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第3話 あらゆるテンプレに備えよう

連載中の

『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』

https://ncode.syosetu.com/n7268mo/

もよろしくお願いします!

 前世の記憶と転生特典を手に入れた翌日。体調が戻ったのを確かめてから、俺は学院の個人練習室を借りた。


 まずは、使い慣れた火の魔法。


 今までは決められた詠唱をし、何とか火を出していた。


 だが、《全属性魔力操作》LV1へ意識を向けると、胸の奥にある温かい流れが、はっきり分かる。


 それを指先へ通す。


 少しだけ。細く、途切れないように。


 小さな炎が灯った。


 言葉は、発していない。


「本当に、無詠唱か……」


 この世界の魔法は、詠唱の最後に魔法名を唱えて発動するのが普通だ。その次が、必要な言葉を減らす詠唱短縮。何も唱えずに発動できる者は、熟練した魔法使いの中にもめったにいない。


 昨日まで火を灯すのにも苦労していた俺が、その無詠唱で魔法を使っている。


 普段と同じ火を、半分以下の魔力で出せていた。


 これまでは、穴だらけの桶で水を運ぶような使い方をしていたのだろう。流れが見えるだけで、無駄を減らせる。


 次に、授業で習った水の魔法を試した。


 手順も詠唱も覚えていたが、俺には使えなかった魔法だ。


 掌の上に、水玉が浮かぶ。


 俺はしばらく、それを見つめた。


 8歳の頃から、何度試しても作れなかった水玉だ。


 あの時、魔法が使えたらよかったのにと思ったことがある。


 左の袖を少しまくる。


 肘の下に、薄い傷痕が残っていた。


 両家で出かけた帰り道、馬車が魔物に襲われたことがある。護衛たちが戦う間に、転んだシルヴィアのところへ、1匹が回り込んだ。


 逃げたかった。足も、歯も震えていた。


 けれど、転んだ彼女は立ち上がれない。俺まで逃げれば、1人になる。


 拾った枝を両手で握り、目をつぶりそうになるのをこらえて、彼女の前へ出た。


 左腕を引っかかれ、声を裏返しながら叫んだ。


『俺の後ろから出るな!』


 駆けつけた護衛が助けてくれるまでの、ほんの短い時間だった。


 そのあと、安心した途端に泣いてしまった。シルヴィアより大きな声で。


 翌日、見舞いに来た彼女は、俺の寝台の脇へ焼き菓子の箱を置いた。


『助けてくださったお礼ですわ。残さず召し上がって、早く治しなさい』


 礼を言いながら、食べる量まで指定してくる。あの頃から、そういう子だった。


 それで自信がついたわけではない。そのあとも、前世を思い出すまでは気弱なままだった。


 それでも、あの1度だけは、怖いまま動けた。


 俺は袖を下ろし、掌の水玉へ目を戻した。


「……できたな」


 嬉しかった。


 強い魔法だからではない。


 ずっと届かなかったものに、やっと手が届いた気がした。


 俺は水玉を、的の前に置かれた桶へ落とす。


 次は風。土。それから、2つの魔法を同時に扱う練習。


 すべてが1度で成功するわけではなかったが、流す魔力の量と向きを直し、もう1度試す。《全属性魔力操作》の熟練度が、少しずつ伸びていく。


 形が崩れなくなり、狙った場所へ飛ばせるようになる。


 昨日までの自分なら何日もかかった進歩が、その日のうちに起きた。


 小さな水玉を浮かせたまま、風の形を整えてみる。


 ここで《並列思考》が役立った。水玉へ流す魔力を一定に保ちながら、もう一方の意識で風を細く絞れる。片方に気を取られて、もう片方が崩れることが減った。


 ただ、魔力は両方で使う。頭が2つ分働いても、魔力の残量は1人分だ。


 俺は最後に、風を細くまとめ、石の的へ放った。


 乾いた音。


 的の表面に、1筋の傷が走っていた。


 指先に火を灯すだけだった俺が、離れた場所へ攻撃を届かせたのだ。


 思わず拳を握る。


 その瞬間、目の前に文字が出た。


【魔力残量:1/18】


「……喜ぶ前に、座ろう」


 能力を手に入れても、魔力切れで倒れたら同じである。


 俺は壁にもたれ、呼吸を整えた。


 しばらくすると、残量が2に増えた。練習の手順を振り返っているうちに、3になる。


 いつもより、回復がわずかに早い。


 《魔力回復促進(極小)》。今は小さな差だが、休憩を重ねれば練習できる回数も変わる。《体力回復促進(極小)》もあるとはいえ、立ちっぱなしの脚のだるさは、すぐには消えなかった。


 これなら、練習の合間に休めば、次を早く始められる。


 ただし、回復する以上に使えば尽きる。今の最大値は、18しかないのだ。


 消費した魔力を補う、魔力回復ポーションもある。最大魔力量が増えるわけではないが、戦闘中に悠長に休めない時には頼りになる。


 普段の練習は、この回復速度を頼ろう。ポーションは緊急用だ。毎回飲んでいたら、レベル上げより先に財布が空になる。


 翌日からは、残量を視界の隅に出しておくことに決めた。


 失敗は1回で済ませれば、経験になる。


 寝台の件も、そういうことにしておこう。


     *


 夜は、帳簿を読んだ。


 借金は、残り金貨600枚。


 3か月後には、そのうち60枚の返済期限が来る。


 思わず窓を開けた。


 空気が足りなかった。


 借金の始まりは、数年前の水害だった。


 長雨で川があふれ、畑が沈み、街へ通じる橋まで流された。父は備蓄を開き、家の蓄えも使って食料を買い、橋と街道の復旧を急いだ。


 父は借金をして、資金を補った。食べるものにも困っている家から取り立てるわけにはいかないと、年貢も減らした。


 今では橋も架かり、畑にも作物が戻っている。ただ、我が家の借金は残った。


 帳簿には、家財を売って返済に回した記録もある。屋敷の修繕も後回しだ。それでも、領地の収入が戻るより先に、次の支払いがやってくる。


 ……なるほど。事情は分かった。


 父が守った領地ごと、立て直せばいいわけだ。


 家の収入から返済や領地の維持費を引くと、金は少しずつ減っていく。ラングレー伯爵家の支援があるから、何とか支払いを続けられていた。


 その支援があっても、3か月後の返済はかなり厳しい。資金が尽きる。担保の農地まで失えば、家を立て直すのはさらに難しくなる。


 その前に、俺が金を稼ぐ方法を作る必要がある。


 そこで、机に3枚の紙を並べる。


 家の収支。冒険者ギルドの依頼報酬。そして、素材の買い取り価格。


 俺はFランク冒険者で、放課後や休日に活動する学院の許可もある。


 この世界には、各地に迷宮がある。王都には、小迷宮の《白晶迷宮》と、大迷宮の《黒曜大迷宮》がある。そこで得られるドロップアイテムは、冒険者たちの収入源にもなっていた。


 白晶は全10層で、最深部にはボスがいる。黒曜にも10層ごとにボスがいて、どちらも討伐すればドロップを狙える。


 黒曜の歴代最高到達は59層。制覇した者は、まだいないという。


 いかにも冒険心をくすぐる話だが、Fランクの俺が単独で入れるのは、小迷宮の白晶の第1層までだ。強くなるだけでなく、ギルドに実績を認めてもらう必要もある。


 王族も貴族も、若いうちに例外なく迷宮へ入る。俺たちのように、学院へ通いながらパーティを組む者も珍しくない。


 剣で大物を倒せなくても、採取や小型の魔物の討伐なら始められる。


 しかも、今の俺には《物品鑑定》と《無限収納》がある。


 安い素材も捨てずに運び、品質のよい薬草を選んで持ち帰れる。


 今すぐ600枚は無理だ。


 最初は、自分の生活費を稼ぎ、仕送りを減らす。成長して高い報酬の依頼を受けられるようになれば、家へ送れる額も増やせる。その間に、領地の収入がどこまで戻っているか、返済の負担を減らす方法はないか調べる。


 順番に進めれば、手はある。


「よし……」


 ようやく、息がしやすくなった。


 ただし、大きな問題が1つ。


 今のパーティにいたら、無理だ。


 俺が所属する《銀翼の鷹》は、学院の貴族仲間4人で組んだパーティである。


 俺は4人の中で家格も実力も低く、荷物運びや道具の準備を引き受けていた。戦う時にあまり役立てない分、せめてそれくらいはと思っていたのだ。


 活動日はリーダーのヴィンセント次第。地味な採取は嫌がられ、俺が拾おうとした安い素材も、置いていけと言われれば諦めていた。


 皆で決めたことに従うのと、自分の希望を1度も言えないのは、違う。


 収納を知られて、他家の仕事まで押しつけられるのも困る。家を助けるために動く時間が欲しいのだ。


 まずは1人で動き、能力を使いこなし、どれくらい稼げるか確かめよう。


 誰と組むかは、そのあとで考えよう。


 俺は新しい紙を取り出した。


 1人で受けられる依頼、買い足す道具、返すべき共同備品。


 それらを書き出してから、別の項目を付け足す。


 婚約破棄。パーティ追放。


 毒。盗難。迷宮での遭難。路地裏での揉め事。冒険者ギルドで絡まれる。貴族からの決闘の申し込み。身分を隠した王族との遭遇。


 考え始めると、際限がない。


「……魔王の復活は、次の紙だな」


 そこで紙が尽きた。


 世界の危機に備える前に、文房具屋へ行かなくては。


 とりあえず、予備の食料と水。新しい傷薬と包帯。回復ポーション、魔力回復ポーション、解毒ポーションも少しずつ。あとは縄。暗い場所で使う灯り。それから、人を呼ぶための笛。


 この世界が、知っている小説やゲームと同じだという証拠はない。俺は、自分の未来を知らない。


 それでも、薬や食料なら、予想が外れても役に立つ。使わなければ、収納に入れたまま次に持ち越せばいい。


 いい家族がいる。学べる場所がある。やりたいことだって、まだ山ほどある。


 今度こそ、仕事だけで一生を終えるのはごめんだ。


 家の借金を返したら、のんびり旅もしたい。せっかくだから、この世界を全て回ってみたい。美味しいものを食べて、眠くなったら眠りたい。


 何か起こるたびに慌てるより、「おお、準備しておいてよかった」と笑って済ませたい。


「よし。あらゆるテンプレ、定番の展開は、ひと通り網羅しておこう」


 俺は紙の1番上に、大きく書いた。


 ――あらゆるテンプレに備える。


     *


 そうして、前世を思い出してから8日が過ぎた。


 授業の合間に修練を重ね、必要な品を買い、家へ手紙を書いた。《全属性魔力操作》はLV2へ上がり、同じ水玉を保つのに使う魔力も減った。いくつか失敗もしたが、出発前に気づけたことは収穫だ。


 道具屋では、3種類のポーションの値段を見比べ、まずは1本ずつ買った。自分の財布で買った緊急用だ。共同の備品とは分けておく。


 命は大事だ。だが、ランニングコストも無視できない。幸い、《無限収納》なら買った薬を傷ませずに持ち越せる。使うべき時には使い、無駄にはしない方針でいこう。


 そして今日、予想していた婚約破棄が、実際に起きた。


 想定内だ。


 支援が止まる場合のことまで考えてあったから、慌てずに返事ができた。


 中庭を離れた俺は、実習棟へ足を向ける。


 これからは、稼ぐために時間を使いたい。


 事情を説明して抜ける場合も、向こうから出ていけと言われる場合も、行き先は同じだ。


 できれば、穏便に済ますことができれば助かるのだが。


 俺は、実習棟へ続く廊下を曲がった。


 さて。


 まずは、あのパーティから抜けるか。

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