第10話 新たな仲間
連載中の
『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』
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もよろしくお願いします!
2人で《白晶迷宮》へ通い始めて、3日目。
放課後、エステルが俺の机へ1冊の帳面を広げた。
「この幅なら、わたしが両側を押さえられるよ。オスカーは真ん中に集中して」
地図の端に、小さな矢印が書き込まれている。
昨日もエステルは余裕だった。俺は水弾で倒す数を増やし、レベル11まで上がった。
途中、レベル10へ届いた時には、いつもと違う通知が出た。
【成長恩恵】《魔物鑑定》
次に現れた角狼へ《魔物鑑定》を使うと、名と、突進を得意とする特徴が浮かんだ。角をかわした先で踏ん張って方向を変える。その動きまで見てから、水弾を置く位置を決めた。読める情報が増えても、戦いを見なくていいわけではない。
護衛の騎士へ向けても、表示は相変わらず対象外。人物はやはり見られないらしい。
それでも、知らない魔物と戦う備えが1つ増えた。次の20では、何をもらえるのだろう。
帰還後には、剣へ風をまとわせる練習もした。魔法剣だ。授業で見た技を真似ても、1振りすると風が散る。まだ、思ったほど簡単ではない。
「ただ、相手が2匹なら、こっちを先に止めないとな」
俺が別の道を指す。
「でしたら、片側はわたくしが引き受けますわ」
横から声がした。
シルヴィアが立っていた。
手には、普段の通学用とは別の丈夫な鞄を持っている。この数日、毎日持ち歩いている。
エステルが、ぱっと笑った。
「準備してきたんだね」
「何のお話かしら」
「その鞄。留め具のところから、包帯が見えてる」
シルヴィアは鞄を体の後ろへ回した。
俺は帳面を閉じる。
「この前の返事、聞かせてもらえるか?」
シルヴィアが俺を見る。
「……お2人だけでは、回復役がいませんでしょう。傷薬やポーションにも、できることと、できないことが――」
「うん。それは分かってる。俺たちは、シルヴィアに来てほしい」
言葉が止まった。婚約に関する問題はあったが、彼女が非常に優秀であることは間違いない。
彼女の指が、鞄の持ち手を握り直す。
「わたくしは」
エステルも、今は何も言わなかった。
「あなたと、一緒に行きたいです」
小さな声だったが、最後まで聞こえた。
「パーティに、入れていただけますか」
「もちろん。よろしく、シルヴィア」
俺が答えると、彼女の肩から力が抜けた。
それから、ようやく笑った。
「……よろしくお願いします」
「待ってたよ、シルヴィア!」
エステルが横から、その手を取った。
「最初から、素直にそう言えばよかったのに」
「今日からご一緒すると申し上げているんです。昨日までのお話は、結構ですわ」
「ねえ、その鞄、毎日持ち歩いてたよね?」
「エステル!」
いつもの言い合いが戻ってきた。
シルヴィアの頬は赤いままだったが、鞄を隠そうとは、もうしなかった。
*
ギルドで加入の手続きを済ませ、共同の備品を確かめた。
シルヴィアの薬は私物として記録し、予備の道具をエステルのマジックバッグへ収める。
「それと、今日から護衛なしで行けるよ」
エステルが、嬉しそうに言った。
「陛下が許してくださったのか?」
「うん。登録した日から毎晩説明して、昨日やっと。わたしが余裕を持って戦えて、オスカーも無茶をしていないって、護衛の2人も報告してくれたの」
第1層では1度も、護衛が剣を抜く必要はなかった。
「ただ、回復役が加わることが条件だったんだ。白晶で、ギルドに認められた階層を守って、帰還予定も届けるって約束」
「わたくしが、今日来なかったら?」
「今日も護衛付き。それでもオスカーと潜るつもりだったよ」
シルヴィアが小さくうなずく。
「治療は、任せてくださいませ」
城へ3人の名前と帰還予定を届け、俺たちは《白晶迷宮》へ向かった。今日は、後ろをついてくる騎士はいない。
強い仲間が増えても、パーティの認定はFランク。まずは第1層で、3人の連携を確かめよう。
*
角を曲がった先に、牙鼠が3匹いた。
シルヴィアが杖を構え、俺が指した位置を見て詠唱する。
「氷よ、我が魔力を刃となし、立ちはだかるものを貫け――《フロスト・ランス》!」
2本の氷槍が、通路の両端を走った。
左右の鼠を1撃で仕留め、奥の岩へ深々と突き立つ。冷たい音が響き、白い霜が広がった。
俺は中央の1匹へ水弾を当て、動きが鈍ったところを剣で倒す。
「……氷って、あそこまで刺さるのか」
「凍らせるだけが、氷魔法ではありませんわ」
シルヴィアが少しあごを上げた。
「前より鋭くなってる。加入早々、見せつけるね」
「あなたが留学している間、わたくしも勉強していましたもの」
エステルと視線がぶつかる。2人とも、口元は笑っていた。
次に出会った狼では、俺が魔法剣を試した。
《並列思考》で間合いを見ながら、刃に薄い風を沿わせる。狼の飛び込みをかわし、横から斬った。
風をまとった部分は、いつもより滑らかに刃が通る。だが、剣を返す前に風がほどけた。
「最初の1振りは、できてたよ」
横へ回ろうとした別の狼を、エステルが風の刃で仕留めた。
俺は1匹を倒す間に、呼吸も魔法の維持も乱れる。2人はもう、次へ備えている。
魔法の威力と制御、安定して戦える力。今の3人では、俺が1番弱い。
それにしても、このパーティ、強すぎないか?
賢者の卵と、学年トップクラスの令嬢。心強い仲間が集まるのも、テンプレにはある。
うん、想定内だ。
これから俺が、1番強くなればいい。
そのための10倍だ。剣も攻撃魔法も、魔法剣も、1つずつ使えるものにしていこう。
*
第1層の広間で、岩のような背を持つ猪が現れた。
分厚い背には、並の刃が通りにくい。入口の注意書きにあった魔物だ。
「広間の奥は行き止まりだ。ここで倒そう」
俺は地図を確かめ、横へ回った。
水弾を鼻先へ当てる。猪がこちらを向き、床を蹴った。
突進をかわす。だが、蹄が跳ね飛ばした石までは、避けきれなかった。左腕に、細い痛みが走る。
「土よ、捕らえよ――《アース・バインド》」
エステルの魔法が、猪の脚をまとめて止めた。巨体が暴れても、土の輪はびくともしない。
「オスカー、そのまま下がってください」
シルヴィアが杖を上げ、詠唱する。
「氷よ、我が魔力を束ね、堅き守りを貫く槍となれ――《フロスト・ランス》!」
太い氷槍が、斜め上から降りた。
岩のような背を、正面から貫く。
猪はその1撃で倒れ、白色の粒へ変わった。身体が消えた床に、魔石と黒い鉱石が残る。
思わず、自分の鉄剣を見る。
あの背を剣で割ろうとしていたら、どれだけ苦労しただろう。
「すごいな、今の――」
「左腕を見せてください」
シルヴィアは、俺の袖を見ていた。裂けた布に、赤いものがにじんでいる。
「浅いと思うけど」
「見せてください」
はい。
*
近くの退避所で、石の椅子へ座らされた。
エステルがマジックバッグから水の革袋を渡し、入口の見張りに立った。シルヴィアが俺の左側へ膝をつく。
袖をまくると、細い傷が露わになった。
「破片は残っていませんわね」
水で汚れを落とし、彼女は手をかざす。
「慈しみの光よ、この手に宿り、傷ついた身を癒やしたまえ――《セイクリッド・ヒール》」
柔らかな光が、左腕を包んだ。
痛みが、ゆっくりと引いていく。
傷が閉じたあとも、シルヴィアはしばらく手を離さなかった。
「……治った」
小さな声だった。
俺へ報告したというより、自分で確かめたように聞こえた。
「すごいな。もう、痛くない」
「ずいぶん、練習しましたもの」
茶色の髪が、肩から落ちる。
彼女は俺の腕を見たままだった。
「回復魔法は、昔から好きだったのか?」
俺が聞くと、指先がわずかに止まった。
「……治してあげたい人が、いましたの」
左腕。
7年前、枝を握っていた方の腕だ。
俺は、彼女の顔を見た。
「あの時の?」
シルヴィアは、うなずいた。
「何もできませんでした。あなたが痛そうにしているのに、ただ、見ているだけで」
「あの頃は、まだ8歳だった」
「ええ。だから、覚えようと思ったんです」
彼女が顔を上げる。
「次は、ちゃんと治せるように」
俺には、転生特典がある。
彼女には、それがない。
この光は、7年分の練習で、ここまで届いたのだ。
そのことを、俺は今日まで知らなかった。
「ありがとう、シルヴィア」
言葉を選んでも、結局それしか出てこなかった。
「治してくれて。それから、ずっと頑張ってくれて」
青い瞳が、少し潤んだ。
「……お、お礼は、今治した分だけで結構ですわ」
「それなら、また必要になった時に」
「怪我を増やしてほしいとは、言っていません!」
思わず笑うと、シルヴィアも、困ったように口元を緩めた。
俺は治った腕を曲げ伸ばしする。
「でも、本当に心強いよ」
「でしたら、次は怪我をしたらすぐに言ってくださいませ」
「ああ」
彼女の手が、ようやく袖から離れた。
その名残を惜しむように指が動いたことには、気づいた。
胸の奥が、少し温かくなる。
けれど、それを今すぐ恋愛の返事へ変えるつもりはなかった。
ようやく、お互いに言葉を選んで話し始めたところだ。
まずは、この関係を大事にしよう。
「どお、治った?」
エステルが、入口から顔を出した。
「ああ、見張り、ありがとう」
「どういたしまして。シルヴィア、やっぱりいてくれてよかった」
「……当然ですわ」
強気な返事をしたシルヴィアが、立ち上がった。
その横顔を、エステルは優しい目で見ていた。
*
地上へ戻り、魔石と素材を売った。
今日は3人で分ける。それでも、倒せた数が増えたので、1人分の報酬は昨日より少し多かった。
俺のレベルは13。《剣術》も4へ上がっている。
経験値10倍と、熟練度10倍。
俺も自分で敵を倒し、剣と魔法を繰り返し使ってきた。今日の魔法剣も、次は2振り目まで保たせたい。
「この3人で実績を積んで、Eランクを目指そう。第2層へ進むのは、認めてもらってからだな」
「賛成。今日の連携なら、次も試したいことがあるよ」
エステルがうなずき、シルヴィアも帳面を開いた。
「次は、包帯を補充しておきましょう」
シルヴィアが帳面を指す。
「それから、腕の袖も縫わないと」
「そこまで世話になっていいのか?」
「あなたは、少し雑に縫うでしょう」
心当たりはある。
エステルが、俺の反対側へ並んだ。
「明日の昼休みは、無詠唱の練習にも付き合ってね。わたし、まだ水玉にならないんだから」
「もちろん」
明日の予定が、自然に決まっていく。
ギルドを出ようとしたところで、戸口の方から声が上がった。
「《栄光の翼》が戻ったぞ! 雷帝と爆炎の剣姫だ!」
「《黒曜大迷宮》からか。今回は、ずいぶん長かったな」
大きな盾を背負う者、長い杖を持つ者。使い込んだ装備の上に、見慣れた学院の紋章がある。
やってきたのは、俺たちと同じ学院の生徒たちだった。8人。誰もが、学院内で名前の挙がる実力者だ。
「学生だけのBランクパーティか。第23層まで行ってるっていうんだから、大したもんだ」
「今の学院生じゃ、あのパーティが1番奥まで行ってるんだろ。剣姫だけじゃなく、仲間も腕が立つらしいな」
年上の冒険者たちが、道を空ける。
先頭の男子生徒が、穏やかに礼を返した。金色の髪に、整った顔立ち。疲れていても周囲をよく見ていて、荷物を抱えた職員へさりげなく道を譲る。
ユリウス・ヴァルシュタイン。公爵家の令息で、高等部4年の生徒会長。雷魔法を操り、学院では雷帝と呼ばれている。
学院最強と評される《栄光の翼》のリーダーであり、レオノーラはその副リーダーだ。
鎧に残る深い傷。結び直された荷紐。疲れは見えるのに、歩みも周囲へ向ける目も、しっかりしていた。
その1人が、赤い髪の女子生徒だった。
「……お姉様?」
エステルが足を止める。
荷袋を肩にかけた少女が、こちらを見た。
鋭かった表情が、1瞬でほどける。
「エステル!」
仲間へ1声かけ、足早に近づいてくる。
整った顔立ちと、迷いのない動作。腰の剣は飾りではないと、1目で分かった。
「戻ってきたの? まだ迷宮の中だと思ってた!」
「遅くなった。帰り道の魔物が増えていてな。安全を確かめながら戻るのに、時間がかかった」
そこで1度言葉を切り、レオノーラは笑った。
「お前の顔を見たくて、休憩のたびに地上までの道を数えていたぞ」
レオノーラは妹の肩へ手を置き、頭から靴まで確かめた。
「少し背が伸びたか?」
「3年も経ってるんだよ」
「うむ。よく戻った」
嬉しそうな顔だった。
「レオノーラ殿下。ご無事のお帰り、何よりです」
シルヴィアが1礼した。いつもより、少し声が弾んでいる。
「シルヴィア、君も元気そうだな。迷宮へ入る前に治療術の成績を見た。見事だった」
「ありがとうございます」
誇らしそうな横顔から、レオノーラの目が俺へ移る。
「そちらは?」
「オスカー。わたしとシルヴィア、オスカーのパーティに入ったの」
姉の手が止まった。
「……パーティ?」
「うん。今日は3人で迷宮へ行ってきたんだ」
俺へ、まっすぐ視線が来た。
さっきまで妹を見ていた目とは、少し違う。
俺は背筋を伸ばした。
「オスカー・エルフォードです。お帰りなさいませ、殿下」
「エルフォード、か」
レオノーラは名前を繰り返した。
「殿下。先に、迷宮の様子を報告しましょう。次に潜る者にも知らせる必要があります」
仲間の男子生徒が、受付を指した。
「僕も一緒に説明するよ。分岐ごとに記録を照らし合わせた方が、次に入る人へ正確に伝わるからね」
ユリウス先輩が、地図を持って待っていた。声は柔らかいが、進めるべき仕事は見失っていない。
「そうだな。……エステル、この話は、落ち着いてから聞こう」
妹に1度笑いかけ、剣姫は仲間たちと受付へ向かった。
俺はその背中を見送り、荷袋に結んだ木剣に触れた。
妹を心配する、強い姉。
今度の相手は、ずいぶん手ごわそうだった。
お読みいただきありがとうございます。
少しでも先が気になる、面白いと思っていただけましたら、
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