第13話 弓矢との決闘
連載中の
『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』
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もよろしくお願いします!
ダッツ・リンドという少年は、弓を持つと、別人のように静かになった。
昨日、ギルドの前で俺へ話しかけた時は、ずいぶん軽い口調だったのだが。
ただし、弓を構えるまでが少々忙しい。
襟を直し、前髪を整え、防護壁の向こうへチラチラと目をやる。銀髪が揺れると、もう1度、襟を直した。
そこは、さっきから整っているぞ。
「オスカー・エルフォード。殿下たちが見ているからって、無理しなくていいよ」
「それは、お互いにな」
返すと、彼の頬がわずかに引きつった。
「僕は別に、誰かにいいところを見せようとか、そういうのじゃないから」
「俺も、そこまでは言ってないけど」
「……念のためだよ」
念のため……ちょっと意味がわからない。
「オスカー、頑張ってね!」
エステルが、俺に向かって手を振った。
俺が手を上げて応える横で、ダッツの肩がわずかに落ち、俺を睨む。
「……ずいぶん、応援されてるんだね」
「同じパーティだからな」
「分かってるよ。別に、気にしてない」
後ろの男子が、隣の肩をつついた。
「おい。あいつ、今、ものすごく悔しそうな顔したぞ」
「エステル殿下が来る前、髪ばかり気にしてたぞ」
「あいつ大丈夫か?」
「シッ、聞こえる」
気にしていないと言いながら、またエステルの方を見ている。
なるほど。本人としては、隠しているつもりらしい。
青春だな……
*
今日は、放課後の射撃用実技場を借りている。
矢の先には、塗料を含ませた柔らかな覆いがついていた。胸当てへの有効打か、接近後の1本で勝敗を決める。
練習用でも、速い矢が当たれば痛い。ハインツ先生は目や喉を狙わないことを確認し、観客を防護壁の後ろへ下げた。
俺の武器は、いつもの木剣。
開始位置は、15歩ほど離れている。
「ダッツ、移動標的の試験、全部当てたんだぞ」
「左右へ動いても当ててくる。逃げ方を見ているらしい」
「ああ、弓の腕は間違いない」
「頼むぞ、ダッツ! 今日はお前を信じてる!」
「昨日はハーゲンを信じてたよな?」
「今日は弓だ!」
「ハーゲンの仇を取れダッツ!」
男子は今日も全員、向こう側だ。
《思考加速》があっても脚まで速くはならない。矢を見てから何でも斬れるほど、今の俺は強くない。
「始め!」
合図と同時に、ダッツの目が俺を捉えた。
もう、観客席を気にする様子はない。
最初の1本が、飛んできた。
俺は横へ踏み出す。
速い。
胸があった場所を、白い穂先が通り過ぎた。
もう次の矢が、弓につがえられている。
ダッツは、俺の移動先を見ていた。
俺は踏み込むのをやめ、足元へ土を盛り上げる。斜めになった土の板へ、2本目の矢が当たった。
乾いた音が響く。
「……今のが、無詠唱」
ダッツは言いながら、左へ動いていた。
土の陰から俺が顔を出す位置へ、矢を向ける。
守りを置いても、そこへ隠れたままなら近づけない。
俺は1度、深く息を吐いた。
見てから考えるのでは、間に合わない。
見るなら、矢が放たれる前だ。
*
ダッツの右肘が、上がる。
弦を引き絞った指が、顎の横へ来た。
俺は土の板の左から、足だけを少し出す。
弓が動いた。
足を戻す。ダッツは矢を放たなかった。
見えているところへ、何でも撃つわけではないらしい。
「隠れていたら、勝てないよ」
「それは、分かってる」
今度は右から出た。
弓の向きが変わる。その途中で、俺は正面へ踏み込んだ。
矢が放たれる。
《並列思考》で、体の横へ強い風を送った。
矢そのものを狙って当てるのではない。通るはずの幅へ、風をまとめて置く。
穂先がわずかに流れ、袖の外を抜けた。
俺は3歩進む。
次の矢が来る前に――。
そう思ったところで、ダッツはもう弦を引いていた。
引きが浅い。
遠くへ飛ばす威力を捨て、その分、早く放つつもりだ。
俺は慌てて体をひねり、木剣を胸の前へ置いた。
矢が木剣に当たり、白い塗料が散った。
「よし、当たった!」
「剣だ。胸にはついてない!」
「そこを何とか!」
「判定は変わらん」
先生の返事は冷静だった。
先生が、手で続行を示した。
危ない。あと少しで終わっていた。
ダッツは弓を下げず、間合いを取り直す。
「今の距離で、止めるんだ」
口元の笑みは、消えていた。
「止められたのは、半分くらい偶然だよ」
「……そうは見えないけどね」
どう見えていても、危なかった事実は変わらない。
ダッツが下がりながら、俺の足のすぐ前へ低く射た。
俺は大きく横へ動きかけ、踏みとどまる。次の矢が、その移動先の胸の高さへ向けられていた。
すぐに土を盛り上げると、その表面へ続く2本の矢が刺さった。
当てるためだけではない。こちらを動かすための1射もあるのか。
土の陰で息をつき、剣の塗料を見ながら次の動きを考えた。
初めの1射は正確で速い。続く射撃では、俺が避けた方向を狙う。そして近づけば、短く引いて放つ。
同じ弓でも、距離によって使い方が変わる。
槍と同じで、届く範囲の内側に入れば終わり、というわけではなかった。
まだ、矢筒には何本も残っている。
全部を撃たせる必要はない。知りたい攻めは見えた。
ここからは、俺が距離を選ぼう。
*
小さな水弾を、ダッツの左脇へ放った。
彼は半歩動き、弓を引く。
その間に、もう1つ。
今度は、避ける先へ置くように飛ばした。
ダッツが足を止めた。
俺を狙うには、体をこちらへ向け直す必要がある。逃げ道を大きく塞ぐ威力はなくても、踏み出す順番くらいは変えられる。
俺は、右へ動き始めた。
弓が、少し先を向く。
彼は俺が走り続けると思っている。
弦を押さえる指が開く前に、歩幅を狭めた。右足を外へ置き、正面から吹かせた短い風で、走る勢いをわずかに殺す。
止まる。
矢が前を抜ける。
右へ行くはずだった体を、今度は斜め前へ押し出した。
ダッツが目を見開く。
「そこで、止まるのか……!」
まだ、近距離の矢がある。
俺は小さな水玉を、彼の弓の下へ飛ばした。腕を動かす線を塞ぐだけの、軽い1発だ。
ダッツが弓を持ち上げる。
つがえた矢を下へ向け直すより先に、俺は木剣を差し出した。
胸当てへ、確かな手応え。
「そこまで!」
先生の声と一緒に、俺は足を止めた。
「勝者、オスカー・エルフォード」
ダッツが弦を緩める。
大きな息が、彼の口から漏れた。
「……矢が出てから、避けていたの?」
「それは無理だよ。手と弓、それから肩を見ていた」
「見て、分かるものかな」
「分からないところは、魔法で補った。2射目の速いやつには、やられかけたしな」
ダッツは俺の木剣を見た。
白い塗料を見つめてから、少しだけ笑う。
「そこは、当てたかったな」
「ああ、危なかった」
だから、俺も次までに強くなる。
礼を交わすと、女子たちが拍手した。
「オスカー君、今日も勝った!」
「逃げてると思ったら、ちゃんと近づいてたんだね」
「明日も試合があるなら、見に来ようかな」
男子たちが顔を見合わせた。
「くっ、俺たちが呼ぶたび、見に来る女子が増えてないか?」
「……次で勝てばいいんだよ」
対策を変える気はないらしい。
防護壁のところまで戻ると、エステルがダッツにも声をかけた。
「近づかれてからの矢、速かったね。あんなふうに撃ち分けるんだ」
「えっ。あ、はい。距離が短ければ、深く引かなくても届きますので」
「なるほどね。あれはオスカーも慌てるわけだ」
楽しそうに笑うエステルに、ダッツが口を開きかけた。
「僕は、殿下の魔法の――」
「わたしの魔法?」
「いえっ。以前、実技の授業で拝見して、とても、その、見事だと……!」
「ありがとう。弓とは違うけど、狙い方は参考になるね」
ダッツは大きくうなずいた。その耳が、みるみる赤くなる。
友人が横から顔を出した。
「お前、あの日ずっと殿下の話をしてたもんな」
「お、おいっ!」
耳だけでなく、顔も真っ赤だ。
「ちっ、ち、違います。魔法の技術の話していたのです!」
「そ、それだけです。矢を拾ってくる!」
弓を抱えたまま、ダッツが実技場へ引き返した。
俺は今、青春の真っ只中にいることを実感した。
エステルは不思議そうに首を傾げ、シルヴィアは小さく息をついた。
憧れの相手に褒められて、隠していた好意が友人の一言で漏れる。
うん。これもテンプレ……なのか?
ただ、最後まで俺を狙っていたあの目は、本物だった。次に戦う時も、油断はできない。
*
「お疲れさま。はい」
エステルが水を差し出した。
シルヴィアは、木剣についた塗料を見ている。
「今日は、本当に危なかったところが分かりやすいですわね」
「これは残しておこうかな。反省用に」
「乾く前に落とした方がいいよ。握る時につくから」
エステルが布で拭き、シルヴィアが反対側を押さえた。
俺の剣が、2人の間を行き来する。
「……いいなあ」
防護壁の向こうで、男子がそろってため息をついた。
「次は魔法だ。近づけなければ勝てる!」
昨日も聞いた作戦だ。
俺は剣を受け取った。
「2人とも、ありがとう」
「ねえ、オスカー。さっきの止まり方、もう1回見せて」
「今すぐ?」
「うん。止まる前に、風の向きを変えてたでしょう」
エステルは、足の動きまで見ていたらしい。
シルヴィアも、地面に残った足跡を見る。
「止まる直前、右足を少し外へ置いていましたわね」
「急に止めると膝へ来るからな。向きごと変えたんだ」
説明しながら、ゆっくり再現する。
………
なんとか今日の決闘も乗り越えることができた。
*
放課後、その日の白晶では入口から少し進んだところで、帰還する冒険者たちとすれ違った。
盾を背負った男が、片手を上げる。
「これからか。気をつけてな」
「ありがとうございます。お疲れさまです」
道を譲ると、膨らんだ素材袋を下げた仲間たちが通っていく。エステルとシルヴィアも軽く会釈した。
迷宮は、俺たちだけの場所ではない。浅い第1層では、こうして別のパーティと顔を合わせることもある。曲がり角の向こうから、戦う声や剣の音が届く日もあった。
ただし、基本は互いの探索へ干渉しない。戦っている魔物を横から奪わず、落ちた魔石や素材へ勝手に手を出さない。相手がどこで何を得たかも、しつこく聞かない。冒険者同士の、迷宮での作法だ。
もちろん、助けを求める声や明らかな危険まで無視しろ、という意味ではない。
少し先の横道でも、人の声がした。
「こっちは、ほかの人たちが入ってるね」
エステルが足を止める。
「ああ。俺たちは、向こうを回ろう」
別の通路へ進んだ先で、狼が横から飛びかかってきた。さっそく、実技場で使った止まり方が役立つ。
飛び込みを空振りさせ、水弾を当てる。俺が剣で仕留める間に、エステルの風とシルヴィアの氷が、ほかの敵を片づけた。
今日は、魔法剣を何度も続ける余力まではない。
残りの魔力を確かめ、いつもより1つ手前の分岐で引き返した。
帰還時のレベルは19。
レベルが上がっても、休みは必要だ。
「明日は、半日くらい休もうか」
俺が言うと、2人はあっさり賛成した。
*
翌日は、学院の休講日だった。
午後から、中庭の隅で短い練習をした。
今度は、シルヴィアがエステルに教わる番だ。
「氷よ、我が――」
杖の先に生まれた白い粒が、途中で落ちた。
シルヴィアが、悔しそうに唇を結ぶ。
「いつもの言葉がないと、形が定まりませんわね」
「うん。省いた言葉の代わりに、形を作るところまで先にやっておくの。今日は、1か所だけ短くしてみよう」
エステルは、杖で小さな円を描いた。
「大きな槍じゃなくて、爪くらいの氷でいいから」
「……なるほど。もう1度」
普段は張り合う2人が、今は教本の同じ行を見ている。
シルヴィアは分からないところを聞き、エステルも答えに迷えば実際に魔法を作って確かめた。
俺はその横で、回復の光を掌へ留めた。休憩を挟み、最後に小さな火を灯す。
「オスカー、火の練習も、最後を消すところまでね」
「シルヴィア、今の言葉、さっきより1つ短かったぞ」
教える側も、教わる側も、すぐに入れ替わる。
短い練習でも、本だけでは分からないことを学べた。
*
夕方、ギルドへ道具の補充に寄ると、エマさんに呼び止められた。
「《深淵》の皆さん。Eランクへの昇格審査を、受けてみませんか?」
エステルが、ぱっと顔を上げた。
「もう、受けられるの?」
「依頼と探索の記録を確認しました。皆さんなら、次の審査へ進めます」
エマさんは、帳面の1枚を開く。
「ただ、実績が揃ったことと、昇格が決まることは別です。個人の技量と、3人での活動を、それぞれ確かめます」
「日程は、いつですか?」
「明後日でしたら、担当者が同行できますよ」
俺たちは顔を見合わせた。
白晶の、第2層へ続く階段。
何度も手前で引き返してきた道が、頭に浮かぶ。
「受けよう」
「うん!」
「準備をしていきましょう」
エマさんが、《深淵》と書かれた欄へ予定を入れた。
俺はその文字を見て、ようやく実感した。
深く知りたいとつけた名前で、俺たちは、初めて次の扉を叩こうとしていた。




