
突撃艦から放たれたミサイルが1発、要塞の物資搬出口と思われる箇所に向けて飛んでいく。爆発。しかし装甲化された扉のようで何とか耐えたようだ。もう1発。それが爆発した後、ぱっくりと横長の穴が口を開けた。さらにもう1発のミサイルがその穴から飛び込み、数秒後に突然穴から炎と煙が噴き出して消えた。
「機動歩兵、突入!」
ランヌが叫ぶと、突撃艦側面のハッチが開き、空宙機動歩兵たちを載せた小型機動艇が次々と飛び出していく。その機動艇群が口を開けた搬出口周辺の要塞地表に取りつくと、スーツを着た歩兵達が続々と降り立ち搬出口から中に消えていった。
ボルトハーゲン星系外縁部。帝国親衛艦隊総旗艦ザーゲは首都星系ルフトヴァルデとの間を結ぶハイパー・ワープ装置に向けて高速航行を続けている。随伴するのは僅か数隻に過ぎない。ザーゲの艦橋の司令官席で、ホルストは背を丸めて座り込み、ぶつぶつと意味不明の言葉をつぶやいている。
艦橋内はしんと静まり返っている。わずか20光秒の距離を置いて敵艦隊200隻が追ってきている。いずれワープ前に減速をしなければならない。そこで敵に捕捉されるのは確実だった。
「ハイパー・ワープ装置まであと10光分です」
「殿下、そろそろ減速を始めませんと、間に合いません」
ベッケンバウアーが恐る恐る呼びかけると、はっとしたようにホルストが顔を上げ、辺りをきょろきょろ見回す。目の焦点が合っていない。
「ダメだっ! ダメだっ! スピードを上げろ! 追いつかれるぞっ!」
もはやザーゲは艦の性能上限ギリギリの秒速60,000kmで文字通り宙を飛んでいる。誰も皇帝の長男の暴走を止められぬまま、50分後、ザーゲはハイパー・ワープ装置に飛び込んで行った。
帝国時間203年3月13日午後8時を少し回った頃、首都星系ルフトヴァルデの外縁部で突如大爆発が発生した。調査の結果、水素を満載した30万トンタンカーに1隻の大型軍艦が衝突したためだと分かった。衝突の原因はワープ装置からあり得ないスピードで飛び出してきた軍艦が前方のタンカーを避けられなかったためだった。その軍艦とはもちろん、帝国親衛宇宙艦隊総旗艦ザーゲである。タンカーを含め、生存者は1人もいなかった。




