第40話 帰ってくるまでに
ぱちっ。
青白い光が、2つの端子を結んだ。
よし。
もう1度、魔力を流す。
ぱちっ。
いいぞ。
3回目。
何も起こらなかった。
「……あれ。今のは、うまくいったと思ったんだけどな」
放電標的は答えない。
エステルたちの研修旅行、3日目の放課後。俺は訓練場の指定区画で、指1本分の隙間と真剣に向き合っていた。
昨日、ユリウス先輩は剣に雷をまとい、目にも留まらぬ速さで移動し、頭上から雷を落としていた。
俺は今、指1本分だ。
随分と慎ましい雷帝への道である。
失敗する分、自分の魔力が光に変わる瞬間は、何度見ても胸が躍った。
《記憶強化》で、成功した時の感覚を辿る。
途中で道が崩れていた。流し終えるまで、細い形を保つ。
ぱちっ。
「……できた」
思わず笑ったところで、もう1度と手が動きかけた。
止める。
今日は迷宮へ行くのだ。もう1回だけ、と思い始めると終わらない。子供の頃、遊びから帰るのが遅くなった時と同じだった。
道具を片づけながら、先輩の剣を思い出した。
あの人が何でもないことのようにやっていた動きには、どれだけの練習が詰まっているのだろう。
少し分かるようになるほど、遠さも分かる。
だからこそ、追いかけたくなった。
*
白晶では、第8層を目指して進んだ。
鋼刃カマキリが2本の前脚を広げる。刃のような先端が、頭上から迫った。
右へ、1歩。
鎌が肩の横を抜け、床を叩く。
以前なら大きく跳んでいた。今は必要な距離だけ動き、剣を構えた位置に残す。
強く斬ろうとして、肩が上がりかけた。
先輩に言われたことを思い出し、力を抜く。振りかぶらず、足を運ぶ動きに刃を乗せた。
鎌が持ち上がる前に、胴の継ぎ目へ刃が入る。
すぐ、2体目。
風の弾で前脚を浮かせ、身体強化を短く使う。視界の中で魔物が一気に近づいた。刃へ淡く白い闘気を沿わせ、振り抜く。
薄い光が弧を描き、切っ先の後ろで消えた。
2体が倒れた時、俺の足はもう止まっていた。
「……こうか」
腕の力で無理に剣を引き戻す必要がない。速く動けるだけでなく、その速さを次の攻撃へ繋げられる。
この1ヶ月で体は1回り以上大きくなり、服を着れば肩が張る。それなのに、動きは以前より軽い。
ようやく、その体の使い方が分かってきた。
第8層の大クモには、横へ回って脚の付け根を斬った。踏ん張ろうとした脚の下へ土を盛り、体勢を崩す。頭が下がったところへ剣を通すと、巨体が床へ沈んだ。
【レベル89】
【《闘気》Lv3】
明日は学院の休講日だ。
朝から動けるなら、最深部まで行ける。
*
翌朝、ギルドへ第10層までの探索予定を届けた。
「今日は、お1人で?」
「はい。時間と余力を見て、難しければ途中で戻ります」
「では、帰還のご報告をお待ちしています」
3人分だった欄に1人分の名が書かれ、気が引き締まった。
第1層から第5層は、ほとんど足を止めずに抜ける。道は分かっている。横道へ寄らず、通路を塞ぐ魔物だけを倒した。
休憩を取り、第10層へ。
扉の前で確認しても、レベルは89のままだった。経験値は増えているが、次までが遠い。上の階層では、もう簡単にレベルが上がらなくなっていた。
扉へ手をかける。
つい、横を見た。
誰もいない。
3人で来た時は、ここで目を合わせた。エステルが笑い、シルヴィアが頷いた。
今日は、氷で脚を止めてくれる人も、水槍で斧を持つ腕を狙ってくれる人もいない。
呼吸を整え、扉を押した。
*
咆哮が、胸を叩いた。
牛頭の巨体が、大斧を持ち上げる。3人で戦った時と同じ相手なのに、妙に大きく見えた。
ミノタウロスが踏み込み、斧を横へ振った。
間合いの外へ、1歩下がる。
腹の前を刃が通り、服が風圧に引かれる。
隙が見えた。
そう思った直後、左の拳が動いた。
踏み込みをやめ、横へ抜ける。拳が空を切り、牛頭がこちらを追った。
危ない。斧だけを見ていたら、今ので潰されていた。
角が低くなった。
突進。
進路へ低く土を盛り上げた。太い脚が、あっさり踏み砕く。
だが、その1歩で肩が揺れた。
そこだ。
身体強化を使い、左へ走り抜ける。角が背後を過ぎた瞬間、右足で床を捉えた。
踏み替えながら、腰を返す。
白い闘気が、剣の輪郭を薄く縁取った。突進をかわして背後へ回った俺は、右の膝裏へ刃を通す。
重い抵抗が手に返る。
斬れた。
ミノタウロスが振り向きざまに拳を振り下ろした。すぐに離れたものの、砕けた床の破片が左腕へ飛び、腕輪が淡く光る。
「っ」
痛い。
腕輪で衝撃が和らいでも、痛みまで消えるわけではない。
ミノタウロスが傷めた右脚を庇いながら、大斧を持ち上げた。
あれを振らせれば、また距離を取ることになる。
風を、腕の外側へぶつけた。
1発。まだ足りない。
2発目で、斧が外へ流れた。
同時に《並列思考》で土を動かす。後ろへ退こうとした左足の踵に、盛り上げた土を引っかけた。
巨体が、傾く。
もう、俺は走っていた。
回避から魔法、剣へ。1つずつ区切れていた動きが、繋がっていく。
切っ先をぶらさず、開いた喉元へ。
突き入れた刃が深く沈んだ。
抜く。横へ退く。
巨体が床へ崩れ、重い音が部屋を満たした。
剣を構えたまま、動きを見る。
追撃はない。牛頭が白い粒へ変わり始める。
そこでようやく、息を吐いた。
「……よし!」
声が響いた。
誰もいない部屋で、口元が勝手に緩む。
1人で、勝った。
エステルとシルヴィアがしてくれていた仕事を思い返し、自分の魔法と足で埋めた。3人で戦った経験が、ちゃんと俺の力になっていた。
【レベル91】
【《剣術》Lv9】
【《身体強化》Lv6】
【レベル90到達・成長恩恵:《痛覚耐性(小)》】
痛みを和らげ、動作や集中を乱されにくくする能力らしい。傷そのものを軽くする力ではない。
腕はまだ鈍く痛む。少し楽になっても、丈夫になったと勘違いはしないようにしよう。
鉄剣を光へかざした。
刃こぼれはない。ただ、力を通すたび、剣の方へ意識を割くことが増えていた。
地上へ戻ったら、点検を頼もう。
*
宝箱に、2つ目の守護の腕輪は入っていなかった。
床に残った大きな魔石と角を回収し、宝箱の中の通常報酬も仕分ける。
粒が白かったから、分かってはいた。そう都合よく、超レアの品は続かない。
それでも、箱の隅をもう1度見た。
なかった。
俺は諦めて、帰路へついた。
休憩場所で収納から食事を出す。肉と刻んだ野菜を挟んだパン。包みを開くと、焼いた肉と香草の匂いが立った。
1口食べる。
美味い。肉汁が染みたパンまで、まだ温かい。
次に手を伸ばしかけて、止まった。
3人分、並べそうになった。
「……今日は1つでいい」
誰にともなく呟き、隣の空いた場所を見る。
エステルなら、ボスをどう倒したか聞くだろう。シルヴィアはまず、怪我をしていないか確かめる。
腕のことを隠したら、後で余計に怒られそうだ。
打ったところを見る。皮膚は破れていないし、肘も指も動く。少し痛む程度だが、無傷だったと言うのはやめておこう。
1人だと、食事が早く終わる。
今日は、それが惜しかった。
*
地上で剣の手入れを頼み、翌日からはまた授業と探索を続けた。
初回の記録から、移動と戦闘、休憩にかかる時間を見積もった。道中の戦闘も短く済むようになり、寄り道を省けば放課後でも往復できそうだ。ただし、遅れたらボス戦は見送る。
2度目は、前より早く扉へ着いた。
斧を追いかけず、肩と足を見る。膝を崩した後も、すぐに飛び込まず、拳の動きを誘う。
初回に迷ったところで、もう迷わない。
討伐後、レベルは92。
前回は2つ、今回は1つ。次のレベルまでに必要な経験値が増え、同じ相手を倒しても、一度に上がる数は少なくなってきた。
それでも、戦闘後に残った魔力は前より多い。無駄な魔法を減らせた分だ。レベル以外にも、伸ばせるところはある。
その翌日、旅行6日目も、授業後に白晶へ向かった。
ボスが再び現れるのは、討伐の翌朝。1日に何度も戦えるわけではない。朝の短い練習では雷に取り組み、少しずつ狙いどおりに放てるようになってきた。
短い距離なら、狙った場所へ走らせられる。訓練用の金属棒の先に、1瞬だけ保つこともできた。
先輩の雷剣を思い出し、棒を傾けた瞬間、光が消えた時は、しばらく棒を見つめてしまった。
振るどころか、傾けただけだぞ。
雷帝の何気ない1振りが、ますます格好よく思えてくる。
*
3度目のミノタウロスが、斧を構え直した。
同じボスへ何度も挑むと、前世で夢中になったゲームを思い出す。前は慌てた動きを見切れると、それだけで嬉しくなる。もっとも、ここでは負けてやり直すわけにいかない。気は抜かずにいこう。
そのミノタウロスの腕へ、俺は手を向ける。
狭く、短く。練習で何度も作った道を保つ。
青白い光が走った。
腕に触れた瞬間、太い指がわずかに強張る。
斧は落ちない。
だが、握り直した。
その1瞬で十分だった。
側面へ入る。風で斧の戻りを押さえ、足元の土を動かす。いつもの連携へ繋ぎ、白い闘気を帯びた剣を振るった。
今、雷を使った。
戦いの最中に、自分の雷が役に立った。
嬉しさが込み上げる。それを押さえ、相手の拳から目を離さずに動いた。
数度の攻防の後、巨体が沈む。
白い粒が消えるまで待ち、俺はようやく拳を握った。
雷の威力は、まだ小さい。剣にまとわせることも、雷を使って走ることもできない。
それでも、あの日見上げた光へ、1歩近づいた。
レベルは93になった。
討伐は速くなったが、レベルの上がり方は緩やかになってきた。10倍の成長補正があっても、同じ相手と戦い続けるだけでは、いずれ伸び悩むのだろう。
稼ぐ場所としては、まだ魅力がある。けれど、もっと強くなるなら、次へ進む頃だ。
そろそろ、白晶は卒業なのかもしれない。
2人が帰ったら、次の迷宮を相談しよう。
*
旅行7日目は、探索を休んだ。
授業後に道具を手入れし、収支を整理する。経費を引いても、家へ回せる金が残った。
借金が消えるには、まだ遠い。
だが、帳簿を前に眠れなかった夜とは違う。次の支払いに備える数字を、自分の手で増やせている。
画面を開いた。
【レベル93】
【《剣術》Lv9】
【《全属性魔力操作》Lv7】
【《身体強化》Lv6】
【《闘気》Lv4】
木剣を取り、短く闘気を通す。
淡い白い光が、刃に沿って薄く揃った。強く輝かせなくても、狙った瞬間まで崩れない。
構えた位置から、剣を出す。
最初は肩を上げずにできた。だが、続けて速く振ろうとすると、握る手に力が入り、剣を引いてしまう。
1度、息を吐いた。
太くなった腕も、強くなった脚も、力まなくても応えてくれる。まずは短い一撃。うまくいった感覚を確かめてから、もう1度。
1週間前より、確実に速い。
だが、目指す相手は剣姫だ。あのユリウス先輩でさえ、今なら必ず勝てるとは言わなかった相手に、これから挑む。
数字を増やしただけで勝てるとは思わない。
もう1度、踏み込みを確かめる。
教わったことと、自分で掴んだこと。その全部を持って、あの人の前に立ちたい。
*
明日の制服を椅子にかけた。
試しに羽織ると、肩のところが窮屈だった。
強くなるのは嬉しい。嬉しいが、制服まで買い直すとなると話が変わる。
強くなるための出費に、制服代まで加わるとは思わなかった。
上着を脱ぎ、ふと笑った。
こんな話をしたら、2人はどんな顔をするだろう。
明日、帰ってくる。
白晶を1人で3回攻略したこと。ユリウス先輩に攻撃の起こりを読ませない剣を教わったこと。話したいことは多い。
順番に説明するつもりでも、途中で質問が飛んでくるに違いない。
エステルは戦い方を、シルヴィアは無理をしなかったかを聞くだろう。
ただ、雷だけはまだ秘密だ。
切り札として伏せておく意味はある。それに、2人には何も知らずに見てほしかった。
驚いて俺を見る、あの顔を。
話の勢いで「実は雷も」と口を滑らせないようにしよう。楽しみは、レオノーラ戦まで取っておきたい。
収納の中の食材を確かめ、明日の献立を考える。
祝いの席というほど大げさでなくていい。温かい料理を3人で食べながら、互いの1週間を話せれば、それで十分だ。
今度は、3人分で間違いない。
明日の準備が、少し楽しくなった。
◇
明日10月10日AM5:40から
新連載
『前世社畜の俺は転生したら皇帝直属暗部序列8位でした~帝国を裏切って今度こそのんびり生きようと思います~』
を投稿しますので、よかったらみてください。




