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New Space Scrolls Ⅱ-名もなき者達の詩  作者: 乃木了一
第五章 それぞれの戦い
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6.兄と弟

「では、どうしても・・・・」

悲痛な面持ちでオクシタン軍幕僚本部長レオポルド・ラ・ファイエット中将は自室の通信用スクリーンに映った男の顔を見つめた。

「ああ、お前の気持ちはありがたいが、私は皇帝陛下とボルトハーゲン公から戴いた恩を仇で返すわけにはいかん」

画面に映っているのはニコラ・ラ・ファイエット男爵、レオポルドの兄だ。

「それにこの土地は、父上とお前が私に託してくれた大切なものだ。私には父上が必死に守ってきたこの男爵家を守っていく責務がある」




30数年前、帝国領第三の人口を誇るボルトハーゲンの一地方、ラ・ファイエット男爵の領内で悲惨な事件が発生した。ある家が強盗に遭い、まだ若い夫婦が犯人に惨殺されたのである。報告を受け現場に駆けつけた男爵は鍵のかかったクローゼットの中で微かな泣き声を聞き、半ば服に埋もれるようになって息も絶え絶えの乳飲み子を発見した。おそらく殺された夫婦が子供だけでも助けようとして隠したのだろう。鍵は司法解剖の結果、母親の胃の中から見つかった。

子供のいなかった男爵夫妻は幼児を引き取り、ニコラと名付けた。5年後、夫婦の間に実子であるレオポルドが産まれたが、ラ・ファイエット男爵夫妻は分け隔てなく二人に接し、二人は仲の良い兄弟として育った。その10年後、元服にあたってその事実を知らされたニコラはラ・ファイエットの名を返上しようとしたが男爵はそれを許さず、あくまでもニコラが男爵家の長男であるとの姿勢を変えなかった。レオポルドもそれを当然のことと捉え、男爵家の跡継ぎとしての修業はニコラに任せると自分は軍の幼年学校に入った。

これでラ・ファイエット家の相続問題は解決したかに思われたが、帝国暦195年の暮れにサミュエル・ラ・ファイエット男爵が交通事故で急死すると雲行きは怪しくなった。男爵が遺言書を遺さずに死去したことをいいことに、母方にあたるイェーリング子爵家がラ・ファイエット男爵家の相続権を主張してきたのである。イェーリング子爵はニコラがラ・ファイエット男爵の血を引いておらず、彼を相続人と定めた証拠もないことを挙げ、自らの次男カミルをラ・ファイエット家の相続人として押し込もうとしていた。ニコラ達の母は男爵より前に亡くなっており、亡き男爵の意思を証言できる者はいなかった。

辺境でオーベルニュと共に宙族討伐任務にあたっていたレオポルドがボルトハーゲンに一時戻ったのはこの時である。彼は帝令候ボルトハーゲン公の前で亡き父がニコラに家を相続させる意思を明確にしていたことを証言し、自らは相続権を放棄する旨明言したのであった。その証言を受け、ボルトハーゲン公はニコラに男爵家を相続させるとの裁定を下した。ニコラがいう「ボルトハーゲン公の恩義」とはそのことを指している。

そのことを未だに恨んでいるのか、一方のイェーリング子爵はオクシタン軍がボルトハーゲンに迫ると一族郎党を率いていち早く星系を脱出し、オクシタン軍に投降してきた。のみならず、誰もが“オーベルニュの右腕”と認める旧知のレオポルドに面会を求め、投降の見返りとして旧領安堵を要求してきた。その中にはラ・ファイエット男爵領も含まれている。子爵はオクシタンの傘下に自ら駆けつけ旧領を安堵されたエル・ガーニーの例を挙げて自分の要求がいかに正当なものであるか力説した後、片頬に冷笑を浮かべて続けた。

「自らオクシタンの大義に馳せ参じた我らに比べ、ニコラ殿の態度はどうだ? 頑迷な帝国の旧弊に固執し、開明的なオクシタンの大義を理解しようともしないあの偽物男爵をまさか賢明なる幕僚本部長殿が個人的な情をもって扱うなどということはないでしょうな?」

その時の子爵の表情を思い出し、ラ・ファイエットはギリリ、と奥歯を噛みしめた。急速に戦線を拡大しボルトハーゲン攻略戦を目前に控えるオクシタン軍の現状を考えると、幕僚本部長としてはイェーリング子爵が引き連れてきた艦艇3,000隻を無下にするわけにはいかないのは当然だった。(しかし・・・・)

兄ニコラの性格は十分分かっていたが、ラ・ファイエットは彼に連絡をとり投降を勧めずにはいられなかった。結果は予想通り、ニコラは頑として申し出を断った。(私と父が・・・・)兄さんに男爵家などという重荷を背負わせたのだ。この事態は、自分がオーベルニュ伯の構想を受け入れた時点で想定しておくべきものだった。ラ・ファイエットはオクシタン軍がボルトハーゲン攻略に失敗するとは露も考えていない。しかしそれは同時に、自らの手で兄を殺すことを意味していた。



沈痛な面持ちで俯き肩を震わせる弟を優しいまなざしでしばらく見つめたあと、ニコラ・ラ・ファイエットは静かに微笑み、穏やかな口調で話し始めた。

「この30年間、本当に温かく穏やかで幸せな日々だった。しかし、それは私が当然のように受け取って良いはずのものではない。だからこそ、私をこのラ・ファイエット家に迎え入れてくれたこと、父と母、そしてお前に心から感謝している。レオ、お前は私にとって自慢の弟だ。オーベルニュ殿の右腕としてお前の名を聞くたび、私がどれほど誇らしく思ったことか。今は互いに属する陣営が違ってしまったが、それはこれからも変わらない。これから先、お前の力になってやれぬことだけが心残りだが・・・・さあ、行け。自らの心が命じるままに。次は戦場で会おう。こちらも手加減はせぬぞ」

滂沱の涙を流し画面をみつめるラ・ファイエットにニコラはもう一度微笑むと、通信は途絶えた。「あ、兄上・・・・」静まり返った暗い部屋の中で慟哭が落ちた。


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