第7話 転校生なら想定内だ
連載中の
『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』
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もよろしくお願いします!
翌朝、教室へ入ると、シルヴィアが俺の机の前に立っていた。
いつもより少し早い時間だ。窓際には数人の生徒がいるが、こちらまで話し声は届かない。
「おはよう、シルヴィア」
「……おはようございます」
返事をしてから、彼女は1度唇を結んだ。
茶色の髪はきれいに結われ、制服にも乱れはない。ただ、胸元のリボンへ触れる指が、落ち着かなかった。
「少し、お話ししてもよろしいかしら」
「もちろん」
俺は鞄を机へ置いた。
朝のうちに父への送金と手紙を託してきたので、気持ちにも余裕がある。今日は小試験を終えたら、昨日の採取依頼を片づけるつもりだ。
「昨日、お父様の支援について申し上げたことですけれど」
シルヴィアが顔を上げる。
「あれは、わたくしが勝手に持ち出してよいお話ではありませんでした。あなたを困らせるような言い方をして……ごめんなさい」
声の最後が、少しだけ細くなった。
それでも、俺から目をそらさなかった。
「謝ってくれてありがとう」
俺が答えると、彼女の指が止まった。
「……それだけですの?」
「大事な話だと思って、言いに来てくれたんだろう。聞けてよかった」
シルヴィアは何か言いかけ、息を吐いた。
「あなた、そういうところまで変わりましたのね」
「前なら、俺が謝っていたかもしれないな」
「……そうですわね」
その返事には、いつもの強さがなかった。
彼女は机の端へ置いていた手を引き、背筋を伸ばす。
「それから、ジュリアン様との婚約は、決まっておりません」
「そうだったのか」
「お花をいただいたり、お誘いを受けたりしたことはありますけれど、それだけですわ」
「分かった。紹介の話は、なしでいいな」
「ええ。それと、わたくしたちの――」
始業の鐘が鳴った。
廊下を駆けてきた生徒たちが、扉から続けて入ってくる。シルヴィアはそちらを見て、開きかけた口を閉じた。
「続きは、あとでもいいか?」
「……ええ」
自分の席へ向かう途中、彼女は1度だけ振り返った。
「今度は、勝手に帰らないでくださいませ」
「声をかけるよ」
それを聞いてから、ようやく前を向いた。
昨日までなら、帰るなと命じて終わっていたはずだ。先程の謝罪も含め、シルヴィアに何か心境の変化でもあったのかもしれない。
*
担任のハインツ先生は、出席簿と一緒に、1人の生徒を連れてきた。
窓から差す朝の光に、銀色の髪がきらめく。
見覚えのある顔。見慣れない学院の制服。
はい、来た。
「今日から、この組で学ぶことになった転入生だ」
「ねえ、あの方……エステル殿下じゃない?」
「魔道王国へ留学していた、あの?」
「魔道学院中等部を首席で卒業したという噂の」
前の席の女子生徒が、隣へ顔を寄せた。廊下側でも、背筋を伸ばして入口を見つめる生徒がいる。
「王女殿下が、俺たちと同じ組に?」
「エステル・アルヴェイン。昨日、魔道王国から帰ってきたばかりなの。よろしくね」
黒板の前で、第3王女が笑う。
そして俺を見つけると、片方の口角を、にやりと上げた。
昨日の、あの顔だ。
助けた少女が王女で、翌日には同じ教室へ来る。
やはりテンプレか。もちろん、想定内だ。
何組かまで聞かれた時点で、候補には入れておいた。
「エステル!?」
想定していなかった者の声が、2列前から上がった。
シルヴィアだった。
「シルヴィア! 久しぶり!」
「帰国なさるとは聞いていましたけれど、今日からこちらへ来るなんて――」
「驚いた?」
「驚きましたわ!」
「よかった。手紙に書かなくて」
「少しもよくありません!」
声は強いのに、シルヴィアの頬が緩んでいる。
どうやら、ずいぶん親しいらしい。
「再会を喜ぶのは、休み時間にしてもらおうか」
ハインツ先生が出席簿を軽く持ち上げた。
シルヴィアは、はっとして座り直す。
「失礼いたしました、先生」
「エステル殿下のお席は、窓側の――」
「あ、オスカーの隣、空いてるね」
俺の右隣には、持ち主のいない机があった。
先生が1度だけ俺を見た。
「……そこを予定していました」
「よかった」
銀色の髪が近づいてくる。
「おはよう、オスカー。昨日ぶり」
「おはよう、エステル。今日からだったんだな」
「その顔。驚いてないでしょう」
「そんな気はしていた」
「もう。せっかく黙ってたのに」
「……今、殿下を名前で呼んだぞ」
「オスカーって、王女殿下と知り合いだったの?」
「知らない。昨日ぶりって、どこで会ったんだ?」
斜め前の2人が、口元を手で隠して話している。声を落としているつもりだろうが、だいたい聞こえていた。
「しっ。こっち見てる」
目が合うと、2人は慌てて黒板へ向き直った。
特にシルヴィアの視線は、まっすぐこちらへ刺さっていた。
*
1時間目が終わった途端、シルヴィアがやってきた。
「お2人とも。少し、こちらへ」
行き先は廊下の端の談話室だった。扉は開いているが、中には誰もいない。
席へ着くなり、彼女はエステルを見る。
「いつ、お知り合いになったんですの?」
「昨日。街で助けてもらったの」
「……助けた?」
今度は俺に視線が来た。
俺は、ごろつきに絡まれていたエステルを助け、王城で事情を説明したことを話した。
シルヴィアは途中から、額へ指を当てていた。
「あなた、帰国早々、護衛をまきましたのね」
「どうして分かるの?」
「護衛がいたら、ごろつきの方から近寄りませんわ」
言われてみれば、そのとおりだ。
「初等部の頃も、式典のお稽古から逃げていらしたでしょう」
「シルヴィアだって、一緒にお菓子を食べたじゃない」
「連れ戻しに行ったんです!」
「でも、2つ食べた」
「数は関係ありません!」
俺は、お茶のない卓上を眺めた。
これは、しばらくかかりそうだ。
「2人は、初等部からの友人なのか」
「そう。女子棟でずっと一緒だったの。中等部に上がる時、わたしは留学したけど」
エステルが答える。
初等部は男女別だ。12歳で中等部へ進み、15歳から高等部になる。俺とエステルが同じ校舎で過ごす機会は、これまでなかったわけだ。
「でも、オスカーの名前は知ってたよ」
「俺の?」
「シルヴィアを魔物から守った子でしょう。枝を持って、前に立ったって」
シルヴィアの肩が、ぴくりと動いた。
「7年前の話だ」
「シルヴィアが、何度も――」
「1度ですわ!」
「3回は聞いたけど」
「覚えていません!」
覚えている者と、覚えていない者の間で、話が止まった。
エステルは楽しそうに笑い、それから俺へ向き直る。
「ちゃんと会えて、よかった。昨日も、名前を聞いて、もしかしてって思ったんだ」
「大したことはしていないよ」
「……そんなこと、ありませんわ」
シルヴィアが言った。
声が小さかったので、俺は彼女を見る。
「わたくしは、覚えていますもの」
青い瞳が、まっすぐこちらを向いていた。
俺は返事を探し、少し遅れてうなずいた。
「俺も、覚えている」
あの時は、本当に怖かった。
それでも、あそこへ出てよかったと、今は思える。
「ねえ。2人は婚約してるんだよね?」
エステルの質問に、シルヴィアの口が止まった。
「昨日、解消する話になった」
俺が答えると、今度はエステルが固まった。
「えっ。どうして?」
「いろいろあったんだ。家同士の手続きは、これからだけど」
「……わたくしの、言い方が悪かったんですの」
シルヴィアは膝の上で手を重ねた。
エステルは彼女を見て、からかうような笑みを引っ込めた。
「そっか。じゃあ、それは2人でちゃんと話してね」
ここで根掘り葉掘り聞かないのは、親友だからだろうか。
俺はうなずいた。
「今日は、あとで続きを話す約束をしている」
「うん。それならいいの。それで、オスカーはどこの冒険者パーティにいるの?」
「昨日、そこもクビになった」
「昨日、いろいろありすぎない?」
「俺もそう思う」
エステルが数回まばたきをした。
それから、こちらが何か言うより先に、笑顔になる。
「じゃあ、わたし、オスカーと同じパーティになる」
「……え?」
声を漏らしたのは、シルヴィアだった。
「今は誰とも組んでないんでしょう。ちょうどいいじゃない」
「俺は、まず1人で稼ぐつもりだったんだけどな」
「採取もするよ。迷宮にも入れるし、魔法も使える。昨日、約束したでしょう? お互いに教えようって」
確かに、それは約束した。
「危ない依頼ばかり選ぶつもりはないぞ。薬草を摘んで帰るだけの日もある」
「いいよ。知らない草の見分け方、教えて」
「拾う素材が安くても、文句は言わない?」
「売ればお金になるんでしょう?」
話が早い。
王女だから、面倒な雑用は嫌がるかと思っていたが、そうでもないらしい。
「まず1度、一緒に依頼をやってみよう。それで、続けられそうなら組む」
「決まり!」
エステルは、卓上へ置いていた俺の手を両手で取った。
「よろしく、オスカー」
「ああ。よろしく」
握手にしては、少し長い。
俺は笑って手を離した。
エステルもシルヴィアも世間で言えば、絶世の美少女だ。だが、好みを言えば、俺は大人の女性の方が好きだ。こちらでは15歳で成人でも、前世の感覚では、目の前の2人はまだ少女である。
それに、王女と元婚約者だ。
軽い気持ちで誰か1人と距離を詰めたら、その先に何が待っているか。恋愛関係のテンプレも、ひと通り頭に入っている。
仲間として、まずは大事に付き合おう。
「回復役は」
シルヴィアが言った。
「お2人とも、回復魔法はお使いになれますの?」
「わたしは火、水、風、土だよ」
「俺は、まだ練習を始めていない」
シルヴィアは、ゆっくりとうなずいた。
「それでは、必要ですわね」
「何が?」
エステルが、わざとらしく首をかしげる。
「回復役です」
「うん。だから、誰が?」
エステルはシルヴィアの性格をよく知っているのだろう。
俺は口を挟んだ。
「シルヴィアが来てくれるなら、助かる。氷魔法も得意だろう」
彼女が顔を上げた。
「……わたくしで、よろしいんですの?」
「頼りにできると思っている」
シルヴィアの頬に、ゆっくり赤みが差した。
「し、仕方ありませんわね。わたくしはエステルが心配ですので、でしたら、考えて差し上げますわ」
「シルヴィア、鏡見る? 今、すごく嬉しそうな顔してるよ」
「エステル!」
2時間目の予鈴が鳴る。
俺たちは立ち上がった。先を行く2人は、廊下へ出ても何か言い合っている。
昨日までは、1人で動くための準備をしていた。
今日は、3人で動く話が進み始めている。
これも悪くない。
ただ、王女が勝手にパーティを決めて、周囲はすんなり認めるだろうか。
……そこについても、考えておいた方がよさそうだ。
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