↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/46

第7話 転校生なら想定内だ

連載中の

『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』

https://ncode.syosetu.com/n7268mo/

もよろしくお願いします!

 翌朝、教室へ入ると、シルヴィアが俺の机の前に立っていた。


 いつもより少し早い時間だ。窓際には数人の生徒がいるが、こちらまで話し声は届かない。


「おはよう、シルヴィア」


「……おはようございます」


 返事をしてから、彼女は1度唇を結んだ。


 茶色の髪はきれいに結われ、制服にも乱れはない。ただ、胸元のリボンへ触れる指が、落ち着かなかった。


「少し、お話ししてもよろしいかしら」


「もちろん」


 俺は鞄を机へ置いた。


 朝のうちに父への送金と手紙を託してきたので、気持ちにも余裕がある。今日は小試験を終えたら、昨日の採取依頼を片づけるつもりだ。


「昨日、お父様の支援について申し上げたことですけれど」


 シルヴィアが顔を上げる。


「あれは、わたくしが勝手に持ち出してよいお話ではありませんでした。あなたを困らせるような言い方をして……ごめんなさい」


 声の最後が、少しだけ細くなった。


 それでも、俺から目をそらさなかった。


「謝ってくれてありがとう」


 俺が答えると、彼女の指が止まった。


「……それだけですの?」


「大事な話だと思って、言いに来てくれたんだろう。聞けてよかった」


 シルヴィアは何か言いかけ、息を吐いた。


「あなた、そういうところまで変わりましたのね」


「前なら、俺が謝っていたかもしれないな」


「……そうですわね」


 その返事には、いつもの強さがなかった。


 彼女は机の端へ置いていた手を引き、背筋を伸ばす。


「それから、ジュリアン様との婚約は、決まっておりません」


「そうだったのか」


「お花をいただいたり、お誘いを受けたりしたことはありますけれど、それだけですわ」


「分かった。紹介の話は、なしでいいな」


「ええ。それと、わたくしたちの――」


 始業の鐘が鳴った。


 廊下を駆けてきた生徒たちが、扉から続けて入ってくる。シルヴィアはそちらを見て、開きかけた口を閉じた。


「続きは、あとでもいいか?」


「……ええ」


 自分の席へ向かう途中、彼女は1度だけ振り返った。


「今度は、勝手に帰らないでくださいませ」


「声をかけるよ」


 それを聞いてから、ようやく前を向いた。


 昨日までなら、帰るなと命じて終わっていたはずだ。先程の謝罪も含め、シルヴィアに何か心境の変化でもあったのかもしれない。


     *


 担任のハインツ先生は、出席簿と一緒に、1人の生徒を連れてきた。


 窓から差す朝の光に、銀色の髪がきらめく。


 見覚えのある顔。見慣れない学院の制服。


 はい、来た。


「今日から、この組で学ぶことになった転入生だ」


「ねえ、あの方……エステル殿下じゃない?」


「魔道王国へ留学していた、あの?」


「魔道学院中等部を首席で卒業したという噂の」


 前の席の女子生徒が、隣へ顔を寄せた。廊下側でも、背筋を伸ばして入口を見つめる生徒がいる。


「王女殿下が、俺たちと同じ組に?」


「エステル・アルヴェイン。昨日、魔道王国から帰ってきたばかりなの。よろしくね」


 黒板の前で、第3王女が笑う。


 そして俺を見つけると、片方の口角を、にやりと上げた。


 昨日の、あの顔だ。


 助けた少女が王女で、翌日には同じ教室へ来る。


 やはりテンプレか。もちろん、想定内だ。


 何組かまで聞かれた時点で、候補には入れておいた。


「エステル!?」


 想定していなかった者の声が、2列前から上がった。


 シルヴィアだった。


「シルヴィア! 久しぶり!」


「帰国なさるとは聞いていましたけれど、今日からこちらへ来るなんて――」


「驚いた?」


「驚きましたわ!」


「よかった。手紙に書かなくて」


「少しもよくありません!」


 声は強いのに、シルヴィアの頬が緩んでいる。


 どうやら、ずいぶん親しいらしい。


「再会を喜ぶのは、休み時間にしてもらおうか」


 ハインツ先生が出席簿を軽く持ち上げた。


 シルヴィアは、はっとして座り直す。


「失礼いたしました、先生」


「エステル殿下のお席は、窓側の――」


「あ、オスカーの隣、空いてるね」


 俺の右隣には、持ち主のいない机があった。


 先生が1度だけ俺を見た。


「……そこを予定していました」


「よかった」


 銀色の髪が近づいてくる。


「おはよう、オスカー。昨日ぶり」


「おはよう、エステル。今日からだったんだな」


「その顔。驚いてないでしょう」


「そんな気はしていた」


「もう。せっかく黙ってたのに」


「……今、殿下を名前で呼んだぞ」


「オスカーって、王女殿下と知り合いだったの?」


「知らない。昨日ぶりって、どこで会ったんだ?」


 斜め前の2人が、口元を手で隠して話している。声を落としているつもりだろうが、だいたい聞こえていた。


「しっ。こっち見てる」


 目が合うと、2人は慌てて黒板へ向き直った。


 特にシルヴィアの視線は、まっすぐこちらへ刺さっていた。


     *


 1時間目が終わった途端、シルヴィアがやってきた。


「お2人とも。少し、こちらへ」


 行き先は廊下の端の談話室だった。扉は開いているが、中には誰もいない。


 席へ着くなり、彼女はエステルを見る。


「いつ、お知り合いになったんですの?」


「昨日。街で助けてもらったの」


「……助けた?」


 今度は俺に視線が来た。


 俺は、ごろつきに絡まれていたエステルを助け、王城で事情を説明したことを話した。


 シルヴィアは途中から、額へ指を当てていた。


「あなた、帰国早々、護衛をまきましたのね」


「どうして分かるの?」


「護衛がいたら、ごろつきの方から近寄りませんわ」


 言われてみれば、そのとおりだ。


「初等部の頃も、式典のお稽古から逃げていらしたでしょう」


「シルヴィアだって、一緒にお菓子を食べたじゃない」


「連れ戻しに行ったんです!」


「でも、2つ食べた」


「数は関係ありません!」


 俺は、お茶のない卓上を眺めた。


 これは、しばらくかかりそうだ。


「2人は、初等部からの友人なのか」


「そう。女子棟でずっと一緒だったの。中等部に上がる時、わたしは留学したけど」


 エステルが答える。


 初等部は男女別だ。12歳で中等部へ進み、15歳から高等部になる。俺とエステルが同じ校舎で過ごす機会は、これまでなかったわけだ。


「でも、オスカーの名前は知ってたよ」


「俺の?」


「シルヴィアを魔物から守った子でしょう。枝を持って、前に立ったって」


 シルヴィアの肩が、ぴくりと動いた。


「7年前の話だ」


「シルヴィアが、何度も――」


「1度ですわ!」


「3回は聞いたけど」


「覚えていません!」


 覚えている者と、覚えていない者の間で、話が止まった。


 エステルは楽しそうに笑い、それから俺へ向き直る。


「ちゃんと会えて、よかった。昨日も、名前を聞いて、もしかしてって思ったんだ」


「大したことはしていないよ」


「……そんなこと、ありませんわ」


 シルヴィアが言った。


 声が小さかったので、俺は彼女を見る。


「わたくしは、覚えていますもの」


 青い瞳が、まっすぐこちらを向いていた。


 俺は返事を探し、少し遅れてうなずいた。


「俺も、覚えている」


 あの時は、本当に怖かった。


 それでも、あそこへ出てよかったと、今は思える。


「ねえ。2人は婚約してるんだよね?」


 エステルの質問に、シルヴィアの口が止まった。


「昨日、解消する話になった」


 俺が答えると、今度はエステルが固まった。


「えっ。どうして?」


「いろいろあったんだ。家同士の手続きは、これからだけど」


「……わたくしの、言い方が悪かったんですの」


 シルヴィアは膝の上で手を重ねた。


 エステルは彼女を見て、からかうような笑みを引っ込めた。


「そっか。じゃあ、それは2人でちゃんと話してね」


 ここで根掘り葉掘り聞かないのは、親友だからだろうか。


 俺はうなずいた。


「今日は、あとで続きを話す約束をしている」


「うん。それならいいの。それで、オスカーはどこの冒険者パーティにいるの?」


「昨日、そこもクビになった」


「昨日、いろいろありすぎない?」


「俺もそう思う」


 エステルが数回まばたきをした。


 それから、こちらが何か言うより先に、笑顔になる。


「じゃあ、わたし、オスカーと同じパーティになる」


「……え?」


 声を漏らしたのは、シルヴィアだった。


「今は誰とも組んでないんでしょう。ちょうどいいじゃない」


「俺は、まず1人で稼ぐつもりだったんだけどな」


「採取もするよ。迷宮にも入れるし、魔法も使える。昨日、約束したでしょう? お互いに教えようって」


 確かに、それは約束した。


「危ない依頼ばかり選ぶつもりはないぞ。薬草を摘んで帰るだけの日もある」


「いいよ。知らない草の見分け方、教えて」


「拾う素材が安くても、文句は言わない?」


「売ればお金になるんでしょう?」


 話が早い。


 王女だから、面倒な雑用は嫌がるかと思っていたが、そうでもないらしい。


「まず1度、一緒に依頼をやってみよう。それで、続けられそうなら組む」


「決まり!」


 エステルは、卓上へ置いていた俺の手を両手で取った。


「よろしく、オスカー」


「ああ。よろしく」


 握手にしては、少し長い。


 俺は笑って手を離した。


 エステルもシルヴィアも世間で言えば、絶世の美少女だ。だが、好みを言えば、俺は大人の女性の方が好きだ。こちらでは15歳で成人でも、前世の感覚では、目の前の2人はまだ少女である。


 それに、王女と元婚約者だ。


 軽い気持ちで誰か1人と距離を詰めたら、その先に何が待っているか。恋愛関係のテンプレも、ひと通り頭に入っている。


 仲間として、まずは大事に付き合おう。


「回復役は」


 シルヴィアが言った。


「お2人とも、回復魔法はお使いになれますの?」


「わたしは火、水、風、土だよ」


「俺は、まだ練習を始めていない」


 シルヴィアは、ゆっくりとうなずいた。


「それでは、必要ですわね」


「何が?」


 エステルが、わざとらしく首をかしげる。


「回復役です」


「うん。だから、誰が?」


 エステルはシルヴィアの性格をよく知っているのだろう。


 俺は口を挟んだ。


「シルヴィアが来てくれるなら、助かる。氷魔法も得意だろう」


 彼女が顔を上げた。


「……わたくしで、よろしいんですの?」


「頼りにできると思っている」


 シルヴィアの頬に、ゆっくり赤みが差した。


「し、仕方ありませんわね。わたくしはエステルが心配ですので、でしたら、考えて差し上げますわ」


「シルヴィア、鏡見る? 今、すごく嬉しそうな顔してるよ」


「エステル!」


 2時間目の予鈴が鳴る。


 俺たちは立ち上がった。先を行く2人は、廊下へ出ても何か言い合っている。


 昨日までは、1人で動くための準備をしていた。


 今日は、3人で動く話が進み始めている。


 これも悪くない。


 ただ、王女が勝手にパーティを決めて、周囲はすんなり認めるだろうか。


 ……そこについても、考えておいた方がよさそうだ。

お読みいただきありがとうございます。

少しでも先が気になる、面白いと思っていただけましたら、

ブクマや↓の☆〜☆☆☆☆☆評価で応援していただけますと執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。