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第11話 深淵

連載中の

『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』

https://ncode.syosetu.com/n7268mo/

もよろしくお願いします!

 木剣を振る。


 1度、2度。3度目で、刃に沿わせていた風がほどけた。


 寮の裏庭に積んだ枯れ葉が、ばらばらと散っていく。


「……昨日より、1回増えた」


 喜ぶところだ。ただし、片づけまでが練習である。


 風で葉を集めようとして、さらに広げた。攻撃に使うより、こちらの方が難しい。これも魔力操作の訓練だ。


 迷宮へ通い、学院で学び、剣と魔法を鍛える。


 その日常に、昨日からシルヴィアが加わった。俺のレベルは13。体はどんどん動くようになっているが、2人と肩を並べるには、まだやることが山ほどある。


 まずは、朝食までにこの葉を集めよう。


     *


「おはよう、オスカー。手を出してくださいませ」


 教室に着くなり、シルヴィアが細く畳んだ布を差し出した。


 昨日、猪との戦いで袖を裂いた上着だった。持ち帰って、もう直してくれたようだ。


 縫い目は小さく、裏まできれいに揃っている。


「ありがとう。こんなに早く」


「後回しにすると、また雑に繕うでしょうから」


「俺の縫い方も、そこまで悪くは――」


 彼女の視線が、荷袋の継ぎ目へ移った。


 そこには、俺が太い糸でどうにか塞いだ穴がある。


「……助かった」


「ええ。それで結構です」


 口元が、少しだけ上がった。


「なあ、今の見たか」


「ラングレー嬢が、オスカーの服を……?」


「婚約を解消したって話じゃなかったのか」


 近くの席から、ひそひそ声が聞こえた。


 俺は上着を荷袋へ収める。説明に回れば、かえって話が大きくなるだろう。


 そこへ、銀色の髪が揺れた。


「おはよう! 昨日のお金で、地図を見に行かない?」


 エステルが、俺の机に手をついた。


「迷宮のか?」


「そっちも。でも、街道の地図も見たいな。王都の外へ行く時、使えるでしょう」


「その前に、今日の授業ですわ」


「分かってるよ。帰りのお話」


 シルヴィアの隣へ椅子を寄せ、エステルが座る。


 また、後ろで声がした。


「本当に3人で組んだんだな……」


「エステル殿下と、ラングレー嬢の2人だぞ」


「何で、よりによってオスカーなんだよ」


 分からなくもない。


 学院でも目を引く2人が、ついこの前まで荷物持ちだったモブの席へ集まっている。以前の俺しか知らないなら、納得はしづらいだろう。


 だが、こちらは朝から袖を直してもらい、葉っぱを集めるのに苦戦している程度の男である。


 あまり大きな期待も敵意も、向けないでほしい。


「そういえば、お姉さんとは話せたか?」


 声を落として聞くと、エステルは小さく肩をすくめた。


「うん。帰ってから、たくさん。わたしが冒険者登録したことも、3人で続けたいことも話したよ」


「……反応は?」


「しばらく、すごく静かだった」


 それは怖い。


「今は黒曜の報告が残ってるんだって。仲間と通路の記録をまとめて、ギルドと学院に説明するの。落ち着いたら、オスカーとも話したいって言ってた」


「分かった」


「勝手に連れていったりしないから。ちゃんと日を決めるね」


 ありがたい気遣いだ。


 妹の仲間を確かめたがる姉。その展開は予想していた。まずは、今日の実績を1つ増やしておこう。


     *


 昼休みは、中庭の水場で魔法の練習をした。


 エステルが手をかざす。指先に水滴が集まりかけ、すぐに崩れた。


「ああ、また……」


「最後のところだけ、昨日よりまとまっていたぞ」


「でも、玉にはならないんだよね」


 無詠唱の練習だ。


 俺には最初から使える適性がある。それを言葉で教えるのは、また別の難しさだった。曖昧な説明をすれば、彼女の練習を遠回りさせる。


 俺は自分の掌に、小さな水玉を作った。


「ここで1度、流れを弱めている。形ができる前に押し出すと、散るんだと思う」


「ふうん。じゃあ、押す方じゃなくて、留める方を……」


 エステルの目が、真剣になった。


 シルヴィアは隣で、2人の手元と自分の教本を見比べている。


「詠唱の途中にある、形を定める部分ですわね」


「そこを、声なしでやる感じかな」


「でしたら、順序を分けて確かめた方がよさそうです」


 彼女が余白へ短く書き込んだ。


 天才の感覚と、優等生の整理。俺も自分の魔法を、今までより理解できる気がした。


「2人に、頼みたいことがあるんだ」


 俺は、水玉を掌へ戻した。


「エステルには、4属性を教わりたい。水と風だけじゃなく、火と土も。使えるだけで、まだ形も威力もばらばらなんだ」


「もちろん! わたしも無詠唱を教わってるんだし、何でも聞いて」


「それから、シルヴィア。回復魔法を教えてもらえないか?」


 彼女の指が、教本の上で止まった。


「回復も、覚えたいんですの?」


「ああ。今は、シルヴィアが怪我をした時、魔法で治せる人がいないだろ」


 青い瞳が、まっすぐ俺へ向いた。


「……わたくしが?」


「俺たちは治してもらえる。でも、君だけポーションを頼りにするのは、気になる。すぐに追いつけなくても、少しずつ覚えたい」


 シルヴィアは唇を開き、1度閉じた。


 それから、教本を胸元へ寄せる。


「教えます。……ちゃんと、覚えてくださいませ」


「よろしく頼む」


「ええ。簡単に覚えられるとは、思わないことです」


 厳しい言葉のわりに、声が少し弾んでいた。


「では、わたくしからも。エステル、詠唱短縮を教えてくださらない?」


「いいよ。何の魔法から試したい?」


「小さな氷の魔法から。発動を早められれば、2人を待たせずに済みますもの」


「じゃあ、わたしが言葉を省く時のやり方からね」


 3人とも、教わることと教えることができた。


 俺だけが強くなるより、ずっと楽しそうだった。


「次はオスカーの番。風を見せて」


 言われたとおり、小枝へ薄く風を沿わせた。


「動かすと、先っぽだけ厚くなるね」


「そこから崩れるのか」


「たぶん。刃を長くするつもりじゃなくて、同じ薄さで包んでみて」


 枝をゆっくり振る。風の音が、少し静かになった。


 エステルが顔を近づける。


「そう、それ。今の感じ!」


 銀の髪が肩へ触れそうになり、思わず枝を下げた。


「……近いと、枝が当たるぞ」


「当てないでしょう?」


 信頼がまぶしい。


 嬉しくはある。だが、その笑顔へ気軽に踏み込むには、俺は前世の感覚を引きずりすぎている。


「コホンッ、練習中は、少し離れましょう」


 シルヴィアが、俺たちの間へ教本を差し入れた。


 そのおかげで、ようやく風の厚さへ集中できた。


     *


「皆さん、パーティ名はどうしますか?」


 放課後、冒険者ギルドへ寄ったところで、エマさんに尋ねられた。


「名前?」


「今は、代表者のお名前で登録しています。これから一緒に活動を続けるのでしたら、名前を決めておくと依頼の時にも分かりやすいですよ」


 掲示板には、いくつものパーティ名がある。


 そういえば、俺たちにはまだなかった。


「お名前がないので、ほかの方に呼ばれる時、少し長くなっていまして」


「どう呼ばれているんですか?」


 エマさんは、わずかに目をそらした。


「……第3王女殿下とラングレー伯爵令嬢がいらっしゃるパーティ、と」


 俺の名前すらなかった。


 パーティリーダーなのに……


 さすがモブの中のモブ。


 名前を決めよう。急ごう。


 受付を離れ、空いている卓へ3人で座った。


「オスカーは、何かある?」


「そうだな。白晶の灯、とか」


「きれいですけれど、白晶を出た後は?」


「……確かに」


「ずっと第1層にいるみたいだもんね」


 早くも却下された。


 シルヴィアは少し考え、卓へ指を置く。


「何か、目指すものから決めてはどうでしょう。強さでも、旅でも」


「それ、いいね」


 エステルが顔を上げた。


「じゃあ――『深淵』は?」


 思ったより、ずっと強そうな名前が来た。


 前世なら黒い外套を用意したくなる響きだ。だが、提案した本人は、窓から差す光の中で楽しそうに笑っていた。


「どういう意味で?」


「わたし、この世界をもっと見たいの」


 エステルの指が、卓の木目をゆっくりたどった。


「留学するまでは、魔道王国って、魔法の先生がたくさんいる場所だと思ってた。でも、行ったら全然違ったよ」


「違った?」


「先生もいたけど、魔法が苦手なパン屋のおじさんもいた。雨の日しか店を出さない人もいたし、同じ魔法を、全然違う使い方で教えてくれる子もいた」


 思い出すように、目を細める。


「本で名前を知っているだけじゃ、分からないことがいっぱいあった。だから、もっと遠くへ行って、自分の目で見たい。迷宮も、街も、そこで暮らしている人も」


 声が、少し柔らかくなった。


「広く見て、深く知りたいんだ。まだ底が見えないくらい、知らないことがあるでしょう?」


 俺は、軽口を飲み込んだ。


 3年間、父親に反対されても学びに行った少女だ。その名前には、彼女が実際に見てきた世界が入っている。


「迷宮の底だけを目指すわけじゃないんだな」


「うん。もちろん、そこも見てみたいけど」


 シルヴィアが微笑んだ。


「あなたらしいですわね」


「気に入らない?」


「まだ、そんなことは言っていません」


 彼女は、俺を見た。


「わたくしも賛成です。知らなかったことを、一緒に知っていくのは……悪くないと思います」


 その言葉が、昨日の左腕の温かさと重なった。


 俺も、知ったつもりで知らなかったことが多い。


「決まりだな」


 3人で受付へ戻り、エステルが名前を告げる。


 エマさんは意味を聞くと、穏やかに笑った。


「素敵ですね。では、《深淵》。代表者は、引き続きオスカーさんでよろしいですか?」


「はい」


「お願いします!」


「異存ありませんわ」


 登録用紙へ、名前が書き込まれた。


 隣に記されたランクは、F。


 大きな名前に、小さな実績。そこは、これから育てればいい。


     *


 その日の白晶では、角を持つ狼が2匹、正面から走ってきた。


「右を取る。左は頼む」


「任せて」


 エステルが杖を上げた。俺は鉄剣へ風を沿わせ、右の狼が踏み切る直前、鼻先へ水弾を放つ。


 狙いは倒すことだけではない。頭が上がれば、次の動きが読みやすくなる。


 横へ避け、脇を斬った。


 朝と同じなら、ここで風は乱れる。


 俺は剣先へ流れる魔力を絞り、振り返った。狼が向き直るより先に、2度目の刃を届かせる。


 風は、最後まで刃に残った。


 狼が白い粒になって消え、魔石が落ちる。隣では、エステルがもう1匹を仕留めていた。


「できたね!」


「ああ。さっきの説明、分かりやすかった」


「ふふ。もっと褒めてもいいよ」


「帰ってからにしましょう。奥にも1匹います」


 シルヴィアが詠唱を結ぶ。


「――《フロスト・ランス》!」


 氷の槍が飛んだ。


 陰から飛び出しかけた3匹目が、こちらへ届く前に倒れる。


 俺が2振りで喜んでいる間に、次の敵まで見ている。やっぱり、頼もしい仲間だ。


 回収した魔石を袋へ入れ、エステルのマジックバッグへ収めた。


 帰還までに、俺のレベルは14へ上がった。


 今日は、1つだけだ。それでも剣の手応えは、朝より確かになっている。数字が増えた分を、使える力にしていこう。


 帰りには、約束どおり地図の店へ寄った。


 エステルが街道を指し、シルヴィアが旅の日数を数える。俺は値札を見て、まずは書き写せる案内図からにしようと提案した。


 世界は広い。俺たちの財布は、まだ小さい。


     *


 翌朝、教室の入口で、見慣れない男子生徒が待っていた。


 背が高い。廊下の壁へ立てかけた袋から、長い木の柄がのぞいている。


「オスカー・エルフォードだな」


「そうだけど」


「1年3組のロルフ・ハーゲンだ。お前に、決闘を申し込む」


 近くにいた生徒が、友人の袖を引いた。


「ハーゲンだ。槍の実技、見たことあるか?」


「何人も、近づく前に突かれてたぞ」


 ロルフは、俺の後ろから来る銀髪と茶髪へ1度目をやった。


 なるほど。分かりやすい。


 学院屈指の美女2人と組んだモブ男子へ、嫉妬からの挑戦状。あわよくば姫と令嬢を奪う気だ。


 うん、想定内だ。


 しかも、相手は槍使い。


 俺は荷袋の木剣に触れた。


 知らない間合いを、知る機会が向こうから来てくれた。

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