第25話 倒しても、まだ終わらない
岩壁の向こうに、魔物がいる。
だが、剣を抜く前に、俺たちにはやることがあった。
「この結晶だけ、流れが違う」
エステルが、壁際に並ぶ3本の結晶を指した。真ん中の1本。その根元にある窪みを覗くと、奥に細い溝が刻まれている。
彼女はそこへ、ごくわずかな魔力を流した。
白い線が岩肌を走る。
石が擦れる音とともに、壁の一部が内側へ滑った。
「……本当に、入口になっていましたのね」
シルヴィアの声に、驚きが混じる。
柱の並ぶ広い部屋の奥に、5つの灯りがともっていた。床には模様が刻まれている。
そして、その上を動くものを見て、俺は思った。
ようやく会えたな、ファンタジーの常連たち。
半透明の塊が、ぷるりと身体を揺らしている。緑色の小柄な人影は、尖った耳と大きな口を持ち、錆びた短剣や棍棒を握っていた。
スライムと、ゴブリン。
《魔物鑑定》にも、思ったとおりの名が浮かぶ。
「白晶に、この魔物が出るなんて」
エステルが目を丸くした。
「珍しいのか?」
「少なくとも、普通の通路では見ないよ。わたしが読んだ白晶の記録にも、載ってなかった」
俺にとってはおなじみでも、この迷宮で会うのは珍しい相手らしい。
初対面なのに懐かしい。転生者ならではの妙な感覚だ。
数は20。
姿を確かめ、《探索マップ》の反応と照らす。横へ続く通路はなく、柱の陰を含めても、ひとまずこの1群だけだった。
俺たちは、まだ通路側に立っている。
入口を開いただけでは、封鎖は始まっていない。だが、境目を越えれば、もう外では休めない。
「最初の20体だけで終わるとは考えないでおこう。薬と、残っている魔力を確かめたい」
「魔力は十分あるよ。回復ポーションも、すぐ出せる」
「わたくしも。攻撃に使う分だけでなく、治療のための魔力も残しますわ」
シルヴィアが腰の袋を確かめ、エステルもマジックバッグの口を開いた。俺は自分の予備を確認し、剣の柄を握り直す。
広間の柱は、飛び道具を避けるのに使える。通路と違って、2人が広い範囲へ魔法を放つ場所もある。
「入ったら、手前の柱の間で迎えよう。壁へ寄りすぎず、横へ動ける場所を残す。俺が前を止めるから、2人は数を減らしてほしい」
「ええ。後ろから援護しますわ」
「数が多いなら、わたしの出番だね」
エステルが杖を構えた。
「挑むなら、3人で。どうする?」
「行こう。わたしたちの連携、広い場所でも試してみたい」
「わたくしも、挑みます。1人で先走らないでくださいね、オスカー」
「ああ。一緒に行こう」
入口は、3人で横に並べる幅があった。俺たちは顔を見合わせ、足並みをそろえて境目を越えた。
背後で、白い光が走る。
入口を光の膜が覆い、その向こうで岩壁が滑り戻った。通路の景色が消え、継ぎ目に淡い光だけが残る。
もう、引き返せない。
俺は2人とともに柱の間へ進み、剣を構えた。
「打ち合わせどおりにいこう」
最寄りのゴブリンが、こちらを向いた。
*
「ギャアッ!」
耳障りな声とともに、3体が走り出す。
1体目は棍棒。右から2体目が回り込み、その後ろには短剣を逆手に持つ3体目。
俺は踏み込みを待ち、棍棒を半身で外した。
剣を振る。
風をまとった刃が胴を斬るより早く、左手から放った水弾が、2体目の顔へ当たった。
倒れかけたそいつの足元を土で押し上げる。後ろの短剣持ちも巻き込み、2体が重なった。
「そこ、もらうね。風よ、切り裂け――《ゲイル・エッジ》!」
エステルの風刃が、俺の横を抜けた。
2体の姿が光にほどける。
床へ落ちた魔石は、普段見るものより色が濃かった。
だが、拾っている暇はない。
柱の脇から、スライムが飛び出した。
見た目に反して、速い。
俺は後ろへ1歩引いた。伸びた身体の先が床を打ち、石の表面から薄い煙が上がる。
ぷるぷるしているからといって、無害ではないらしい。
中心にある小さな核を狙い、剣を突き出す。
弾力に押し返された。
刃先は届いている。だが、核が身体の中を滑り、突きを逃れていた。
「なるほど。そう来るか」
もう1度飛びかかってきたところへ、水弾を横からぶつける。柔らかい身体が片側へ寄り、核の動きが見えた。
風を刃先へ集め、今度こそ貫く。
塊が弾け、白い粒になって消えた。
隣では、シルヴィアの詠唱が最後の1節へ差しかかっていた。
「凍てつく水よ、我が呼び声に応え、冷たき槍となれ。群れる敵を貫き、その歩みを止めよ――《フロスト・ランス》!」
青白い槍が飛ぶ。
先頭のゴブリンを貫いた1本が、後ろのスライムまで縫い止めた。凍った身体の中では、核も逃げられない。
「動きを止めれば、狙いやすいですわ」
「よく分かった。次は、そうする」
実に頼もしい先生だ。
残りの魔物が寄ってくる。
エステルはそれを待って、杖を横へ払った。
「風よ、束ねて、刈り取れ――《ゲイル・リーパー》!」
1本ではなかった。
生まれた風の刃が、5つに分かれた。
低く走るもの。柱を避けて曲がるもの。棍棒を振り上げた腕の下を抜けるもの。
それぞれが別の魔物へ届き、広間にいくつもの光が散った。
「……5つ、全部動かしたのか」
「このくらい広いと、使いやすいね」
エステルが笑う。
5つの刃を、別々に操っている。普段の戦闘では、まだ余力を残していたのか。
20体目を俺が斬ると、広間が静かになった。
奥の灯りが、1つ消えた。
入口の継ぎ目は、まだ淡く光っている。岩壁は開かない。
そして、床の模様が光った。
*
「……また来る」
消えていた反応が、次々と地図へ現れる。
青い光が盛り上がり、輪郭を持った。
ゴブリン。スライム。
その奥には、俺より頭1つ以上大きな影もある。
豚に似た鼻。突き出た牙。厚い腕で、大きな斧を担いでいた。
「オークまで……!」
シルヴィアが杖を上げた。
また20体。
倒した相手が立ち上がったのではない。残った魔石は、そのまま床にある。新しい魔物が生まれているのだ。
リポップ。
うん。モンスターハウスなら、そこまで含めてテンプレだったな。
「さっきと同じ場所から来る。柱の右、3体!」
俺の声に合わせ、エステルが風を走らせる。
ゴブリン2体は転がった。しかし、間にいたオークは、太い足を開いて踏みとどまった。
斧が唸る。
俺は剣を合わせず、肩の動きに合わせて横へ跳んだ。
床が砕けた。
そこへ踏み込み、剣を斬り上げる。
厚い皮膚に刃が食い込む。浅い。
オークが吠え、斧を引き戻した。
速さだけなら、さっきまでのゴブリンの方が厄介だった。だが、1度受け損ねれば終わる重さがある。
強さの種類が違う。
俺は膝の外側へ水弾を撃ち込んだ。
足が流れる。
そこへ、シルヴィアの氷槍が突き刺さった。
体勢の崩れた首元へ、俺の剣が届く。
「硬い相手は、動きを崩してからだな」
「あなたが正面へ立ってくれると、わたくしも狙えます」
白い粒になって消える巨体の向こうで、また別の斧が上がった。
休む間はない。
だからこそ、3人で戦う。
俺が前を止める。エステルが左右を崩す。シルヴィアが、硬い敵へ確実な1撃を通す。
20体を倒し切る頃には、その動きが噛み合い始めていた。
灯りが、また1つ消える。
残りは3つ。
「灯りの数だけ、続くのかもしれないね」
「次も20体なら、そう考えられる。ただ、まだ決めつけないでおこう」
終わりを思い込むのは、終わってからでいい。
「魔力と、足の具合は?」
「まだ大丈夫。オスカーは?」
「俺も行ける」
「わたくしも。次が出る前に、少し右へ寄りましょう」
シルヴィアが床を指した。落ちた魔石が、足元に散らばっている。
俺たちは隣の柱へ移り、魔石を踏まずに動ける場所で次の群れを待った。
*
3度目の群れには、弓を持つゴブリンがいた。
オークが前を塞ぎ、その後ろで弦が引かれる。
「奥から矢が来る!」
俺の声とほぼ同時に、エステルが応じる。
「土よ、守れ――《アース・ウォール》!」
土壁が立った。
矢が石へ当たって砕ける。
前からは斧。低い位置からは、跳ねるスライム。
《思考加速》の中で、別々の動きが見える。
斧を避ける。跳躍の着地点へ土を盛る。弓の次の狙いを読む。
考えは間に合う。
だが、足が思ったほど前へ出なかった。
ふくらはぎが張っている。
俺は剣を引き、攻める代わりに1歩下がった。
頭で処理できることと、身体ができることは違う。今まで何度も確かめたことだ。
「オスカー、そこまででいいよ!」
エステルの声がした。
エステルが短く詠唱を結ぶと、俺の前に水が走った。床すれすれに広がる流れが、魔物の足を濡らしていく。
その間も、シルヴィアの詠唱が続いていた。
「流れし水よ、凍てつく地となれ。我が敵の足を捕らえ、鋭き氷の牙をもって、その身を貫け――《グレイシャル・ファング》!」
白い霜が、濡れた床を駆けた。
足を取られたゴブリンの下から、氷の棘が突き出す。オークが踏み砕こうとした場所には、さらに太い1本が伸びた。
土壁の向こうで、弓が床へ落ちる。
俺たちのいる場所には、水も氷も届いていない。
範囲を決め、合わせた魔法だった。
「……2人とも、いつの間に」
「水をどこまで広げるか、練習した時に話したでしょ?」
「あなたが前で敵を集めてくださったので、使いやすかったですわ」
シルヴィアの頬は、少し上気していた。
「わたしも、まだ見せてない魔法があるんだからね」
エステルが俺を見て、得意そうに笑った。
頼もしい。俺も、驚いているだけではいられない。
*
4度目の群れを迎えた時、俺のレベルは44になっていた。
40を越えた時の通知は、《レアドロップ率上昇(小)》の獲得。嬉しい。ものすごく嬉しいが、今は戦闘中だ。宝探しへ気を取られたまま殴られるのは、ごめんである。
俺は表示を閉じ、踏み込む瞬間だけ《身体強化》を使った。
さっきまで押し負けていた剣が、オークの腕を弾く。
それだけで切り伏せられるほどの差ではない。
水弾で膝を崩し、身体強化をかけて踏み込む。オークが立て直す前に、剣が届いた。
1体を倒す。その動きのまま、次の棍棒を外す。
風を刃へ戻すのが、間に合う。
戦いの中で、何度も繰り返した動きだった。
俺は11振り目を放った。
風は、散らなかった。
「今の、さっきより速いよね?」
エステルが、横から来たゴブリンを撃ち抜きながら言った。
「少し、動きがつながってきた」
「少し、で済ませるんだ」
笑う声に、驚きも混じっていた。
10倍の補正に、連戦の経験が重なる。覚えた動きをすぐ次の相手へ試せることが、上達を早めていた。
ただし、汗は止まらないし、腕も重い。
レベルが上がったからといって、疲れまで消えるわけではない。
80体目が光になったところで、俺たちは柱の陰へ下がった。
灯りは、残り1つ。
シルヴィアが魔力回復ポーションを取り出す。エステルも1本受け取った。
「まだ残っていますけれど、今のうちに補いますわ」
「そうだな。次が最後とは限らない」
俺も収納から、自分の予備を取り出した。
(小)になった回復促進でも、剣への風と身体強化を重ねる消費には追いつかない。今は、もったいないと言っている時ではなかった。
短い休息のあと、5度目の光が生まれた。
並んだのは、19体のオークだった。
今度は、1体少ない。
*
「正面を、2列に分ける!」
土を盛り上げ、進んでくる群れの真ん中へ低い壁を作る。
止めきる高さはいらない。
左右に分かれたところへ、エステルが炎を走らせた。
「炎よ、道を焼き払え――《クリムゾン・ロード》!」
赤い帯が、片側の列だけを包む。残る側へは、シルヴィアの氷槍が飛んだ。
俺は2つの魔法が途切れる場所へ入り、抜けてくる相手を受け持つ。
振り下ろされる斧を外し、膝を突く。
左から来る1体には、顔へ水弾。
右手の剣へ風を集め直し、その脇を斬り抜ける。
魔物が減っていく。
最後の2体へ、エステルとシルヴィアの魔法が届いた。
99体。
広間には、俺たちの息遣いだけが残った。
「……終わった?」
エステルが、杖を下ろしかける。
俺は、奥を見た。
灯りが消えていない。入口を封じる光も、そのままだ。
「まだだ」
剣を握り直す。
地図の奥に、反応が生まれた。
今度は1つ。
床の模様から噴き上がった光が、太い柱よりも大きな影を作る。
これまでのオークより二回りも大きく、肩も胸も分厚い巨体。黒い鉄板で覆われた胸。額には、王冠に似た歪な角が並んでいた。
そいつが片手で持っている斧は、俺の背丈ほどもある。
《魔物鑑定》に、名前が浮かんだ。
オークキング。
「王様まで、お出ましか」
かすれた声で言うと、エステルが俺の隣へ立った。
シルヴィアも、杖を握り直す。
最後の1体が、ゆっくり顔を上げた。
広間の空気が震えるほどの咆哮が、俺たちへ叩きつけられた。
100体目。
どうやら、ここからが本番らしい。




