第41話 再び3人で、黒曜へ
「オスカー!」
馬車の窓から、銀色の髪が覗いた。
手を振り返すと、その横からシルヴィアの顔も見える。何か言っているらしいが、車輪の音で聞こえない。
馬車が止まると、シルヴィアの声がはっきり聞こえた。
「エステル。降りる前に、荷物を持ってくださいませ!」
「分かってるよ!」
返事と同時に、扉が開いた。
学院の門前。女子たちの帰還を待つ生徒の間を抜け、俺は馬車へ近づいた。
「お帰り。2人とも、元気そうだな」
「ただいま!」
エステルが段を降り、俺の前で止まる。顔を上げたまま、なぜか黙った。
続いて降りてきたシルヴィアまで、俺の肩を見ている。
「……また、大きくなってない?」
「少しな。制服の肩が、きつくなった」
「ほら。外套にしなくてよかった」
「エステル!」
何の話だ。
尋ねる前に、背後からマリオンが顔を出した。
「お迎え、ご苦労様。2人とも、話したいことが山ほどあると思うよ」
「そうなのか?」
「それはもう」
意味ありげに笑って、彼女はアニエスたちの方へ歩いていった。
シルヴィアは何も言わず、鞄の持ち手を握り直す。エステルまで妙に嬉しそうだ。
1週間、いなかっただけのはずなのだが。
どうも、俺の知らないところで何かあったらしい。
*
帰還の報告と荷物の整理を終えた2人と、夕方に落ち合った。
学院の空き談話室。持ち込みの食事を広げられる机に、3人分の皿を並べる。
「この匂い……!」
蓋を取る前から、エステルが身を乗り出した。
「今日は、煮込みハンバーグだ。パンもある」
「ハンバーグ?」
「細かく叩いた肉に、炒めた玉ねぎと卵、ふやかしたパンを混ぜて焼いたものだよ」
寮の厨房を借りて仕込んだ。肉の脂が前世で使ったものより強かったので、割合を変え、こちらの香草を少し加えている。焼いたあと、酸味のある赤い実と肉の煮汁で作ったソースで煮込んだ。
蓋を開けると、ふっくらした肉の塊が3つ、赤褐色のソースに浸っていた。
「帰ってきたって感じがする」
「そこまで喜んでもらえるなら、たっぷり作っておいてよかったな」
笑いながら席につく。そこで、シルヴィアが俺を呼び止めた。
「その前に、受け取っていただきたいものがありますの」
エステルが王家のバッグから、長い包みを取り出した。
2人で俺の前へ置く。
大きさと形で、見当はついた。それでも、包みを開いた時には息が止まった。
濃い色の革を巻いた柄。飾りの少ない鍔。
鞘から少し抜くと、淡い銀色の刀身が灯りを返した。
根元には、金床と交差した2本の槌をかたどった小さな刻印がある。
「……ミスリル?」
「指輪のお礼。2人で選んだんだ。遠い国のドワーフが作った剣なんだって。その印が、作った人の刻印だよ」
エステルが言う。隣でシルヴィアが、緊張したように指を重ねた。
「今の剣では、あなたの力についていけなくなっていると思いまして。エステルが店の奥で見つけたのですけれど、持ってみたら、わたくしもこれがよいと思いましたの」
「魔力も、先まできれいに通ったよ。早く使ってみてほしいな」
鉄剣を傷めないよう、魔力を抑えて使っていたところだ。2人とも、そこまで気づいてくれていたのか。
「しかし、これは高かったんじゃ――」
2人が顔を見合わせた。
「やっぱり、値段を聞いたね」
「予想どおりですわ」
「待ってくれ。俺、今のを言うと思われていたのか?」
「選んでいる時に、その話になったの。きっと心配するだろうねって」
エステルが、少し得意そうに笑った。
添えられたカードに目を落とす。
指輪をありがとう。
これからも、3人で。
シルヴィア、エステル。
続きを言おうとしていた口が、止まった。
俺が値段を気にすることまで、予想していたのだ。それでも、2人で俺の戦い方を考え、この剣を選んでくれた。
ここで値段ばかり聞くのは、違うだろう。
俺は剣を収め、顔を上げた。
「ありがとう。大切に使う」
2人の肩が、少し下がった。
「本当に?」
「ああ。ちょうど、剣の限界を感じていたところだ。……よく見ていてくれたんだな」
シルヴィアが目を逸らした。エステルは笑っているが、耳が少し赤い。
こちらまで照れくさくなり、俺はもう1度カードを見た。
3人で。
その短い言葉が、思っていた以上に嬉しかった。
*
剣を包み直して脇へ置き、ハンバーグを皿に取り分けた。
シルヴィアがナイフを入れた途端、目を見開く。
「こんなに、すっと切れますのね」
切り口へソースを絡め、ひと口。次の言葉が出るまで、少し間があった。
「……柔らかいのに、お肉の味が濃いですわ」
「ねえ、どうして刻んだ肉が、こんなにふわっとなるの?」
エステルも皿へ顔を寄せている。
「混ぜる物と、焼きすぎないことかな。肉の種類でも変わる」
「このソース、パンにつけてもいい?」
「そのために多めにした」
2人の手が同時にパンへ伸び、目が合った途端、笑い声になった。
前世で覚えた味が、ここでも気に入ってもらえたらしい。皿の縁まで綺麗になるのを見ると、次の献立を考えたくなる。
そこからは、話が止まらなくなった。
緑石迷宮の苔。実習での連携。道具の補修。ブルーノが持たせた包帯の量。
俺の方からは、白晶を1人で3回攻略したことを話した。
「3回!?」
エステルがスプーンを止める。
「1週間で、ですの?」
「初回は休講日に朝から入った。その記録を使って、次から時間を縮めたんだ」
「怪我は?」
「最初に石片が腕へ当たった。もう痛みもないし、動きにも問題はない」
シルヴィアは俺の左腕を見てから、小さく息を吐いた。
「帰る時間と、魔力の残りは確かめていましたの?」
「ああ。遅れたらボス戦は見送るつもりだった。無理に3回と決めていたわけじゃないよ」
ユリウス先輩に、力まず剣を出す動きを教わった話をすると、今度はエステルが笑った。
「お姉様、その話を聞いたら、どんな顔するかな」
「そこは今、あまり想像したくない」
雷のことは話さなかった。
レオノーラ戦の切り札として伏せておきたいし、本番で使って、2人を驚かせたい。
いつも楽しそうに俺をからかうエステルが、目を丸くするところ。シルヴィアが「いつの間にそんなものを!」と言いたげに、こちらを見るところ。
想像すると、口元が緩みそうになる。
俺は笑いを隠すように、カップへ口をつけた。
本番までは、内緒だ。
「それで、2人に相談がある」
俺は煮込みの皿を少し寄せ、借りてきた資料を広げた。
黒曜大迷宮。
表紙の文字を見た瞬間、2人の顔が変わった。
「白晶は、1人でも安定して回れるようになった。そろそろ次へ進みたい。3人で、黒曜に入らないか」
「行く!」
エステルの返事は早かった。
「まずは日程と探索範囲を決めましょう」
そう言ったシルヴィアも、資料から目を離さない。
俺は笑って、地図を開いた。
*
翌日の授業後、紹介状を持って武具店を訪ね、剣の握りを調整してもらった。それから訓練場へ移り、扱いを確かめる。
軽い。切っ先を戻しても、手元が遅れない。
許可された練習区画で、ごく薄い風を刃に沿わせた。鉄剣で感じていた引っかかりが小さく、先端まで滑らかに魔力が届く。
「……これは、すごいな」
思わず呟くと、柵の外で2人が笑った。
新しい剣に、自分の方を慣らさなければならない。何度か動きを確かめ、決闘の練習には木剣へ持ち替えた。
5分以内に、レオノーラの足を円の外へ出す。
エステルが円の内側に立ち、俺が正面からゆっくり踏み込む。彼女が後ろへ半歩下がったところで、互いに動きを止めた。
「今、わたしは下がったけど、お姉様なら違うと思う」
「どうする?」
「逆に、こっちへ踏み込んでくると思う。普通なら下がりたくなる間合いでも、お姉様は前へ出るから」
いったん元の位置へ戻り、同じ動きを試す。今度は、俺の踏み込みに合わせて彼女も半歩前へ出た。
距離が詰まり、剣を振る空間がなくなった。
なるほど。
下がらせようとして近づいた俺の方が、剣を振れなくなるのか。
「相手を下がらせることばかり考えていたな」
「では、前へ出てくる動きに合わせて、円の外へ誘う方法も考えられますわね」
シルヴィアが、円の縁に印をつけた。
勝てる形は、まだ見えていない。
ただ、試したいことは増えた。
*
帰還から2日後の放課後。
ギルドで白晶の攻略記録を確認してもらい、黒曜の入口に立った。Dランクの俺たちが入れるのは、第2層までだ。
大きな扉だった。
隣を通る冒険者の槍も、背負った大盾も、小さく見える。出入りする人々の装備には、使い込まれた傷があった。
白晶とは、入口の空気から違う。
エステルが王家のバッグの紐を直す。シルヴィアは杖を握り直した。
「今日は第1層の入口に近い範囲にしよう。帰りの時間を多めに見て、1刻たったら引き返そうか」
「2層への道が見つかっても?」
「場所を記録して、下りるのは次の機会にしよう」
「分かった」
エステルは頷き、入口の地図でもう1度、今日歩く範囲を確かめた。
俺も深呼吸をする。
ようやく、ここへ来た。
扉をくぐり、階段を下りる。
その先で、3人とも足を止めた。
「……これで、1層?」
俺の声が、遠くへ流れた。
黒い岩柱の間に、白晶の通路を何本も並べられそうな道が広がっていた。奥の分岐までも、かなり遠い。
地図で広さは知っていたつもりだったが、実際に立つと圧倒される。
「向こうの柱までで、もう結構あるね」
「帰りも同じ距離を歩くのですものね……」
俺だけに見える探索マップを確かめる。入口からの道が、少しずつ記録されていく。
全部、見てみたい。
胸の奥が熱くなる。
「今日は、欲張れないな」
「その台詞、わたしに言ってる?」
「俺にもだよ。さっきから、あの奥を見たくて仕方ないんだ」
エステルが声を立てて笑った。
*
最初の魔物は、黒い毛並みの狼、黒牙狼だった。
岩陰から1頭。続いて、左右に1頭ずつ。
正面の1頭が唸る。こちらの目を引くように、ゆっくり近づいてきた。
「右もいる」
「見えていますわ」
シルヴィアが杖を向ける。
「凍てつく矢よ、走れ――《フロスト・アロー》」
飛び出そうとした狼の足元へ、氷が刺さった。踏み込みが鈍ったところへ、エステルの声が重なる。
「風よ、押し返せ――《ゲイル・プレス》」
左の1頭が岩側へ押される。
俺は正面へ踏み込んだ。
牙を避け、首の横へ刃を通す。ミスリルの剣が、思った位置へ収まった。
右の狼が動き出すより早く、シルヴィアが次の詠唱を結ぶ。今度の氷の矢は、喉元を捉えた。
俺は左へ向き直り、岩際で体勢を立て直した狼へ踏み込む。飛びかかる牙をかわして斬り伏せ、剣を下ろした。
速かった。
自分の動きだけではない。狼が横へ回る前に、2人が止めてくれた。
「……やっぱり、3人だと違うな」
口にすると、エステルが嬉しそうに笑った。
「でしょ」
「1人で3回も攻略した方に言われても、少し複雑ですわね」
「だから分かるんだ。2人がいてくれると助かる」
シルヴィアが一瞬黙り、杖を持ち直した。
「……では、次もお任せくださいませ」
横顔が少し赤かった。
3頭が白い粒へ消えるのを待ち、残った魔石を拾う。顔を上げると、通路はまだ先へ続いていた。
まだ、ほんの入口だ。
次の通路では、羽音がした。
1匹のコウモリが天井から離れた。灰色の翼は、縁だけが白い。
「風切りコウモリ。羽を広げたら、風が来るぞ」
資料で見た特徴を伝える。俺が作った土の壁を、小さな風の刃が削った。
相手は、その上を飛ぶ。
狼と同じように正面で剣を構えても、届かない。
「下ろすね。風よ、押し返せ――《ゲイル・プレス》!」
エステルの風で飛ぶ向きがずれる。シルヴィアも詠唱を終え、氷の矢で翼を射抜いた。高度を落としたところを、俺が剣で仕留める。
コウモリは白い粒へ変わり、魔石と翼膜を残して消えた。
魔石は狼のものより小さく、淡い緑色だった。種類ごとに数えられるよう、別の袋へ入れる。
同じ第1層でも、魔物が変われば戦い方も、拾うものも変わる。
エステルが、白い縁の残った翼膜を興味深そうに見つめていた。
*
約束の時刻になっても、見ていない横道が幾つも残っていた。
一本道だと思った場所が奥で分かれ、地図で近く見えた岩の壁まで、予想以上に時間がかかった。
「今日は戻ろう」
そう言うと、2人ともすぐに頷いた。
名残惜しそうに振り返ったエステルが、また前を向く。
「次に来る楽しみが、いっぱい残ったね」
「ああ」
入口の明かりが見えた時、思った以上に歩いていたことを実感した。
体力には余裕がある。それでも、今日ここで引き返してよかった。
地上へ出ると、空にはまだ夕方の色が残っていた。
俺たちは顔を見合わせた。
「黒曜でも、わたしたちの連携が通じたね」
「ええ。次も、この調子で進みたいですわね」
エステルもシルヴィアも、笑っていた。
俺も、自然と笑っていた。
腰の新しい剣へ手を添える。
次は、今日の続きから。
新しい迷宮でも、また3人で進んでいける。
◇
10月10日AM5:40から
新連載
『前世社畜の俺は転生したら皇帝直属暗部序列8位でした~帝国を裏切って今度こそのんびり生きようと思います~』
を投稿しましたので、よかったらご覧ください。




