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第10話 新たな仲間

連載中の

『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』

https://ncode.syosetu.com/n7268mo/

もよろしくお願いします!

 2人で《白晶迷宮》へ通い始めて、3日目。


 放課後、エステルが俺の机へ1冊の帳面を広げた。


「この幅なら、わたしが両側を押さえられるよ。オスカーは真ん中に集中して」


 地図の端に、小さな矢印が書き込まれている。


 昨日もエステルは余裕だった。俺は水弾で倒す数を増やし、レベル11まで上がった。


 途中、レベル10へ届いた時には、いつもと違う通知が出た。


【成長恩恵】《魔物鑑定》


 次に現れた角狼へ《魔物鑑定》を使うと、名と、突進を得意とする特徴が浮かんだ。角をかわした先で踏ん張って方向を変える。その動きまで見てから、水弾を置く位置を決めた。読める情報が増えても、戦いを見なくていいわけではない。


 護衛の騎士へ向けても、表示は相変わらず対象外。人物はやはり見られないらしい。


 それでも、知らない魔物と戦う備えが1つ増えた。次の20では、何をもらえるのだろう。


 帰還後には、剣へ風をまとわせる練習もした。魔法剣だ。授業で見た技を真似ても、1振りすると風が散る。まだ、思ったほど簡単ではない。


「ただ、相手が2匹なら、こっちを先に止めないとな」


 俺が別の道を指す。


「でしたら、片側はわたくしが引き受けますわ」


 横から声がした。


 シルヴィアが立っていた。


 手には、普段の通学用とは別の丈夫な鞄を持っている。この数日、毎日持ち歩いている。


 エステルが、ぱっと笑った。


「準備してきたんだね」


「何のお話かしら」


「その鞄。留め具のところから、包帯が見えてる」


 シルヴィアは鞄を体の後ろへ回した。


 俺は帳面を閉じる。


「この前の返事、聞かせてもらえるか?」


 シルヴィアが俺を見る。


「……お2人だけでは、回復役がいませんでしょう。傷薬やポーションにも、できることと、できないことが――」


「うん。それは分かってる。俺たちは、シルヴィアに来てほしい」


 言葉が止まった。婚約に関する問題はあったが、彼女が非常に優秀であることは間違いない。


 彼女の指が、鞄の持ち手を握り直す。


「わたくしは」


 エステルも、今は何も言わなかった。


「あなたと、一緒に行きたいです」


 小さな声だったが、最後まで聞こえた。


「パーティに、入れていただけますか」


「もちろん。よろしく、シルヴィア」


 俺が答えると、彼女の肩から力が抜けた。


 それから、ようやく笑った。


「……よろしくお願いします」


「待ってたよ、シルヴィア!」


 エステルが横から、その手を取った。


「最初から、素直にそう言えばよかったのに」


「今日からご一緒すると申し上げているんです。昨日までのお話は、結構ですわ」


「ねえ、その鞄、毎日持ち歩いてたよね?」


「エステル!」


 いつもの言い合いが戻ってきた。


 シルヴィアの頬は赤いままだったが、鞄を隠そうとは、もうしなかった。


     *


 ギルドで加入の手続きを済ませ、共同の備品を確かめた。


 シルヴィアの薬は私物として記録し、予備の道具をエステルのマジックバッグへ収める。


「それと、今日から護衛なしで行けるよ」


 エステルが、嬉しそうに言った。


「陛下が許してくださったのか?」


「うん。登録した日から毎晩説明して、昨日やっと。わたしが余裕を持って戦えて、オスカーも無茶をしていないって、護衛の2人も報告してくれたの」


 第1層では1度も、護衛が剣を抜く必要はなかった。


「ただ、回復役が加わることが条件だったんだ。白晶で、ギルドに認められた階層を守って、帰還予定も届けるって約束」


「わたくしが、今日来なかったら?」


「今日も護衛付き。それでもオスカーと潜るつもりだったよ」


 シルヴィアが小さくうなずく。


「治療は、任せてくださいませ」


 城へ3人の名前と帰還予定を届け、俺たちは《白晶迷宮》へ向かった。今日は、後ろをついてくる騎士はいない。


 強い仲間が増えても、パーティの認定はFランク。まずは第1層で、3人の連携を確かめよう。


     *


 角を曲がった先に、牙鼠が3匹いた。


 シルヴィアが杖を構え、俺が指した位置を見て詠唱する。


「氷よ、我が魔力を刃となし、立ちはだかるものを貫け――《フロスト・ランス》!」


 2本の氷槍が、通路の両端を走った。


 左右の鼠を1撃で仕留め、奥の岩へ深々と突き立つ。冷たい音が響き、白い霜が広がった。


 俺は中央の1匹へ水弾を当て、動きが鈍ったところを剣で倒す。


「……氷って、あそこまで刺さるのか」


「凍らせるだけが、氷魔法ではありませんわ」


 シルヴィアが少しあごを上げた。


「前より鋭くなってる。加入早々、見せつけるね」


「あなたが留学している間、わたくしも勉強していましたもの」


 エステルと視線がぶつかる。2人とも、口元は笑っていた。


 次に出会った狼では、俺が魔法剣を試した。


 《並列思考》で間合いを見ながら、刃に薄い風を沿わせる。狼の飛び込みをかわし、横から斬った。


 風をまとった部分は、いつもより滑らかに刃が通る。だが、剣を返す前に風がほどけた。


「最初の1振りは、できてたよ」


 横へ回ろうとした別の狼を、エステルが風の刃で仕留めた。


 俺は1匹を倒す間に、呼吸も魔法の維持も乱れる。2人はもう、次へ備えている。


 魔法の威力と制御、安定して戦える力。今の3人では、俺が1番弱い。


 それにしても、このパーティ、強すぎないか?


 賢者の卵と、学年トップクラスの令嬢。心強い仲間が集まるのも、テンプレにはある。


 うん、想定内だ。


 これから俺が、1番強くなればいい。


 そのための10倍だ。剣も攻撃魔法も、魔法剣も、1つずつ使えるものにしていこう。


     *


 第1層の広間で、岩のような背を持つ猪が現れた。


 分厚い背には、並の刃が通りにくい。入口の注意書きにあった魔物だ。


「広間の奥は行き止まりだ。ここで倒そう」


 俺は地図を確かめ、横へ回った。


 水弾を鼻先へ当てる。猪がこちらを向き、床を蹴った。


 突進をかわす。だが、蹄が跳ね飛ばした石までは、避けきれなかった。左腕に、細い痛みが走る。


「土よ、捕らえよ――《アース・バインド》」


 エステルの魔法が、猪の脚をまとめて止めた。巨体が暴れても、土の輪はびくともしない。


「オスカー、そのまま下がってください」


 シルヴィアが杖を上げ、詠唱する。


「氷よ、我が魔力を束ね、堅き守りを貫く槍となれ――《フロスト・ランス》!」


 太い氷槍が、斜め上から降りた。


 岩のような背を、正面から貫く。


 猪はその1撃で倒れ、白色の粒へ変わった。身体が消えた床に、魔石と黒い鉱石が残る。


 思わず、自分の鉄剣を見る。


 あの背を剣で割ろうとしていたら、どれだけ苦労しただろう。


「すごいな、今の――」


「左腕を見せてください」


 シルヴィアは、俺の袖を見ていた。裂けた布に、赤いものがにじんでいる。


「浅いと思うけど」


「見せてください」


 はい。


     *


 近くの退避所で、石の椅子へ座らされた。


 エステルがマジックバッグから水の革袋を渡し、入口の見張りに立った。シルヴィアが俺の左側へ膝をつく。


 袖をまくると、細い傷が露わになった。


「破片は残っていませんわね」


 水で汚れを落とし、彼女は手をかざす。


「慈しみの光よ、この手に宿り、傷ついた身を癒やしたまえ――《セイクリッド・ヒール》」


 柔らかな光が、左腕を包んだ。


 痛みが、ゆっくりと引いていく。


 傷が閉じたあとも、シルヴィアはしばらく手を離さなかった。


「……治った」


 小さな声だった。


 俺へ報告したというより、自分で確かめたように聞こえた。


「すごいな。もう、痛くない」


「ずいぶん、練習しましたもの」


 茶色の髪が、肩から落ちる。


 彼女は俺の腕を見たままだった。


「回復魔法は、昔から好きだったのか?」


 俺が聞くと、指先がわずかに止まった。


「……治してあげたい人が、いましたの」


 左腕。


 7年前、枝を握っていた方の腕だ。


 俺は、彼女の顔を見た。


「あの時の?」


 シルヴィアは、うなずいた。


「何もできませんでした。あなたが痛そうにしているのに、ただ、見ているだけで」


「あの頃は、まだ8歳だった」


「ええ。だから、覚えようと思ったんです」


 彼女が顔を上げる。


「次は、ちゃんと治せるように」


 俺には、転生特典がある。


 彼女には、それがない。


 この光は、7年分の練習で、ここまで届いたのだ。


 そのことを、俺は今日まで知らなかった。


「ありがとう、シルヴィア」


 言葉を選んでも、結局それしか出てこなかった。


「治してくれて。それから、ずっと頑張ってくれて」


 青い瞳が、少し潤んだ。


「……お、お礼は、今治した分だけで結構ですわ」


「それなら、また必要になった時に」


「怪我を増やしてほしいとは、言っていません!」


 思わず笑うと、シルヴィアも、困ったように口元を緩めた。


 俺は治った腕を曲げ伸ばしする。


「でも、本当に心強いよ」


「でしたら、次は怪我をしたらすぐに言ってくださいませ」


「ああ」


 彼女の手が、ようやく袖から離れた。


 その名残を惜しむように指が動いたことには、気づいた。


 胸の奥が、少し温かくなる。


 けれど、それを今すぐ恋愛の返事へ変えるつもりはなかった。


 ようやく、お互いに言葉を選んで話し始めたところだ。


 まずは、この関係を大事にしよう。


「どお、治った?」


 エステルが、入口から顔を出した。


「ああ、見張り、ありがとう」


「どういたしまして。シルヴィア、やっぱりいてくれてよかった」


「……当然ですわ」


 強気な返事をしたシルヴィアが、立ち上がった。


 その横顔を、エステルは優しい目で見ていた。


     *


 地上へ戻り、魔石と素材を売った。


 今日は3人で分ける。それでも、倒せた数が増えたので、1人分の報酬は昨日より少し多かった。


 俺のレベルは13。《剣術》も4へ上がっている。


 経験値10倍と、熟練度10倍。


 俺も自分で敵を倒し、剣と魔法を繰り返し使ってきた。今日の魔法剣も、次は2振り目まで保たせたい。


「この3人で実績を積んで、Eランクを目指そう。第2層へ進むのは、認めてもらってからだな」


「賛成。今日の連携なら、次も試したいことがあるよ」


 エステルがうなずき、シルヴィアも帳面を開いた。


「次は、包帯を補充しておきましょう」


 シルヴィアが帳面を指す。


「それから、腕の袖も縫わないと」


「そこまで世話になっていいのか?」


「あなたは、少し雑に縫うでしょう」


 心当たりはある。


 エステルが、俺の反対側へ並んだ。


「明日の昼休みは、無詠唱の練習にも付き合ってね。わたし、まだ水玉にならないんだから」


「もちろん」


 明日の予定が、自然に決まっていく。


 ギルドを出ようとしたところで、戸口の方から声が上がった。


「《栄光の翼》が戻ったぞ! 雷帝と爆炎の剣姫だ!」


「《黒曜大迷宮》からか。今回は、ずいぶん長かったな」


 大きな盾を背負う者、長い杖を持つ者。使い込んだ装備の上に、見慣れた学院の紋章がある。


 やってきたのは、俺たちと同じ学院の生徒たちだった。8人。誰もが、学院内で名前の挙がる実力者だ。


「学生だけのBランクパーティか。第23層まで行ってるっていうんだから、大したもんだ」


「今の学院生じゃ、あのパーティが1番奥まで行ってるんだろ。剣姫だけじゃなく、仲間も腕が立つらしいな」


 年上の冒険者たちが、道を空ける。


 先頭の男子生徒が、穏やかに礼を返した。金色の髪に、整った顔立ち。疲れていても周囲をよく見ていて、荷物を抱えた職員へさりげなく道を譲る。


 ユリウス・ヴァルシュタイン。公爵家の令息で、高等部4年の生徒会長。雷魔法を操り、学院では雷帝と呼ばれている。


 学院最強と評される《栄光の翼》のリーダーであり、レオノーラはその副リーダーだ。


 鎧に残る深い傷。結び直された荷紐。疲れは見えるのに、歩みも周囲へ向ける目も、しっかりしていた。


 その1人が、赤い髪の女子生徒だった。


「……お姉様?」


 エステルが足を止める。


 荷袋を肩にかけた少女が、こちらを見た。


 鋭かった表情が、1瞬でほどける。


「エステル!」


 仲間へ1声かけ、足早に近づいてくる。


 整った顔立ちと、迷いのない動作。腰の剣は飾りではないと、1目で分かった。


「戻ってきたの? まだ迷宮の中だと思ってた!」


「遅くなった。帰り道の魔物が増えていてな。安全を確かめながら戻るのに、時間がかかった」


 そこで1度言葉を切り、レオノーラは笑った。


「お前の顔を見たくて、休憩のたびに地上までの道を数えていたぞ」


 レオノーラは妹の肩へ手を置き、頭から靴まで確かめた。


「少し背が伸びたか?」


「3年も経ってるんだよ」


「うむ。よく戻った」


 嬉しそうな顔だった。


「レオノーラ殿下。ご無事のお帰り、何よりです」


 シルヴィアが1礼した。いつもより、少し声が弾んでいる。


「シルヴィア、君も元気そうだな。迷宮へ入る前に治療術の成績を見た。見事だった」


「ありがとうございます」


 誇らしそうな横顔から、レオノーラの目が俺へ移る。


「そちらは?」


「オスカー。わたしとシルヴィア、オスカーのパーティに入ったの」


 姉の手が止まった。


「……パーティ?」


「うん。今日は3人で迷宮へ行ってきたんだ」


 俺へ、まっすぐ視線が来た。


 さっきまで妹を見ていた目とは、少し違う。


 俺は背筋を伸ばした。


「オスカー・エルフォードです。お帰りなさいませ、殿下」


「エルフォード、か」


 レオノーラは名前を繰り返した。


「殿下。先に、迷宮の様子を報告しましょう。次に潜る者にも知らせる必要があります」


 仲間の男子生徒が、受付を指した。


「僕も一緒に説明するよ。分岐ごとに記録を照らし合わせた方が、次に入る人へ正確に伝わるからね」


 ユリウス先輩が、地図を持って待っていた。声は柔らかいが、進めるべき仕事は見失っていない。


「そうだな。……エステル、この話は、落ち着いてから聞こう」


 妹に1度笑いかけ、剣姫は仲間たちと受付へ向かった。


 俺はその背中を見送り、荷袋に結んだ木剣に触れた。


 妹を心配する、強い姉。


 今度の相手は、ずいぶん手ごわそうだった。

お読みいただきありがとうございます。

少しでも先が気になる、面白いと思っていただけましたら、

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