第34話 号外、白晶攻略
「3日って、何が3日だ?」
ギルドの酒場側から、太い声が飛んだ。
「Dへ上がってから、白晶を攻略するまでだってよ」
「いや。もう少し分かるように言え」
「俺も、分からねえんだよ」
翌日まで待たず、噂はその場で広がり始めた。
エマさんは奥の職員と書類を照らし、ミノタウロスの魔石と角を確認する。戦った時の動き、部屋の形、宝箱の場所。質問へ3人で答えた。
「報告は、記録と一致しています。《深淵》による白晶最深部の攻略を認定します」
エステルが俺の袖を引く。
シルヴィアも、ほっと息を吐いた。
「これで、《深淵》は黒曜大迷宮の第2層まで探索できます。ただし、第3層へ進むにはCランクへの昇格が必要ですからね」
「はい」
白晶を攻略したから、いきなりCになるわけではない。だが、次へ行くための扉は、確かに開いた。
査定担当者は、腕輪も確認してくれた。
「守護の腕輪ですね。強い攻撃を無傷で受けられるものではありませんが、衝撃を和らげてくれます。前衛にはありがたい品です」
2人が、こちらを見る。
俺はうなずき、腕輪を左手へ通した。留め具を調整すると、手首へ収まる。
「似合うね」
「これで、少し安心できますわ」
「ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
持ち帰った魔石と素材を買い取ってもらい、金額を記録する。消耗品の補充に必要な分をよけ、残りは3人で分けた。
自分の取り分を数えながら、父へ送る額を考えた。
深い階層でも安定して稼げるようになれば、返済の見通しも立てやすくなる。
その横で、エマさんが日付を確かめていた。
「昇格から3日。しかも、3名で……」
「やっぱり、早いですか?」
俺が聞くと、近くの冒険者が両手を上げた。
「早いで済ませるな! 俺、6層から先の道を覚えるだけで何日かかったと思ってる!」
「俺は10層の扉を見て、1度帰ったぞ」
「俺たちも、昨日は帰りました」
「同じ話にするんじゃない!」
周りが笑った。
エマさんも、苦笑している。
「準備が整っていても、通常はもっと時間がかかります。新しい階層の地形を確かめ、魔物への対応を覚え、消耗したら引き返す。それを重ねるものですから」
2人の魔法があれば、強い魔物にも隙を作れる。俺の探索マップで、帰り道に迷うこともない。荷物の運搬や魔力の回復を助ける手段も揃っている。
余裕を残して戦えるから、次の場所を調べる時間まで確保できた。
1つの強さだけで、ここまで来たわけではない。
「異例の速さです。皆さん、胸を張ってください」
エマさんの言葉に、俺たちはもう1度、礼を言った。
*
次の朝。
学院の門をくぐった俺は、掲示板の前にできた人だかりで足を止めた。
「号外だって!」
「昨日のうちに、聞きに行ったらしいよ」
学院新聞の大きな文字が見えた。
『1年生パーティ《深淵》、白晶迷宮攻略!
Dランク昇格から、わずか3日!』
その下に、俺たち3人の名前が並んでいる。
第3王女、エステル・アルヴェイン。
シルヴィア・ラングレー。
オスカー・エルフォード。
「……大きいな」
「文字が?」
後ろからエステルが覗いた。
「俺の名前まで、こんなに大きくなくても」
「3人で倒したんだから、当然でしょう?」
シルヴィアが言う。こちらは既に紙面を読んでいた。
記事には、ギルドに確認した攻略日と、俺たちの簡単な紹介が載っていた。ひとまず、憶測で話を膨らませた記事ではなさそうだ。
「おめでとうございます!」
振り返ると、一年生らしい女子が頭を下げた。
「殿下、昨日、ギルドでお見かけしました。すごかったです!」
「ありがとう。びっくりしたよね、あの騒ぎ」
エステルが笑って答えると、周りからも声が上がる。
教室へ着く頃には、何人に挨拶したのか分からなくなっていた。
席へ座る前に、ヴィンセントが立ちはだかった。
「お前」
「ああ」
「この前、すぐ追いつくと言ったよな」
「聞いた」
「攻略がちょっと早すぎるぞ!」
隣でブルーノが腕を組んでいる。
「昨日、俺たちは連携がよくなったと喜んでいた」
「それは、いいことだろ」
「いいことなんだよ! だから、今朝くらいは気分よく登校したかった!」
フェリクスが眼鏡を直した。
「比較対象が悪いんだ。僕たちの進歩は、僕たちで評価しよう」
そう言いながら、号外を折る手には、随分力が入っていた。
「どんなふうに連携してるんだ? 昼休みに聞かせてくれよ」
ヴィンセントが1度口を閉じ、それから鼻を鳴らす。
「聞かせてやる。驚く準備くらいしておけ」
リネットが加わって、どう戦い方が変わったのか。俺も少し気になっていた。
後ろの女子たちが、こちらを見て話していた。
「オスカー君、やっぱり頼もしいよね」
「前より背中も大きくなってない?」
「強いのに、普通に話してくれるのがいいな」
男子の何人かが、いっせいにこちらを見る。
「ヴィンセント。次はいつ挑む」
「俺たちも応援するぞ」
「ヴィンセント頑張れ」
「お前ら、自分で挑め!」
朝から元気だ。
俺は鞄を置き、今日の教科書を出した。
*
その日の放課後は、迷宮を休んだ。
街の武具店で剣の刃を見てもらい、消耗品を補う。鉄剣の傷は研ぎ直せる範囲だったが、店主は刃を光へかざして眉を上げた。
「随分、使ったな。魔法を通すなら、細かい傷も見ておけよ」
「はい」
シルヴィアが、俺の剣をじっと見ていた。
「どうした?」
「いえ。あれだけ戦えば、剣も傷みますわよね。きちんと見てもらえて、よかったですわ」
その言葉に、エステルもうなずいた。
店を出ると、向かいの酒場から、聞き覚えのある名が飛んできた。
「第3王女様が、牛頭の化け物を吹き飛ばしたって?」
「氷の使い手もいたんだろ。ラングレーの令嬢だ」
「とどめはエルフォードの令息だってな。あの巨体に、剣で斬り込んだらしい」
「Dに上がって3日で攻略か。俺もそろそろ、10層を目指すかな」
「まず朝寝坊をやめて、迷宮へ行くところからだな」
笑い声が広がる。
「しかし、とんでもないパーティが現れたな」
「ああ。まだ1年生だろ。これから、どこまで行くんだか」
エステルとシルヴィアが顔を見合わせた。2人とも、嬉しそうで、少し照れている。
俺も、足を速めたくなる程度には照れた。
知らない場所で、俺たちの話をしている。
少し前まで、完璧なモブだった俺の名前が、酒場の話題になっている。
白晶を攻略した実感が、妙なところで湧いてきた。
*
別れ際、シルヴィアが言った。
「明日の出発は、朝ですわ。馬車は学院の前に集まります」
1年生女子の、1週間の研修旅行。
行き先は、王都から近いラングレー領。シルヴィアの故郷だ。教師の引率で白晶より小さな迷宮へ入り、班ごとに探索や連携を学ぶらしい。
男子は学院に残り、通常の授業と実技を受ける。
「2人が教える側になることも、多そうだな」
「わたくしたちも、学びに行くんですのよ」
「そうそう。ほかの迷宮、楽しみだなあ」
エステルの目が輝いている。
白晶を攻略したばかりなのに、もう次を見ている。その顔は、初めて会った頃から変わらない。
「帰ってきたら、話を聞かせてくれ」
「うん。あなたもね」
彼女は、俺の左手の腕輪へ触れた。
「1人で潜るなら、無理はしないでね。危ない時に助けてあげられないんだから」
「分かってる」
シルヴィアも、まっすぐ俺を見る。
「怪我をして、わたくしたちを出迎えることのないようにしてくださいませ」
「ああ。約束する」
明日から、1週間。
教室でも迷宮でも、いつもの2人が隣にいない。
少し寂しい。
だからこそ、帰ってきた2人に、見せたいものを増やしておこうと思った。




