↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/44

第31話 成長の実感

 肩が、つかえた。


 Dランクへ昇格した日の夜。湯で体を拭いて寝間着へ着替えようとした俺は、袖へ通しかけた腕を止めた。


 布を引けば着られる。だが、少し前まで、こんなに窮屈ではなかった。


 また服を脱ぎ、姿見の前へ立つ。


 記憶が蘇る前の俺の体は細かった。


 だが今は肩幅が広がり、胸板に厚みがある。剣を振る腕にも、腹にも、筋肉の形がはっきりと浮かんでいた。


 1回り、いや、それ以上か。


 少しずつ体が良くなっているのはわかっていたが……


 大幅なレベルアップの影響か……


「……仕立て直しも、予算に入れるか」


 レベルは62。


 昨日の100体との戦いで、随分上がった。最後は疲れ切っていて、喜ぶどころではなかったが。


 今日は迷宮へ行かず、食事と休息を取った。《体力回復促進(中)》と《魔力回復促進(中)》のおかげか、夕食を終える頃には、体の重さもほぼ抜けていた。


 眠らなくていいわけではない。傷を治してくれる能力でもない。それでも、休んだ分が早く戻るのはありがたい。


 寝る前に、ほんの少しだけ。


 俺は壁や家具から離れ、掌を開いた。


 昨日手に入れた《闘気》を意識する。


 身体強化では、魔力を体の内側へ巡らせる。今度はそれを手の表面へ広げてみた。


 淡い白い光が、拳を薄く包む。力が湧くというより、手の外側にもう1枚、守りをまとったような感覚だった。


 そのまま、木剣の柄を持つ。


 白い光が柄から刀身へ這い上がる。だが、途中まで広げたところで輪郭が崩れ、ほどけるように消えた。


「なるほど。こっちも練習が要るな」


 数呼吸しか保っていないのに、魔力が思ったより減っていた。光を広げようとして、余分に流しすぎたらしい。出し続けるより、打つ瞬間に合わせる方が、今は使いやすそうだ。


 それだけ確かめて、木剣を置く。


 強くなったからといって、休養日に夜通し鍛えるのは違う。明日は2人と第6層へ行くのだ。


 ベッドへ横になる前に、もう1度、自分の手を見た。


 握った時の力強さも、指を開く速さも、記憶にあるものと少し違う。


 明日は、どこまで動けるだろう。


     *


「オスカー、制服、きつくない?」


 翌朝、教室へ入って早々、エステルに言われた。


「分かるか」


「肩のところ。前は、そんなふうに張ってなかったよ」


 シルヴィアも俺を見ていた。視線が肩から胸へ移り、それから慌てたように顔へ戻る。


「お直しを頼んだ方がよろしいですわね。剣を振る時に困ります」


「制服では振らないぞ」


「腕を上げる時にも、です!」


 エステルが笑った。


「でも、たくましくなったよね。毎日会ってるのに、今日はなんだか違って見える」


 そう言われると、こちらまで落ち着かなくなる。


 隣の席の男子が、自分の上腕をつかんだ。もう1人が無言で肩を回す。


「昼休み、腕立てするぞ」


「今朝もやっただろ」


「足りなかったんだよ」


 何の相談かは、聞かないでおいた。


 授業が終われば、すぐ白晶へ向かう。明日からは2日間の連休だ。今日、第6層の道を確かめておけば、明日はさらに先へ進める。


     *


 第1層の角狼が、牙を剥いた。


 床を蹴る直前、後ろ脚が沈む。《思考加速》でその動きを捉え、俺も踏み込んだ。


 狼が跳ぶ。


 俺は、その横へ抜けていた。


 すれ違いざま、喉元へ刃を通す。着地した時には、背後で魔物が光へ崩れ始めていた。


 速い。


 相手が遅くなったのではない。見てから動き終えるまでの時間が、短くなっている。


 以前なら避けて、構え直し、次を待った。今は避ける1歩が、そのまま攻撃になる。


「……今、身体強化、使った?」


 エステルが聞いた。


「いや。まだ使っていない」


「素の速さで、あれ?」


 彼女は狼がいた場所と、俺の足元を見比べた。


 シルヴィアも、杖を構えたまま動かなかった。


「以前より、踏み込む距離も長くなっていますわ。それでも、すぐ次の動きに移れるんですのね」


「ああ。俺も、そこは驚いてる」


 力だけが増えたら、勢い余って転ぶ。だが、足を受け止める膝や腰も強くなっている。鍛えてきた足運びに、体が追いついてきたのだ。


 第2層の石甲トカゲにも、足を止める必要はなかった。


 硬い背へ剣を叩きつけず、振り向く前に側面へ入る。脚の付け根へ刃を通し、頭がこちらへ向く時には、もう反対側へ抜けていた。


「ちょっと待って。わたし、撃つところがなかったんだけど」


「すまん。確かめたくて」


「怒ってないよ。ただ、昨日は1日休んでたのに、こんなに動きが変わるんだね」


「一昨日の戦いで、いろいろ身についたんだと思う。あの後は疲れ切ってたから、確かめる余裕がなかったけど」


「じゃあ、これが今のオスカーの速さなんだ」


 自分でも、走るたびに驚いている。100体との連戦の成果を、ようやく体で実感できていた。


 第3層から先では、俺が敵の位置を伝え、2人の魔法でまとめて倒しながら進んだ。


「風よ、刃となれ――《ゲイル・エッジ》!」


 エステルの風が、通路へ飛び出した魔物をまとめて倒す。


 シルヴィアの氷も、後続の脚を正確に止めた。2人の魔法には、相変わらず惚れ惚れする。


 指輪の青い石が、杖を持つ右手で光った。


「魔力が戻るの、やっぱり早いね」


「ええ。移動している間にも回復するので、次の戦いがずいぶん楽ですわ」


 第5層までの道は、記録済みだ。分岐で悩まず、必要な戦いだけを終え、前回見つけた下り階段へ向かう。


 第6層への階段の前で、エステルが冒険者証のDの文字を指でなぞった。


「今日は、ここで引き返さなくていいんだね」


「ああ。正式に、ここから先へ行ける」


 エステルが嬉しそうに先を覗いた。


     *


 第6層へ降りると、黒い牙を持つ大きな猪が鼻を鳴らした。資料にあった鉄牙猪だ。


 その後ろにも2頭。


「正面は俺が。エステルは右、シルヴィアは左を頼む」


「任せて」


 エステルが杖を向け、シルヴィアも詠唱に入る。


「氷よ、我が魔力を受けて集え。鋭き槍となり、眼前の敵を貫け――《フロスト・ランス》!」


 氷槍が、左の1頭を貫いた。


 正面の猪が突進する。俺は身体強化を脚へ薄く巡らせた。


 1歩。


 床が後ろへ流れる。


 突進を横へかわし、猪の首へ剣を走らせる。刃が触れる直前、昨夜の感覚を呼び起こした。


 腕から剣へ、一瞬だけ闘気を通す。淡い白い光が刃を縁取り、振り抜くとすぐに消えた。


 抵抗が、軽い。


 硬い肉へ刃が通り、俺は猪の側面を抜けた。振り返る頃には、エステルの風も右の1頭を倒していた。


「今の、闘気?」


 エステルの声が跳ねた。彼女の目は、白い光が消えたばかりの刀身へ向いていた。


「まだ覚えたばかりだ。長くは続かない」


「それも使えるようになったの!?」


 シルヴィアが近づき、俺の腕を確かめる。


「痛めてはいませんね。……もう、目で追うだけでも大変ですわ」


 その声には、安心と驚きが混ざっていた。


 俺は剣を下げた。


 今の速さなら、前より多くの隙へ届く。闘気も合わせれば、硬い相手に通せる。


 ただし、レオノーラが同じ隙を見せるとは思わない。


 あの人なら、この1歩をどう迎えるだろう。


 考えると、次に試したいことが増えた。


 帰還時刻から逆算し、探索を続ける。通路を記録し、何度か戦ったところで、《身体強化》がLv4へ上がった。


 力を出す時と抜く時。その切り替えが、少し滑らかになっていた。


 やがて、地図の端に、下へ続く形が現れる。


「階段だ」


 実際に角を曲がり、足元へ続く段を確かめた。


 第7層。


 この先は、まだ俺たちが歩いていない階層だ。


 レベルは67になっていた。


「明日は、朝から来られるね」


「ああ。ここから続きをやろう」


 エステルは階段を見つめ、それから俺たちへ笑いかけた。


「楽しみすぎて、眠れなかったらどうしよう」


「そこは、寝てくださいませ」


「シルヴィアだって、楽しみでしょう?」


「……それは、もちろん」


 帰り道を示す地図を開く。


 今日、初めて通った道が、もう俺たちの道になっている。


 明日は、その先へ。


 手になじんだ剣の柄を、俺は握り直した。

↓ブクマ、評価いただけると嬉しいです(^^)感想はもっと嬉しいです(^^)

面白い

続きが見たい

の一言だけでモチベ爆上がりします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。