第24話 隠し部屋
翌日の昼休み、また3人がやってきた。
場所は、図書室へ続く回廊。俺たちは借りた本を返すため、授業で使ったノートと一緒に抱えて歩いていた。
「少し、時間をもらえるか」
ヴィンセントが言う。
後ろのブルーノとフェリクスは、昨日より顔色がよかった。歩き方も落ち着いている。それなのに、3人とも、どこか緊張していた。
「足と脇腹は、その後いかがですか?」
シルヴィアが聞くと、ブルーノの背筋が急に伸びた。
「だ、大丈夫です! 昨日はありがとうございましたっ!痛みも、ほとんどありません!」
「それはよかったですわ。でも、もう少し体を休めてくださいね」
「はい!」
騎士団の点呼だろうか。
フェリクスも、眼鏡を直しながら礼を言った。
「おかげさまで、よく眠れました。本当に、ありがとうございました」
ヴィンセントが2人を見てから、1歩前へ出る。
「昨日は助けてもらった。改めて、3人から礼を言いたい」
3人が揃って頭を下げた。
それから、俺へ小さな袋が差し出される。中で、硬貨の触れ合う音がした。
「昨日、俺たちが得た取り分だ。受け取ってくれ」
「分配は、ギルドで済ませただろ?」
「それとは別だ。3人で話して決めた」
ヴィンセントの目は、まっすぐだった。
「俺たちだけなら、これを持って帰ることもできなかった。礼の1つくらい、させろ」
ブルーノとフェリクスもうなずいた。
命の値段を決めたいのではないのだろう。助けられて、何かを返したい。その気持ちまで断ることもない。
俺は、隣の2人を見た。
「3人へのお礼として、受け取っていいか?」
「うん。次の冒険に使わせてもらおうよ」
「ええ。お気持ち、ありがたく頂戴しますわ」
俺は袋を受け取った。
「ありがとう。大事に使わせてもらう」
ヴィンセントの肩から、少し力が抜けた。
だが、シルヴィアが微笑んだ途端に、また固くなる。
茶色い髪へ窓の光が差し込み、柔らかな色を作っていた。整った顔に穏やかな笑みを浮かべると、確かに、人目を引く。
彼女が俺に向ける、少しむっとした顔とは、また違う表情だ。
……なるほど?
*
「昨日の魔法も、見事でした」
フェリクスが、今度はエステルへ向き直った。
「2本の水槍を別々に動かすなんて。しかも、あんなに短い詠唱で」
「ありがとう。分けてからも、それぞれに魔力を流すと動かしやすいよ」
「そ、それぞれに……はい」
いつもなら、さらに質問しそうなところだった。
ところが、エステルが首をかしげると、フェリクスの言葉が止まった。
銀色の髪が肩を滑り、澄んだ目が彼をまっすぐ見つめる。近くで見る彼女は、何度会ってもはっとするほど可憐だった。
「どうしたの?」
「いえ。その、きれいだったので」
フェリクスが、慌てて続ける。
「魔法が! 水槍の形が、とても!」
「うん。狙った形になると、わたしも嬉しい」
エステルは楽しそうに笑った。
フェリクスは、また眼鏡を直した。
さっきから、ほとんどずれていないと思うのだが。
シルヴィアが抱えていた本を持ち直す。
「先に返してきますわ。オスカー、あなたの本もお預かりします」
「ありがとう。頼む」
「わたしも、新しく借りたい本があるんだ。すぐ戻るね」
2人が図書室へ入っていく。
その姿が扉の向こうへ消えるまで、3人の視線は、ほぼ同じ方向を向いていた。
俺は、少し声を落とした。
「君たち、さっきから緊張しすぎじゃないか?」
「お前が平気すぎるんだ」
ブルーノが、小声で返した。
「あんなふうに微笑まれたら、何を言うつもりだったか分からなくなるだろ」
そういうものらしい。
「昨日、治してもらった時は、本当に物語の聖女様みたいに見えたんだ。もう駄目かと思ってたところへ、あの顔で、大丈夫だって……」
ブルーノは自分の左腿へ手を置いた。
「あんな人、いるんだな」
うん。そこにいる。
君が崇めている間にも、借りた本の返却を済ませているはずだ。
「ヴィンセントも、分かるだろ?」
「俺に振るな」
「こいつは、昨日からじゃないからね」
フェリクスが言った。
ヴィンセントの顔が、勢いよくそちらを向く。
「おい」
「ラングレー嬢のこと、中等部の頃から好きなんだよ」
「フェリクス!」
声が響き、図書室の方へ目をやってから、ヴィンセントが慌てて口を閉じた。
耳が赤い。
やはり!さっきの反応は、そういうことだな。
「お前だって、殿下を見て固まっていただろうが」
「それは……そうだけど」
フェリクスは、否定しなかった。
「魔法がすごくて、ずっと見ていたくなったんだ。今日、話したら、もっと……」
途中で止まり、彼も扉を見る。
憧れから始まって、本人にも惹かれてしまったらしい。
3人とも、好みはそれぞれだ。
ただ、向いている先が、随分と狭い範囲に集まっている。
学院屈指の美少女2人とパーティを組めば、こうなる。うん、想定内だ。
……こうして本人たちから相談されるところまで、準備していたかは別として。
*
「でも、ヴィンセントは、君のことも気にしているからね」
フェリクスが話を変えた。
変えた先も、本人にとっては困る話だったらしい。
「もう黙れ」
「決闘、見に来ていただろう?」
「ああ。何度か姿は見たよ」
「あの時、応援していたんだ。君を」
俺はヴィンセントを見た。
彼は、回廊の柱を見ていた。
「周りの男子が、みんな相手を応援していた時もな」
ブルーノまで、話に加わった。
「槍の時なんか、『そこで下がるな』『足を見ろ』って、ずっと小声で言ってたぞ」
「弓の時も。君が避けたら、こっそり拳を握っていた」
「余計なことを言うな!」
ヴィンセントが、2人をにらむ。
俺は、まばたきをした。
「そうだったのか」
「違う。俺に勝っておいて、他の奴に負けるなと思っただけだ」
「『俺以外に負けるな』って言っていたものね」
「だから、それを言うな!」
応援の仕方まで、不器用らしい。
周りの声が大きくて、そこまでは聞こえていなかった。
「ありがとう。次も、頑張るよ」
俺が言うと、ヴィンセントは完全にそっぽを向いた。
そこへ、図書室の扉が開く。
「お待たせ。……何の話?」
エステルが顔を出すと、フェリクスがぴたりと黙った。
シルヴィアも、3人を見比べる。
「まだ何か、お話がありました?」
「い、いえ。もう済みました」
ヴィンセントが頭を下げる。
「行くぞ」
「ああ。じゃあ、またな、オスカー」
「うん。また」
3人は、妙に足並みを揃えて去っていった。
昨日は命の危機を切り抜けたというのに、今日は同級生の笑顔に揃って動揺している。
15歳というのは、忙しい年頃らしい。
「何か、笑ってない?」
エステルに聞かれ、俺は笑みを収めた。
「あれだけ話せるなら、もう大丈夫そうだなと思って」
「ええ。安心しましたわ」
シルヴィアが微笑む。
その笑顔を見て、さっきの3人が言葉に詰まっていた理由が、少し分かった。
*
その日の放課後、俺たちは第4層の探索を進めた。
合流する通路では、先に反応を確かめる。岩の向こうから別の群れが近づいている時は、2つを正面で迎えられる位置へ移った。
昨日、何があったかを知っている。それも、今日の判断に使える。
戦いそのものには、十分な余裕があった。
その日の討伐でレベル30に届くと、新たな通知が浮かんだ。
【成長恩恵】《身体強化LV1》獲得
足を止め、剣を下げてから試す。魔力を身体へ巡らせると、脚が地面を押す力が増した。軽く踏み出したつもりが、半歩先まで進んでしまう。
「おっと……」
「急にどうしたの?」
「身体強化が使えた。少し、距離を確かめたい」
何度か歩幅を確かめてから、次の魔物へ向かう。突進を土でずらし、横へ回った。その後の踏み込みが、今までと違う。相手が向き直る前に、剣が脇へ届いた。
速く考えるだけだった俺の身体が、少し追いついてきたのだ。
ただし、かけ続ければ魔力が減る。移動中は解除し、斬り込む瞬間に使う。その切り替えも、剣と一緒に練習していこう。
試すたび、《身体強化》の熟練度も増えていた。次の恩恵を待たなくても、使って鍛えれば上がる。剣と魔力操作に加えて、磨きたいものがまた1つ増えた。
エステルとシルヴィアは俺がまた新たに力をつけたことに驚いていた。
翌日には、第5層へ入った。
入り組んだ道を1本ずつ確かめ、《探索マップ》の空白を埋めていく。
さらに3日、俺たちは学院の授業と鍛錬を続けながら、第5層までの探索を重ねた。
新しく足を踏み入れる場所が減るほど、迷宮の中で使える時間は増えた。
迷わず移動し、戦いやすいところで魔物を迎える。回収物はマジックバッグへ。戻る時には、すでに確かめた短い道を選ぶ。
第5層の通路も、枝道も、小部屋も、1通り歩き終えた。通い直すうちに、どの場所で魔法を使いやすいかまで分かってきた。
「次の角の先、少し広いよね」
エステルが言う。
「ああ。向こうから来る3匹を、そこで迎えよう」
「では、わたくしは左から狙いますわ」
短い相談だけで、3人の位置が決まる。
エステルの風が魔物の足を払い、シルヴィアの氷槍が硬い胴を撃ち抜く。俺は残った1匹へ踏み込み、剣と魔法で仕留めた。
誰も、息を切らしていない。
同じEランクの札で入れる範囲でも、この2人には余裕がある。そして、俺もその隣で、できることを増やしていた。
*
レベルは38。《剣術》は、Lv6になった。《全属性魔力操作》はLV4、獲得してから繰り返し使った《身体強化》もLV2へ上がっている。
もう、踏み込み過ぎて止まれなくなることはない。斬る瞬間に腕へ、離れる瞬間に脚へ。必要な場所だけ強めると、魔法剣へ残せる魔力も増えた。
風の魔法剣も、10振りまでは形を保てる。振り終えた後に乱れていた風を、次に構えるまでに整えられるようになってきた。
水弾を撃ってから斬る。土で足をずらしてから突く。
考えた順番に、身体と魔法がついてくる場面が増えた。
10倍の補正は変わらない。だが、使える手段が増えるほど、1度の戦いで試せることも増えている。
俺だけではない。
昼休みの練習では、エステルが詠唱せずに、小さな水玉を数呼吸保てるようになった。続けてできることも増え、失敗すると、できた時との違いを俺へ聞いてくる。
シルヴィアは、短い詠唱を《フロスト・アロー》の名で結び、細い氷の矢を作れた。大きな氷槍や回復にはまだ元の詠唱を使うが、少しずつ、省ける言葉が増えている。
俺も、自分の指先にできた小さな切り傷なら、最後まで塞げるようになった。
「今のは、途中で光が散りませんでしたわね」
「君に教わった、流す場所の絞り方が分かってきた」
「でしたら、次も同じようにできるか確かめましょう」
そう言って、シルヴィアは嬉しそうに俺の手を見た。
次の機会まで、その感覚を覚えておく。
レオノーラとの決闘までは、まだ3週間ほどある。
少し前なら動かせなかった土を、今は狙った幅だけ動かせる。だからといって、あの剣姫にも同じように通じると考えるほど、楽観的ではない。
それでも、試せることは確実に増えていた。
*
「ここも、1通り見たね」
第5層の細い通路を歩きながら、エステルが言った。
前方には、突き当たりの岩壁。端に白い結晶が3本並び、根元には小さな窪みがある。
何度か来た場所だった。
「次は、Dランクの審査について相談してみるか」
「そうですわね。第6層へ下りるには、先に認定が必要ですもの」
第5層へ入ったことと、白晶を攻略したことは別だ。最深部のボスへ挑むには、まだ先がある。
俺は、戻る道を確かめようとした。
そこで、足が止まった。
《探索マップ》に、見慣れない線がある。
「オスカー?」
エステルの声を聞きながら、もう1度、目の前の岩壁を見た。
結晶は3本。窪みの位置も同じだ。
扉はない。横へ抜ける隙間もない。
それなのに、地図では壁の向こうへ、四角い空間が張り出していた。
前にここを確かめた時には、なかった輪郭だ。
「……この壁の向こうに、部屋がある」
2人が、岩壁へ目を向けた。
「奥にも道が続いていたんですの?」
「道というより、1つの部屋だ。表から入れる場所は、見当たらないけど」
今いる場所の近くにある空間が、地図に映っている。
その中には、いくつもの反応があった。
4匹や6匹ではない。部屋の輪郭の内側に、魔物の反応が、密に重なっている。
知らずに壁を開けたら、驚くどころでは済まないだろう。
「中に、かなりの数がいる」
俺が伝えると、シルヴィアが杖を持ち直した。
エステルは、目を輝かせながらも、壁へ伸ばしかけた手を止める。
「隠し部屋……?」
「その可能性はありそうだ」
ずっと隠されていたものが、今、地図に映ったのか。それとも、前に来た時には本当に存在していなかったのか。
そこまでは、分からない。
だが、見える景色と地図が違うことには、気づけた。
何度も歩いた道を記録していたからこそ、今日の違いが分かったのだ。
「魔物がたくさんいる隠し部屋なら、読んだことがあるよ」
エステルが言った。
「中の魔物を倒すと、珍しい魔道具や宝石が手に入るんだって。普通の通路では見つからないようなものが」
そこで、エステルの声が少し真剣になった。
「ただし、1度入ると入口が封じられるの。攻略が終わるまで、外には出られないんだって」
「途中で引き返すことは、できないのか」
「うん。魔物が何度かに分かれて現れる部屋もあるから、最初に見える相手を倒しただけでは終わらないこともあるよ」
なるほど。疲れたら通路へ戻って休む、という手は使えないわけだ。
「宝目当てに入って、戻れなかった冒険者の話もありましたわ」
シルヴィアは、岩壁から少し距離を取る。
大量の魔物。その先にある、希少な宝。
前世のゲームで、聞き覚えのある組み合わせだ。
モンスターハウス。
なるほど。隠し部屋のお約束まで、用意されているらしい。
「開ける前に、調べよう。中にいるものも、入口の仕組みも、まだ分からない。入るかどうかは、分かることを確かめてから決めよう」
「うん。でも……よく見つけたね」
エステルが、壁と俺を交互に見た。
「わたし、このまま引き返すところだった」
「わたくしもです。帰り道だと思って、見直しもしませんでしたわ」
俺は、四角い輪郭を見つめた。
地図が埋まれば、もう知っている場所になったつもりでいた。
けれど、白晶はまだ、俺たちの見ていないものを隠していた。
壁の向こうで、魔物の反応が1つ、こちらの壁際へ動く。
俺は剣の柄へ手を置いた。
この先にあるのは、今までの周回とは違う。
1度踏み込めば、帰るためにも、最後まで勝ち抜かなければならない。




