第30話 Dランク冒険者
「オスカーさん。皆さんも、少しお待ちいただけますか」
そろそろ帰ろうかと話していたところで、エマさんに呼び止められた。
振り返ると、奥の部屋から出てきた職員が、彼女へ書類を渡している。
エマさんは内容を確かめ、俺たちを見た。
いつもより、少し嬉しそうな顔だった。
「ちょうど、承認が下りました」
「承認、ですか?」
「はい。皆さんの昇格についてです」
隣で、エステルがぴたりと足を止めた。
シルヴィアも顔を上げる。
依頼掲示板を見ていたアニエスたちが、こちらを振り返った。
「昇格って……《深淵》の?」
小さな声が聞こえる。
俺たちが受付へ戻ると、エマさんは書類をそろえ、背筋を伸ばした。
「パーティ《深淵》の、Dランクへの昇格が正式に決定しました」
その言葉が、はっきりと響く。
「あわせて、オスカー・エルフォードさん、エステル・アルヴェインさん、シルヴィア・ラングレーさん。3名それぞれの個人ランクも、Dランクへの昇格を認定します」
一瞬、近くの話し声が途切れた。
そのあとだった。
「3人とも!?」
「もうDなの?」
「待て待て。あの3人、この前Eになったばかりだぞ!」
掲示板の前で、ヴィンセントが勢いよく振り返る。
ブルーノが持っていた依頼票を落としかけ、フェリクスは眼鏡の位置を直したまま固まっていた。
エステルが、俺の袖をつかむ。
「聞いた? オスカー。Dだって!」
「ああ。聞いた」
「わたしたち全員だよ!」
銀色の髪が、ふわりと揺れた。
シルヴィアは胸元で手を重ね、ゆっくり息を吐いている。
「……認めていただけたのですわね」
声こそ静かだったが、青い瞳は輝いていた。
俺も、思わず笑っていた。
Dランク。
そろそろだろうとは思っていた。それでも、自分の名前とともに告げられると、自然に頬が緩んだ。
昨日、あの100体と戦った意味が、また1つ形になった。
*
「エマさん。それ、早すぎないか?」
近くで素材の袋を抱えていた冒険者が、驚いた顔で尋ねた。
「いや、文句じゃないんだが。俺、この子たちがEになった時も、ここにいたぞ」
「10日前ですね」
エマさんが答える。
「10日!?」
今度は、別の方向から声が上がった。
「たった10日で、もう1段上がるのかよ!」
「俺、Dまで1年以上かかったんだが……」
「俺もだ。第5層で、何度引き返したと思ってる」
革鎧の男が自分の仲間と顔を見合わせる。
アニエスたちも、近くへ寄ってきた。
「わたしたちが登録した日に、もう次へ行っちゃうんだ……」
「同じ教室で授業を受けてるのよね?」
「明日、皆に話しても信じてもらえないかも」
マリオンがつぶやくと、コレットが小さく首を振る。
「3人の冒険者証を見せてもらえば、信じるわよ」
4人の目は、俺たちとエマさんの書類を行き来していた。
エマさんは、集まった視線を受けても落ち着いている。
「はい。早い昇格ですが、必要な実力と探索実績がそろいました」
書類へ目を落とし、言葉を続けた。
「前回の昇格審査の時点で、3名とも戦闘能力はDランクの基準を十分に満たす、と評価されていました」
「あの時に、ですか?」
俺が聞くと、エマさんはうなずいた。
「オスカーさんの剣と魔法を組み合わせた対応力。エステルさんの4属性の威力と制御。シルヴィアさんの氷魔法と回復。それぞれ、個人審査の記録に残っています」
隣の2人を見る。
2人については、まあ、そうだろうと思う。
俺のことも、そこまで見てくれていたのか。
「連携も高く評価されていました。ただ、あの時は第1層での活動が中心でしたから、まずEランクの範囲で実績を積んでいただく必要があったんです」
力があることと、その力を迷宮で安定して使えること。
ギルドは、その両方を見ていたわけだ。
「その後、第5層まで継続して探索し、報告と成果を積み重ねていただきました。そして昨日の討伐です」
周囲が、少し静かになる。
「持ち帰られた魔石の種類と数は、報告と一致しています。オークキングの魔石も確認できました」
エマさんの目が、2人の右手へ向いた。
「宝箱から得た2つの魔力回復リングも、確認済みです。これらの現物と、それまでの審査・活動記録を根拠に、今回の認定が決まりました」
「あの大きな赤い魔石、オークキングだったのか」
荷物を担いだ冒険者が、低く息を吐いた。
「昨日、受付でちらっと見えたんだよ。普通のオークのものじゃないとは思ったが」
「魔力回復リングが2つ、って……おい、あの指輪か?」
「本当に、えらい部屋を引き当てたな」
感心する声に混ざって、短髪の女冒険者が笑った。
「見つけるだけなら、運でもできるさ。中の魔物を倒して持って帰るのは、腕がいるよ」
「しかも、全部倒すまで外へ出られない部屋だろ。オークキングが出たから逃げる、じゃ済まない」
「99体と戦ったあとで、王まで倒してきたんだもんな」
男たちがうなずき合う。
昨日、袋いっぱいに詰めて持ち帰った魔石が、今は俺たちの働きを証明してくれていた。
*
「では、冒険者証をお預かりします。パーティの登録証もお願いしますね」
俺たちは、それぞれ証を差し出した。
エステルは、自分の分を置いてから、俺の手元までのぞき込んでいる。
「3人とも同じ日に上がれてよかったね」
「そうだな」
「今までだってそうだけど、これからも一緒、って感じがする」
そんなことを、ためらいなく言う。
シルヴィアが、その横で柔らかく笑った。
「1人では、昨日の戦いを終えられませんでしたもの」
「俺も、あのまま斧を避け続けるのは無理だった。2人の魔法があったから、最後の一撃まで届いたんだ」
「わたしも、オスカーが引きつけてくれたから、あの魔法を撃てたんだよ」
「ああ。あの風の槍には、俺も驚いたよ」
エステルが満足そうにうなずく。
「シルヴィアの氷も、ちょうどよかった。あれで動きが止まったから、最後まで踏み込めた」
「……あなたが、時間を作ってくれたからですわ」
言いながら、シルヴィアが指輪へ触れる。
こちらの視線に気づくと、少しだけ頬を赤くした。
「次は、もう少し長く足止めできるようにしますわ」
「じゃあ、俺も隙ができたら、すぐ踏み込めるようにする」
「わたしは、魔法を準備する時間を短くしたい!」
結局、3人とも次の練習の話をしていた。
それを聞いていたリネットが、ぽつりと言う。
「昇格したばかりなのに、もう次のことを考えているんですね」
「できるようになると、また試したいことが増えるからな」
俺が答えると、エステルが大きくうなずいた。
「そうそう。昨日できなかったこと、今日できたら嬉しいでしょ?」
「……はい」
リネットは自分の手を見て、笑った。
「わたしも、もう少し安定して治せるようになりたいです」
「それなら、傷の端から魔力が逃げていないか、確かめてみるといいですわ。今度の実習で、一緒に見ましょう」
シルヴィアの言葉に、彼女の顔が明るくなった。
隣で聞いていたブルーノが、ほっとしたように笑った。
「頼れる先生がいて、よかったな」
「はい!」
リネットの弾んだ返事に、シルヴィアが少し照れた顔をした。
*
「お待たせしました」
エマさんが、更新された証を並べる。
俺は自分のものを受け取り、記載を見た。
D。
ほんの小さな1文字だ。
それでも、その先に広がるものは大きかった。
「これで《白晶迷宮》は、第10層まで潜行できます。最深部のボスへ挑む資格も得られました」
「第10層……!」
エステルが、冒険者証を握った。
「やっと、白晶の1番下を見に行けるんだ」
彼女にとっては、Dの1文字以上に嬉しい知らせだったのだろう。
まだ見ていない通路。知らない魔物。最深部で待つボス。
その1つ1つを数えるように、瞳が輝いている。
「ただし、黒曜の第2層へ進むには、皆さんのパーティで白晶最深部を攻略し、その実績を認められることが必要です」
「まず白晶、だね」
「ええ。攻略の報告を楽しみにしています」
エマさんの説明に、3人でうなずく。
第5層までの地図は、俺の中にある。
そこまでの道なら、寄り道を減らし、魔物の気配を確かめながら進める。帰りの道を見失うこともない。
次は、その先だ。
まだ地図にない場所が、これから俺たちの足で埋まっていく。
「おめでとうございます、《深淵》の皆さん」
エマさんが微笑んだ。
「皆さんが毎回、何を見て、どう戦って戻ってきたか。報告を伺うのを楽しみにしていました。これからも、お待ちしています」
「ありがとうございます」
俺たちはそろって頭を下げた。
ぱん、と1つ、手を打つ音がした。
先ほどの女冒険者だった。
「おめでとう! 大したもんだね、学院生!」
その拍手に、別の音が重なる。
「10日でDか。次に会う時は、俺たちが追い越されてるかもな!」
「白晶のボスを倒したら、話を聞かせろよ!」
「3人とも、いい顔してるじゃないか!」
ギルドのあちこちから、声が飛んできた。
荷物を置いて手をたたく者。依頼票を持ったまま片手を上げる者。
クラスメイトたちも、その中で拍手している。
「おめでとう、エステル殿下、シルヴィアさん!」
「オスカー君も! 明日、教室でちゃんと証を見せてね!」
「わたしたちも、いつかそこまで行くから!」
アニエスの言葉に、エステルが笑って手を振った。
「うん。待ってる!」
俺は少し照れながら、何度か頭を下げた。
決闘の観客に囲まれた時とは、また違う。
名前も知らない冒険者たちが、俺たちの新しい1歩を喜んでくれている。
そのことが、思っていた以上に胸へ残った。
*
「オスカー」
拍手が落ち着いたところで、ヴィンセントが前へ出てきた。
腕を組み、俺の冒険者証を見ている。
「……先を越されたな」
「ああ」
「そこは少しくらい、気を遣え」
使えば使ったで怒りそうだが。
ヴィンセントは短く息を吐くと、まっすぐ俺を見た。
「すぐに追いつくからな」
その声には、悔しさがあった。
だが、それ以上に、前へ進もうとする強さがあった。
「俺たちもDになる。お前たちだけに、いい顔はさせない」
「楽しみにしてる」
「本気で言ってるんだぞ」
「俺も本気だ」
ヴィンセントは俺の顔を見て、それから、ふっと笑った。
後ろのフェリクスが口を開く。
「まずは4人の連携だね。リネットさんが加わってくれたんだ。僕たちも、前と同じままじゃいられない」
「ああ。頼りにしてる」
ブルーノが言うと、リネットは驚いたように顔を上げた。
「わたしも、頑張ります」
「だからって、急に深いところへ連れていく気はないぞ」
ヴィンセントが付け加える。
「まず第1層で、4人の動きを合わせる。Dを目指すのは、その連携を固めてからだ。……俺も、もっと腕を磨かないとな」
その目が、また俺へ向いた。
俺は笑って、うなずいた。
追放した相手に先を越され、悔しがりながらも追いかける。
そういう展開も、もちろん知っている。
でも、こいつらには、ちゃんと追いついてきてほしい。
同じ迷宮を目指して、また帰ってきた時に話ができる。
そんな相手が増えるのは、悪くない。
*
ギルドを出ると、夕方の風が頬に触れた。
エステルは歩きながら、何度も冒険者証を見ている。
指輪を眺め、証を眺め、また指輪を眺める。
忙しいな。
「明日は、第6層だね」
「ああ。そこから先を見てみよう」
「もう、行き方は考えてあるの?」
シルヴィアに聞かれ、俺はうなずいた。
「第5層までの道は分かってる。今夜のうちに準備して、授業が終わったらすぐ出よう。明日は第6層の道を確かめて、連休にもっと先へ進みたい」
「頼もしいですわね」
「でしょう? わたしたち、道に迷ってばかりいたら、こんなにいろいろできてないもの」
エステルが楽しそうに言った。
探索マップの便利さは、階層が増えるほど効いてくる。
探す時間が減れば、戦い、練習し、見つける時間が増える。
そして俺には、経験値とスキル熟練度の獲得量を10倍にする補正がある。
白晶の後半へ進めば、新しい経験も、収入の機会も増えるだろう。
父の借金には、まだ足りない。レオノーラとの勝負にも、備えが要る。
だが、今はできることが増えている。
隣には、次に何を覚えようかと笑い合う2人がいる。
「ねえ、オスカー」
エステルがこちらを向いた。
「白晶の1番下、3人で見ようね」
俺は、手の中の冒険者証をしまった。
「ああ。まずは、白晶を攻略しよう」
次に目指す場所は、もう決まった。
第10層。
その先には、黒曜大迷宮が待っている。




