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第8話 その決闘も想定内だ  

連載中の

『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』

https://ncode.syosetu.com/n7268mo/

もよろしくお願いします!

 午後の小試験は、魔法の実技場で行われた。


 課題は、10歩先の的へ得意な魔法を当てること。威力、発動の速さ、制御が評価される。


「火よ。我が呼び声に応え、集いて敵を穿て――《クリムゾン・バレット》!」


 先に出た生徒の火球が、的の端へ当たった。


 俺も10日ほど前までは、毎回これを口にしていた。


「次、エステル殿下」


「はい」


 エステルは、杖を的へ向けた。


「風よ、貫け――《ゲイル・バレット》」


 短い言葉とともに、空気が鳴った。


 的の中央に風の弾が当たり、吊っていた鎖が後ろへ振れる。隣の的は揺れていない。


「お見事です。詠唱短縮に加え、着弾後の拡散まで抑えていらっしゃる」


「ありがとう、先生」


「今ので、もう詠唱が終わったの?」


「しかも真ん中だ。隣の的、少しも揺れてないぞ」


 列の後ろから声が漏れた。


 戻ってきたエステルが、俺の横で小さく言った。


「昨日より、少し速くできた」


「最後まで流れを整えていたのか」


「うん。あなたの話を聞いて、試したくなったから」


 聞いたことを、すぐ自分の技術へ取り込む。天才というのは、こういう人をいうのだろう。


 次のシルヴィアは、よどみなく詠唱を紡いだ。


「――《フロスト・ランス》!」


 細い氷の槍が放たれる。


 的を貫いた氷が、その先の防護壁へ届く前に、白い粒へ砕ける。


「威力、停止位置ともに正確だ。よろしい」


 シルヴィアは一礼して戻ってきた。


「やっぱり上手だね、シルヴィア」


「あなたこそ。留学の成果は出ているようですわね」


 言い方は少し硬いが、互いの魔法を見る目は真剣だった。


「オスカー・エルフォード」


 俺の番だ。ヴィンセントたちも見ている。


 元仲間の前での再評価も定番だが、張り切って校舎を壊す気はない。父に請求が行ったら、何のために稼ぐのか分からなくなる。


 右手を上げ、魔力をまとめた。


 拳より小さな火球を作り、的の中央へ飛ばす。


 焦げ跡を残した炎を、その場で消した。


「……エルフォード。今、詠唱をしたか?」


「していません」


 実技場が、静かになった。


「口の中で唱えていた、という意味でもないな?」


「はい」


「もう1度、できるか」


 同じ大きさの火球を、同じ場所へ当てた。


 一瞬の沈黙のあと、声が漏れた。


「……無詠唱だ」


「エステル殿下だって、短い詠唱はしてたのに……」


「本当にオスカーか? 火を灯すのがやっとだっただろ」


 昨日、路地裏でも使った。今さら詠唱するふりを続けても仕方ない。見せる範囲を選び、使えるものは使おう。


「いつからできるようになった?」


「最近です。魔力の動かし方を変えて、練習していました」


「そうか。試験後、少し話を聞かせてくれ」


 先生は驚きを残したまま、成績を書き込んだ。


     *


「オスカー。少し待て」


 先生への説明を終えると、ヴィンセントに呼び止められた。


「そんな魔法が使えるなら、なぜ黙っていた」


「できるようになったのは、最近だよ」


「昨日も使えたんだろう」


「ああ。ただ、昨日は俺が話す前に、クビだと言われたからな」


 彼の眉が動いた。


「オスカー、行こう?」


 入口で待っていたエステルが、こちらへ来た。


 シルヴィアも一緒だ。


「今日は、ギルドへ寄るんでしょう」


 その言葉に、ヴィンセントが顔を上げた。


「殿下。まさか、こいつと依頼を?」


「うん。一緒に組もうと思ってるの」


「お考え直しください。その者は、昨日まで荷物持ちだった男です」


 エステルの表情から、笑みが消えた。


「荷物を持つ人が必要だったんでしょう?」


「それしかできなかった、ということです。実戦で殿下をお守りできるとは思えません」


「守ってもらうだけのつもりはないよ。わたしも戦うから」


「ですが――」


「オスカーの判断も魔法も、自分で見た。それで、一緒にやりたいと思ったの」


 ヴィンセントは唇を引き結んだ。


 今ここにいる俺より、弱かった頃の記憶を信じているらしい。


「火球が速く出るだけで、何が変わる。剣を向けられれば、また下を向くんだろう」


「それは、やってみれば分かるよ」


 彼の目が細くなった。


「なら、俺と決闘しろ」


 来た。


 追放した相手の実力を確かめようとする元リーダー。このテンプレも、想定内だ。


「いいよ。先生に、立ち会っていただけるなら」


「オスカー」


 シルヴィアが、俺の袖へ触れた。


「無理に相手をする必要は、ありませんわ」


「ありがとう。でも、今の自分がどれくらい戦えるか、確かめておきたい」


 ヴィンセントの戦い方なら、何度も見ている。先生の立ち会いで試せるなら、悪くない。


「ただ、勝敗でエステルの所属を決めるつもりはない。それは本人が決めることだ」


「……実力を見せると言ったのは、お前だろう」


「ああ。そこは取り消さない」


 ヴィンセントを見た。


「俺が勝ったら、俺と組む相手まで、見る目がないように言うのはやめてくれ」


 隣で、エステルがこちらを向いた。


「勝てたらな」


 彼は、吐き捨てるように言った。


     *


 ハインツ先生は事情を聞くと、長いため息をついた。


「模擬戦として扱う。私が止めたら、すぐに剣を下げること。双方、それを守れるな」


 俺たちはうなずいた。


 武器は木剣で、1本先取。魔法と身体強化は使える。外からの援護はなし。


 少し休んで魔力を戻し、試合区画へ入る。周囲には、授業が終わっても帰らない生徒が集まっていた。


「オスカーが勝てるわけないだろ。相手はヴィンセントだぞ」


「1年の剣の実技じゃ、いつも上位だもんな。俺なんか3合で剣を落とされた」


「でも、無詠唱を使えるんだろ?」


「その前に距離を詰められたら、終わりだって」


 笑い交じりの声が聞こえる。


 エステルは杖を抱え、こちらを見ていた。その隣で、シルヴィアが両手を握り合わせている。


 俺は、腰から抜いた木剣を構える。


 ヴィンセントが薄く笑った。


「泣いても止めるなよ」


「止めるのは先生だ」


「始め!」


 ヴィンセントが間合いを詰め、剣先を軽く振った。


 顔の前をかすめる。俺が半歩引くと、今度は肩へ短い打ち込みが来た。


 反応を試しているらしい。


 俺もすぐには魔法を放たず、剣を合わせた。どの速さまで体が動くか、確かめる。


 上から打ち、横へ払う。受けると、今度は突き。


 《思考加速》で肩と足を見て、振り始める前に半歩引く。まだ様子見の速さだから、知っている剣筋なら間に合う。


 避ける。合わせる。押される前に引く。


 木剣の音が、何度も実技場へ響いた。


「……おい。まだ続いてるぞ」


「もう10合は超えただろ。あのオスカーが?」


 手のひらに汗がにじむ。


 こちらからも短く突く。ヴィンセントは剣を払って、すぐに打ち返してきた。


 斜めに受け、どうにか横へ流す。


「今のも、しのいだ!」


 驚いた声が上がる。さっきの笑いは、もう聞こえなかった。


 俺は間合いを取り直した。腕はしびれている。剣を合わせるたびに、力の差を感じていた。《思考加速》と《並列思考》がなければ、とっくに負けている。それほどヴィンセントと今の俺にはまだ実力差がある。


 ヴィンセントが、足を止める。


「……なぜお前が、この動きについてこられる」


 最初の薄笑いは消えていた。


「俺は、いつもお前の後ろにいただろう。前で戦うところは、見ていたよ」


 もっとも、見たことがあるだけでは避けられない。


 8日間の素振りと実戦。10倍の成長が、ようやく体を動かす力になっていた。


「見ていただけで、できるはずがあるか!」


 踏み込みが、変わった。


 さっきより深い。肩へ来ると思った剣が、途中で腹へ向かう。


 知らない打ち方だ。


 慌てて剣を下げると、衝撃が腕を突き上げた。次の1撃が脇へ迫り、俺は横へ飛び退く。


 重い。正面から止めれば、剣ごと押される。


 ごろつきとは違う。様子見を終えた剣士の攻めに、余裕が削られていく。


「どうした。下がるだけか!」


 ヴィンセントの踏み込みが深くなる。


 俺は剣を引き、小さな水玉を彼の右側へ放った。


「水――?」


 彼は身をひねって避けた。


 反応はいい。


 だが、避けたことで、次に踏み出せる足が決まった。


 その足先へ、土をわずかに盛り上げる。


 つまずいた。


 俺は踏み込んだが、ヴィンセントは崩れた姿勢から剣を振ってきた。


 慌てて受け、横へ逃げる。


 腕に、鈍い痛みが残った。


 簡単には終わらないか。


「小細工を……!」


 彼は姿勢を戻した。


 今度は足元にも目を配っている。


 同じ手を2度使うほど、こちらも楽観的ではない。


 水玉を、もう1つ出す。


 ヴィンセントは動かなかった。


 水玉へ木剣を合わせ、弾くつもりだ。


 俺はそこで、魔力の流れを変えた。


 エステルに教わった、水の形を崩さず変える感覚。


 丸い塊を、左右へ薄く伸ばす。


 剣を受けて水が散った。


 彼の目の前へ、細かな飛沫が広がる。


 1瞬、まぶたが閉じた。


 俺は、踏み込んだ。


 《並列思考》で、横から短い風を当てる。同時に、相手の踏み直す足元へ小さな土の段差を作る。俺が速くなれないなら、相手が立て直す1瞬を遅らせる。


 踏ん張ろうとしたヴィンセントの上体が、わずかに流れた。


 狙うのは、握っている指ではなく、その上の手首。


 木剣を短く振る。


 硬い手応え。


 彼の木剣が、地面へ落ちた。


 俺は剣を返し、その先を肩口で止めた。


「そこまで!」


 先生の声が響いた。


「勝者、オスカー・エルフォード」


 誰も、すぐには声を上げなかった。


「……オスカーが、勝った?」


 開始前に笑っていた生徒が、口を開けたまま立っている。


「あのヴィンセントから、剣を落とさせたんだぞ……」


「最後、見えたか? 魔法で崩してから打ったんだ」


「弱い魔法だけど、色々連続で放ってたぞ」


「オスカーは火魔法だけじゃなかったっけ?」


 誰かが小さく手を叩いた。それにつられるように、まばらな拍手が広がっていく。


 俺は剣を下げ、息を吐いた。腕はしびれ、脚も重い。残りの魔力は4割ほどだった。


 勝った。だが、実戦での強さは、まだヴィンセントの方が上だ。


 体力も、力も、速さも圧倒的に差がある。人を鑑定できない俺には、ヴィンセントの《剣術》のレベルは分からない。それでも、受けるたびに腕へ響いた重さと、崩されても打ち返す技量は、十分すぎるほど分かった。


 今回は、1度崩して1本を取れば終わる勝負だった。《思考加速》で動きを捉え、《並列思考》で剣と魔法を両立させる。知っている剣筋を頼りにしのぎ、魔法で足と視界を乱した隙へ剣を届かせた。


 それを長く続ければ、俺の体力と魔力が先に尽きる。今の俺では、まだ勝てない。


 この1本は喜ぼう。次は、長く戦える体力と剣技を鍛えよう。


「……火だけじゃ、なかったのか」


 ヴィンセントがつぶやいた。


「最近、できることが増えたんだ」


「剣も、前はそんな――」


 言いかけて、彼は黙った。


 俺は落ちた木剣を拾い、差し出す。


「これまで前で戦ってくれたことは、感謝しているよ。俺も、ちゃんと戦えるようになりたい」


 ヴィンセントは、剣を受け取った。


「……負けは認める」


 それだけ言って、背を向ける。


 ブルーノが慌てて追い、フェリクスは1度俺を見てから、2人に続いた。


 視界の端に、通知が出ていた。


【レベル】5 → 7


【スキルレベル上昇】《剣術》Lv2 → Lv3


 経験値も熟練度も、10倍。


 剣を使って勝った分が、ちゃんと返ってきた。


「オスカー!」


 エステルが駆け寄ってきた。


「最後の水、昨日の練習を使ったんだね!」


「ああ。教えてもらった甲斐があった」


「それと、さっきの言い方も」


「さっき?」


「わたしのことまで、悪く言わないでって」


 彼女は俺の顔を見て、少しだけ声を落とした。


「嬉しかった」


 まっすぐ言われると、返事に困る。


「……じゃあ、依頼でも期待に応えないとな」


 俺は木剣を腰へ戻した。


 まずは、昨日から延びている薬草採りだ。


 戦えると分かったなら、次は自分たちの手で稼いでみよう。

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