第23話 3人とも、連れて帰る
「右は、俺が受ける!」
飛び込んだ俺を見て、ヴィンセントの目が見開かれた。
「オスカー……?」
答える代わりに、鉄剣を振る。
フェリクスへ回り込もうとしていた岩爪狼が、こちらを向いた。硬い前脚で刃を受けようとする。
その足が上がるところは、第3層で見た。
剣を止め、鼻先へ水弾を当てる。狼が反射的に顎を引いた。その隙に身体を寄せ、風をまとわせた切っ先を、喉の下へ突き入れた。
引き抜くと同時に、横へ退く。
エステルが俺の後ろへ入り、窪みを背にして杖を構えた。
「風よ、押し返せ――《ゲイル・プレス》!」
俺たちの脇を抜けた風が、正面の狼たちを押し戻す。爪が床を削り、灰色の毛が大きくなびいた。
俺たちの背後へ、シルヴィアが駆け込む。
「治療します。2人をお願いしますわ」
「任せて」
エステルが杖を振り、横の通路へ向けた。
「土よ、壁となれ――《アース・ウォール》」
低い壁が立ち上がる。そちらから窪みへ回り込もうとしていた1匹が、足を止めた。
俺はヴィンセントの右へ並ぶ。
「2人には、シルヴィアがついた。こっちは一緒に抑えよう」
彼は一瞬だけ後ろを見た。
フェリクスのそばへ膝をついたシルヴィアが、詠唱を始めている。ブルーノも、その姿を見て、盾を持ち上げようとしていた手を止めた。
「……分かった。左は俺がやる」
ヴィンセントの剣先が上がった。
狼たちが、もう1度飛び出してきた。
右の1匹を引き受けながら、《並列思考》で土壁の側にも意識を残す。正面で引きつけられている間に、横を抜かせるつもりはない。
牙を外し、前脚の爪を剣で流す。
まともに打ち合えば、刃を傷める。少し角度をつけるだけで、爪は剣の腹に沿って滑った。
俺は踏み込みを深くせず、相手の足元へ土を盛る。
着地がずれた。
風を沿わせた剣が、首の横を捉える。狼は横倒しになり、白い粒へほどけ始めた。
隣では、ヴィンセントが1匹の突進を受け流していた。
ここまでなら、さっきも見た動きだ。
今度は、続きがあった。
「右は任せたぞ!」
「ああ!」
俺の返事と同時に、彼が踏み込む。
剣が低く走った。狼が振り返るより早く脇へ回り、次の1振りで仕留める。
速い。腕が震えるほど戦ったあとでも、その足と剣には、積み重ねてきたものが残っていた。
俺は、彼の空けた側へ剣を向ける。
土壁に阻まれていた狼へ、もう1匹が合流した。2匹が壁の端から回り込んでくる。
「水よ、槍となれ――《アクア・ランス》」
エステルの杖の前に、2本の水槍が並ぶ。
同時に放たれたそれは、別々の狼へ向かった。1匹が横へ跳ぶ。その先へ、片方の水槍がわずかに向きを変える。
どちらも、届いた。
逃げる方向を見て、飛ばした後まで直している。
「……2つを、同時に?」
後ろで、フェリクスのかすれた声がした。
「しゃべらずに、楽にしてくださいませ」
シルヴィアの声が続く。
最後の1匹が、土壁を蹴った。正面を避け、エステルの側へ跳ぼうとする。
彼女は、慌てなかった。
「風よ、刃となれ――《ゲイル・エッジ》」
跳躍の頂点を、風が横切る。
狼は着地する前に力を失った。
エステルは杖を構えたまま、通路の奥へ目を向ける。俺も《探索マップ》で近くの反応を確かめた。
追加は、来ない。
「今は、ほかにいない」
伝えると、ヴィンセントの肩が大きく下がった。
剣先が床へ落ちかけ、彼は慌てて持ち直す。
俺が腕へ手を添えると、ようやく息を吐いた。
「……助かった」
その声には、まだ余裕がなかった。
「後ろを見てやってくれ。周りは俺たちが確かめる」
彼はうなずき、2人の方へ向かった。
*
フェリクスの脇腹に、淡い光が集まっていた。
布の隙間から見えていた傷が、癒やしの光に包まれて塞がっていく。
彼女は魔力を途切れさせず、フェリクスの呼吸を見た。
「ゆっくりで大丈夫です。もう、戦わなくてよいのですから」
浅く繰り返していた息が、少しずつ落ち着く。
「……痛みが、減ってきた」
「ええ。そのまま、もう少し」
傷が塞がった後も確かめ、それからシルヴィアはブルーノへ向き直った。
「お待たせしました。手を離せますか?」
「は、はい」
ブルーノが、左腿を押さえていた手をゆっくり外す。
「癒やしの光よ、我が魔力を受けて傷を包め。損なわれた身を癒やし、痛みを鎮めよ――《セイクリッド・ヒール》」
今度は腿へ、温かな光が広がった。
俺が自分の掌にできた擦り傷を治す時とは、まるで違う。傷の広さも、流す魔力も大きいのに、光は必要な場所へまとまっている。
ずっと練習してきたことが、今、2人を救っていた。
ブルーノの強張っていた顔が、ゆっくり緩む。
「……動く」
膝をわずかに曲げ、彼は自分の足を見た。
「まだ急に立たないでください。血も流していますし、痛みが消えたからといって、すぐ走ってよいわけではありません」
「分かった。……ありがとうございます」
ブルーノは、深く頭を下げた。
シルヴィアはようやく表情を和らげ、小さくうなずく。
「帰るところまで、ご一緒しますわ」
エステルが、俺のそばへ戻ってきた。
「そっちの通路も、見えるところには何もいなかったよ」
「ありがとう。魔力は?」
「まだ十分ある。帰りも任せて」
答える声は、普段どおりだった。
*
「何があったんだ?」
2人の呼吸が落ち着いたのを見て、俺は聞いた。
ヴィンセントが、通路の先へ目を向ける。
「最初は3匹だった。2匹倒したところで、横の通路から5匹来た」
「気づいた時には、近かったんだ」
フェリクスが、杖を膝へ置いた。
「僕が詠唱しているところへ回り込まれた。ブルーノが間に入ってくれたけど……」
「盾で1匹は止めた。もう1匹の方で、足をやられた」
ブルーノは、破れた服へ目を落とした。
「そこから先は、ヴィンセントが2人をここへ寄せて、ずっと前で受けてくれていた」
「追い詰めた1匹に、意識を向けすぎた」
ヴィンセントが言った。
「あと少しで倒せると思った。横を見るのが遅れたんだ」
「俺も、すぐ戻れるから大丈夫だと思っていた」
ブルーノが続ける。
「入口に近ければ、すぐ助けが来るわけじゃないんだな」
誰か1人を責める声ではなかった。
3人とも、何が起きたかを、ちゃんと言葉にしようとしていた。
「そこは、帰ってからもう1度考えよう。今は、立てるか確かめたい」
俺が言うと、ヴィンセントがブルーノへ肩を貸した。
俺はフェリクスの腕を支える。
ゆっくり立ち上がった2人は、その場で足を動かしてみた。傷の痛みは引いているが、まだ顔色はよくない。
今日は、これ以上潜る日ではなかった。
「僕たちのせいで、探索を切り上げさせてしまうね」
「もともと、少し見て戻る予定だった。3人とも、一緒に帰ろう」
フェリクスは、うつむきかけてから、俺を見た。
「……うん。ありがとう」
*
「荷物は、こっちへ入れよう」
エステルが、王家のバッグを開いた。
ブルーノが、目を丸くする。
「盾も、ですか?」
「うん。怪我した足で、背負って歩かなくていいよ」
盾と2人の荷袋を預かり、バッグへ収める。今日の回収物を入れても、まだ余裕はあった。
フェリクスは、礼を言ってから、俺の方へ小さく首を傾けた。
「君たち、本当に僕たちと同じEランクなんだよね」
「そうだな」
「……そうだよね」
彼の視線が、エステルとシルヴィアを順に追った。
登録して間もない天才2人と、10倍の成長で追いかけている転生者。同じ札を持っていても、中身まで揃うわけではない。
もちろん、後半は言えない。
拾える範囲の魔石と爪を手早く回収し、俺たちは帰路についた。
第4層の入口へは、さっき通った道を戻る。そこから上は、《探索マップ》に残った経路を使えばいい。
シルヴィアは2人の歩き方を見ながら進み、エステルが後ろにも気を配る。ヴィンセントはブルーノの側を離れなかった。
「この先を左。その後は、広い通路へ出る」
第3層で俺が言うと、フェリクスが顔を上げた。
「地図、見なくていいの?」
「通って確かめた道だから、大丈夫だ」
俺の目には見えている、という説明は省く。
実際に広い通路へ出ると、彼は来た方を振り返った。
「僕たちが下りてきた時より、短い……」
「今日、ここにつながる道を見つけたんだ」
「戦いながら、そういうことまで確かめていたんだね」
エステルが、後ろから笑った。
「助かるでしょう? わたしたちも、いつも助かってる」
シルヴィアもうなずいた。
「今は、早く戻れることが、何よりですわ」
行きに見つけた近道が、怪我をした2人の歩く時間を短くしていた。
*
地上へ出ると、まだ空に夕方の明るさが残っていた。
ブルーノが、深く息を吸う。
「……帰ってきた」
フェリクスも、門の外を行き交う人を、しばらく見ていた。
さっきまで、1人で立つことも難しかった2人が、今は同じ景色を見ている。
その隣で、ヴィンセントがようやく口元を緩めた。
ギルドでは、第4層のどこで群れが重なったのかを報告した。ヴィンセントが経緯を説明し、フェリクスが補う。
エマさんは場所を確かめ、3人の話を記録してくれた。
「ご無事でよかったです。今日はゆっくり休んでくださいね」
「はい」
3人の返事が揃った。
預かった荷物を返し、回収物の確認を済ませる。売却や分配も、混ざらないよう、それぞれが持ち込んだものと救援時の回収分を分けてエマさんへ伝えた。
俺はその間に、自分の状態を確かめる。
レベル28。《剣術》はLv5。
今日も、強くなれた。
ただ、今いちばんほっとしている理由は、その数字ではなかった。
*
ギルドの外へ出たところで、ヴィンセントが俺を呼び止めた。
「オスカー」
振り向くと、彼は背筋を伸ばした。
エステルとシルヴィアにも向き直る。
「殿下、ラングレー嬢。2人を救っていただき、ありがとうございました」
「間に合ってよかったよ」
「まだ休養は必要ですから、無理をさせないでくださいませ」
「はい」
ヴィンセントは礼をしてから、もう1度俺を見た。
「お前にも、礼を言わせてくれ。助かった」
「ああ」
「それと……」
言葉が止まる。
俺は、続きを待った。
「お前がやっていたことを、まともに見ていなかった。戦っている時だけ見て、役に立たないと決めつけた」
視線が、俺の剣から顔へ戻る。
「悪かった」
短い言葉だった。
だが、昼にあれほど遠回りしていた男が、自分でそこまで言った。
「分かった」
俺も、彼を見て答える。
「今日、2人を守っていたのは見たよ」
「……それは」
「俺たちが着くまで、よく持ちこたえたな」
ヴィンセントの口元が、わずかに歪んだ。
笑いかけたのか、それとも別のものをこらえたのかは、分からなかった。
「置いていけるか。俺の仲間だぞ」
「ああ。だから、3人とも帰ってこられた」
横で、ブルーノが鼻をすすった。
「お前、迷宮でも、同じようなことを言ってたよな」
「何度も言わせるな」
「聞けてよかったよ」
フェリクスが笑う。
ヴィンセントは、今度こそ横を向いた。
俺も、少し笑ってしまった。
「今日の借りは、返す」
彼が言った。
「まずは休めよ。2人だけじゃなく、ヴィンセントも」
「分かっている。……それから、また鍛える」
こちらへ向き直った目には、もう力があった。
「次は、俺たちが助ける側だ」
「その時は、頼む」
差し出された手を握った。掌には、俺よりずっと硬い部分があった。
元のパーティへ戻る話は、誰もしなかった。
俺たちには俺たちの道がある。あいつらにも、あいつらの目指す場所がある。
その先でまた会った時、今日とは違う形で、一緒に戦うこともあるのだろう。
元仲間を助ける展開なら、想定していた。
次に会うのが少し楽しみになるところまでは、考えていなかった。




