第6話 薬草を採りに出たはずなのだが
連載中の
『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』
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もよろしくお願いします!
王城のお茶は、うまかった。
香りがいい。苦味が少ない。添えられた焼き菓子まで、口の中でほろりと崩れる。
白葉草を採りに出たはずが、ずいぶん高価な葉をいただいている。
「それ、わたしも好きなの。もう1つ食べる?」
「ありがとうございます。いただきます」
「さっきから、そればっかり」
向かいのエステルが笑った。
外套を脱ぐと、銀色の髪が肩から背中へ流れた。旅装は動きやすそうな仕立てで、腰には細い杖を下げている。組んだ足の先が、落ち着きなく揺れていた。
王城の客間へ通され、騎士に路地での出来事を説明した。その間、エステルも横から補足してくれた。
今は報告をまとめる間、ここで待つように言われている。
木剣は入口で預けた。人を助けたからといって、何でも持ち込めるわけではないらしい。
「もう普通に話していいよ。オスカーも15歳なんでしょう?」
「ですが、殿下は王女様でいらっしゃいますので」
「その王女が、普通に話してってお願いしてるの」
「そういうわけにも……」
相手は第3王女。こちらは男爵家の息子だ。しかも、ここは王城である。
扉のそばの騎士へ目をやると、エステルが俺の視線を追った。
「公の席で、ちゃんとしてくれればいいよ。でも、今は一緒にお茶を飲んでるだけでしょう?」
「それは、そうですが」
「あの路地では、普通に話してくれたじゃない」
「あの時は、お立場を存じませんでしたから」
「わたしは、あの時の方が好き。だから、戻して」
ためらう俺を見て、彼女は卓上へ両手を置いた。
「まず、名前。エステルって呼んで」
「……エステル殿下」
「エステル」
にっこり笑って、言い直される。
譲る気はないらしい。こちらが折れるまで、お茶が冷めても続きそうだ。
「……分かった。エステル」
「うん。それでいいの!」
ようやく満足した笑顔を見て、俺は小さく息を吐いた。
「じゃあ、1つ聞いてもいいかな」
俺はエステルに尋ねる。
「無詠唱の話をしてくれるなら」
そこにも、ちゃっかり条件がつくらしい。
「さっき、ごろつきに襲われてた時、自分で何かしようとしていたように見えたけど」
エステルは焼き菓子を取る手を止めた。
「見てたの?」
「手を上げかけて、やめていたから」
「うん。あのくらいなら、倒せたんだ」
見栄を張ったようには聞こえなかった。
「でも、護衛をまいたばかりだったし。魔法で騒ぎを起こしたら、すぐ見つかるでしょう? もう少し歩いてから帰りたかったの」
「そこへ俺が笛を吹いた」
「うん。思いっきり」
俺たちは顔を見合わせた。
「それは、悪いことをしたな」
「どうして? 助けてくれたんだもの。嬉しかったよ」
エステルは首をかしげ、まっすぐ俺を見た。
「何が起こるか分からないのに、あの人たちの前に立ってくれたでしょう。自分で倒せるかどうかとは、別の話だよ」
そう言われると、少し照れる。
「それなら、よかった」
「でも、次はもう少し静かに――」
「次は護衛と歩こう」
「……そこは、言い返せない」
頬を膨らませてから、彼女は笑った。
天真爛漫という言葉がよく似合う。じっとしているより、面白そうなことを見つけては自分から飛び込んでいくような少女だ。
「確か留学していたと、聞いていたんだけど、街は変わってた?」
「西の菓子屋さんが2軒になってた。あと、噴水のそばの屋台がなくなってたの。あそこの串焼き、好きだったのに」
「あの店なら南門の方へ移った。今は屋根もある」
「本当? 案内して!」
「護衛つきなら」
「そこは譲らないんだね」
食べ物の話になると、王女も同級生も大して変わらない。
エステルはお茶を1口飲んで、待ちかねたように身を乗り出した。
「じゃあ、わたしの番。どうやって詠唱をなくしたの?」
「魔力の流れを整えて、出したい形をはっきり思い浮かべる。俺の場合は、それでできた」
転生特典のおかげです、とまでは言えない。
だが、使う時に意識していることは、本当にそれだった。
「形だけじゃ、維持できないよ。流れが途切れたり、外へ出すところで崩れたりするもの」
「崩れる前に、流れを少しずつ直している」
「……出してからも?」
「ああ」
彼女の目つきが変わった。
さっきまで菓子を選んでいた少女が、今は俺の指先と目を交互に見ている。
「ちょっと待って。だから、あんなふうに水を横から当てられたの?」
エステルは卓上の銀の盆を引き寄せた。
「ここで小さな水玉を作るくらいなら、いいよね?」
扉のそばの騎士が、困った顔でうなずく。
「お部屋を水浸しにはなさいませんように」
「1回しかしてないでしょう」
1回はあるのか。
「水よ、集え――《アクア・オーブ》」
短い言葉で、透明な玉が生まれた。
揺れがほとんどない。盆の上へ浮かべたまま、彼女は指を動かして形を変える。丸い玉が、細い輪になった。
「詠唱短縮だね」
「魔道王国で、3年かけて覚えたの。これでも、同じ学年では1番早かったんだよ」
俺は水の輪を見つめた。
形を変えても、魔力の流れが滑らかだ。自分が練習していた水玉より、ずっと安定している。
「きれいだな」
「……そう?」
「ああ。形を変えても、全然崩れない」
「そっちか」
「何か言ったか?」
「何でもない。オスカーもやってみて」
俺は人差し指へ意識を集めた。
小さな水玉を作り、ゆっくり細く伸ばす。輪にしようとして、1か所が千切れた。
水が盆へ落ちる。
「つなぐところへ、流れを集めすぎてる」
エステルがすぐに指摘した。
「太さを揃えてから、両方の端を近づけるの。急いでくっつけようとしなくていいよ」
言われたとおり、もう1度。
今度は、少し歪んだ輪ができた。
「……2回目でできるんだ」
「説明がよかった」
熟練度10倍の補正もあるが、それだけでは、どこが悪かったのか分からない。
彼女が3年間積み重ねたものに、今、助けられている。
「また教えてもらえると嬉しい」
「もちろん! その代わり、無詠唱の練習にも付き合ってね」
エステルの笑顔が、ぱっと明るくなった。
なるほど。一方的に守る必要のある相手ではない。この子となら、一緒にできることがありそうだ。まあ、身分が違いすぎるか……
*
扉が開いたのは、盆に3つ目の水玉が落ちた時だった。
騎士が姿勢を正す。その反応を見て、俺も立ち上がった。
入ってきたのは、濃紺の上着を着た男性だった。落ち着いた眼差しと、見覚えのある顔。
国王陛下である。
城へ来た以上、会う可能性は考えていた。挨拶は学院で習っている。慌てる必要はない。
「オスカー・エルフォードでございます」
礼をすると、陛下は手を上げた。
「よい。楽にしてくれ。今日は娘を助けてくれた礼を言いに来た」
「当然のことをしたまでです」
「当然と思っても、動ける者ばかりではない。感謝する」
陛下は俺を見てから、隣へ視線を移した。
「3年ぶりに帰った日に、もう護衛を困らせるとはな」
「……心配をかけて、ごめんなさい」
エステルが肩を小さくする。
「留学を認めるまで、何度そのごめんなさいを見たことか」
「最後は、ちゃんと認めてくれたでしょう?」
「毎朝、留学の許可を願う娘を相手にすれば、父親も考える」
王の反対を押し切った、という話は聞いていた。
どうやら、毎朝の積み重ねだったらしい。
「その熱心さを、周囲に心配かけないことにも使ってほしいものだ」
「はい」
今度の返事は、素直だった。
陛下は俺へ向き直り、侍従に小さな袋を運ばせた。
「金貨10枚だ。受け取ってほしい」
息が、少し止まった。
金貨10枚。
頭の中で、父の帳簿の数字が動く。
「ありがたく頂戴いたします」
格好をつけて断る余裕はない。助けられた人が礼をしたいと言ってくれるなら、きちんと受け取ろう。
「ほかに、何か困っていることはあるか」
俺は一瞬だけ考えた。
「数年前の水害で、父が領地の復旧と領民への支援のために借り入れをしました。橋や畑は戻りましたが、今も返済が家の収入を圧迫しています」
「エルフォード領か」
陛下はうなずき、先を促した。
「父は年貢を減らし、家財も売って返済を続けています。私も稼いで支えるつもりですが、返済条件の相談や、領地の再建に使える支援について、どちらへ伺えばよいでしょうか」
「エドガーは……父上は、領民が再び畑を耕せるようにしたのだな」
「はい。私も、その畑を守りたいと思っています」
陛下は少し目を細めた。
「暮らしを戻すまでが、領主の仕事だ。父上はよく努めている」
胸の奥が、温かくなった。あの人に、そのまま伝えてやりたい言葉だった。
「担当の役人へ話を通しておこう。被害と復旧の記録、それに今の収支と借り入れの条件を揃えて相談するとよい。利用できる支援があるかも、確認させよう」
「ありがとうございます」
借金がなくなったわけではない。それでも、父と一緒に相談できる先ができた。
それだけでも、今日ここへ来た意味は大きい。
*
帰り際、エステルは廊下まで見送りに来た。
「オスカーって、本当に同い年?」
「そうだよ」
前世を除けば、という部分は胸へしまう。
「陛下と話す時は、さすがに緊張した」
「全然そう見えなかった」
「次は、もう少し顔に出すよ」
「練習することじゃないよ、それ」
彼女は声を立てて笑った。
「学院は、王立学院なんだよね?」
「ああ。高等部1年。明日は魔法の小試験がある」
「何組?」
「1年2組だ」
エステルの口元が、わずかに上がった。
「ふうん」
「何だ?」
「何でもない。また魔法の話、しようね」
入口で待つ騎士が、預けていた木剣を差し出してくれた。
礼を言って受け取り、エステルにも向き直る。帰りの挨拶となると、つい背筋が伸びた。
「本日はありがとうございました、殿下。また、よろしくお願いいたします」
「オスカー」
エステルが、じっと俺を見る。
「……あ」
「また戻ってる」
「帰りの挨拶くらいは、と思って」
「それも普通でいいの。これから一緒に魔法を練習する仲間でしょう?」
そう言って、彼女は俺の顔をのぞき込んだ。
「次に会った時も、また殿下から始めないでね」
先回りまでされた。
公の席では礼儀を守る。それ以外では、同じ歳の仲間として接する。
そこまで望んでくれるなら、いつまでもこちらだけ身構えていることもない。
「分かった。今日はありがとう、エステル。また教えてくれ」
「うん。オスカーもね!」
差し出された手を握り、俺は笑ってうなずいた。
今度は余計な敬称をつけずに別れ、城を出る。
金貨は8枚を父へ送り、2枚を当面の活動に使おう。送金の手続きは、明日の朝にでもできる。
婚約破棄の報告に、第3王女を助けた話まで添えることになった。父上には、座ってから手紙を読んでもらいたい。
それにしても、俺の組を聞いたあとの、あの笑い方。
何かを知っていて、言わない顔だった。
帰国したばかりの同い年の王女。俺の組まで聞いてきた。
……なるほど。
明日は、教室の入口にも気を配っておこう。




