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New Space Scrolls Ⅱ-名もなき者達の詩  作者: 乃木了一
第六章 ボルトハーゲン攻防戦
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15.誰がために

午後7時40分、未だボルトハーゲン艦隊は前面の敵を突破できずにいる。その時、旗艦“ヘアツォーク”艦橋のオペレーターが叫んだ。

「要塞フェルゼンからの通信途絶、敵が管制室に突入した模様です!」

「何だって!?」

ボルトハーゲンは目を見開き、喘いだ。

「シュベルツドルフは何をしておるのだ!?」

オペレーターに命じて通信を開かせるとすぐに、シュベルツドルフ艦隊司令官ギルベルトの姿がスクリーンに現れた。

「何をやっておる、ギルベルト? 敵はフェルゼン要塞を攻撃しているぞ!」

ボルトハーゲンの詰問に、シュベルツドルフ侯爵の長男ギルベルトは肩を竦めた。

「そのようですな」

「分かっておるなら、さっさと要塞を取り返せ!」

するとギルベルトはわざとらしく鼻を鳴らし、そっぽを向いたまま吐き捨てた。

「ボルトハーゲン公、卿は何の権限があって私にそのような命令をしておるのかな?」

「権限・・・・!? 儂は副宰相、公爵だぞ!? 貴様こそ、そんな口のきき方を誰に教わった! 貴様の父と儂は・・・・」

するとギルベルトは呆れたように前を向き、ボルトハーゲンを睨みつけた。

「此度の戦の総司令官ホルスト殿下は既に戦場を離脱しておられる。現在、我に命令できる者などここには誰もおらぬはずだ。従って、我は父の命令に従って動く。父は可及的速やかに撤退せよ、と言っておる。我はその命令に従うまでだ。・・・・さらばだ、ボルトハーゲン公。達者でな。命があれば、また会おう」

画面の中で「全艦左回頭、全速前進!」そうギルベルトが叫ぶ姿を最後に通信が途切れ、シュベルツドルフ艦隊は急速回頭し、スピードを上げると戦場の彼方へ消えていった。呆然とスクリーンを眺めるボルトハーゲンにさらに追い打ちの声がかかる。

「ナルヴィク艦隊、後退!」

みると右翼のナルヴィク艦隊までもが急速後退後右回頭し、全速で戦場を離脱していく。もはやボルトハーゲンにはナルヴィク艦隊に呼びかける気力すら残っていなかった。

おのれ! おのれ! どいつもこいつも! 必ず後で目にものをみせてくれる! そう喚き散らすボルトハーゲンだったが、既に手元には3,000隻を下回る艦艇しか残っていない。何かないか、何か打つ手はないか、必死に頭をめぐらすボルトハーゲンの血走った眼に、スクリーンに映る一つの艦隊がみえた。



ニコラ・ラ・ファイエット男爵は深々と溜息をついた。つい今しがた、旗艦ヘアツォークからの通信が切れたばかりである。ボルトハーゲン公爵の命令は、ラ・ファイエット艦隊全艦をもってオクシタン艦隊本隊旗艦ジャンヌ・ダルクへの突撃を敢行せよ、というものだった。

確かにラ・ファイエット艦隊のすぐ前方にはオーベルニュの本隊が布陣している。オクシタン艦隊は既に予備戦力を全て前線に投入し、本隊約1,500隻が目の前に剥き出しの状態でいることも分かっている。その本隊を討ち取ればオクシタン軍は大混乱に陥り、この圧倒的に不利な形勢の逆転もあながち絵空事とはいえない。

しかしこちらも度重なる戦闘で消耗し、挙句に当初本隊から派遣されてきた増援部隊をボルトハーゲン艦隊支援のため取り上げられた今となっては、戦列艦約300隻にフリゲート、コルベットを合わせ、多く見積もっても600隻しか残っていない。この状態で敵本隊に突撃しても、自殺行為であることは明らかだった。ラ・ファイエットは傍らのシュピッツ幕僚長の方を向いた。

「爺、全艦を旗艦のコントロール下に置き、総員を速やかに退艦させよ」

シュピッツもやはり、古くからラ・ファイエット一族の執事長を務めながら艦隊の幕僚長を兼任してきた男である。もう70を越えている。シュピッツはラ・ファイエットの言葉に長いまつ毛の目をしばたたかせた。

「若、やはり公爵の命令に従われるので・・・・?」

「やむを得ぬ。イェーリングのように裏切り者として家名を汚す訳にはいかぬ」

ニコラの頑固さを幼い頃から知っているシュピッツは肩を竦めただけでてきぱきと命令を下し、それが済むと何事もなかったようにまたニコラの傍に立った。司令官席に立つニコラは無言でスクリーンをみつめている。しばらくして、ポツリと言った。

「爺もすぐに退艦せよ。・・・・妻と娘を頼む」

ニコラの娘は昨年11月に生まれたばかりだ。シュピッツはシャッシャッシャッ、と歯の隙間から息が抜けるような笑い声を立てた。

「若、何をおっしゃいますやら。貴方一人で600隻の艦艇を動かせるとお思いか? 爺のことなら心配いりませぬ。もう儂も70を過ぎた身じゃ。ラ・ファイエットの当主に付いていく以外、この先に何の楽しみもござらん。若奥様とローズ様のことなら心配いりませぬて。屋敷の者と、レオ様が必ず何とかしてくだいますよ」

ニコラは俯いた。その肩が震えている。「すまぬ・・・・」その耳に今度は僚艦から次々と通信が飛び込んでくる。

「コルベット第一戦隊、希望者の退艦を完了し、攻撃準備完了しました!」

「同じく第二戦隊も準備完了!」

「フリゲート第四戦隊、いつでも行けます!」

「第五戦隊も準備完了! 司令官、ご指示を!」

涙溢れる目でスクリーンに映った者達を振り仰ぐニコラの肩に、シュピッツがそっと手を置く。「さあ司令官、一花咲かせに行きましょうぞ」


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