第33話 白晶10階層
扉の前で、俺たちはもう1度、作戦を確かめた。
連休2日目。朝から白晶へ入り、昨日の道を辿って第10層まで来た。寄り道をしなければ、同じ場所へ着く時間は随分短くなる。
途中の戦闘で、レベルは78になっていた。
「角を下げたら、突進の合図だ。横へ避けても、続けて斧を振ってくるらしい」
俺が言うと、シルヴィアが続ける。
「氷だけで長くは止められませんわ。踏み込む脚を狙って、攻撃する隙を作ります」
「わたしは風で体勢を崩して、水の槍で斧を持つ腕を狙うね。オスカーが近づいたら、巻き込まないように撃つ場所を変える」
エステルの返事にうなずく。
ギルドの資料には、討伐した冒険者たちの記録が残っていた。斧の重さ、突進の速さ、硬い皮膚。読んだことは《記憶強化》で思い出せる。
もちろん、実物を見て違えば合わせる。
確認を終えると、エステルが右手を差し出した。
「じゃあ、行こう」
指輪の青い石が光っている。
シルヴィアが手を重ね、俺もその上へ置いた。
「3人で、だな」
「ええ。3人で」
扉へ手をかける。
重い石が動き、奥の広間が見えた。
*
いた。
牛の頭に、太い2本の角。赤褐色の筋肉が肩から腕へ盛り上がり、その手には俺の背丈ほどもある大斧が握られている。
ミノタウロス。
牛頭に大斧。迷宮のボスとしては、定番中の定番だ。
ただし、目の前にいるのは画面の中の敵ではない。
見上げるほど大きい。荒い鼻息とともに、太い腕が斧を持ち上げた。
相手は1体。左右には動く場所があり、後ろには2人がいる。
打ち合わせたとおりに動こう。
ミノタウロスが吠えた。
俺は剣を抜く。
「来るぞ」
頭が下がる。角がこちらを向いた。
床を蹴った巨体が、まっすぐ迫る。
俺は《思考加速》を使い、前へ出る脚と斧の位置を見る。身体強化を巡らせ、最後まで待ってから右へ抜けた。
風圧が袖を引く。
遅れて振られた斧が、さっきまで俺のいた場所を薙いだ。
その1撃が終わる前に、俺はもう、ミノタウロスの側面へ回っている。
速さがある。
避けた後に、次の1歩を選べるだけの余裕がある。
「凍てつく水よ、地を這う鎖となれ。敵の足を捕らえ、その歩みを、この場に繋ぎ止めよ――《フロスト・チェイン》!」
シルヴィアの氷が、踏ん張った右脚を捕らえた。
巨体が引っ張る。氷にひびが入る。
その間に、エステルの声が広間へ響いた。
「風よ、押し返せ――《ゲイル・プレス》!」
横から風がぶつかった。
凍った脚を軸に、ミノタウロスの上体が傾く。右手の大斧を床へついて支えようとしたところへ、俺は踏み込んだ。
風を刃へ沿わせる。
まずは手首の内側。
深く斬り込み、すぐ離れる。血の代わりに濃い魔力が傷から散り、斧を握る指が緩んだ。
怒声が、頭の上で弾けた。
空いている拳が振り下ろされる。
俺は半歩退き、拳が床を砕くのを見た。砕けた石の1つが脛へ当たる。痛みはあるが、足は止まらない。
「次は、斧を持つ腕を狙うよ!」
エステルの声に、俺はうなずいた。
「分かった。もう1度、こっちへ向かせる!」
ミノタウロスは氷を砕き、大斧を持ち直そうとしていた。右脚を引く時だけ、動きが鈍い。
狙うのは右の膝裏。資料でも、動きを鈍らせるのに有効だと記されていた。
俺は前へ走った。
正面から、来ると見せる。
斧が上がる。その動きに合わせて、足元へ低い土を盛った。倒すためではない。踏み出す位置を、ほんの少し狭めるためだ。
ミノタウロスの足が、土の縁を踏む。
俺は、その外側へ抜けた。
1歩目で懐へ入り、2歩目で後ろへ。
膝裏へ刃が届く瞬間だけ、闘気を通す。剣が淡い白い光に包まれた。
重い抵抗を、剣が断った。
巨体の右膝が床へ落ちる。
俺はすぐ、2人の射線から離れた。
「今だ!」
「水よ、槍となれ――《アクア・ランス》!」
エステルの水槍が、持ち上がりかけた斧の腕を貫く。
「――《フロスト・チェイン》!」
シルヴィアの氷が、床へついた右脚を再び捕らえる。膝と足首を固められ、ミノタウロスは立ち上がれない。
大斧が落ちた。
乾いた音が、広間を震わせる。
ミノタウロスが左腕を伸ばす。俺はその下を走り抜け、剥き出しになった喉元へ刃を振り上げた。
風が、刃に沿って鳴った。
手応え。
そのまま反対側へ抜け、振り返る。
巨体が揺れた。伸ばされた手は、もう俺に届かない。
ミノタウロスは支えを失い、ゆっくり前へ倒れた。
*
大きな体が、金色の粒へほどけていく。
金色。超レアの報酬が出る時の色だ。
何が手に入るのか、早く確かめたい。だが、その前に2人へ目を向けた。どちらも自分の足で立ち、笑っている。
残ったのは、拳ほどの魔石と、1対の角だった。
俺は剣を下げ、息を吐いた。
肩も脚も動く。魔力は減っているが、まだ十分に残っていた。
「……倒した?」
エステルが言った。
「ああ」
「白晶のボスを?」
「ああ。俺たちで」
彼女は魔石を見つめ、それから勢いよくこちらへ振り向いた。
「やった!」
銀色の髪が跳ねる。
シルヴィアも笑っていた。杖を胸元へ寄せ、扉から俺たちの立つ場所までを、確かめるように見渡している。
「本当に、1番下まで来たんですのね」
俺はうなずいた。
100体との戦いのように、限界まで追い詰められたわけではない。
調べた相手へ、練習したことを合わせた。2人が作った隙へ、今の俺の速さなら届いた。
そのことが、嬉しかった。
視界へ通知が浮かぶ。
【レベル82】
【《剣術》Lv8】
【レベル80到達・成長恩恵】
《魔力消費軽減(小)》を獲得しました。
魔法だけでなく、身体強化や闘気に使う魔力も、少し抑えられるらしい。効果を確かめるのは、落ち着いてからだ。
俺だけでなく、2人も手応えを得ていた。
「腕を狙った水槍、前なら、あそこまで細くまとめられなかったと思う」
「わたくしも、2度目は膝と足首を狙って固められましたわ。オスカーが膝をつかせてくれたので、合わせやすかったです」
3人とも、ここへ来た時より強くなっている。
広間の奥で、石が擦れる音がした。
低い台が現れ、その上に小さな宝箱が載っていた。
「お約束だな」
「今、すごく嬉しそうな顔したね」
「そりゃ、嬉しいさ。金色だったんだ。何が入ってるか、気になるだろ」
周囲を確かめ、罠らしい仕掛けがないか、資料にあった確認を済ませる。
蓋を開くと、内側の布に1つ、腕輪が収まっていた。
鈍い銀色。縁には細い模様が連なっている。
《物品鑑定》を使う。
《守護の腕輪》
装着者が受ける衝撃を軽減する。
剣や魔法を全部防ぐものではない。殴打や落下などの衝撃を和らげる補助の道具だ。
エステルも、内側の模様を覗いた。
「これ、守護の腕輪じゃないかな。珍しい方だよ。前衛が欲しがる物だよ」
「帰って、査定で確かめよう」
《レアドロップ率上昇(小)》のおかげかどうかは分からない。毎回、欲しいものが出る保証もない。
それでも、今回は当たりらしい。
「あなたに使っていただきたいですわ」
シルヴィアが言った。
「俺に?」
「1番前で戦うでしょう。さっき、石が脚へ当たったのも見えました」
「わたしも賛成。わたしたちは指輪をもらったもの。今度はオスカーに使ってほしいな」
売ればいくらになるだろう。そう考えかけていた俺は、2人の顔を見た。
今度は自分が受け取る番、か。
「ありがとう。確認が済んだら、使わせてもらう」
うなずくと、2人は満足そうに笑った。
*
少し休み、持ってきた食事を取ってから、帰路へついた。
シルヴィアが治してくれた脛には、もう痛みがない。
道は記録済み。帰りも必要な戦いだけを終え、地上へ出る頃には、まだ空に明るさが残っていた。
エステルが振り返って入口を見る。
「最初は、第1層だけで帰ってたんだよね。それが、もう1番下まで行けたんだ」
迷宮の奥に、もっと見たいものがあると話していた。
初めての迷宮を踏破しても、彼女の好奇心はまだまだ尽きそうにない。
「次は、黒曜だ」
俺が言うと、青い瞳が輝く。
「うん。3人で」
ギルドへ戻り、エマさんの前へ魔石と角を置いた。
続けて、討伐の報告と、腕輪の確認を頼む。
エマさんは魔石を見た。
俺たちを見た。
もう1度、魔石を見た。
「……最深部の、ミノタウロスですか?」
「はい。3人で倒しました」
少しの沈黙。
奥から来た査定担当の職員が、魔石を確かめてうなずいた。
エマさんは、ゆっくり椅子へ座り直す。
「Dランクへ上がられたのは、3日前でしたよね」
「はい」
近くで、誰かが咳き込んだ。
俺たちは顔を見合わせた。
どうやら、報告の方は、静かには終わらないらしい。




