第39話 2人からの剣
【シルヴィア視点】
「指輪のお礼ですわ」
わたくしが言うと、エステルはぱっと顔を明るくした。
「うん。あげたい! オスカーが毎日使えるものがいいな」
「ええ。わたくしも、そう思います」
「じゃあ、まず候補を書こう。紙、もう1枚ある?」
椅子へ座り直すより早く、彼女は机へ手を伸ばしていた。
つい先ほどまで、国を作ろうと話していた人だ。その勢いで贈り物を考え始めたら、朝になっても終わらない。
廊下から先生の足音が聞こえ、わたくしは紙を押さえた。
「続きは明日ですわ。もう消灯時刻です」
「1つだけ」
「あなたの1つは、増えますもの」
侯爵が英雄になり、国までできたばかりなのだ。
エステルは少し考えてから、残念そうにペンを置いた。
「……否定できない」
*
翌朝、食堂の席につくなり、エステルが小さな紙を広げた。
万年筆。手袋。外套。魔法の専門書。
余白にも文字が詰まっている。
「いつ、お書きになったの?」
「朝。ちゃんと寝たよ」
その目が、わたくしの手元で止まった。
鞄から半分出しかけていた、自分の紙を見る。
戻すには、遅かった。
「シルヴィアも?」
「朝ですわ」
「うん。わたしもそう言った」
同じことを言っているだけなのに、なぜこちらだけ言い訳をした気分になるのだろう。
わたくしは咳払いをして、2枚の紙を並べた。
「外套はどうかしら。これからも探索には必要ですし」
「いいね。格好よさそう」
言われて、少しだけ想像した。
この1ヶ月で1回り以上もたくましくなった体。広くなった肩に、落ち着いた色の外套。振り向いた時、裾が揺れて――。
「シルヴィア?」
「……寸法が問題ですわね」
危なかった。
今のは、着せたいものを選んでいた。
「そうだね。帰ったら、また大きくなってるかも」
「1週間ですわよ」
「オスカーだよ?」
反論が見つからなかった。
困る。服を贈る相談なのに、成長の速さから考えなければならないなんて。
「では、手袋は」
「手も大きくなってたよね」
「……剣を握るものですし、合っていないと困りますわね」
口にして、わたくしは紙から目を上げた。
エステルも、こちらを見ていた。
「剣」
声が重なった。
白晶を攻略した翌日、武具店の店主が鉄の刃を光にかざしていた姿を思い出す。細かな傷も見落とさないようにと、魔力を通して使うオスカーへ注意していた。
「今の剣、魔力を通して使い続けるには、少し心配だよね」
エステルの声から、先ほどまでの楽しげな響きが少し引いた。
「オスカーの方が、どんどん強くなるから」
わたくしは頷いた。
力だけではない。魔物が向き直るより速く横へ回り込み、その足が床に着くと同時に、もう刃が走っている。淡く白い闘気が刀身を包み、振り抜いた後に、細い光の筋が残った。
頼もしかった。何度も見とれてしまった。
けれど、その力を受け止める剣は、最初に迷宮へ入った時と同じなのだ。
「ミスリルの剣は、どうかしら」
エステルの目が輝いた。
「魔力を通しやすいし、丈夫。あの人の戦い方にも合いそう!」
「問題は、お値段ですわ」
そこは避けて通れなかった。
わたくしたちは食事を済ませると、空いた机で帳面を開いた。貯めていたお小遣いと、冒険で得た自分の取り分を確かめる。
共同の活動費には手をつけない。指輪のお礼を、あの人のお金で用意するのはおかしいもの。
「贈り物の予算は、このくらいにしようか」
「わたくしも同じ額を」
足した数字を見つめる。
大きな金額だった。それでも、ミスリルの剣となると、選べるものは限られるだろう。
「昨日は国を作る話をしてたのにね」
「まずは剣1本ですわ」
エステルが笑った。わたくしも、つられて笑う。
予算を決め、候補の最後に線を引く。
ミスリルの剣。
その文字を見るだけで、早く店へ行きたくなった。
*
午後は町で、探索道具の流通と補修を学ぶ実習だった。
薬屋、革細工の店、鍛冶場。説明を聞いて記録を取り、自由見学の時間になるのを待つ。私物の購入も許可されていたので、わたくしたちは先生に行き先を届け、老舗の武具店へ戻った。
「おや。先ほどのお嬢さん方」
店主が迎え、わたくしの顔を確かめると姿勢を正した。
家の用事と間違われないよう、先に用件を伝えた。
「友人への贈り物を探しております。片手でも扱えて、必要な時は両手で握れるミスリルの剣を見せていただけますか」
「ご予算は、いかほどで?」
紙に書いた額を差し出した。
店主は頷き、奥の棚へ目を向ける。
「そのご予算でしたら、3本ございます。装飾の美しいものも――」
「実用を重視したいです」
2人の声が、ぴたりと重なった。
「……承知しました」
店主が笑みを深くした理由は、考えないことにした。
*
1本目は、鍔に小さな宝石が埋め込まれた、美しい剣だった。
エステルが覗き込み、首を傾げる。
「これを渡したら、まず何を言うと思う?」
「『高かったんじゃないか』でしょうね」
「うん。その後、宝石を見て、もう1回聞く」
あまりにも想像できて、困った。
喜んでほしいのに、心配する顔ばかり浮かんでしまう。
2本目は刀身が長く、重心がやや前に寄っていた。店主の説明を聞きながら、オスカーの戦い方を思い浮かべる。
強く振り抜くだけなら、よさそうだ。
でも、あの人は踏み込んだ直後に向きを変え、剣を戻して次の魔法へ繋ぐ。その動きに、この重さは合うだろうか。
「もう少し、手元へ戻しやすいものはありますか」
「でしたら、こちらを」
3本目は、先の2本より短く、重さも手元に寄っていた。
これなら、扱いやすそうだ。説明を聞き終え、エステルへ意見を尋ねようとした時だった。
「……あの剣も、見せてもらえますか?」
彼女は、奥の壁へ目を向けていた。
棚に並んだ品とは少し離れた場所に、1本の剣が掛けられている。
「鍔のところに、小さな印があるでしょう。あれが気になって」
店主は振り返り、少し間を置いて頷いた。
「お見せできます。ただ、こちらは先ほどのご予算を超えてしまいますが」
「見せていただくだけでも、よろしいかしら」
「もちろんです」
店主が壁から外した剣を、布の上へ置いた。
淡い銀色の刀身。緩やかに左右へ伸びた鍔。柄には濃い色の革が巻かれている。
飾りはほとんどない。近くで見ると、刀身の根元に、金床と交差した2本の槌をかたどった小さな刻印があった。
「これは、遠方の山国でドワーフの鍛冶師が鍛えた剣です。その印は、製作者が打ったものですよ」
「お店の印ではないんだね」
「ええ。誰が鍛えた剣なのかを示す、職人個人の印です。仕入れの記録も残っています」
エステルが、刻印へ顔を寄せた。
遠い国から運ばれてきた剣。小さな印の向こうに、これを鍛えた人がいる。
そう思うと、ただ並べられた商品を見ている時とは、少し違う気持ちになった。
許可を得て持ち上げると、思ったより軽い。手の中に重さが収まり、少し角度を変えても、剣先を支えやすかった。
「先ほどのものより、剣先が重く感じませんわね」
「わたしも持ってみていい?」
渡すと、エステルも確かめるように傾け、こちらへ頷いた。
「魔力の通りを確かめてもいいですか?」
彼女が尋ねると、店主は試用の台へ案内してくれた。
エステルが柄を握る。魔法は発動させず、ごく薄く魔力を通した。その途端、楽しそうだった顔が、真剣なものに変わった。
「……引っかからない。先まで、ずっと同じ感じ」
量を絞り、指の位置を確かめ、また少し流す。
「これ、鍛える時に何かするんですか? 同じミスリルでも変わります? 柄の付け根は――」
「エステル」
「あと1つだけ」
「その1つは、増えますわ」
昨夜と同じやり取りに、彼女が口を閉じた。
店主が、とうとう声を立てて笑う。
「構いませんよ。そこまで関心を持っていただけるなら、鍛冶師も喜びます」
ただし、と続けて、手入れの必要な箇所を教えてくれた。ミスリルでも傷むし、無理な力をかければ壊れる。使い手に合わせ、握りも調整した方がいいという。
わたくしは、説明を1つずつ書き留めた。
長く使うには、手入れも必要なのだ。オスカーへ渡す時に、一緒に伝えよう。
「どうかな」
エステルが、わたくしへ剣を見せた。
あの人が握るところを思い浮かべる。
大きくなった手。迷いなく前へ出る足。わたくしたちの声に応え、振り返る横顔。
魔物を斬った後、すぐに構え直すあの人には、きっと合う。
「わたくしは、この剣を贈りたいですわ」
「わたしも。絶対、これがいい」
そこで、2人とも店主を見た。
「……お値段を、伺ってもよろしいかしら」
示された額に、息をのむ。
少し足せばいい、という差ではなかった。朝決めた予算では足りない。
エステルと店の隅へ寄り、もう1度、手持ちの額を確かめた。旅費や生活に必要な分は残す。けれど、新しい本や髪飾りを買おうと貯めていたお金まで合わせれば、届く。
「わたし、こっちの貯金も使う。本は、しばらく図書室で借りられるし」
「では、わたくしも同じだけ。欲しかった髪飾りは、また貯めてからにしますわ」
エステルが、もう1度剣を見た。
「ほかのを選んだら、帰ってからも、あれにすればよかったって思いそう」
「ええ。わたくしも」
値段を聞く前から、2人とも同じ剣を気に入っていた。その気持ちは、変わらなかった。
店主の前へ戻り、わたくしは顔を上げた。
「こちらを、お願いします」
*
代金には、鞘と、王都で握りを調整してもらうための紹介状も含まれていた。
店主は家への配慮から値引きを申し出てくれたが、今回は表示された額でお願いした。わたくしたちが貯めたお金で選んだ贈り物にしたかった。
2人で同じ枚数の金貨を並べる。
財布が、驚くほど軽くなった。
エステルは中を覗き、そっと閉じた。
「……ずいぶん軽くなったね」
「ええ。でも、後悔はしておりませんわ」
「うん。この剣を持ったオスカー、きっと格好いいよね」
「ええ」
迷わず答えてから、彼女を見た。
にこにこしている。
「今のは、お忘れになって」
「わたしも同じこと考えてたから、大丈夫」
何が大丈夫なのかしら。
でも、包まれた剣を受け取る時には、わたくしも笑っていた。
*
宿舎へ戻ると、廊下でマリオンと会った。
彼女の目が、エステルの抱えた長い包みに留まる。
「いいもの、見つかった?」
「ええ。贈り物ですわ」
「へえ。剣?」
形で分かってしまうのは、仕方がない。
頷くと、マリオンはわたくしたちの顔を交互に見た。
「2人で選んだんだ」
「そうだよ。誰にあげるかは秘密ね」
エステルが言う。
マリオンは、とても優しく微笑んだ。
「うん。きっと似合うと思う」
「まだ、誰とも言っておりませんけれど?」
「私も、名前は言ってないよ?」
勝てない。
昨日から、この人には1度も勝てていない気がする。
「渡した時の話、帰ってきたら聞かせてね」
軽く手を振って去る背中を、2人で見送った。
「……秘密って、難しいね」
「あなた、ずっと嬉しそうなお顔をしていましたもの」
「シルヴィアもだよ」
わたくしは、自分の頬に触れた。
確かに、少し緩んでいた。
*
部屋で、包みに添えるカードを机へ置いた。
剣は決まった。
今度は、言葉が決まらなかった。
「指輪をいただき、誠に――」
「それ、家からの贈り物みたい」
書きかけたペンを止める。
「では、あなたが」
エステルが紙を引き寄せ、少し考えた。
「大好きなオスカーへ」
「最初から、それですの!?」
「……うん。今のは、わたしもびっくりした」
まだ白い紙を、2人で見つめた。
書く前でよかった。
いつか伝えたい。それは本当だ。でも、今日は指輪のお礼をしたいのだ。嬉しかった気持ちまで、難しくしてしまうことはない。
わたくしは、新しい行の頭へペンを置いた。
指輪をありがとう。
これからも、3人で。
シルヴィア、エステル。
読み返して、隣を見た。
エステルが、柔らかく笑った。
「うん。それがいい」
青い石が、灯りを受けて光っていた。
あの日、指輪を渡してくれた時、オスカーは実用的な説明をしていた。魔力の回復に役立つこと。探索で使えること。
わたくしは、その言葉を聞きながら、指にある小さな重みが嬉しくて仕方なかった。
今度は、わたくしたちの番だ。
「喜んでくださるかしら」
「きっと。でも、値段は聞かれるよね」
「そこは、秘密にしましょう」
「マリオンには、すぐばれたけど」
「お値段まで顔には出ませんわ」
そう言い切ってから、少し不安になった。
あの人は、お金のことになると妙に鋭い。
エステルも同じことを考えたらしく、目が合うと笑ってしまった。
包装を整え、カードを添える。
「帰ったら、すぐ渡そうね。お姉様との勝負は木剣だけど、迷宮では使ってもらえるもの」
「ええ。握りを調整していただいてから、また3人で潜りましょう」
エステルが、包みを王家のバッグへしまった。
渡す日まで、もう少し。
わたくしは名残惜しく鞄を見てから、実習の記録を開いた。覚えたばかりの剣の手入れを、忘れないうちに書いておく。
隣では、エステルが魔力の通り方について書き始めていた。
帰ったら、贈り物だけでなく、学んだことも胸を張って見せたい。
あの人は、きっとまた強くなっている。
なら、わたくしたちも。
最後の1行を書き終え、右手の指輪をそっと撫でた。
早く会いたい。
今夜は、その気持ちを言い訳で隠さなくてもよかった。




