第2話 どうやら俺は転生者だったみたい
連載中の
『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』
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もよろしくお願いします!
俺が前世を思い出したのは、婚約破棄を告げられる8日前だった。
最初に戻ってきたのは、飛行機の記憶だ。
傾く床。消えた照明。座席の肘掛けを握りしめた手。
窓の外で、翼が不自然な角度に折れていた。
衝撃が来る直前、会社のことを考えた。
来月の支払いは大丈夫だ。ちゃんと準備してある。しかし、進めていた資金調達は。俺が戻らなければ、ついてきてくれた社員たちはどうなる。
そこで、記憶は途切れている。
次に目を開けた時、見えたのは学生寮の天井だった。
「……いや、待て」
俺は寝台から起き上がった。
熱を出して2日寝込んでいた、15歳のオスカー・エルフォード。
それが自分だと、ちゃんと分かる。
だが同時に、前の人生での名前もしっかり覚えている。
32歳。ベンチャー企業の創業社長。上場を目指して事業を拡大している最中、海外への出張帰りに飛行機事故で死亡。
若い頃、とりわけ学生時代は、ラノベを読み漁り、ゲームには何百時間も、いやそれ以上につぎ込んでいた。
起業してからは仕事が中心になり、以前ほど遊ぶ時間は取れなくなった。それでも、あの頃読んだ物語や、何度も遊んだゲームの展開は、よく覚えている。
15年分の記憶が消えたわけではない。
父に肩車をしてもらったことも、初めて魔法を使えた日のことも、シルヴィアに叱られて俯いたことも、全部、俺の経験だ。
ただ、記憶が戻った途端、物事の見え方も、自分の反応も、がらりと変わっていた。
昨日までの俺は、嫌だと思っても断れず、相手が不機嫌になると、自分のせいかもしれないと謝っていた。
その時の気持ちは覚えている。だが今、同じ相手の顔を思い浮かべても、身がすくむことはない。
無理な頼みなら断ればいい。必要な話なら、条件を確かめて決めればいい。
会社を起こし、出資を募り、仲間を集めてきた。交渉も決断も、前世では俺の仕事だった。
その自分が、戻っていた。
「これは、周りが驚くだろうな」
口にして、少し笑った。
とりあえず、怯えたふりをして暮らすつもりはない。
「どうやら俺は、転生者だったみたいだな……」
鏡の中には、黒髪に灰青色の目をした少年が映っている。徹夜続きだった前世の顔より、ずっと若い。うむ、悪くない。
そして、机には父から届いた手紙が置かれていた。
エドガー・エルフォード。
王国の片隅で小さな領地を治める男爵で、俺が父上と呼んできた人だ。
手紙の最後には、いつもの一文がある。
『こちらは心配いらない。身体を大事にして、しっかり学びなさい』
心配いらない家の父親は、愛用していた馬を黙って売ったりしない。
それらの金で、俺の今期の学費と寮費が支払われたことも、知っている。
だから、少しでも家へ金を送ろうと、前世の記憶が戻る前の俺は、学院に通いながら冒険者を始めた。
だが、これまでは装備や消耗品の代金を払うのが精一杯だった。
俺は手紙の折り目を指でなぞった。
前世の会社へ戻ることは、もうできない。
けれど、今の俺には、助けることができる家族がいる。
「……さて。どうするか」
引き出しには、以前、父に内緒で執事から送ってもらった家の帳簿の写しがある。
何度読んでも、数字の大きさに途方に暮れるばかりだった。
今なら、収入と支出を分け、支払期限ごとに必要な金を整理できる。商習慣の違いは確かめるとして、まずは現状を把握しよう。
俺は手を伸ばし――途中で止めた。
視界に、青い文字が浮かんでいた。
【前世記憶との同期を確認】
【転生特典を解放しました】
「えっ?……なんだと……そっちが先だ」
大変申し訳ないが、父上。
今だけは、転生特典とやらを確認するのが先である。
*
ステータス。
頭の中で念じると、半透明の画面が目の前に開いた。
【名前】オスカー・エルフォード
【年齢】15歳
【レベル】3
【魔力】18/18
【習得スキル】《剣術》Lv1/《火魔法》Lv1
弱い。
見事なまでのモブの中のモブ。
知っていたが、わざわざ書かれると少し傷つく。
剣術の実技は最下位レベル。魔法は指先に火を灯せる程度。
座学も、真面目に勉強してようやく中の下くらい。昨日までは、人前で発表する時に、知っている答えまで口から出てこなくなっていた。
さぼらず練習しても上達は遅く、実戦では怖くて身体が固まっていた。記憶が戻っても、身体まで鍛え上がるわけではない。この数字が出発点だ。
ゲームなら、教室の端で一言だけ台詞のある生徒だろう。
選択肢によっては、話しかけられないまま終わるキャラ。はっきり言って、完璧なモブだ。
だが、画面はその下にも続いていた。
【転生特典】
《ステータス》《無限収納》《探索マップ》《物品鑑定》
《思考加速》《並列思考》《記憶強化》《隠蔽》《危機察知》
《体力回復促進(極小)》
《魔力回復促進(極小)》
《全属性魔力操作LV1》
【追加適性・耐性】
《全属性適性》《無詠唱》《状態異常耐性》
《成長補正》――獲得経験値・スキル熟練度の獲得量、10倍。
さらに説明を開くと、本人のレベルが10上がるごとに、新たなスキルの獲得や既存能力の強化が起こるとあった。何を得られるかは、到達してからのお楽しみらしい。
スキル自体は、剣術と同じく、練習や実戦で熟練度を積めばレベルが上がる。節目を待つだけでなく、使って鍛えられるわけだ。
「……ちょっと待て」
俺は1度画面を閉じた。
開いた。
消えていない。
若い頃に読み漁ったラノベや、夢中で遊んだゲームで見覚えのある、テンプレ能力ばかりだ。
学生時代の俺に見せたら、間違いなく大喜びする。
今の俺も、かなり嬉しい。
熱は下がっている。頬をつねると痛い。
「説明担当の女神とかは……」
部屋を見回す。
誰もいない。
使い方は自分で覚える方式らしい。
それならそれで、試してみよう。
俺は机の上の銅貨に触れ、収納を念じた。
消えた。
画面の中に、銅貨1枚という表示が増えている。
取り出そうと思うと、同じ銅貨が掌に戻った。
「おお……」
次に本を入れた。
椅子も入った。
寝台も――。
「うわっ」
座っていた寝台が消え、俺は床に尻をついた。
人は入らず、家具だけが入る。
身体を張って確認するつもりはなかった。
慌てて寝台を戻してから、説明を読む。容量制限なし。重量負担なし。内部の時間は停止。生き物は収納できない。
「……これは、すごいぞ」
魔物の素材も、採取した薬草も、傷ませずに運べる。
大量に仕入れた食料を、倉庫代も荷馬車代もかけずに運べる。
続いて《物品鑑定》を試す。
机に置いてあった傷薬へ意識を向けると、薬の名前、主な成分、品質が表示された。
最後に、効果低下という文字。
冒険者登録をした時に買ったまま、放置していたものだ。
おお、買い替え時まで分かるのか。いざ使う時に気づくより、ずっといい。
これは軽い傷に塗る、安い薬だ。傷を素早く治す回復ポーションも売られているが、そちらは値が張る。
小さな擦り傷は傷薬で手当てし、急いで治す必要がある時はポーション。使い分ければいい。
廊下へ出たついでに、通りかかった生徒にも《物品鑑定》を向けてみる。
【対象外】
説明を確かめると、物品鑑定で調べられるのは物品だけだった。人も魔物も、まだ見られない。
相手の実力も好意も、頭の上に表示はされないらしい。そこは、自分の目で確かめよう。
部屋へ戻って《探索マップ》を開くと、廊下と、その先の階段が映った。人らしい光点も動いているが、名前や能力までは分からない。魔物の種族や弱点を教えてくれる機能もない。
未知の場所が最初から全部見えるわけではなく、今いる周囲と、自分が通った場所が記録されるようだ。
これなら、道に迷いにくい。魔物に囲まれる前に気づけるかもしれない。
次は《思考加速》。
俺は銅貨を指で弾き上げ、発動を念じた。
宙を舞う銅貨が、ゆっくりと回り始めた。
落ちてくるまでのわずかな間に、どこで受け止めるか、どちらの手を使うか、そんなことを順番に考える余裕がある。
なるほど。これは――。
手を伸ばしかけて、気づいた。
俺の手も、ゆっくりだった。
そうか。速くなるのは思考だ。身体まで速く動くわけではない。
掌を銅貨の下へ運び、能力を解除する。銅貨が、ぽとりと収まった。
剣を見切れても、避ける身体が追いつくかどうかは別の話だ。足運びを鍛え、魔法で相手を遅らせる練習もしておこう。
それでも、咄嗟に逃げ道や使う魔法を考えられるのは大きい。
交渉中に返答を考える時にも使えそうだ。
ただ、長い話を聞いている時に使うと、さらに長く感じるはずだ。
前世の会議でうっかり発動したら地獄だったな。
続けて《並列思考》を使い、別々の2問の計算を同時に進めてみた。
掛け算の途中で、もう一方の足し算が止まらない。2つの答えが、ほぼ同時に浮かんだ。
考えることを切り替えた感覚すらない。
速く考えるだけでなく、同時に考えられる。魔法を制御しながら、相手の動きや逃げ道にも気を配れそうだ。
前世なら、これを理由に仕事を何倍にも増やしていたかもしれない。
今度は、早く終えて遊ぶため、自由に生きるために使おう。
《記憶強化》は、覚えたことを忘れにくくし、必要な記憶を引き出しやすくする。知らない答えまで浮かぶわけではないが、授業にも、前世の知識の整理にも役立ちそうだ。
《全属性適性》は、すべての属性を学べる素質。《全属性魔力操作》は、その魔力を扱う技術。LV1なら、まずは小さな魔法から試そう。
《隠蔽》は、能力を調べる鑑定や魔道具から情報を隠し、外へ漏れる魔力も抑えられるらしい。俺の鑑定で人が見えないからといって、他人も同じとは限らない。
転生特典と追加適性を隠すよう設定すると、自分の画面には、それぞれの名前の横に「隠蔽中」と表示された。
おお、これはありがたい。
こんな能力を全部知られたら、どんな頼み事が舞い込むか分からない。実力を見せる相手と時期は、自分で選びたい。
さらに、《危機察知》は殺気や迫る攻撃への警告。《状態異常耐性》は、毒や麻痺などの影響を受けにくくする能力だった。
奇襲に毒。なるほど、そのあたりも揃っているのか。
ただし、察知できるのは身に迫る危険で、相手の本心や未来が分かるわけではない。耐性も、あらゆる毒を無効にするとは書いていなかった。
解毒ポーションは、対応する毒を《物品鑑定》で確かめて買おう。自分に必要なくても、誰かを助ける時には使える。
便利だ。
便利すぎる。
俺は顎に手を当てた。
現状の俺は、借金を抱えた男爵家の嫡男。気の強い美しい伯爵令嬢との婚約。立場の弱い冒険者パーティ。
そこへ、これだけの能力が与えられた。
はっきり言って、完全なチートだ。
……嫌な予感がする。
婚約破棄も、パーティ追放も、この先に起きたとして不思議ではない。
若い頃に読んだ小説なら、このあたりから次々と事件が起こる。薬草を摘みに出ただけで、王女やら竜やらを拾って帰ってくるのだ。
そのうち勇者やら聖女やらが現れて、最後には魔王、いや、下手したら悪魔や邪神まで出てくる気がする。
家の借金を返そうとしていたはずが、気づけば世界を救う話になっている。
読んだことがある。そういう話を、何冊も。
俺は、もう1度ステータス画面を見た。
無限収納に、10倍の成長補正。全属性適性に、無詠唱。
指先の火で焚き火をつけて暮らすには、どう考えても豪華すぎる。
間違いない。この世界の神は、俺に何かをやらせようとしている。
環境だけ用意して、説明は省略。あとは勝手に成果を出せ、というわけか。
社長なら部下に嫌われるぞ、神様。
しかし、今の俺にはありがたい。本当にありがたい。
「よし。なら、できる準備は全部しておくか」
婚約がなくなっても、追放されても、1人で暮らしていければ困らない。
備えがあれば、面倒事もちょうどいい機会になるかもしれない。せっかくの能力だ。俺が自由に生きるために使わせてもらおう。




