第46話 剣姫の最初の授業
翌朝、制服へ着替える前に、画面を開いた。
【レベル100】
【成長恩恵:《魔力感知》を獲得】
思わず、椅子へ座り直した。
「……100、か」
決闘の前は、98だった。
あの5分間の戦いで、2つ上がっていたのだ。昨日は治療と話し合いを終え、寮へ戻ると眠ってしまった。落ち着いて確かめるのは、今が初めてだった。
何度剣を弾かれ、何度立て直したか。最後に砕けた木剣と、白い線を越えた踵が浮かぶ。
勝利の実感が、また違う形で胸へ広がった。
追加された文字へ、目を向ける。
魔力感知。
自分の中で動かしていた魔力を、外にあるものまで感じ取れるのだろうか。
ベッドの脇の魔道灯へ意識を向けた。
最初は、何も分からなかった。
灯りをつけ、少し近づく。呼吸を落ち着けて集中すると、明かりの根元に、かすかな気配があった。
目で見る光とは違う。けれど、何かがそこから流れている。
灯りを消すと、流れる感覚も途切れた。
もう1度つける。
戻ってくる。
「……おお」
いつも使っていた灯りが、急に知らない道具に見えた。
何でできているのかも、どう動いているのかも、これだけでは分からない。少し離れるだけで、気配は曖昧になる。
それでも、昨日まで見えなかったものへ、指先が届いたようだった。
魔法の練習で使ったら、何が分かるだろう。
そう考えて、制服へ伸ばした手が止まりかけた。
いけない。100になった翌朝に遅刻では、格好がつかない。
俺は画面を閉じ、袖へ腕を通した。
脇腹には、まだ少し違和感がある。数字が上がっても、昨日の疲れまで消えるわけではなかった。
*
教室へ入る前に、声が聞こえた。
「最後の雷、見えたか?」
「見えたけど、見えなかった」
「どっちだよ」
「光ったのは分かった。でも、撃ったところが分からなかったんだ」
実に正確な説明だった。
俺が扉を開けると、話し声が止まった。
一斉に、顔がこちらを向く。
回れ右をしたくなったが、昨日は逃げないと決めたばかりだ。
「おはよう」
「オスカー!」
挨拶を返されるより早く、人に囲まれた。
「雷まで使えるなんて、聞いてなかったぞ!」
「いつ覚えたんだ?」
「レオノーラ様と剣を合わせて、手は大丈夫なの?」
「今度、俺にも見せてくれ!」
質問の方向が、四方に分かれている。
思考を分ければ整理はできる。だが、口は1つしかない。
「ありがとう。ちゃんと話すから、まず座ってもいいか? 立ったままだと、昼休みまでかかりそうだ」
どうにか鞄を置いたところで、机に昨日の号外が置いてあることに気づいた。
しかも、3枚。
「……なぜ、俺の机に?」
「本人も欲しいかと思って」
「俺も」
「私も」
気遣いの結果だった。
礼を言って重ねる。紙の中の自分は、朝から随分と景気がいい。
実物は、靴を履く時に少し脇腹を気にしたところなのだが。
*
「少し、空けてやれ」
人垣の向こうから、ヴィンセントが来た。
なんだか最近ずいぶんいいやつになったな。
人を押しのけるわけでもなく、声と体の向きだけで俺の机の前に場所ができた。
「ありがとう、助かったよ」
「勘違いするな。俺も話がある」
ヴィンセントは腕を組み、しばらく俺を見た。
「……すごかった」
小さな声だった。
周りの何人かが、顔を見合わせる。
「最後まで見ていたが、何をしていたのか分からない場面があった。お前にも、殿下にもだ」
「俺にも、分からないところはあった」
「戦っていた本人が言うな」
「だから、後で教わる」
ヴィンセントが1度瞬き、それから息を吐いた。
「そういうところだぞ」
「何が?」
「勝った翌日に、もう次の話をするところだ」
呆れた声だったが、笑っていた。
「俺たちも、止まってないからな」
「ああ。置いていかれないようにする」
「今の状況で、それをお前が言うのか」
近くの男子生徒が吹き出した。
その時、後ろから明るい声がした。
「おはよう。オスカー、もう囲まれてる」
エステルとシルヴィアだった。
スッと周りの男達が道をあける。心なしか鼻の穴が広がっているように見える。エステルとシルヴィアのにおいでも嗅いでいるのだろう。一体何をやっているんだこいつらは……
「今朝、痛むところはありませんでした?」
「昨日より、ずっと楽だ」
「痛むかどうかを聞いたのですけれど」
治療役には、曖昧な報告が通じない。
「捻ると、脇腹に少し違和感がある。普通に歩く分には平気だ」
シルヴィアは頷き、昼にも確認すると言った。
エステルは机の号外を見て、嬉しそうに1枚持ち上げる。
「3枚もあるんだ」
「皆が置いてくれた」
「じゃあ、1枚もらっていい?」
「昨日も、もらっていなかったか?」
「あれは保存する分。こっちは読む分」
使い分けるほどのものだったのか。
「わたくしも、1枚よろしいですか?」
シルヴィアまで手を伸ばした。
昨日の戦いについて、俺より熱心に記録している人が2人いる。
俺は残った1枚を、鞄へしまった。
*
授業が終わるまで、雷は1度も使わなかった。
昼休みに見せてほしいと言われたが、教室で試す気にはなれない。
放課後、訓練場の指定区画を借りて、ようやく約束を果たした。
2つの金属端子を近づける。
その間へ、短い魔力の道を作った。
ぱちっ。
青白い光が弾ける。
エステルの顔が、ぱっと輝いた。
「今の、もう1回!」
「はは、俺ももう1度見せたいと思ってたんだ。次は、手元も見ていてくれよ」
「だって、ちゃんと見たいもの」
もう1度、雷を走らせる。
今度は、新しく得た感覚にも意識を向けた。端子の間へ魔力が通ったように感じたが、確かめる前に光が消える。
まだ、発動を早める手がかりにはならない。
それでも、練習を重ねる楽しみが増えた。
彼女は光だけでなく、俺の手元と標的の位置を交互に見た。
「火の時みたいに、飛ばしているんじゃないんだね」
「俺は、先に通る場所を決めるつもりでやっている。そうすると、少し安定した」
「通る場所……」
エステルが手帳へ書き込む。
シルヴィアも覗き込んだが、ふと眉を寄せた。
「この小さな光を、あの打ち合いの中で狙った場所へ出したのですの?」
「ああ。大きくする方は、間に合わなかったからな」
「十分、驚きましたわ」
少しだけ、拗ねた響きが残っていた。
俺は笑って、指を下ろした。
「これからは、連携でも使えるようにしたい。ただ、まだ近い距離で狙うので精一杯だ」
「じゃあ、それも一緒に練習しよう。わたしたちの魔法と、どんなふうに繋がるか」
エステルは手帳を閉じずに、俺を見た。
「1つできることが増えたら、試したいことは、もっと増えるんだね」
心底、嬉しそうだった。
俺にも、その気持ちはよく分かった。
今は指1本分だった光が、いつかあの雷帝の剣へ繋がるかもしれない。
そんなことを考えただけで、また標的へ手を向けたくなる。
「ここにいたか」
背後から声がした。
俺たちは、同時に振り向いた。
*
赤い髪を後ろで結んだレオノーラが、訓練場の入口に立っていた。
脇には木剣が2本。片手には、折り畳んだ紙を持っている。
「お姉様!」
エステルが駆け寄る。
レオノーラは口元を緩めかけ、俺とシルヴィアに気づいて顎を引いた。
「様子を見に来た。まだ無理はしていないな」
「短い放電を、2度だけです」
「なら、よい。昨日の今日だ。今日は動きを確かめる程度にしておけ」
俺は頷いた。
「先輩方との準備は、よろしいのですか?」
「この後、打ち合わせがある。それまでの時間を空けてきた」
そう言って、紙を広げる。
授業と遠征準備、その合間に空く時間が、細かく書き込まれていた。
「次の休講日の午前なら、同行できる。ギルドにも必要な確認をしておこう」
「うん。楽しみ!」
エステルの返事を聞いた途端、レオノーラが紙の1箇所へ印をつけた。
速い。
昨日の剣より迷いがなかった。
「探索予定は、先に見せてもらう。帰還まで含めてだ」
「分かりました」
「それから、オスカー。その木剣を持て」
渡された1本を受け取る。
レオノーラの視線が、俺の右手首へ落ちた。
「今日は、その腕輪も外しておけ。威力ではなく、動きを確かめる」
「はい。効果を試すのは、次ですね」
「焦るな。身体が戻ってからだ」
《真紅の腕輪》を外し、鞄の内側へしまう。贈った本人に見られていると、留め具を扱う手まで少し慎重になった。
自然と、背筋が伸びた。
「よろしくお願いいたします」
剣姫が、俺たち3人を見た。
「昨日の勝負から、何を直したい?」
*
シルヴィアが手帳を開いた。
開くのが、あまりに早かった。
「肩に1撃を受けた時と、脇腹を狙われた時です。どちらも、打ち込んだ後に――」
「待て。まず、本人に答えさせよう」
「……失礼しました」
シルヴィアが手帳を胸へ寄せる。
レオノーラは少し笑ってから、俺に視線を戻した。
「どうだ?」
「自分の剣を当てることへ、意識が寄りすぎました。受けられた後の構えが遅れています」
「そうだな。では、ゆっくり打ってみろ。身体強化も闘気も、今は使わなくてよい」
俺は木剣を上げた。
肩口へ、ゆっくり振り下ろす。
レオノーラが剣を添え、外へ流した。
そこで、止まる。
「この時、何を見ていた?」
「レオノーラ殿下の剣です」
「剣だけか?」
彼女の足が、すっと前へ出た。
俺の横を通り、止まる。
剣は、まだ俺の剣を押さえていた。だが、体の向きはもう違う。
その先には、エステルとシルヴィアがいた。
「昨日は、私を動かせばよかった。迷宮では、私がここを通ったらどうなる?」
俺は振り返りかけ、やめた。
背後を見るために、目の前の相手から目を離してはいけない。
「2人へ、道が空きます」
「そうだ。2人とも、そのまま立っているわけではないだろう。だが、前衛の剣1本へ任せきりにもできん」
レオノーラが木剣を下げる。
「3人で立ってみろ。普段の位置でいい」
俺が前へ、2人が後ろへ回った。
ただ、それだけで、昨日とは違う緊張が生まれた。
*
レオノーラが、歩いて近づいてくる。
速くはない。
それなのに、右と左、どちらへ来るのか分からなかった。
俺が剣を出すと、軽く触れて向きを変える。そのまま横へ抜けようとした。
足で追う。
彼女が止まった。
「今、シルヴィアの杖の前へ入ったぞ」
振り返ると、シルヴィアの杖先が俺の背中を向いていた。
「あ……」
「俺が、射線を塞ぎました」
「そうだ。速く動けるようになった分、仲間の前を横切るのも速くなる」
その言葉には、覚えがあった。
黒曜で戦う時も、以前より前へ出られるようになった。敵へ届く速さを喜んでいたが、2人が狙う場所まで同じとは限らない。
「立つ場所を決めたら、動かない方がよいのでしょうか」
シルヴィアが聞く。
「いや。オスカーが敵を受けたなら、君も撃ちやすい場所を探せる。ただし、横へ出る時は、エステルとの間も空けすぎるな」
レオノーラが地面へ、3人の位置を印で示した。
「1人が動いたら、ほかの2人の見えるものも変わる。まずは、それを確かめよう」
もう1度、構える。
レオノーラが左へ寄った。
「右へ半歩、出ますわ」
シルヴィアの声。
俺は敵を追いすぎず、剣先で進む方向を限る。エステルが反対側へ少し位置を変えた。
「こっちからなら、狙える」
「そこで止める」
俺が答えたところで、レオノーラが足を止めた。
彼女の正面に俺がいる。
左右には、2人の杖が見える。
「今の方がよい」
短い言葉だった。
3人で顔を見合わせ、少し笑った。
魔法は撃っていない。全力で剣を振ったわけでもない。
それでも、さっきより3人で戦っている感じがした。
「ただし、相手が1人なら、だ」
レオノーラが、後ろの標的を指す。
「あれを2匹目だと思え。今の立ち位置から、見えるか?」
俺とエステルは頷いた。
シルヴィアだけが、首を傾けた。
俺の肩の向こうで、標的が隠れていた。
「……まだ、直すところがありますわね」
「そうだな。俺も直したいところがある。一緒に確かめていこう」
剣姫は、楽しそうだった。
俺も、木剣を構え直した。
*
何度か繰り返したところで、レオノーラが時計を確かめた。
「今日は、ここまでだ」
思ったより、時間が経っていた。
木剣を返しながら、肩を回す。昨日の痛みを強くすることなく、動きだけを確かめられた。
鞄から真紅の腕輪を取り出し、右手首へ戻す。今日は、これに頼らず直せたところを覚えておこう。
「ありがとうございました。次までに、3人でも練習しておきます」
「張り切りすぎるなよ。今日の動きを、まず覚えておけ」
レオノーラは、エステルとシルヴィアにも目を向けた。
「2人とも、声を出すのが早かった。味方が何をしたいか、よく見ている」
「ありがとうございます」
シルヴィアが嬉しそうに頭を下げる。
エステルは、姉へ顔を寄せた。
「お姉様、教えるの上手だね」
「これでも、副リーダーだからな」
声は落ち着いていた。
口元は、あまり落ち着いていなかった。
「次は、迷宮で教えてね」
「無論だ。滝までの道も、君たちがどこを通ったのか見せてもらおう」
そう答えてから、レオノーラは俺を見た。
「オスカー。今日の練習を選んだ理由が、分かるか?」
俺は少し考えた。
「昨日の勝ち方だけを、繰り返さないためでしょうか」
彼女が頷いた。
「貴様は勝った。その事実を、小さく考える必要はない」
まっすぐな声だった。
「だからこそ、その先を教える。次は、3人で勝って帰るための剣を磨け」
俺は木剣を持たない手を、1度握った。
「はい」
レオノーラは満足そうに頷き、打ち合わせへ向かった。
赤い髪が、訓練場の扉の向こうへ消える。
見送ってから、エステルが小さく息を吐いた。
「……ちょっと、格好よすぎない?」
「ええ」
シルヴィアの返事には、ためらいがなかった。
俺も、否定する理由はなかった。
*
片づけの前に、3人の立ち位置をもう1度だけ確かめた。
俺が半歩、前へ出る。
シルヴィアが右へ寄り、エステルがその背後まで視線を通す。
「これなら、見えるね」
「ああ」
朝、机に積まれていた号外を思い出した。
そこには、俺が勝ったと書いてある。
嬉しかった。今思い出しても、嬉しい。
けれど、ここで2人の声を聞きながら剣を構える時間も、同じくらい好きだった。
昨日までの目標は、円の中の1人を動かすこと。
これからは、広い迷宮を、この3人で進んでいく。
地面に残った印を消し、道具を戻した。
次の休講日には、あの剣姫と黒曜へ入る。
また1つ、待ち遠しい日ができた。




