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第45話 その記録の、さらに先へ

「座ってくださいませ」


「いや、今、立ったばかりで――」


「座ってくださいませ」


 俺は座った。


 さっきまで立っていられたのに、座った途端に足の力が抜けた。呼び止めてもらって助かった。


 実技場の端に置かれたベンチで、シルヴィアが俺の肩を確かめている。袖をずらしたところで、眉がきゅっと寄った。


「こんなに、腫れて……」


「動かせるけど、少し痛むな。診てもらっていいか?」


「ええ。もう少し、力を抜いてくださいませ」


 言われたとおりにして、彼女の指が少し震えていることに気づいた。


 あの5分間、2人は柵の外にいた。俺が打たれても、倒れても、手を出せなかったのだ。


 俺は肩の力を抜いた。


「……心配かけたな。ありがとう、シルヴィア」


 シルヴィアが頷く。


「慈しみの光よ、この手に宿り、傷ついた身を癒やしたまえ――《セイクリッド・ヒール》」


 温かな光が肩へ広がった。


 痛みが、少しずつ和らぐ。


 その間、エステルは俺の前にしゃがみ、こちらを見上げていた。


「勝ったね」


「ああ」


「本当に、お姉様の足を動かしたね」


「……ああ」


 エステルの声が、最後のところで少し震えた。


 俺はようやく、握りしめていた手を開いた。掌に、木剣の柄の跡が残っている。


 この手で、あの人の足を動かしたのだ。


「2人のおかげだ」


 口にすると、エステルが首を振りかけた。だが、途中でやめて、嬉しそうに頷いた。


「うん。3人で、頑張ったもんね」


 エステルが笑った。目の端に残った涙を指で拭い、それから急に、じっと俺の顔を見る。


「それで?」


「それで、とは」


「雷」


 肩を包む光は消えなかったが、シルヴィアの手が止まった。


 2人とも、よほど聞きたかったらしい。内緒にしていた甲斐はあったが、今度はちゃんと話そう。


「……1人で練習していた」


「わたしたちが旅行に行ってる間?」


「そうだな。ユリウス先輩の訓練を見て、どうしても使いたくなってな」


「帰ってからも、黙ってたんだ」


 エステルが頬を膨らませる。


 シルヴィアまで、治療を続けながら俺を見た。


「切り札なのは、分かりますけれど」


「それもあるんだが……」


 ここで誤魔化すのも、違う気がした。


「2人の、驚いた顔が見たかった」


 沈黙。


 エステルが瞬きをした。


 シルヴィアは口を開き、そのまま止まった。


 ああ。


 今、見られた。


「……それで、内緒に?」


「不意に見せた方が、驚くだろうと思って」


「オスカー!」


 エステルが俺の膝を軽く叩いた。


 痛くはなかった。


「ずるい! わたし、声も出なかったんだから!」


「出ていましたわよ。雷、って」


「シルヴィアだって、いつの間に、って言ってた!」


「それは……言いたくもなりますわ!」


 エステルが吹き出した。シルヴィアも堪えきれずに笑い、肩に置いた手が小さく揺れる。


 さっきまでの震えとは、違っていた。


「でも、かっこよかった」


 まっすぐ言われ、今度は俺の方が返事に詰まった。


「……ありがとう」


「もう1回見せてね。今度は、近くで」


「今日は駄目ですわ」


 シルヴィアが即座に言った。


「分かってる。今日は休み。明日以降!」


 驚かせることには成功したが、翌日以降の予定まで押さえられてしまった。


 俺が頷くと、治療を終えたシルヴィアが、そっと肩から手を離した。


「次は、練習の話も聞かせてくださいませ」


「ああ。今度は、ちゃんと話す」


 体の疲れは、まだ重く残っている。


 それでも、3人で笑う余裕が戻っていた。


     *


【レオノーラ視点】


 散らばった木片を拾おうとして、指が1度、空を掴んだ。


 右手に、わずかな痺れが残っている。


 それを見たハインツ先生が、黙ってこちらへ手を差し出した。


「片づけは、こちらで。殿下も手を診てもらってください」


「……すまない」


 靴の踵に、白い粉がついていた。


 あれほど小さな1歩が、頭から離れない。


 雷へ反応できた時、まだ受けられると思った。続く4属性を処理し、最後の剣も押し返せると。


 だが、彼は足を残した。剣の角度を変え、最後まで押し切った。


 足を動かす必要すらなかった、1ヶ月前の少年が。


 右手を握りかけ、教員に止められた。


 悔しい。


 あの1撃を、今すぐもう1度受けてみたいほどに。


 治療担当の教員に手を診てもらいながら、ベンチの方を見る。


 エステルが笑っていた。


 あんな顔をさせられる男になったか、オスカー・エルフォード。


 認めるのが、少し腹立たしい。


 だが、認めない方が、もっと腹立たしかった。


「見事だったね」


 顔を上げると、ユリウス先輩が立っていた。


 その後ろには、共に迷宮を歩いてきた仲間たちがいる。


「負けた私に、ですか」


「2人に、だよ」


 先輩はいつもの声で答えた。仲間の1人が差し出した手拭いを受け取り、私へ渡してくれる。


 迷宮から戻った時と、同じだった。


 私は手拭いを握った。今、言わなくてはいけないことがある。


 私は背筋を伸ばす。


「ユリウス先輩。約束どおり、私は《深淵》へ移ります」


 仲間たちの表情が、静かに変わった。


「引き継ぎは、責任を持って済ませます。私が身勝手に持ち出した勝負で、このようなことになり……申し訳ありません」


 頭を下げた。


 勝つつもりだった。


 負けることなんて、まったく考えていなかった。


 けれど、ここにいる7人の顔を見れば、自分1人が場所を変えて済む話ではないと、改めて分かる。


「顔を上げて、レオノーラ」


 ユリウス先輩は、私が顔を上げるのを待った。


「君の決めたことだ。仕方ないよ。妹達との約束を守ろうとする君を、僕が責めるつもりはない」


 その言葉に、胸が痛んだ。


 私が守るべき約束は、1つではなかった。


「ただ……僕の夏の最後の遠征は、一緒に行きたかったな」


 先輩の目が、ほかの6人へ向いた。


「8人で、27層を越えるって、話していたからね」


 黒曜大迷宮、第27層。


 歴代の学院生が残した、最も深い到達記録。


 私たちは第23層まで進み、次の遠征へ向けて準備を重ねていた。


 地図を囲む夜、私が前へ出る場所を指すと、すぐ隣へ盾役の指が置かれた。後ろから、魔法の届く距離を確かめる声が続いた。


 どの案にも、8人がいた。


 この8人で記録を塗り替え、先輩を学院から送り出す。私も、その景色を見たかった。


「……申し訳、ありません」


「謝ってほしくて言ったんじゃないよ」


 先輩が、少し困ったように笑った。


「一緒に行けないのは、残念だ。でも、君には感謝しているんだ」


 私は顔を上げた。


「僕の誘いに応えて、仲間になってくれてありがとう。君がいたから、僕たちはここまで来られた」


 盾役の仲間が、深く頷いた。杖を持つ仲間も、ほかの皆も。


 誰も、私を責める顔をしていなかった。


「隣が変わると、しばらく落ち着かないだろうな」


 盾役がそう言って、少し笑った。


「向こうでも、頼りにされるぞ。レオノーラなら」


 返事をしようとして、喉が詰まった。


 ユリウス先輩は、そんな私を急かさずに待っていた。


「レオノーラ。これからも、応援しているよ」


 引き止める言葉より、その一言が胸に残った。


 去ろうとする身勝手な私へ、先輩は感謝を伝えてくれる。これから先のことまで、笑って願ってくれる。


「……私の方こそ」


 握った手拭いに、皺が寄った。


「誘っていただいて、よかったです。本当に」


 言い終えると、先輩は嬉しそうに、そして寂しそうに目を細めた。


     *


【オスカー視点】


 挨拶をしようと近づいたところで、その話が聞こえた。


 レオノーラが、手拭いを握りしめていた。


 ユリウス先輩は穏やかだった。離れていく仲間へ礼を言い、新しい場所でも応援すると、笑って伝えていた。


 それでも、一緒に行きたかったという言葉は、確かに聞こえた。


 長く一緒に戦ってきた8人の、最後の遠征。


 俺が勝った今日を、この人たちの心残りが始まる日にはしたくなかった。


 俺は2人を見た。


 エステルは唇を結び、シルヴィアは先輩たちへ目を向けている。


「少し、移籍の時期を変えてもいいか?」


 小声で聞くと、エステルが俺を見た。


 それだけで、伝わったらしい。


「うん」


「わたくしも、賛成です」


 俺は頷き、先輩たちへ進んだ。


「お話の途中に、失礼します」


 レオノーラが振り返る。


「俺たちのパーティへ来ていただくのは、その遠征が終わってからでは駄目でしょうか」


「……何?」


「レオノーラ殿下には、ユリウス先輩たちと一緒に、歴代の記録を抜いてほしいんです」


 7人の視線が、俺へ集まった。


 少し、緊張した。


 それでも、ここははっきり言っておきたかった。


「その上で、その記録を目標に、俺たちもさらにその上を目指したいです」


 盾を背負った先輩が、ぽかんと口を開けた。


「……おいおい」


 次に、笑った。


「なかなか言うじゃないか」


「先に、目標をお願いしておこうかと」


 ユリウス先輩が、俺を見た。


 さっきまでの寂しさの残る目に、別の光が差す。


 口元が、ゆっくり上がった。


「それなら、簡単には届かない場所まで行かないとね」


「はい。追いかけがいのある記録を、お願いします」


「ずいぶん、欲張りな後輩だ」


 隣で、エステルが小さく笑った。


 レオノーラだけは、まだ真剣な顔をしている。


「待て。私は勝負に負けた。貴様との約束を、こちらの都合で先延ばしにするわけにはいかん」


「俺たち3人からの提案です」


「だが、約束は約束だ」


 頑固な人だ。


 けれど、そこを曖昧にしないから、信じられるのだろう。


     *


【レオノーラ視点】


 先輩たちとの遠征には、行きたい。


 だが、負けた途端に相手の厚意へ甘えるのは、筋が通らない。


 たとえ明日から妹と一緒に迷宮へ入り、休憩のたびに隣で食事ができ、あのかわいい笑顔を毎日見ることができるとしても、それは約束を守った結果にすぎない。


 そのために、エステルの時間割まで確認していたことは、今は関係ない。


 エステルが、私を見た。


「お姉様、もしかして、早く一緒に潜りたかった?」


「今、その話はしていない」


 くっ、なぜ分かる。


 私は、何も言っていない。


 ユリウス先輩が口元へ手を当てた。盾役の仲間は、隠す努力すらしていなかった。


 笑うな。


 真剣な話をしているのだ。


「では、もう1つ、お願いがあります」


 オスカーが言った。


「遠征までは、俺たちの指導員をお願いできませんか。時々、一緒に黒曜へ入って、戦い方や探索の仕方を教えていただきたいんです」


 私は、彼を見た。


「指導員?」


「はい。俺たちは、まだ第2層までしか行けません。そこでも、教わりたいことが山ほどあります」


 エステルが、私の袖を掴んだ。


「お姉様に見せたい場所もあるの。2層の滝、すごく綺麗だったんだよ」


 第2層の滝など、何度も見ている。


 だが、エステルと見たことはない。


 妹と見ていない滝など、見たことがないに等しい。


「先輩たちとの準備を優先して、時間の合う日に。正式な移籍は、遠征が終わってから」


 オスカーは、そこで言葉を切った。


「それなら、両方の約束を果たせませんか」


 私は考えた。


 7人と、あの記録を越えに行ける。


 その前に、妹とも迷宮へ行ける。


 しかも指導だ。隣に立って手本を見せても、過保護とは言われまい。私の剣を見て、お姉様かっこいいと言われても、それは指導なのだから仕方がない。


「……同行の日程は、後で相談してよいか」


 エステルが、にこっと笑った。


「うん。もちろん」


 私は1つ頷き、オスカーへ向き直った。


「オスカー・エルフォード」


「はい」


「貴様は、なかなか見どころがある」


「ありがとうございます。エステルも、ずっと楽しみにしていましたから」


 私もだ、と答えそうになり、咳払いでごまかした。


 隣でエステルが笑っている。今日はもう、何もかも見透かされている気がした。


     *


【オスカー視点】


 レオノーラが、ベンチの脇に置いていた鞄へ手を伸ばした。


 中から取り出したものが、夕方の光を赤く返す。


「オスカー・エルフォード。受け取れ」


 軽く投げられたそれを、俺は両手で受け止めた。


 腕輪だった。


 深い真紅の輪に、細かな紋様が刻まれている。内側には小さな擦れがあった。飾っておくための品ではない。長く、身につけて使ってきたものだ。


「《真紅の腕輪》だ。身につけた者の打撃や斬撃の威力を高める」


「そんなものを、俺に?」


「ほかに誰がいる」


 思わず彼女の手首を見た。


 袖口から覗く肌に、輪の形をした薄い跡がある。


「……今日の決闘では、外していたんですか」


「当然だ。私が使うのは木剣と身体強化だけ、という条件だったからな」


 何でもないことのように言う。


 あれほど重かった一撃に、まだ上がある。


 勝てたのは、あの条件で、あの一瞬を作れたからだ。分かっていたつもりだったが、手の中の腕輪が、その実感をもう1段深くした。


 レオノーラは俺の顔を見て、口元をわずかに上げた。


「勘違いするな。今日の勝負は、貴様の勝ちだ」


「……はい」


「その上で、これからも腕を磨け」


 柵の向こうから、息をのむ声がした。


「あの真紅の腕輪、レオノーラ殿下がいつもつけていらっしゃる……!」


「迷宮へ行かれる時も、ずっと使っていた品だぞ」


「くっ……勝ったうえに、レオノーラ様から贈り物まで……!」


 男子生徒が、隣の友人の肩を掴んでいる。


 その近くでは、女子生徒たちが顔を寄せ合った。


「殿下が、ご自分の愛用品を殿方に……?」


「それって、特別に認めたということよね?」


 頼む。その先へ解釈を進めないでくれ。


 俺が口を開くより早く、エステルが腕輪を覗き込んだ。


「お姉様、それ、大切にしてたのに。いいの?」


「だから渡すのだ。使い物にならん品を贈ってどうする」


 即答だった。


 レオノーラは、俺へ向き直る。


「仲間との約束まで考えてくれたこと、感謝している」


 それから、一瞬だけエステルへ目を向けた。


「それに、妹が毎日楽しそうにしている。その礼も兼ねている。受け取れ」


 最後だけ、少し早口だった。


 俺はもう1度、手の中の腕輪を見る。


 強くなれる道具だ。それは、もちろん嬉しい。


 けれど、今はその内側の擦れが、妙に目に残った。


 この人が戦い、仲間を守ってきた時にも、手首にあったものなのだ。


「ありがとうございます。大切に使います」


 頭を下げると、短く「ああ」と返ってきた。


 腕輪を右の手首へ留める。まだ少し重い腕に、ひやりとした感触が重なった。


「似合ってるね、オスカー」


 エステルが嬉しそうに笑う。


「確かめるのは、身体を休めてからですわよ」


「分かってる。今日は振らないよ」


 シルヴィアへ答えると、レオノーラまで頷いた。


「うむ。試すなら、次の指導で見てやる」


 頼もしい申し出だ。


 同時に、この腕輪をつけた程度では、あの人が手加減を増やしてくれるとは思えなかった。


「……よろしくお願いします」


「なぜ少し間が空いた?」


 エステルが吹き出した。


 笑いが収まったところで、ユリウス先輩が仲間たちを見た。


「みんなは、どうかな」


「俺たちは、8人で行くつもりで準備してるんだ。願ったりだよ」


 盾役の先輩が答える。


「教える方に夢中になって、打ち合わせを忘れなければね」


 杖を持つ先輩が言うと、レオノーラが眉を寄せた。


「忘れるものか」


「妹と出かける日は、前の晩に確認しておくよ」


 盾役の先輩まで、笑いながら口を挟んだ。


 ほかの仲間も笑って頷いた。


 先輩は最後に、レオノーラを見た。


「一緒に、行ってくれるね」


「はい。8人で、越えましょう」


 レオノーラは、ほかの6人にも目を向けた。


 大きく頷く者。拳を上げる者。誰も、もう目を伏せてはいなかった。


 ユリウス先輩が、俺へ手を差し出す。


「ありがとう、オスカー」


 その手を握った。


「いえ。先輩に教えていただいたことがなければ、今日の勝利はありませんでした」


「最後の足、しっかり残っていたね」


「何度も練習しました」


「うん。見ていて、分かったよ」


 先輩が、握った手へ少し力を込めた。


「でも、今日勝ったのは君だ。教わったことを、あそこまで使えるようにしたんだから」


 胸が、熱くなった。


 前世で会社を経営していた頃、俺は人を育てる難しさを知った。教えた後の努力まで、こうして見届けることの大切さも。


 今は、それを受け取る側にいる。尊敬する先輩に、自分の積み重ねを認めてもらえたことが、ただ嬉しかった。


 この人からなら、何度でも教わりたい。


「もっと、教わりたいです」


「いつでもおいで。今度は、雷の話もしよう」


「ぜひ!」


 返事が、少し大きくなった。


 先輩が笑う。


「ただし、今日は休むこと」


「……はい」


 そこは、シルヴィアと同じだった。


     *


 実技場を出る頃には、廊下まで人が溢れていた。


「号外! 剣姫との5分勝負、1年生オスカー・エルフォードが勝利!」


「最後、2人の木剣が砕けたって本当か?」


「見てた!すごい爆発音だった!雷まで使ったんだ!」


「先輩、紙は1人1枚です!」


 配られ始めた号外を、エステルが1枚受け取った。


 大きな見出しの下に、円から足を出させる条件と、無詠唱の雷について書かれている。


 あの5分が、もう紙の上にある。


 エステルが皺になった端を伸ばし、シルヴィアが横から覗き込んだ。2人とも、見出しを読んでまた笑っている。


「しばらく、落ち着けそうにないな」


「無理ですわね」


「うん。明日も、きっと質問されるよ」


 俺はため息をつき、2人は笑った。


 校舎の窓から、夕方の光が差している。


 強敵に勝ち、その相手が仲間になる。


 そこまでは、想定していたテンプレだ。


 だが、相手のパーティに残ってもらい、遠征が終わるまでは指導員になってもらう展開までは、考えていなかった。


 自分で提案しておいて何だが、随分と予定が変わったものだ。


 先輩たちは、8人で遠征へ行ける。俺たちは剣姫に教わることができ、その剣姫は妹と一緒に潜れる。


 ……うん。いい結果だ。


 想定外が、全部困り事になるわけでもないらしい。


 明日も授業がある。次に黒曜へ入っても、俺たちが歩くのは第2層までだ。


 それでも、もう1つ先に、目指したいものができた。


 第27層。


 そこを越えていく、8人の背中。


「楽しみだね」


 エステルが、号外を胸へ抱いた。


「お姉様たちが、どこまで行くのか。わたしたちが、その先で何を見るのか」


 青い目が、夕日に輝いている。


「うんと深いところまで行こうね。3人で話しただけじゃ、想像もできなかったところまで」


「そのためにも、まずは今日の反省ですわ。足元が空いたところ、覚えていらっしゃいます?」


「……何か所かある」


「わたくしは、全部覚えています」


「明日、聞かせてくれるか。見ていてくれて助かるよ。少しずつ直して、次へ行こう」


 シルヴィアの顔が、少し柔らかくなった。


「ええ。何度でも、お付き合いしますわ」


 隣でエステルが頷く。


 廊下の向こうから、また俺の名前を呼ぶ声がした。2人と顔を見合わせ、今度は逃げずに手を上げた。


 円から1歩外へ出すための1ヶ月は、終わった。


 傷が癒えた肩は、まだ少し重い。けれど、その先を考えると、もう胸が騒いでいた。


 まずは、黒曜第2層の続きを。


 いつか、この仲間たちと、8人の作る記録の先へ。

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いつも楽しく読ませていただいております!これからの展開すごく気になります!無理せず頑張ってください!
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