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第12話 槍との決闘

連載中の

『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』

https://ncode.syosetu.com/n7268mo/

もよろしくお願いします!

「決闘を受けろ、オスカー・エルフォード」


 ロルフ・ハーゲンは、教室の入口で俺を見下ろしていた。


 後ろにいるエステルが、俺より先に口を開く。


「何のために?」


「殿下。あの者には、以前から確かめたいことが――」


「昨日まで、オスカーと話したこともなかったよね?」


 ロルフの口が止まった。


 シルヴィアは眉を寄せ、廊下に集まり始めた生徒を見る。


「授業前です。ここでは、ほかの方が通れませんわ」


「……なら、放課後だ」


 声は少し小さくなったが、引き下がるつもりはないらしい。


 俺は彼の持つ長い袋を見た。


 迷宮では、牙や角の届く距離を見ている。だが、人間が操る槍と向き合った経験はほとんどない。


 先生が止めてくれる環境で、試せるのはありがたい。


「模擬戦なら受けるよ。立ち会いをお願いして、場所が使えるなら」


「逃げるなよ」


「その前に授業から逃げるな」


 ロルフの後ろに、ハインツ先生が立っていた。


「2人とも、鐘は聞こえているな?」


 聞こえております。


     *


 放課後の実技場には、昨日よりずっと多くの生徒が集まっていた。


 上の学年の人までいる。噂が広がる速さだけなら、無詠唱にも負けていない。


「2人とも同じパーティなんだってさ」


「昼も一緒だった。ラングレー嬢、笑ってたぞ」


「その話はもう聞いた。何であいつなんだよ……」


 俺の強さより、昼食の会話の方が詳しく知られている気がする。


 試合区画では、ロルフが穂先を丸くした稽古槍を回していた。


 長い柄が、手の中を滑る。持つ位置が変わるたび、穂先の届く距離まで変わった。


「ハーゲンに剣で入るのは無理だろ」


「前の実技で、足を払われて転がされた。突きだけじゃないんだよな」


「頼むぞ、ハーゲン! 俺たちの分まで!」


「お前、昨日はあいつに転がされて怒ってたろ」


「今日は許した!」


 男子の声援が、一斉にロルフへ飛んだ。俺と戦うだけで仲直りできるらしい。


 ハインツ先生が、双方の武器を確かめる。


「1本先取。危険な攻撃と判断すれば、私が止める。魔法は許可するが、観客へ向けて放つな」


「はい」


「それから、エルフォード。申し込みを全て受ける義務はない。授業と体調を優先すること」


 もう次の申し込みまで予測されていた。


「承知しました」


 ロルフが、槍を構えた。


「無詠唱を使えるから、何でもできると思うなよ」


「それは、思っていない」


 むしろ、できないことを調べに来た。


「始め!」


 穂先が、まっすぐ迫った。


 思ったより遠いところから届く。


 俺は横へ身をずらし、木剣を当てた。すぐに次の突きが来る。受けてから踏み込もうとしても、もう槍は引き戻されていた。


 速い。


 剣なら、打った腕の戻りを見ればいい。槍はその間に、柄が手の中を動いている。


 《思考加速》で右手だけを見るのをやめ、《並列思考》で両手と肩、後ろ足まで視野へ入れた。


 上。次は腹。払ってから、脇へ突く。


 短く弾き、半歩ずつ位置を変える。


 まだ攻めない。まず、この届く距離を覚えたい。


「……オスカー君って、なんか最近かっこいいよね」


 女子の声がした。


「分かる。前より堂々としてるし、目が真剣」


「ハーゲン! もう1歩だ! 踏み込め!」


 男子の声量が、急に倍になった。


 10度目の突きをかわす頃には、ロルフの目つきが変わっていた。


「ちょろちょろと……!」


 前へ出る。


 俺は、槍が大きく伸びたところへ小さな水弾を放った。


 ロルフが顔を引く。今なら足元を崩せるかもしれない。


 だが、踏みとどまった。


 知りたいのは、槍使いが近づかれた時の対応だ。


 穂先の外へ回り、もう1歩、内側へ入る。


 その瞬間、柄の後ろが跳ね上がった。


「うわっ」


 木剣を斜めに置く。硬い音が響き、腕が押し戻された。


 続いて、低く払われた柄がすねをかすめる。足がもつれ、俺はどうにか踏み直した。


 今のは、十分に1本を取られかけた。


「内側へ入れば勝てると思ったか!」


 ロルフが槍を短く持ち直す。


 間合いが狭くなった代わりに、柄そのものが盾のように俺の剣を止めた。


 なるほど。


 長い武器には、長い武器なりの近距離戦がある。


「今の、いいな」


「……何?」


「いや。まだ続けよう」


 余計な声が漏れた。


 俺は1度下がり、呼吸を整える。


 ヴィンセントと打ち合った時より、脚は動く。毎朝走り、毎日魔物を追い、体の成長も重なっている。


 ただし、自由に技を見るには、こっちも上手に守らなくてはいけない。


 もう1度、槍が伸びる。


 木剣で外へ流す。今度は、わざと浅く踏み込んだ。


 柄の後ろが回る。それを見て下がり、続く突きを横へかわす。


 ロルフが、息を吸った。


「お前……なぜ、それまで避ける」


 初めの苛立ちに、別のものが混じっていた。


 俺は返事をせず、剣先を低く置く。


 同じ形の攻めでも、毎回少し違う。彼も俺の避け方を見て、狙いを変えているのだ。


 4度、5度。踏み込んでは戻り、相手の構え直しを確かめる。


 額から汗が落ちた。


 そろそろだ。覚えたことを、1つの動きにまとめてみよう。


 低い構えを見て、ロルフが肩口へ突いた。


 俺は剣を上げながら、槍の先へ横から短い風を当てる。


 柄を握る両手から遠い場所だ。風だけでは止まらないが、剣を添えれば、穂先の通る位置は変えられる。


 俺の肩の横を、槍が抜けた。


 踏み込む。


 彼は柄を引き、後ろ側で打とうとした。


 さっき見た動きだ。


 俺は大きく剣を振らず、柄へ沿わせるように短く押し当てた。《並列思考》で風をもう1度送り、槍が回り始める向きをずらす。


 ロルフの手が、持ち直すために動いた。


 そこへ、木剣の先を差し入れる。


 胸当てに、こつりと触れた。


「そこまで。勝者、オスカー・エルフォード!」


 ロルフが、自分の胸を見下ろした。


「……今、槍の内側に入ったよな」


「後ろで打つ方も、止めたぞ」


「最初は入れなかったのに……」


「魔法も色々使ってる……」


 先生へ1礼し、木剣を下げた。


 女子たちから拍手が起きた。男子は、ロルフと地面を交互に見ている。


 エステルは大きく手を振っていた。シルヴィアは胸元に置いていた手を、ようやく下ろした。


 視界の端で、通知が光る。


【レベル】14 → 16


 真剣に戦って勝ち、経験値が入る。経験値10倍が、今日も俺を押し上げてくれた。


 だが、数字と同じくらい、槍の怖さを体で覚えられたのが大きい。


「ありがとう。勉強になった」


 ロルフは、差し出した手を見たまま黙った。


「……本気で言っているのか」


「柄で打ち返すところ、知らなかった。危なかったよ」


 彼の頬が、少し赤くなった。褒められて嬉しそうだ。


「それくらい、普通だ」


 短く握り返し、離す。


「負けは認める。だが、次も同じようにはいかない」


「ああ。その時は、また頼む」


 俺が答えると、ロルフは何とも言えない顔になった。


「勝ったのに、相手のいいところを言えるんだね」


「今の笑い方、ちょっと好きかも」


 女子たちの横で、1人の男子が拳を握った。


「……弓だ。次は弓ならいける」


「次の刺客を送り込め」


あいつなら勝てる。こいつなら相性がいいと相談していた。


     *


「わざと、すぐには決めなかったでしょう」


 実技場を出たところで、エステルに言われた。


「最初の水弾の後かな。勝てたかは分からないけど、続けてみたかった」


「やっぱり」


「槍と戦う機会なんて、そう多くないからな」


「それで、足を打たれかけたんですのね」


 シルヴィアの声は、少し冷たかった。


 すねには、鈍い痛みが残っている。


「……あれは、反省している」


「知りたいことがあるのは分かります。でも、わざわざ怪我を増やす必要はありませんわ」


「うん。次は、止めるところを間違えない」


 彼女は膝をつき、布越しに腫れの具合を確かめた。回復魔法を使うほどではないと分かると、冷やした布を渡してくれる。


「観客席で見る方は、落ち着きませんのよ」


 その声に、俺は素直に頭を下げた。


「心配してくれて、ありがとう」


「……分かれば、いいんです」


 エステルが、横から俺の顔をのぞいた。


「でも、あの槍に近づいていくの、かっこよかったよ」


「エステル。今、褒めると――」


「危ないところは叱ったでしょう? よかったところも、言ってあげようよ」


 シルヴィアが、言葉を探した。


「最後の踏み込みは、その……見事でした」


 声が小さくなる。


 俺は、冷たい布を握り直した。


 こういう時まで、テンプレだからと受け流せるほど器用ではない。


「ありがとう。次は、もっと安心して見ていられるようにする」


 帰り道、男子たちは俺を見ると、そろって肩を落とした。それと同時に次は見ていろよという視線を送っていた。


     *


 翌日の放課後、出発前に、回復魔法の練習を少しだけした。


 昨日借りた教本の順番どおり、自分の掌へ魔力を集める。攻撃魔法のように押し出すと、すぐに光が散ってしまう。


「弱く、ゆっくりです。手の表面へ留めるつもりで」


 シルヴィアが隣で詠唱し、「――《セイクリッド・ヒール》」と結んで、同じ動きを見せた。


 俺の小さな光は、彼女の半分も続かない。無詠唱で出せることと、治療になるように働かせることは、別らしい。


「難しいな」


「わたくしも、最初は何日も同じところを練習しました」


「じゃあ、まずはそこまで追いつこう」


 光が少し長く留まると、彼女は自分が成功したように目を細めた。


「今の感覚を、覚えておいてくださいませ」


 その顔を見ていると、次も頑張ろうという気になる。先生としても、シルヴィアは優秀だった。


 その後、白晶の第1層で出会った狼は、角を低くして俺へ向かってきた。


 以前なら、飛びかかるところだけを見ていただろう。


 今日は、その角の長さと首の振れる範囲を見た。


 踏み込める位置を選び、風をまとわせた剣で受け流す。そのまま横へ回り、短く斬った。


 昨日の槍ほど複雑ではない。それでも、届くものの外へ立つという感覚は、同じだった。


 エステルの土が別の狼を止め、シルヴィアの氷が奥の1匹を貫く。


 俺は剣を返した。


 2振り。3振り。


 3度目の終わりまで、薄い風が残った。


「……よし」


 地上へ戻る頃には、レベルは17。《剣術》も5になっていた。


 熟練度10倍でも、学ぶことを間違えれば遠回りになる。良い相手と、良い助言に恵まれているのだと思う。


「今日は、脚も平気ですわね」


 シルヴィアが俺の歩き方を確かめ、少し笑った。


「ああ。最後まで見てくれて、ありがとう」


 荷袋を肩へ掛け直す。


 ギルドの前には、学院の男子生徒が1人、立っていた。


 背にあるのは、細身の弓だ。


「槍に勝ったって聞いたよ、エルフォード」


 少年は、俺からエステルへ視線を移し、すぐに戻した。少し頬が赤い。わかりやすい奴だ。


「でも、弓にはその剣、届かないだろ」


 俺は、思わず笑いそうになった。


 今度は、もっと遠い間合いらしい。

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