7.寄せ集め
首都ルフトヴァルデの宇宙艦隊司令部別館幕僚本部の一室で、数名の将校達が中央の大きなテーブルの片隅に集まりひそひそ話をしている。そこから離れた窓際では、いくつかの小さなテーブルに分かれて若い将校達が20人ほど、口数も少なくそわそわした様子で座っている。こちらはどうやら士官学校を卒業したばかりの者達のようで、みんなあどけない顔立ちだ。
中央のテーブルに座っていた男達のうちの1人が不安そうに、隣の人物に話しかけた。
「ユンカース大佐、やはり、陛下がホルスト王子の皇太子即位を認めたという話は本当なのでしょうか」
「ボルトハーゲン防衛に成功した暁には、という話だろう?」
別の男が口を挟む。ユンカースと呼ばれた他より年上の男は顔を顰めた。
「副宰相閣下自身の私兵艦隊1万隻を含め、ボルトハーゲンには3万隻余の艦艇が集まっているそうだ。対してオーベルニュの艦隊は約2万隻、よもや今回はオクシタン戦役のような不覚をとることはあるまい」
「・・・・となると、我々も身の振り方を考え直した方が・・・・」
「しっ、めったなことをいうものではない。宰相閣下の耳に入ったら大変なことになるぞ」
「では、我々としてはオーベルニュの健闘を祈るしかございませんな」
不穏な囁きをたしなめることもせず、男たちは力なく笑った。男たちが座っている部屋の階下からは先程から多くの人間が立ち働く声がしている。
「騒がしいな。下で何をしているのだ?」
ユンカースの問いかけにまた別の1人が答える。
「何でも、新しい本部次長代理が機材を搬入させているとのことで・・・・」
ユンカースはふん、と鼻を鳴らした。
「次長代理? ああ、あのクリーガーとかいう平民か。オクシタンの負け戦で手柄を立てたとか言われている奴だな?」
ユンカースの辛辣な言葉に周りが追従の笑みを浮かべたその時、ガチャリと部屋の扉が開く音がして、男たちは一斉に振り返った。入ってきた若い女をみて、中央テーブルを囲んでいた男達の中で一番若い男が驚いたように声を上げる。
「エルフリーデじゃないか!」
誰だ? そう聞くユンカースに説明する。「エルフリーデ・フォン・シューマン少佐、私の士官学校の同期です」
その名前に男たちは少しざわめいた。
「シューマン? あのコルレンツのか? オクシタンに寝返ったという?」
その言葉にエルフリーデはきっとなった。
「何ですって!? 聞き捨てならないわね。私の父を侮辱したのは誰?」
「侮辱? 事実じゃないか。オクシタンと戦うこともせず武器を全て差し出したのだろう?」エルフリーデの同期というその男はせせら笑った。
「父は領民のためを思って・・・・」
「領民? そんな有象無象のために陛下のご恩顧を忘れたってかい? それで今度は娘がオクシタンのスパイとして幕僚本部に派遣されてきたというわけだ」
「ここには盗む価値のあるような軍事機密なんかないがな」ユンカースが混ぜっ返すと、男達は爆笑した。
きっと口を引き結び、わなわなと肩を震わせたエルフリーデがまた何か言おうとしたその時、また扉が開いて若い男が入ってきた。
「エル? どうした?」ディートマー・ギュンターローデ中佐である。彼はエルフリーデとテーブルの男達の険悪な雰囲気をみてすぐに状況を察したようだ。
「これはこれは、ユンカース大佐に幕僚本部の皆さんじゃないですか。あれ? 皆さんは本部長からボルトハーゲンに集結せよとの命令を受けたと伺ってましたが。こんなところで油を売っていてよろしいのですか?」
ギュンターローデの言葉にユンカースは不愉快そうに顔を顰めた。「我々はここで後方支援任務についているのだ!」
「そうですか。それはお疲れ様です。さあエル、皆さんに挨拶してこよう」
ギュンターローデはエルフリーデの肩に腕を回すと窓際に向かって歩いていく。窓際に座っていた若い将校達は、彼が高名なファーネンヴェヒター司令官ローデスブルク伯爵の長男ディートマー・ギュンターローデ中佐だと知って、全員慌てて立ち上がった。
その背中を憎々し気に睨みながら、ユンカースは吐き捨てた。
「直参だからと偉そうに。つくづく気に食わない奴だ」ユンカースはエンデポリスに領地を持つ伯爵家の出身であり、爵位でいえばローデスブルクと同格といえるが、ルフトヴァルデに発祥の地を持ち銀河帝国初代皇帝に直卒された者達を祖先とする家系は「直参家」と呼ばれて別格の扱いを受けている。ローデスブルクら八旗将の一族はその筆頭だ。
「なに、ホルスト王子がボルトハーゲン防衛に成功した暁には、真っ先に処分されるのはローデスブルクだともっぱらの噂ですよ。奴が偉そうにしていられるのもあとわずかでしょう」取り巻きの言葉にユンカースはああ、と言ってニヤリと笑った。
「そう言えば奴の父親はホルスト王子のファーネンヴェヒター出動要請を断ったそうだな」
男達がわざとらしく笑った時、また扉が開いて今度はどやどやと多数の男達が部屋に入ってきた。どちらかというと柄の悪い、場違いな印象の連中だ。
「ここかい、幕僚本部の集会室ってのは?」
先頭の恰幅の良い中年男がどら声で尋ねる。
「何だ、貴様らは?」
ユンカースの唸り声に男はじろりと彼を睨めつける。
「俺か? 俺はアンディーノ・リカイオス大佐だ。お前こそ、誰だ?」
目を細めてユンカースの幕僚章を確認すると、リカイオスと名乗った男はガハハと笑った。
「なんだ、ご同輩じゃないか。俺たちは今日からこの幕僚本部で勤務することになった者達だ。これからよろしく頼むよ、『先輩』?」
「平民風情が、気安く大佐に話しかけるんじゃない!」
ユンカースの取り巻きの1人が立ち上がって喚くと、リカイオスのすぐ隣に立つ痩せて人相の悪い男がズボンのポケットに手を突っ込んだまま目を細めて言った。
「気安く? てめえこそ、少佐風情が大佐に向かってなんて口を効きやがる。貴族の坊ちゃんは目上に対する態度も知らんのか」そういう彼は中佐の階級章を肩からだらしなくぶら下げている。
なんだと、そう言ってユンカースの取り巻き達が一斉に立ち上がると、リカイオスの周りにいた連中も「やんのか、こら」と言って殺気立つ。まあまあ、と言ってリカイオスは手を広げた。
「やめろよ、みんな。これから一緒に働く仲じゃないか」
そう言うと慌てて近づいてきたディートマーをみやった。「あんたは?」
ディートマーは立ち止まり、ぱしっと敬礼する。
「ディートマー・ギュンターローデ中佐です、大佐。宜しくお願いします」
すぐ後を追ってきたエルフリーデも同じく敬礼する。
「私はエルフリーデ・フォン・シューマン少佐です。宜しくお願いします」
するとリカイオスとその周りの連中も一斉に姿勢を正し、敬礼した。しかしすぐにリカイオスは姿勢を崩し、ニヤリと笑って後ろを振り返った。
「おい、こんな美人さんと一緒に仕事できるなんて、俺たちついてるじゃねえか」男達がどっと沸いた。
「おっ、みんな、挨拶は済んだかい?」
のんびりとした声がして、皆が声のした方をみるとクリーガーが別の入口からさらに数十人の男達を連れて入ってくるところだった。こちらの男達はみんな少しオドオドしている。
「クリーガー!・・・・『准将殿』、お久しぶりですな。また一緒に仕事ができる日がくるとはね」
来てくれて嬉しいよ、そう言いながらリカイオスの手をがっしりと握ると、クリーガーは辺りを見回して声を張った。
「みんな、揃ったかな。じゃあ、ちょっと集まってくれ。幕僚本部の新しい体制について説明する」




