第9話 2人で始める冒険者生活
連載中の
『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』
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もよろしくお願いします!
「……エステル殿下!?」
ギルドの受付で、エマさんの声が裏返った。
後ろで杯を持ち上げていた男が、手を止める。依頼掲示板を見ていた冒険者たちも、一斉にこちらを振り返った。
「今、殿下って言ったか?」
「銀髪の……第3王女殿下じゃないか!」
「おい、椅子を引け。護衛の方が通れないだろ」
背後には、王家の紋章をつけた騎士が2人。
今日は、ちゃんと連れてきている。逃がさないでくれと言いたげに俺を見られても、昨日知り合ったばかりなのだが。
「冒険者の登録をしたいの。ここでいい?」
「は、はい。お手続きは奥で承ります。どうぞ、こちらへ」
エマさんはすぐに立ち上がり、隣の職員へ受付を頼んだ。別の職員には、責任者への連絡を小声で伝えている。
「オスカーも一緒に行くよ」
エステルが振り返り、俺を手招きした。
俺まで呼ばれたことで、周囲の視線が変わる。
「あいつ、《銀翼の鷹》で荷物を運んでた坊主だろ?」
「王女殿下と、どういう知り合いなんだ……?」
説明する間もなく、俺たちは受付の脇を抜けた。
案内されたのは、廊下の奥にある応接室だった。護衛の1人が室内を確認してから扉のそばに立ち、もう1人は廊下に残る。
扉が閉まると、広間のざわめきが遠くなった。
さすがに、王女の身元やこれからの行き先を、あの人数の前で聞くわけにはいかないらしい。
エステルは長椅子へ腰を下ろし、隣を軽く叩いた。
「オスカーも座って。立っていたら、あなたまで護衛みたいだよ」
「それは、本職の方に任せたいな」
扉のそばの騎士が、ほんの少し口元を緩めた。
「留学先では、登録していなかったのか?」
「うん。迷宮へ入ったのは学校の実習だけ。自分で依頼を受けるのは、これからだよ」
エマさんは1度息を整えると、申込書を出した。
「お名前と年齢、ご住所をお願いします。得意な武器や魔法も、こちらへ」
「住所って、王城でいいの?」
「……はい」
エマさんは申込書の住所欄へ目を落とし、丁寧にうなずいた。
王城、と書くだけで届く住所。記入は楽だが、受け取る側は緊張するだろう。
護衛が身元を示す書付を渡し、エステルは名前を書き込んだ。火、水、風、土。得意な魔法の欄を見たエマさんが、わずかに目を見開く。
「最初の依頼は、お決まりでしょうか」
「オスカーと一緒に、薬草を採りに行くの」
エマさんが俺を見た。俺は持ってきた依頼票を、机の上へ置く。
「白葉草の依頼です。まず1度、一緒にやってみようと」
俺が説明すると、エマさんはようやく、いつもの笑顔を見せた。
「承知しました。あの場所でしたら、護衛の方も付き添いやすいですね」
ほどなく、小さな金属の登録証が渡された。名前の横には、Fランクの文字。
エステルはそれを両手に載せ、自分の名前を指でなぞる。
「これで、冒険者なんだ」
新しい宝物を手に入れたような顔だった。
「なくすなよ」
「なくさない。今日から使うんだから」
大切そうにしまおうとしたところで、エマさんがもう1枚、説明用の紙を広げた。
「最後に、迷宮へ入る際の決まりをご説明いたします。冒険者は、認定されたランクによって探索できる階層が変わります」
紙には王都の2つの迷宮と、それぞれの許可範囲が並んでいた。
「Fランクは《白晶迷宮》の第1層まで。Eランクになると第5層まで進めます。《黒曜大迷宮》へは、まだ入れません」
「じゃあ、わたしたちは白晶の第1層からだね」
「はい。Dランクで白晶の全10層と、黒曜の第2層までが許可範囲になります。ただし、Dランクパーティが黒曜の第2層へ進むには、そのパーティで白晶の第10層のボスを倒し、攻略実績を認められる必要があります」
昇格すれば、すぐにどこへでも行けるわけではない。小さい迷宮で力を示してから、大きい方の奥へ進む仕組みだ。
「その先は、Cランクで黒曜の第10層まで。Bランクで第30層まで。Aランク以上になると、ランクによる階層制限はなくなります」
エステルの指が、紙の下の方へ滑った。
「ここまで行けば、好きなところを探検できるんだ」
「許可の上では。ただし、入れることと、無事に帰れることは別です。上のランクでも、引き返す判断は必要になります」
エマさんの声は穏やかだったが、その部分だけは、俺たちの顔を見て言った。
「単独なら個人ランク、登録したパーティで活動するなら、パーティランクに従っていただきます。パーティの昇格には、連携や探索の実績も必要です」
「俺たちが新しく組んだら、Fからですね」
「ええ。護衛の方の同行で、許可範囲が広がることもありません」
エステルは紙の1番上へ指を戻した。
「分かった。まずは、ここでちゃんと実績を作る」
不満そうな様子はなかった。むしろ、これから埋めていく地図を見つけたように、目を輝かせている。
「オスカー。一緒に、少しずつ先へ行こうね」
「ああ。帰ってくるところまで、予定に入れてな」
「もちろん。帰ったら、おいしいものも食べたいもの」
エマさんが笑い、説明の紙を俺たちへ渡してくれた。
エステルは登録証をしまい、立ち上がった。
「行こう、オスカー。最初の依頼!」
まだこちらを見ている冒険者たちの間を抜け、俺たちは護衛とともに外へ出た。
*
「シルヴィアも、一緒に来られたらよかったのにね」
南門へ向かう途中、エステルが言った。
「今日は、予定があるそうだ」
学院を出る前、シルヴィアとは約束どおり話をした。
婚約を解消する話になったと父へ手紙を出したことを伝えると、彼女は制服の袖をつかんだ。
『もう、わたくしのことがお嫌いですの?』
『そういうことじゃない。ただ、前と同じ関係には戻りたくないんだ』
何を言われても謝り、言いたいことを飲み込む。そういう付き合いは、もうやめたいと伝えた。
シルヴィアはしばらく黙っていたが、自分からも父へ事情を話すと約束してくれた。
『パーティの返事は、待っているよ』
別れ際に言うと、彼女は顔を上げた。
『……そちらは、よろしいんですの?』
『一緒に来てほしいと思って誘ったんだ。婚約の話とは、別だよ』
袖を握っていた指が、ゆっくり離れた。
『でしたら、もう少しだけお待ちなさい。……待っていて、くださいませ』
言い直した声を思い出し、俺は南門へ目を向けた。
今日は、エステルと2人。シルヴィアの返事は、急がせずに待とう。
*
南門を出ると、午後の風が草を揺らしていた。
エステルは少し離れた木陰の護衛へ手を振り、俺の横へしゃがむ。
「これが白葉草?」
「惜しい。そっちは似ているだけの別の草だ」
葉の裏の筋と茎の色を比べると、エステルはすぐに違いを見つけた。根を残して葉だけ採ることも、1度で覚えてくれる。
銀髪の王女が、土を気にせず採取を始める。
「こういう仕事も、嫌じゃないんだな」
「魔道王国では、薬草の授業もあったよ。育つ種類は、ここと違うけど」
俺が見つけ、エステルが切る。採れたものを互いに確かめ、傷つけないよう籠へ重ねる。
2人でやると、思ったより速かった。
「お姉様も、こういうのは上手だよ」
エステルが、葉についた土を払った。
「お姉さんも冒険者なのか」
「レオノーラお姉様。学院で、爆炎の剣姫って呼ばれてるでしょう?」
手が止まった。
第2王女、レオノーラ・アルヴェイン。
高等部3年の、生徒会副会長。剣聖の卵とも評される。赤髪の美人だという話と、稽古相手が次々に転がされるという話は、同じくらいよく聞く。
高等部は4年制だから、俺たちより2学年上だ。剣に爆炎をまとわせて戦う姿から、爆炎の剣姫と呼ばれている。
「ああ。もちろん、名前は知っている」
「今は、王都の《黒曜大迷宮》に潜ってるの。自分のパーティで、何日もかけて奥を調べてるんだ」
「今の学院生で、1番深くまで行ったっていう、あのパーティか」
「そう。剣も魔法も、得意な人ばっかり。お姉様は、すごく頼りにしてるよ」
Bランクパーティで、黒曜の第23層まで到達している。現役の学院生の中では最深記録だ。第30層まで潜る許可があっても、実際に進める深さは別。学生としては、飛び抜けた実績だった。
「わたしの帰国までには地上へ戻る予定だったけど、探索が延びちゃって。帰ったら、オスカーも紹介するね」
剣姫へ紹介。
今のうちに、挨拶くらいは考えておこう。
「怒っている時は怖いけど、優しいよ。留学中にもらった手紙にも、困っていることはないかって、3回書いてあった」
「それは、ずいぶん心配しているな」
「もう15歳なんだけどね」
エステルは頬を膨らませた。
妹を心配する、強い姉。覚えておいた方がよさそうだ。
*
「きれいに採れたわね。これなら、余った分も全部買い取れるわ」
ギルドへ戻ると、エマさんが買い取り担当へ籠を預け、俺たちを先ほどの応接室へ案内してくれた。確認を終えた籠と明細が運ばれてきて、ようやく肩の力が抜ける。
エステルが、嬉しそうに俺を見る。
報酬を受け取り、使った費用を引く。残りを2つに分けると、彼女は首をかしげた。
「同じでいいの?」
「2人とも働いただろう」
「でも、見分け方も、売る場所も教えてもらったよ」
「次は俺が教わるかもしれない。その時も、よろしく」
エステルはしばらく銀貨を見つめ、それから笑った。
「うん。任せて」
そのまま応接室で、2人のパーティとして登録した。先ほど説明されたとおり、新しい登録はFランクからだ。
「昇格は、戦闘力だけでなく、連携や探索の実績も見て判断します。まずは2人で、確実に仕事を終えてきてきてくださいね」
エマさんの説明に、俺たちはうなずいた。
共同の道具に使うお金は、報酬から先に分けておく。誰かが立て替えたら、額を記録して、依頼を終えた時に精算する。
前のパーティで学んだことは、生かそう。
帰り道、エステルを約束の串焼き屋へ案内した。
「これ! この匂い!」
店先で、彼女の声が弾む。
「2本ください」
俺が財布を出すより先に、さっきの銀貨が差し出された。
「1本は、オスカーにあげる」
「いいのか?」
「今日、教えてくれたお礼」
受け取った串から、香ばしい湯気が上がっていた。
エステルは自分の分を1口食べ、目を細める。
「……前より、おいしい」
「味が変わったのか?」
「分からない。でも、自分で働いて稼いだお金だからかな」
それから、俺の持つ串へ視線を移した。
「それとも、一緒に食べてるから?」
少し、返事が遅れた。
彼女はその間に、楽しそうに笑う。
こういうところは、油断ならない。
*
翌日の授業後、俺たちは王都の小迷宮、《白晶迷宮》の入口にいた。
残しておいた褒賞金の一部で、鉄剣と鞘を買ってある。素振り用の木剣は、荷袋の脇へ結んだ。
「今日は、いいものを持ってきたよ」
エステルが、腰の小さな鞄を開いた。金の留め具に、王家の紋章がある。
そこから出てきたのは、丸めた毛布。続いて予備の縄と、水の入った革袋。
明らかに、鞄より大きい。こんなに定番のアイテムに早く出会えるとは。そのうち探し出したいとは思っていたけれど。
「王家のマジックバッグ。お父様と約束してたの。魔道王国の魔道学院中等部を首席で卒業したら、使わせてもらうって」
「それで、本当に首席を取ってきたのか」
「もちろん。約束したからには、ちゃんと達成しないとね」
エステルは胸を張った。鞄の留め具を撫でる指先が、どこか嬉しそうだ。
「昨日、約束どおり使わせてねってお願いしたら、今朝、渡してくれたんだ」
王家の品ではあるが、彼女が自分で勝ち取った使用許可でもある。3年間の努力が、この小さな鞄にもつながっていた。
「古代から受け継がれた品なんだ。こういう空間を、いつか自分でも作ってみたくて」
エステルは鞄の内側を、宝物を見るように覗いた。
「ずいぶん入るんだな」
「無限じゃないけど、今日の荷物くらいなら余裕。これがあると便利でしょう? さっさと実績を作って、上のランクへ行こうよ!」
「ただ、中でも時間は流れるから、食べ物はずっと入れっぱなしにできないよ」
なるほど。俺の収納とは、その点も違うらしい。それでも、人前で皆の荷物を出し入れできるのは大きい。
「まずは第1層からな」
「分かってるって」
帰還予定を届け、地図を買う。護衛の2人は今日も同行するが、後方で見守る約束だ。
学院実習では荷物を抱えて歩いた階段を、今日は剣を腰に下りていく。
壁の淡い光を頼りに進み、《探索マップ》に出た3つの反応を確かめた。種族は分からない。角の手前で止まり、壁際からそっと覗くと、長い牙と小さな耳が見えた。学院の実習でも見た魔物だ。
「角の先に、牙鼠が3匹。右は俺がやる」
「じゃあ、残りは任せて」
エステルが杖を向けた。
「風よ、切り裂け――《ゲイル・エッジ》」
2筋の風が走る。左の鼠が跳ぶより早く、その後ろの1匹まで倒れた。壁には傷1つない。
俺も右の鼠へ水弾を放った。
命中したが、弾が広がって勢いが逃げる。よろけたところへ踏み込み、鉄剣を振り下ろした。
倒れた体が白い粒となって消え、魔石を残す。
顔を上げると、エステルはもう周囲を見張っていた。
「……2匹とも、1撃か」
「このくらいならね。オスカーの水弾も、もっと細くまとめれば、威力が出るよ」
速さだけなら、無詠唱の俺に分がある。だが、威力も精度も、彼女がずっと上だ。
教わったとおり次は水を絞り、狙った1匹を魔法だけで倒せた。その次は剣で仕留める。交代で前に立ち、俺も何度も戦った。
エステルは、どの魔物にも必要な分だけ魔法を当てる。息も乱れず、使う属性を変えても迷いがない。
通りかかった冒険者が足を止めた。
「今の詠唱、あれだけか?」
「あの威力で、周りには当ててないぞ……」
迷宮の魔物は、倒せば身体が粒へ変わって消える。白なら普通、銀ならレア、金なら超レア。そして虹色は、超激レア。普通の魔物からも、銀色の粒とともに希少な素材が出ることがある。残るのは魔石や、その時に落ちた素材。牙鼠でも毎回牙が出るわけではなく、魔石だけのこともある。
拾った牙と魔石は、小袋に分けてマジックバッグへ入れる。経験値は10倍でも、ドロップが10倍になるわけではない。1つずつ、確実に回収しよう。
俺のレベルは8になった。第2層への階段が見えたが、そちらへは進まない。今の俺たちに許可されているのは、第1層までだ。
帰り道の広い通路で、角を持つ狼が3匹現れた。
左右の2匹が回り込み、中央の1匹が牙をむく。
「ここは、わたしに任せて」
エステルが1歩出た。
「土よ、縛れ――《アース・バインド》」
床から伸びた土が、左右の狼の脚を捕らえた。中央の狼は構わず跳ぶ。
彼女は下がらなかった。
「水よ、貫け――《アクア・ランス》」
3本の細い水の槍が、それぞれの急所へ突き刺さる。
跳んだ狼が、俺たちに届く前に光となった。残る2匹も、土を振り払うことなく崩れる。
杖を下ろしたエステルの銀髪が、遅れてふわりと揺れた。
「ほら、大丈夫」
護衛へ向けた笑顔だった。
「殿下の魔法なら、この階層では十分な余裕がおありですな」
騎士は、剣の柄から手を離した。
俺も、構えたままだった剣を下げる。
路地裏で助けた時から、実力はありそうだと思っていた。だが、ここまでとは。
「……エステル、強いな」
「3年間、勉強してきたんだもの。無詠唱は、まだオスカーに教えてもらわないとだけど」
嬉しそうに胸を張る。
俺が1発の魔法を使う間に、彼女は敵の動きも、次の1手も考えている。これは、発動の速さだけでは埋まらない差だ。
その後に出た牙鼠は、俺が水弾で倒した。今度は、剣を抜かずに済んだ。
*
地上へ戻った時、俺のレベルは9になっていた。
エステルがマジックバッグを軽く叩く。
「今日も、ちゃんとお仕事できたね」
「ああ。ずいぶん助けてもらったけどな」
「オスカーは、先に魔物を見つけてくれたでしょう。おかげで、落ち着いて狙えたよ」
全部、自分1人でやる必要はない。それでも、隣で戦うなら、もっと強くなりたかった。
エステルは護衛へ向き直る。
「お父様にも、今日のことを伝えてね。危ない戦いにはならなかったって」
「ありのままをご報告いたします」
騎士が答えると、彼女はうなずいた。
「護衛なしで活動したいって、昨日の夜から交渉してるの。まだ駄目だって言われてるけど」
「今日は、いい材料になったな」
「うん。第1層なら余裕があることも、約束の時間に戻れることも、ちゃんと説明する。毎回こっそり抜け出すより、その方がいいでしょう?」
少しだけ、いたずらっぽく笑った。
「それに、回復を任せられる仲間もいれば、もっと安心してもらえると思うの」
「シルヴィアの返事は、本人に任せよう」
「もちろん。まずは、わたしたちで実績を作るの」
上のランクへ進むためにも、自由に活動するためにも。
エステルには、すでに次の目標が見えているらしい。
「明日も、付き合ってくれるか?」
「それ、わたしが聞こうと思ってたの」
差し出された手へ、軽く手を合わせる。
銀色の髪が、夕日を受けて明るく光った。
頼もしい仲間だ。こちらも、追いつかないとな。
俺は新しい剣の柄に触れ、彼女と並んで歩き出した。




