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第42話 広い迷宮と、小さな円

 最後の一撃では、どうしても肩に力が入った。魔法を重ねることに気を取られると、ユリウス先輩に教わった自然な振りが崩れる。


 速さを抑え、構えた位置から剣を出す。できたら、そこへ魔法を1つ足す。焦らず、それを繰り返した。


 地図を、もう1枚広げた。


 机から、はみ出した。


「……第1層だけで、これか」


 俺が呟くと、エステルが端を押さえ、シルヴィアが空いた皿を退けた。


 2人が研修旅行から戻って、3日後の昼休み。


 昨日歩いた道を、ギルドで借りた地図と照らし合わせている。入口から柱を3本過ぎ、狼と戦い、分岐で引き返した。


 その経路を指で辿った。


 地図の端で、指が止まる。


「これだけ?」


「これだけですわね」


 シルヴィアの返事には、少し笑いが混じっていた。


「わたしたち、まだ玄関を見ただけだったんだ」


「随分、広い家だな」


 エステルは楽しそうだった。


 俺も同じだ。知らない道がこれだけ残っている。奥には何があるのか、考えるだけで胸が騒ぐ。


 ただ、今の俺たちに許されているのは第2層まで。


 まずは、その2層で十分だった。


「今日は第1層の経路を延ばす。第2層へ下りるのは、明日の休講日にしよう」


「帰り道も、もう少し確かめておきたいですわね」


 シルヴィアが地図へ指を置く。


「ここ。昨日、曲がる場所が少し分かりにくかったでしょう。帰りに目印になる岩を、別の角度からも覚えておきましょう」


 エステルは、別の場所を指した。


「こっちの横穴、奥が見えなかったよね。休むなら、魔物が出てこないか見張れる場所にしよう」


 2人とも、ちゃんと見ている。


 曲がり角の目印も、休憩に向かない場所も、地図へ書き足した。次は、昨日より迷わずに歩けそうだ。


 俺は予定時刻を書き込み、紙を畳んだ。


     *


 放課後の探索は、昨日より奥まで足を延ばした。


 第2層へ続く階段の位置を確かめ、そこまでの移動時間を記録する。魔物を追って横道へ入ることはせず、戻りながら分岐の見え方も確認した。


 地上へ出たところで、レベルを確かめる。


【レベル95】


 2日分の探索で、93から95。


 魔物は白晶の後半より強い。経験値も稼げるが、今は道を覚えることを優先したい。


「何か、嬉しそうだね」


 エステルが俺の顔を覗き込んだ。


「明日が楽しみでな」


「うん。わたしも!」


 シルヴィアが、少し困ったように笑う。


「今夜は、地図を見ながら夜更かししないでくださいませね」


 俺とエステルが、同時に彼女を見た。


 どちらに言ったのか。


 聞くまでもなく、2人ともだった。


     *


 翌朝、3人で黒曜へ入った。


 昨日までに確かめた道を進み、第1層で1度休む。予定より少し遅れていたが、帰路に見込んだ余裕を削るほどではない。


 第2層へ続く階段が見えた。


 足を止めると、エステルが隣に並んだ。


「ここから先は、初めてだね」


「ああ。今日は下りた先の周辺を確かめるだけにする」


「ええ。階段へ戻る道を覚えながら進みましょう」


 シルヴィアも頷く。


 俺は剣の柄を軽く握り、階段へ足をかけた。


 水音を聞きながら下り、顔を上げた。


「……おお」


 声が漏れた。


 滝の流れる広い空洞に、段差の多い岩棚が続いていた。霧と岩陰で、先を見通せない。


「あの岩、青く光ってる。近くで見たいなあ」


 エステルはそう言いながらも、その場で手帳を開いた。


「見に行かないのか?」


「今日は道を覚える方が先。場所を書いておけば、また来られるでしょ?」


 シルヴィアが笑った。


「帰りに同じ場所から眺められるよう、目印も覚えておきましょう」


 エステルは頷き、手帳へ忙しく書き込んだ。


 見たいものが増えるたび、次に来る楽しみも増えていく。


     *


 岩棚の陰から、厚い鱗に覆われた鎧トカゲが2匹現れた。


「俺が手前を倒す。奥の1匹を止めてくれ」


「凍てつく水よ、地を這う鎖となれ。敵の足を捕らえ、その歩みを、この場に繋ぎ止めよ――《フロスト・チェイン》」


 シルヴィアの氷が奥の1匹の脚を縛る。俺は手前の突進をかわし、続く尾の一撃を跳んで避けた。


「水よ、槍となれ――《アクア・ランス》」


 エステルの水槍が顔を打ち、トカゲがのけぞる。身体強化で踏み込み、露わになった喉へ、淡く白い闘気をまとわせた剣を通した。


 残る1匹も、氷を砕こうともがく間に仕留める。2匹が白い粒になったのを見届け、周囲に敵がいないか確かめた。


 岩陰へ追い回さず、1匹ずつ倒せば対処できる。


 剣の闘気を消すと、エステルが嬉しそうに言った。


「その剣、もう手に馴染んできたみたいだね」


「ああ。いい剣だ」


 答えると、2人が同時に笑った。


 まだ少し照れくさいが、何度でも言おうと思った。


     *


 水辺では、大鋏を持つ水弾カニに出くわした。


「水弾が来るよ!」


 エステルの声に合わせて岩陰へ退く。飛んできた水の塊が岩を叩いた直後、俺は乾いた足場を選んで駆け出した。


「水よ、槍となれ――《アクア・ランス》」


 エステルの水槍が大鋏を弾く。その隙に横へ回り込み、甲羅の隙間へ剣を突き入れた。


 カニが白い粒となって消え、魔石と大鋏が残る。拾って袋へ収める間、シルヴィアが水辺を見張ってくれた。


「水際を歩く時は、岩陰にも気をつけないとね」


 エステルが、地図に出現場所を書き込んだ。


 次の分岐で、予定を変えた。


 地図にあった近道の一部が濡れ、薄い苔が広がっていた。通れないほどではない。だが、魔物と出会った時に踏ん張れるかは分からない。


 迂回すれば、今日の探索時間をかなり使う。


「ここで戻ろう」


 口にしてから、自分でも少し惜しくなった。


 向こうの曲がり角まで、見てみたい。


 でも、その先にも、もう1つ曲がり角があるのだろう。


「そうですわね。帰りも、ここまでと同じ速さとは限りませんもの」


 シルヴィアが地図へ印をつける。


 エステルは道の奥をじっと見た後、俺たちへ向き直った。


「次は、もっと早くここまで来られるよね」


「ああ。もう道は覚えたし、危ない場所も分かったからな」


     *


 第1層へ戻ったところで、昼の休憩を取った。見通しのよい場所を選び、温かいスープを出す。


 1人が見張り、残る2人が食べる。先に見張りを引き受けたシルヴィアに礼を言うと、エステルがパンをちぎりながら目を細めた。


「迷宮でこんなにおいしいスープが飲めるなんて、贅沢だよね」


「歩いた分、腹も減っただろ」


「うん。おかわりある?」


「もちろん」


 俺もスプーンを取る。


 広い迷宮の中で、2人の声が近くにある。


 1人でパンを食べた時とは違う。次に気をつけることも、さっき面白かったことも、口にすれば返事がある。


「レオノーラ殿下との戦いが終わったら、また3人で来よう」


 何気なく言うと、エステルが俺を見た。


「4人かもしれないよ?」


 そうだった。


 俺が勝てば、あの剣姫が仲間になる約束だ。


「……随分、賑やかになりそうだな」


「お姉様の分も、お肉は多めにね」


「そうだな。勝ったら、4人で腹いっぱい食べよう。俺も楽しみが増えたよ」


 シルヴィアが笑った。


 笑い終わってから、まっすぐ俺を見る。


「勝ちましょう。わたくしたちも、できることは全部いたします」


 俺は頷き、食べ終えた器を置いた。今度は俺が見張る番だ。


 出発後、第1層の分岐で黒牙狼の群れに行き会った。数が多かったため、離れた場所で横道へ抜けるのを待つ。


 思いのほか時間を取られたが、それでも予定の時刻には地上へ戻れた。第2層で探索を切り上げておいて正解だった。


     *


 2人の帰還から5日後、6日後の放課後は、決闘へ向けた訓練に充てた。


 ハインツ先生に使える区画を確かめ、最初に描いたのと同じ大きさの円を作る。


 広大な黒曜を歩いた後だと、驚くほど小さい。


 この円からレオノーラを出せば、俺の勝ち。制限時間は5分だ。


 言うだけなら簡単だが、彼女をあと1歩退かせるのが難しい。


 シルヴィアに時間を計ってもらい、木剣で踏み込みを繰り返す。エステルには防護された標的の位置を変えてもらい、4属性を重ねる間隔を確かめた。


 土壁で逃げ道を塞ぎ、風で姿勢を崩す。水弾で剣を弾き、火球へ注意を向けた隙に踏み込む。


 最初は、1つ使うたびに剣が止まった。


 次は、魔法を急ぎすぎて足が止まった。


「今、剣が止まったよ。お姉様なら、その隙に踏み込んでくる」


 エステルが指したのは、俺が魔法へ意識を向けた一瞬だった。


「やっぱりか」


「うん。待ってはくれない」


 木剣を構え直す。


 どの魔法を使うかより、次の動作を止めないこと。


 黒曜のトカゲも、こちらの準備が済むまで待ってはくれなかった。


 足を出しながら魔力を動かし、剣を戻しながら次の位置を選ぶ。


 何度目かで、4属性の魔法を使いながら、踏み込みと剣の振りを止めずに続けられた。


「今の、よかった!」


 エステルの声に振り返ると、シルヴィアも頷いていた。


 嬉しい。


 だが、まだ完成ではない。


 雷だけは、2人と別れた後、人のいない指定区画で練習した。


 短い距離を正確に。大きく光らせることより、狙った瞬間に出すこと。


 剣へまとわせる技は、今回には間に合わない。今できる小さな放電を、1度だけ、勝負を動かすために使う。


 あの人に同じ手が2度通じるとは、思わなかった。


 放電が、狙った端子の間を走る。


「……よし」


 うまくいくと、誰かに見せたくなる。真っ先に浮かぶのは、やはり2人の顔だった。


 もう少しだけ、待っていてもらおう。


 驚かせる楽しみも胸にしまい、俺はもう1度、標的へ向き直った。


     *


 決闘前日。


 俺は画面を開いた。


【レベル98】

【《剣術》Lv9】

【《全属性魔力操作》Lv7】

【《身体強化》Lv6】

【《闘気》Lv4】


 第2層までの探索で、98に届いた。100までは、あと2つ。


 だが、今日それを追いかけて疲れを残すつもりはない。


 剣を握った回数は、レベルの数字には表れない。止まらなくなった足も、魔法の間に剣を入れる感覚も、自分の中には残っていた。


 明日は、それを全部使う。


 木剣を置いたところへ、2人が来た。


「もう終わり?」


「ああ。今日はここまで」


「よかった。まだ続けるなら、止めるつもりでしたわ」


 シルヴィアが水を差し出した。受け取ると、エステルが円の中央を見た。


「お姉様、強いよ」


「知ってる」


「でも、今のオスカーと戦うの、きっと楽しむと思う」


 俺も、白い円へ目を向ける。


 1ヶ月前、3度向かって、何もできなかった。


 あの時の自分が今の俺を見たら、驚くだろう。


 では、レオノーラはどうだ。


「俺も楽しみだよ。2人と練習してきた分、思い切り挑んでくる」


 口にすると、2人が笑った。


 エステルは右手の指輪へ触れ、シルヴィアは俺の目を見て頷いた。


 その顔を覚えて、俺は木剣を取った。


 あと1回振るためではない。


 明日に備えて、片づけるためだ。


 広い迷宮の入口を、3人で歩いた。


 明日は、小さな円の中にいる剣姫へ、1歩を届かせる。


◇

10月10日AM5:40から

新連載

『前世社畜の俺は転生したら皇帝直属暗部序列8位でした~帝国を裏切って今度こそのんびり生きようと思います~』


を投稿しましたので、よかったらご覧ください。

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