第8話 その決闘も想定内だ
連載中の
『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』
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午後の小試験は、魔法の実技場で行われた。
課題は、10歩先の的へ得意な魔法を当てること。威力、発動の速さ、制御が評価される。
「火よ。我が呼び声に応え、集いて敵を穿て――《クリムゾン・バレット》!」
先に出た生徒の火球が、的の端へ当たった。
俺も10日ほど前までは、毎回これを口にしていた。
「次、エステル殿下」
「はい」
エステルは、杖を的へ向けた。
「風よ、貫け――《ゲイル・バレット》」
短い言葉とともに、空気が鳴った。
的の中央に風の弾が当たり、吊っていた鎖が後ろへ振れる。隣の的は揺れていない。
「お見事です。詠唱短縮に加え、着弾後の拡散まで抑えていらっしゃる」
「ありがとう、先生」
「今ので、もう詠唱が終わったの?」
「しかも真ん中だ。隣の的、少しも揺れてないぞ」
列の後ろから声が漏れた。
戻ってきたエステルが、俺の横で小さく言った。
「昨日より、少し速くできた」
「最後まで流れを整えていたのか」
「うん。あなたの話を聞いて、試したくなったから」
聞いたことを、すぐ自分の技術へ取り込む。天才というのは、こういう人をいうのだろう。
次のシルヴィアは、よどみなく詠唱を紡いだ。
「――《フロスト・ランス》!」
細い氷の槍が放たれる。
的を貫いた氷が、その先の防護壁へ届く前に、白い粒へ砕ける。
「威力、停止位置ともに正確だ。よろしい」
シルヴィアは一礼して戻ってきた。
「やっぱり上手だね、シルヴィア」
「あなたこそ。留学の成果は出ているようですわね」
言い方は少し硬いが、互いの魔法を見る目は真剣だった。
「オスカー・エルフォード」
俺の番だ。ヴィンセントたちも見ている。
元仲間の前での再評価も定番だが、張り切って校舎を壊す気はない。父に請求が行ったら、何のために稼ぐのか分からなくなる。
右手を上げ、魔力をまとめた。
拳より小さな火球を作り、的の中央へ飛ばす。
焦げ跡を残した炎を、その場で消した。
「……エルフォード。今、詠唱をしたか?」
「していません」
実技場が、静かになった。
「口の中で唱えていた、という意味でもないな?」
「はい」
「もう1度、できるか」
同じ大きさの火球を、同じ場所へ当てた。
一瞬の沈黙のあと、声が漏れた。
「……無詠唱だ」
「エステル殿下だって、短い詠唱はしてたのに……」
「本当にオスカーか? 火を灯すのがやっとだっただろ」
昨日、路地裏でも使った。今さら詠唱するふりを続けても仕方ない。見せる範囲を選び、使えるものは使おう。
「いつからできるようになった?」
「最近です。魔力の動かし方を変えて、練習していました」
「そうか。試験後、少し話を聞かせてくれ」
先生は驚きを残したまま、成績を書き込んだ。
*
「オスカー。少し待て」
先生への説明を終えると、ヴィンセントに呼び止められた。
「そんな魔法が使えるなら、なぜ黙っていた」
「できるようになったのは、最近だよ」
「昨日も使えたんだろう」
「ああ。ただ、昨日は俺が話す前に、クビだと言われたからな」
彼の眉が動いた。
「オスカー、行こう?」
入口で待っていたエステルが、こちらへ来た。
シルヴィアも一緒だ。
「今日は、ギルドへ寄るんでしょう」
その言葉に、ヴィンセントが顔を上げた。
「殿下。まさか、こいつと依頼を?」
「うん。一緒に組もうと思ってるの」
「お考え直しください。その者は、昨日まで荷物持ちだった男です」
エステルの表情から、笑みが消えた。
「荷物を持つ人が必要だったんでしょう?」
「それしかできなかった、ということです。実戦で殿下をお守りできるとは思えません」
「守ってもらうだけのつもりはないよ。わたしも戦うから」
「ですが――」
「オスカーの判断も魔法も、自分で見た。それで、一緒にやりたいと思ったの」
ヴィンセントは唇を引き結んだ。
今ここにいる俺より、弱かった頃の記憶を信じているらしい。
「火球が速く出るだけで、何が変わる。剣を向けられれば、また下を向くんだろう」
「それは、やってみれば分かるよ」
彼の目が細くなった。
「なら、俺と決闘しろ」
来た。
追放した相手の実力を確かめようとする元リーダー。このテンプレも、想定内だ。
「いいよ。先生に、立ち会っていただけるなら」
「オスカー」
シルヴィアが、俺の袖へ触れた。
「無理に相手をする必要は、ありませんわ」
「ありがとう。でも、今の自分がどれくらい戦えるか、確かめておきたい」
ヴィンセントの戦い方なら、何度も見ている。先生の立ち会いで試せるなら、悪くない。
「ただ、勝敗でエステルの所属を決めるつもりはない。それは本人が決めることだ」
「……実力を見せると言ったのは、お前だろう」
「ああ。そこは取り消さない」
ヴィンセントを見た。
「俺が勝ったら、俺と組む相手まで、見る目がないように言うのはやめてくれ」
隣で、エステルがこちらを向いた。
「勝てたらな」
彼は、吐き捨てるように言った。
*
ハインツ先生は事情を聞くと、長いため息をついた。
「模擬戦として扱う。私が止めたら、すぐに剣を下げること。双方、それを守れるな」
俺たちはうなずいた。
武器は木剣で、1本先取。魔法と身体強化は使える。外からの援護はなし。
少し休んで魔力を戻し、試合区画へ入る。周囲には、授業が終わっても帰らない生徒が集まっていた。
「オスカーが勝てるわけないだろ。相手はヴィンセントだぞ」
「1年の剣の実技じゃ、いつも上位だもんな。俺なんか3合で剣を落とされた」
「でも、無詠唱を使えるんだろ?」
「その前に距離を詰められたら、終わりだって」
笑い交じりの声が聞こえる。
エステルは杖を抱え、こちらを見ていた。その隣で、シルヴィアが両手を握り合わせている。
俺は、腰から抜いた木剣を構える。
ヴィンセントが薄く笑った。
「泣いても止めるなよ」
「止めるのは先生だ」
「始め!」
ヴィンセントが間合いを詰め、剣先を軽く振った。
顔の前をかすめる。俺が半歩引くと、今度は肩へ短い打ち込みが来た。
反応を試しているらしい。
俺もすぐには魔法を放たず、剣を合わせた。どの速さまで体が動くか、確かめる。
上から打ち、横へ払う。受けると、今度は突き。
《思考加速》で肩と足を見て、振り始める前に半歩引く。まだ様子見の速さだから、知っている剣筋なら間に合う。
避ける。合わせる。押される前に引く。
木剣の音が、何度も実技場へ響いた。
「……おい。まだ続いてるぞ」
「もう10合は超えただろ。あのオスカーが?」
手のひらに汗がにじむ。
こちらからも短く突く。ヴィンセントは剣を払って、すぐに打ち返してきた。
斜めに受け、どうにか横へ流す。
「今のも、しのいだ!」
驚いた声が上がる。さっきの笑いは、もう聞こえなかった。
俺は間合いを取り直した。腕はしびれている。剣を合わせるたびに、力の差を感じていた。《思考加速》と《並列思考》がなければ、とっくに負けている。それほどヴィンセントと今の俺にはまだ実力差がある。
ヴィンセントが、足を止める。
「……なぜお前が、この動きについてこられる」
最初の薄笑いは消えていた。
「俺は、いつもお前の後ろにいただろう。前で戦うところは、見ていたよ」
もっとも、見たことがあるだけでは避けられない。
8日間の素振りと実戦。10倍の成長が、ようやく体を動かす力になっていた。
「見ていただけで、できるはずがあるか!」
踏み込みが、変わった。
さっきより深い。肩へ来ると思った剣が、途中で腹へ向かう。
知らない打ち方だ。
慌てて剣を下げると、衝撃が腕を突き上げた。次の1撃が脇へ迫り、俺は横へ飛び退く。
重い。正面から止めれば、剣ごと押される。
ごろつきとは違う。様子見を終えた剣士の攻めに、余裕が削られていく。
「どうした。下がるだけか!」
ヴィンセントの踏み込みが深くなる。
俺は剣を引き、小さな水玉を彼の右側へ放った。
「水――?」
彼は身をひねって避けた。
反応はいい。
だが、避けたことで、次に踏み出せる足が決まった。
その足先へ、土をわずかに盛り上げる。
つまずいた。
俺は踏み込んだが、ヴィンセントは崩れた姿勢から剣を振ってきた。
慌てて受け、横へ逃げる。
腕に、鈍い痛みが残った。
簡単には終わらないか。
「小細工を……!」
彼は姿勢を戻した。
今度は足元にも目を配っている。
同じ手を2度使うほど、こちらも楽観的ではない。
水玉を、もう1つ出す。
ヴィンセントは動かなかった。
水玉へ木剣を合わせ、弾くつもりだ。
俺はそこで、魔力の流れを変えた。
エステルに教わった、水の形を崩さず変える感覚。
丸い塊を、左右へ薄く伸ばす。
剣を受けて水が散った。
彼の目の前へ、細かな飛沫が広がる。
1瞬、まぶたが閉じた。
俺は、踏み込んだ。
《並列思考》で、横から短い風を当てる。同時に、相手の踏み直す足元へ小さな土の段差を作る。俺が速くなれないなら、相手が立て直す1瞬を遅らせる。
踏ん張ろうとしたヴィンセントの上体が、わずかに流れた。
狙うのは、握っている指ではなく、その上の手首。
木剣を短く振る。
硬い手応え。
彼の木剣が、地面へ落ちた。
俺は剣を返し、その先を肩口で止めた。
「そこまで!」
先生の声が響いた。
「勝者、オスカー・エルフォード」
誰も、すぐには声を上げなかった。
「……オスカーが、勝った?」
開始前に笑っていた生徒が、口を開けたまま立っている。
「あのヴィンセントから、剣を落とさせたんだぞ……」
「最後、見えたか? 魔法で崩してから打ったんだ」
「弱い魔法だけど、色々連続で放ってたぞ」
「オスカーは火魔法だけじゃなかったっけ?」
誰かが小さく手を叩いた。それにつられるように、まばらな拍手が広がっていく。
俺は剣を下げ、息を吐いた。腕はしびれ、脚も重い。残りの魔力は4割ほどだった。
勝った。だが、実戦での強さは、まだヴィンセントの方が上だ。
体力も、力も、速さも圧倒的に差がある。人を鑑定できない俺には、ヴィンセントの《剣術》のレベルは分からない。それでも、受けるたびに腕へ響いた重さと、崩されても打ち返す技量は、十分すぎるほど分かった。
今回は、1度崩して1本を取れば終わる勝負だった。《思考加速》で動きを捉え、《並列思考》で剣と魔法を両立させる。知っている剣筋を頼りにしのぎ、魔法で足と視界を乱した隙へ剣を届かせた。
それを長く続ければ、俺の体力と魔力が先に尽きる。今の俺では、まだ勝てない。
この1本は喜ぼう。次は、長く戦える体力と剣技を鍛えよう。
「……火だけじゃ、なかったのか」
ヴィンセントがつぶやいた。
「最近、できることが増えたんだ」
「剣も、前はそんな――」
言いかけて、彼は黙った。
俺は落ちた木剣を拾い、差し出す。
「これまで前で戦ってくれたことは、感謝しているよ。俺も、ちゃんと戦えるようになりたい」
ヴィンセントは、剣を受け取った。
「……負けは認める」
それだけ言って、背を向ける。
ブルーノが慌てて追い、フェリクスは1度俺を見てから、2人に続いた。
視界の端に、通知が出ていた。
【レベル】5 → 7
【スキルレベル上昇】《剣術》Lv2 → Lv3
経験値も熟練度も、10倍。
剣を使って勝った分が、ちゃんと返ってきた。
「オスカー!」
エステルが駆け寄ってきた。
「最後の水、昨日の練習を使ったんだね!」
「ああ。教えてもらった甲斐があった」
「それと、さっきの言い方も」
「さっき?」
「わたしのことまで、悪く言わないでって」
彼女は俺の顔を見て、少しだけ声を落とした。
「嬉しかった」
まっすぐ言われると、返事に困る。
「……じゃあ、依頼でも期待に応えないとな」
俺は木剣を腰へ戻した。
まずは、昨日から延びている薬草採りだ。
戦えると分かったなら、次は自分たちの手で稼いでみよう。




