第12話 槍との決闘
連載中の
『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』
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もよろしくお願いします!
「決闘を受けろ、オスカー・エルフォード」
ロルフ・ハーゲンは、教室の入口で俺を見下ろしていた。
後ろにいるエステルが、俺より先に口を開く。
「何のために?」
「殿下。あの者には、以前から確かめたいことが――」
「昨日まで、オスカーと話したこともなかったよね?」
ロルフの口が止まった。
シルヴィアは眉を寄せ、廊下に集まり始めた生徒を見る。
「授業前です。ここでは、ほかの方が通れませんわ」
「……なら、放課後だ」
声は少し小さくなったが、引き下がるつもりはないらしい。
俺は彼の持つ長い袋を見た。
迷宮では、牙や角の届く距離を見ている。だが、人間が操る槍と向き合った経験はほとんどない。
先生が止めてくれる環境で、試せるのはありがたい。
「模擬戦なら受けるよ。立ち会いをお願いして、場所が使えるなら」
「逃げるなよ」
「その前に授業から逃げるな」
ロルフの後ろに、ハインツ先生が立っていた。
「2人とも、鐘は聞こえているな?」
聞こえております。
*
放課後の実技場には、昨日よりずっと多くの生徒が集まっていた。
上の学年の人までいる。噂が広がる速さだけなら、無詠唱にも負けていない。
「2人とも同じパーティなんだってさ」
「昼も一緒だった。ラングレー嬢、笑ってたぞ」
「その話はもう聞いた。何であいつなんだよ……」
俺の強さより、昼食の会話の方が詳しく知られている気がする。
試合区画では、ロルフが穂先を丸くした稽古槍を回していた。
長い柄が、手の中を滑る。持つ位置が変わるたび、穂先の届く距離まで変わった。
「ハーゲンに剣で入るのは無理だろ」
「前の実技で、足を払われて転がされた。突きだけじゃないんだよな」
「頼むぞ、ハーゲン! 俺たちの分まで!」
「お前、昨日はあいつに転がされて怒ってたろ」
「今日は許した!」
男子の声援が、一斉にロルフへ飛んだ。俺と戦うだけで仲直りできるらしい。
ハインツ先生が、双方の武器を確かめる。
「1本先取。危険な攻撃と判断すれば、私が止める。魔法は許可するが、観客へ向けて放つな」
「はい」
「それから、エルフォード。申し込みを全て受ける義務はない。授業と体調を優先すること」
もう次の申し込みまで予測されていた。
「承知しました」
ロルフが、槍を構えた。
「無詠唱を使えるから、何でもできると思うなよ」
「それは、思っていない」
むしろ、できないことを調べに来た。
「始め!」
穂先が、まっすぐ迫った。
思ったより遠いところから届く。
俺は横へ身をずらし、木剣を当てた。すぐに次の突きが来る。受けてから踏み込もうとしても、もう槍は引き戻されていた。
速い。
剣なら、打った腕の戻りを見ればいい。槍はその間に、柄が手の中を動いている。
《思考加速》で右手だけを見るのをやめ、《並列思考》で両手と肩、後ろ足まで視野へ入れた。
上。次は腹。払ってから、脇へ突く。
短く弾き、半歩ずつ位置を変える。
まだ攻めない。まず、この届く距離を覚えたい。
「……オスカー君って、なんか最近かっこいいよね」
女子の声がした。
「分かる。前より堂々としてるし、目が真剣」
「ハーゲン! もう1歩だ! 踏み込め!」
男子の声量が、急に倍になった。
10度目の突きをかわす頃には、ロルフの目つきが変わっていた。
「ちょろちょろと……!」
前へ出る。
俺は、槍が大きく伸びたところへ小さな水弾を放った。
ロルフが顔を引く。今なら足元を崩せるかもしれない。
だが、踏みとどまった。
知りたいのは、槍使いが近づかれた時の対応だ。
穂先の外へ回り、もう1歩、内側へ入る。
その瞬間、柄の後ろが跳ね上がった。
「うわっ」
木剣を斜めに置く。硬い音が響き、腕が押し戻された。
続いて、低く払われた柄がすねをかすめる。足がもつれ、俺はどうにか踏み直した。
今のは、十分に1本を取られかけた。
「内側へ入れば勝てると思ったか!」
ロルフが槍を短く持ち直す。
間合いが狭くなった代わりに、柄そのものが盾のように俺の剣を止めた。
なるほど。
長い武器には、長い武器なりの近距離戦がある。
「今の、いいな」
「……何?」
「いや。まだ続けよう」
余計な声が漏れた。
俺は1度下がり、呼吸を整える。
ヴィンセントと打ち合った時より、脚は動く。毎朝走り、毎日魔物を追い、体の成長も重なっている。
ただし、自由に技を見るには、こっちも上手に守らなくてはいけない。
もう1度、槍が伸びる。
木剣で外へ流す。今度は、わざと浅く踏み込んだ。
柄の後ろが回る。それを見て下がり、続く突きを横へかわす。
ロルフが、息を吸った。
「お前……なぜ、それまで避ける」
初めの苛立ちに、別のものが混じっていた。
俺は返事をせず、剣先を低く置く。
同じ形の攻めでも、毎回少し違う。彼も俺の避け方を見て、狙いを変えているのだ。
4度、5度。踏み込んでは戻り、相手の構え直しを確かめる。
額から汗が落ちた。
そろそろだ。覚えたことを、1つの動きにまとめてみよう。
低い構えを見て、ロルフが肩口へ突いた。
俺は剣を上げながら、槍の先へ横から短い風を当てる。
柄を握る両手から遠い場所だ。風だけでは止まらないが、剣を添えれば、穂先の通る位置は変えられる。
俺の肩の横を、槍が抜けた。
踏み込む。
彼は柄を引き、後ろ側で打とうとした。
さっき見た動きだ。
俺は大きく剣を振らず、柄へ沿わせるように短く押し当てた。《並列思考》で風をもう1度送り、槍が回り始める向きをずらす。
ロルフの手が、持ち直すために動いた。
そこへ、木剣の先を差し入れる。
胸当てに、こつりと触れた。
「そこまで。勝者、オスカー・エルフォード!」
ロルフが、自分の胸を見下ろした。
「……今、槍の内側に入ったよな」
「後ろで打つ方も、止めたぞ」
「最初は入れなかったのに……」
「魔法も色々使ってる……」
先生へ1礼し、木剣を下げた。
女子たちから拍手が起きた。男子は、ロルフと地面を交互に見ている。
エステルは大きく手を振っていた。シルヴィアは胸元に置いていた手を、ようやく下ろした。
視界の端で、通知が光る。
【レベル】14 → 16
真剣に戦って勝ち、経験値が入る。経験値10倍が、今日も俺を押し上げてくれた。
だが、数字と同じくらい、槍の怖さを体で覚えられたのが大きい。
「ありがとう。勉強になった」
ロルフは、差し出した手を見たまま黙った。
「……本気で言っているのか」
「柄で打ち返すところ、知らなかった。危なかったよ」
彼の頬が、少し赤くなった。褒められて嬉しそうだ。
「それくらい、普通だ」
短く握り返し、離す。
「負けは認める。だが、次も同じようにはいかない」
「ああ。その時は、また頼む」
俺が答えると、ロルフは何とも言えない顔になった。
「勝ったのに、相手のいいところを言えるんだね」
「今の笑い方、ちょっと好きかも」
女子たちの横で、1人の男子が拳を握った。
「……弓だ。次は弓ならいける」
「次の刺客を送り込め」
あいつなら勝てる。こいつなら相性がいいと相談していた。
*
「わざと、すぐには決めなかったでしょう」
実技場を出たところで、エステルに言われた。
「最初の水弾の後かな。勝てたかは分からないけど、続けてみたかった」
「やっぱり」
「槍と戦う機会なんて、そう多くないからな」
「それで、足を打たれかけたんですのね」
シルヴィアの声は、少し冷たかった。
すねには、鈍い痛みが残っている。
「……あれは、反省している」
「知りたいことがあるのは分かります。でも、わざわざ怪我を増やす必要はありませんわ」
「うん。次は、止めるところを間違えない」
彼女は膝をつき、布越しに腫れの具合を確かめた。回復魔法を使うほどではないと分かると、冷やした布を渡してくれる。
「観客席で見る方は、落ち着きませんのよ」
その声に、俺は素直に頭を下げた。
「心配してくれて、ありがとう」
「……分かれば、いいんです」
エステルが、横から俺の顔をのぞいた。
「でも、あの槍に近づいていくの、かっこよかったよ」
「エステル。今、褒めると――」
「危ないところは叱ったでしょう? よかったところも、言ってあげようよ」
シルヴィアが、言葉を探した。
「最後の踏み込みは、その……見事でした」
声が小さくなる。
俺は、冷たい布を握り直した。
こういう時まで、テンプレだからと受け流せるほど器用ではない。
「ありがとう。次は、もっと安心して見ていられるようにする」
帰り道、男子たちは俺を見ると、そろって肩を落とした。それと同時に次は見ていろよという視線を送っていた。
*
翌日の放課後、出発前に、回復魔法の練習を少しだけした。
昨日借りた教本の順番どおり、自分の掌へ魔力を集める。攻撃魔法のように押し出すと、すぐに光が散ってしまう。
「弱く、ゆっくりです。手の表面へ留めるつもりで」
シルヴィアが隣で詠唱し、「――《セイクリッド・ヒール》」と結んで、同じ動きを見せた。
俺の小さな光は、彼女の半分も続かない。無詠唱で出せることと、治療になるように働かせることは、別らしい。
「難しいな」
「わたくしも、最初は何日も同じところを練習しました」
「じゃあ、まずはそこまで追いつこう」
光が少し長く留まると、彼女は自分が成功したように目を細めた。
「今の感覚を、覚えておいてくださいませ」
その顔を見ていると、次も頑張ろうという気になる。先生としても、シルヴィアは優秀だった。
その後、白晶の第1層で出会った狼は、角を低くして俺へ向かってきた。
以前なら、飛びかかるところだけを見ていただろう。
今日は、その角の長さと首の振れる範囲を見た。
踏み込める位置を選び、風をまとわせた剣で受け流す。そのまま横へ回り、短く斬った。
昨日の槍ほど複雑ではない。それでも、届くものの外へ立つという感覚は、同じだった。
エステルの土が別の狼を止め、シルヴィアの氷が奥の1匹を貫く。
俺は剣を返した。
2振り。3振り。
3度目の終わりまで、薄い風が残った。
「……よし」
地上へ戻る頃には、レベルは17。《剣術》も5になっていた。
熟練度10倍でも、学ぶことを間違えれば遠回りになる。良い相手と、良い助言に恵まれているのだと思う。
「今日は、脚も平気ですわね」
シルヴィアが俺の歩き方を確かめ、少し笑った。
「ああ。最後まで見てくれて、ありがとう」
荷袋を肩へ掛け直す。
ギルドの前には、学院の男子生徒が1人、立っていた。
背にあるのは、細身の弓だ。
「槍に勝ったって聞いたよ、エルフォード」
少年は、俺からエステルへ視線を移し、すぐに戻した。少し頬が赤い。わかりやすい奴だ。
「でも、弓にはその剣、届かないだろ」
俺は、思わず笑いそうになった。
今度は、もっと遠い間合いらしい。




