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第13話 弓矢との決闘

連載中の

『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』

https://ncode.syosetu.com/n7268mo/

もよろしくお願いします!

 ダッツ・リンドという少年は、弓を持つと、別人のように静かになった。


 昨日、ギルドの前で俺へ話しかけた時は、ずいぶん軽い口調だったのだが。


 ただし、弓を構えるまでが少々忙しい。


 襟を直し、前髪を整え、防護壁の向こうへチラチラと目をやる。銀髪が揺れると、もう1度、襟を直した。


 そこは、さっきから整っているぞ。


「オスカー・エルフォード。殿下たちが見ているからって、無理しなくていいよ」


「それは、お互いにな」


 返すと、彼の頬がわずかに引きつった。


「僕は別に、誰かにいいところを見せようとか、そういうのじゃないから」


「俺も、そこまでは言ってないけど」


「……念のためだよ」


 念のため……ちょっと意味がわからない。


「オスカー、頑張ってね!」


 エステルが、俺に向かって手を振った。


 俺が手を上げて応える横で、ダッツの肩がわずかに落ち、俺を睨む。


「……ずいぶん、応援されてるんだね」


「同じパーティだからな」


「分かってるよ。別に、気にしてない」


 後ろの男子が、隣の肩をつついた。


「おい。あいつ、今、ものすごく悔しそうな顔したぞ」


「エステル殿下が来る前、髪ばかり気にしてたぞ」


「あいつ大丈夫か?」


「シッ、聞こえる」


 気にしていないと言いながら、またエステルの方を見ている。


 なるほど。本人としては、隠しているつもりらしい。


 青春だな……


    *


 今日は、放課後の射撃用実技場を借りている。


 矢の先には、塗料を含ませた柔らかな覆いがついていた。胸当てへの有効打か、接近後の1本で勝敗を決める。


 練習用でも、速い矢が当たれば痛い。ハインツ先生は目や喉を狙わないことを確認し、観客を防護壁の後ろへ下げた。


 俺の武器は、いつもの木剣。


 開始位置は、15歩ほど離れている。


「ダッツ、移動標的の試験、全部当てたんだぞ」


「左右へ動いても当ててくる。逃げ方を見ているらしい」


「ああ、弓の腕は間違いない」


「頼むぞ、ダッツ! 今日はお前を信じてる!」


「昨日はハーゲンを信じてたよな?」


「今日は弓だ!」


「ハーゲンの仇を取れダッツ!」


 男子は今日も全員、向こう側だ。


 《思考加速》があっても脚まで速くはならない。矢を見てから何でも斬れるほど、今の俺は強くない。


「始め!」


 合図と同時に、ダッツの目が俺を捉えた。


 もう、観客席を気にする様子はない。


 最初の1本が、飛んできた。


 俺は横へ踏み出す。


 速い。


 胸があった場所を、白い穂先が通り過ぎた。


 もう次の矢が、弓につがえられている。


 ダッツは、俺の移動先を見ていた。


 俺は踏み込むのをやめ、足元へ土を盛り上げる。斜めになった土の板へ、2本目の矢が当たった。


 乾いた音が響く。


「……今のが、無詠唱」


 ダッツは言いながら、左へ動いていた。


 土の陰から俺が顔を出す位置へ、矢を向ける。


 守りを置いても、そこへ隠れたままなら近づけない。


 俺は1度、深く息を吐いた。


 見てから考えるのでは、間に合わない。


 見るなら、矢が放たれる前だ。


     *


 ダッツの右肘が、上がる。


 弦を引き絞った指が、顎の横へ来た。


 俺は土の板の左から、足だけを少し出す。


 弓が動いた。


 足を戻す。ダッツは矢を放たなかった。


 見えているところへ、何でも撃つわけではないらしい。


「隠れていたら、勝てないよ」


「それは、分かってる」


 今度は右から出た。


 弓の向きが変わる。その途中で、俺は正面へ踏み込んだ。


 矢が放たれる。


 《並列思考》で、体の横へ強い風を送った。


 矢そのものを狙って当てるのではない。通るはずの幅へ、風をまとめて置く。


 穂先がわずかに流れ、袖の外を抜けた。


 俺は3歩進む。


 次の矢が来る前に――。


 そう思ったところで、ダッツはもう弦を引いていた。


 引きが浅い。


 遠くへ飛ばす威力を捨て、その分、早く放つつもりだ。


 俺は慌てて体をひねり、木剣を胸の前へ置いた。


 矢が木剣に当たり、白い塗料が散った。


「よし、当たった!」


「剣だ。胸にはついてない!」


「そこを何とか!」


「判定は変わらん」


 先生の返事は冷静だった。


 先生が、手で続行を示した。


 危ない。あと少しで終わっていた。


 ダッツは弓を下げず、間合いを取り直す。


「今の距離で、止めるんだ」


 口元の笑みは、消えていた。


「止められたのは、半分くらい偶然だよ」


「……そうは見えないけどね」


 どう見えていても、危なかった事実は変わらない。


 ダッツが下がりながら、俺の足のすぐ前へ低く射た。


 俺は大きく横へ動きかけ、踏みとどまる。次の矢が、その移動先の胸の高さへ向けられていた。


 すぐに土を盛り上げると、その表面へ続く2本の矢が刺さった。


 当てるためだけではない。こちらを動かすための1射もあるのか。


 土の陰で息をつき、剣の塗料を見ながら次の動きを考えた。


 初めの1射は正確で速い。続く射撃では、俺が避けた方向を狙う。そして近づけば、短く引いて放つ。


 同じ弓でも、距離によって使い方が変わる。


 槍と同じで、届く範囲の内側に入れば終わり、というわけではなかった。


 まだ、矢筒には何本も残っている。


 全部を撃たせる必要はない。知りたい攻めは見えた。


 ここからは、俺が距離を選ぼう。


     *


 小さな水弾を、ダッツの左脇へ放った。


 彼は半歩動き、弓を引く。


 その間に、もう1つ。


 今度は、避ける先へ置くように飛ばした。


 ダッツが足を止めた。


 俺を狙うには、体をこちらへ向け直す必要がある。逃げ道を大きく塞ぐ威力はなくても、踏み出す順番くらいは変えられる。


 俺は、右へ動き始めた。


 弓が、少し先を向く。


 彼は俺が走り続けると思っている。


 弦を押さえる指が開く前に、歩幅を狭めた。右足を外へ置き、正面から吹かせた短い風で、走る勢いをわずかに殺す。


 止まる。


 矢が前を抜ける。


 右へ行くはずだった体を、今度は斜め前へ押し出した。


 ダッツが目を見開く。


「そこで、止まるのか……!」


 まだ、近距離の矢がある。


 俺は小さな水玉を、彼の弓の下へ飛ばした。腕を動かす線を塞ぐだけの、軽い1発だ。


 ダッツが弓を持ち上げる。


 つがえた矢を下へ向け直すより先に、俺は木剣を差し出した。


 胸当てへ、確かな手応え。


「そこまで!」


 先生の声と一緒に、俺は足を止めた。


「勝者、オスカー・エルフォード」


 ダッツが弦を緩める。


 大きな息が、彼の口から漏れた。


「……矢が出てから、避けていたの?」


「それは無理だよ。手と弓、それから肩を見ていた」


「見て、分かるものかな」


「分からないところは、魔法で補った。2射目の速いやつには、やられかけたしな」


 ダッツは俺の木剣を見た。


 白い塗料を見つめてから、少しだけ笑う。


「そこは、当てたかったな」


「ああ、危なかった」


 だから、俺も次までに強くなる。


 礼を交わすと、女子たちが拍手した。


「オスカー君、今日も勝った!」


「逃げてると思ったら、ちゃんと近づいてたんだね」


「明日も試合があるなら、見に来ようかな」


 男子たちが顔を見合わせた。


「くっ、俺たちが呼ぶたび、見に来る女子が増えてないか?」


「……次で勝てばいいんだよ」


 対策を変える気はないらしい。


 防護壁のところまで戻ると、エステルがダッツにも声をかけた。


「近づかれてからの矢、速かったね。あんなふうに撃ち分けるんだ」


「えっ。あ、はい。距離が短ければ、深く引かなくても届きますので」


「なるほどね。あれはオスカーも慌てるわけだ」


 楽しそうに笑うエステルに、ダッツが口を開きかけた。


「僕は、殿下の魔法の――」


「わたしの魔法?」


「いえっ。以前、実技の授業で拝見して、とても、その、見事だと……!」


「ありがとう。弓とは違うけど、狙い方は参考になるね」


 ダッツは大きくうなずいた。その耳が、みるみる赤くなる。


 友人が横から顔を出した。


「お前、あの日ずっと殿下の話をしてたもんな」


「お、おいっ!」


 耳だけでなく、顔も真っ赤だ。


「ちっ、ち、違います。魔法の技術の話していたのです!」


「そ、それだけです。矢を拾ってくる!」


 弓を抱えたまま、ダッツが実技場へ引き返した。


 俺は今、青春の真っ只中にいることを実感した。


 エステルは不思議そうに首を傾げ、シルヴィアは小さく息をついた。


 憧れの相手に褒められて、隠していた好意が友人の一言で漏れる。


 うん。これもテンプレ……なのか?


 ただ、最後まで俺を狙っていたあの目は、本物だった。次に戦う時も、油断はできない。


     *


「お疲れさま。はい」


 エステルが水を差し出した。


 シルヴィアは、木剣についた塗料を見ている。


「今日は、本当に危なかったところが分かりやすいですわね」


「これは残しておこうかな。反省用に」


「乾く前に落とした方がいいよ。握る時につくから」


 エステルが布で拭き、シルヴィアが反対側を押さえた。


 俺の剣が、2人の間を行き来する。


「……いいなあ」


 防護壁の向こうで、男子がそろってため息をついた。


「次は魔法だ。近づけなければ勝てる!」


 昨日も聞いた作戦だ。


 俺は剣を受け取った。


「2人とも、ありがとう」


「ねえ、オスカー。さっきの止まり方、もう1回見せて」


「今すぐ?」


「うん。止まる前に、風の向きを変えてたでしょう」


 エステルは、足の動きまで見ていたらしい。


 シルヴィアも、地面に残った足跡を見る。


「止まる直前、右足を少し外へ置いていましたわね」


「急に止めると膝へ来るからな。向きごと変えたんだ」


 説明しながら、ゆっくり再現する。


 ………


 なんとか今日の決闘も乗り越えることができた。


     *


 放課後、その日の白晶では入口から少し進んだところで、帰還する冒険者たちとすれ違った。


 盾を背負った男が、片手を上げる。


「これからか。気をつけてな」


「ありがとうございます。お疲れさまです」


 道を譲ると、膨らんだ素材袋を下げた仲間たちが通っていく。エステルとシルヴィアも軽く会釈した。


 迷宮は、俺たちだけの場所ではない。浅い第1層では、こうして別のパーティと顔を合わせることもある。曲がり角の向こうから、戦う声や剣の音が届く日もあった。


 ただし、基本は互いの探索へ干渉しない。戦っている魔物を横から奪わず、落ちた魔石や素材へ勝手に手を出さない。相手がどこで何を得たかも、しつこく聞かない。冒険者同士の、迷宮での作法だ。


 もちろん、助けを求める声や明らかな危険まで無視しろ、という意味ではない。


 少し先の横道でも、人の声がした。


「こっちは、ほかの人たちが入ってるね」


 エステルが足を止める。


「ああ。俺たちは、向こうを回ろう」


 別の通路へ進んだ先で、狼が横から飛びかかってきた。さっそく、実技場で使った止まり方が役立つ。


 飛び込みを空振りさせ、水弾を当てる。俺が剣で仕留める間に、エステルの風とシルヴィアの氷が、ほかの敵を片づけた。


 今日は、魔法剣を何度も続ける余力まではない。


 残りの魔力を確かめ、いつもより1つ手前の分岐で引き返した。


 帰還時のレベルは19。


 レベルが上がっても、休みは必要だ。


「明日は、半日くらい休もうか」


 俺が言うと、2人はあっさり賛成した。


     *


 翌日は、学院の休講日だった。


 午後から、中庭の隅で短い練習をした。


 今度は、シルヴィアがエステルに教わる番だ。


「氷よ、我が――」


 杖の先に生まれた白い粒が、途中で落ちた。


 シルヴィアが、悔しそうに唇を結ぶ。


「いつもの言葉がないと、形が定まりませんわね」


「うん。省いた言葉の代わりに、形を作るところまで先にやっておくの。今日は、1か所だけ短くしてみよう」


 エステルは、杖で小さな円を描いた。


「大きな槍じゃなくて、爪くらいの氷でいいから」


「……なるほど。もう1度」


 普段は張り合う2人が、今は教本の同じ行を見ている。


 シルヴィアは分からないところを聞き、エステルも答えに迷えば実際に魔法を作って確かめた。


 俺はその横で、回復の光を掌へ留めた。休憩を挟み、最後に小さな火を灯す。


「オスカー、火の練習も、最後を消すところまでね」


「シルヴィア、今の言葉、さっきより1つ短かったぞ」


 教える側も、教わる側も、すぐに入れ替わる。


 短い練習でも、本だけでは分からないことを学べた。


     *


 夕方、ギルドへ道具の補充に寄ると、エマさんに呼び止められた。


「《深淵》の皆さん。Eランクへの昇格審査を、受けてみませんか?」


 エステルが、ぱっと顔を上げた。


「もう、受けられるの?」


「依頼と探索の記録を確認しました。皆さんなら、次の審査へ進めます」


 エマさんは、帳面の1枚を開く。


「ただ、実績が揃ったことと、昇格が決まることは別です。個人の技量と、3人での活動を、それぞれ確かめます」


「日程は、いつですか?」


「明後日でしたら、担当者が同行できますよ」


 俺たちは顔を見合わせた。


 白晶の、第2層へ続く階段。


 何度も手前で引き返してきた道が、頭に浮かぶ。


「受けよう」


「うん!」


「準備をしていきましょう」


 エマさんが、《深淵》と書かれた欄へ予定を入れた。


 俺はその文字を見て、ようやく実感した。


 深く知りたいとつけた名前で、俺たちは、初めて次の扉を叩こうとしていた。

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