第22話 フラグ
昼休み、中庭のベンチでパンの包みを開いたところだった。
「オスカー。少し、いいかな」
顔を上げると、フェリクスが立っていた。隣にはブルーノ。その少し後ろに、腕を組んだヴィンセントがいる。
3人揃って来るのは、久しぶりだ。
こちらの隣には、エステルとシルヴィアが座っている。フェリクスたちは2人へ挨拶してから、改めて俺を見た。
「食事中に、ごめん」
「構わないよ。何かあったか?」
「前に聞きたかったことを、まだ聞けていなくて」
フェリクスが眼鏡を押し上げる。
「君がパーティを抜けた日、1人で何をするつもりなのか、聞こうと思っていたんだ」
なるほど。あの日の話か。
追放された足で薬草を採りに行き、王女を助け、王城へ招かれた。予定表に書いたら、途中から誰かのいたずらを疑う1日だった。
「図書室でも、いろいろ調べていただろう? 試したいことがあるって」
「覚えてたのか」
「うん。あの時、ちゃんと聞いておけばよかったと思っていた」
ヴィンセントが、横を向いたまま口を開いた。
「俺は、こいつらについてきただけだ」
まだ何も聞いていない。
「そうか」
「お前の予定を聞きに来たわけじゃない」
「分かった」
俺がフェリクスへ向き直ると、ヴィンセントの視線も、少しだけ戻ってきた。
気にはなるらしい。
「魔法を、もっと使えるようになりたかったんだ。覚えたことを実際に試して、自分に何ができるか確かめたかった」
「採取も、そのため?」
「ああ。戦うだけが稼ぐ方法じゃないからな。依頼を選んで、少しずつできることを増やそうと思ってた」
父の借金は、今も残っている。
だが、いつまでも、支援が途切れないよう誰かの顔色を見て暮らすつもりはなかった。自分で稼いで、自分で行く場所を選べるようになりたい。
「自分の力で、やっていけるようになりたかったんだよ」
フェリクスは、1度うなずいた。
「……そっか。もう、決めていたんだね」
「ただ、1人の予定は、すぐ変わったけどな」
「わたしが入ったからね」
エステルが、楽しそうに言った。
「それから、わたくしも」
シルヴィアが柔らかな微笑みで続ける。
近くのベンチから、小さな声がした。
「くっ、あんなこと言われてみたい……」
「俺も1人で採取に行けば、何か変わるかな」
「まず薬草を見分けられるようになれよ」
それは、ぜひ覚えてから行ってほしい。
*
「それと、もう1つ」
フェリクスの声が、少し低くなった。
「道具の準備も、手当ても、助かっていたよ。今さらだけど、ちゃんと言っておきたかった」
ブルーノも、後頭部をかいた。
「あの布、うまく畳めなくてな。最初は袋が閉まらなかった」
「厚い方を先に折ると、膨らむんだ」
「ああ。それは、何度かやって分かった」
そこで2人とも、少し黙った。
「君を外す話を、止めなかった。準備のことまで、あまり考えていなかったと思う」
フェリクスは、俺から目をそらさずに言った。
「ごめん」
言うのに、少し時間が要ったのだろう。
「分かった。言ってくれてありがとう」
戻るつもりはない。それでも、していたことを認めてもらえるのは、悪い気分ではなかった。
「今は、分担できてるのか?」
「うん。準備にかかる時間も、だいぶ短くなった」
「薬を買う店も見つけたぞ。店の親父が、やたら説明するんだ」
ブルーノの言葉に、俺は笑った。
「聞いておいた方がいい。使い方を間違えると、もったいないからな」
「毎回言われてる」
ヴィンセントは黙っていた。だが、2人の話を遮ることもしなかった。
やがて、視線が俺の手元へ落ちる。
「……剣は、続けているんだな」
掌には、鍛錬で硬くなり始めた部分がある。
「ああ。魔法も、剣も」
「器用にやろうとして、どちらも半端になるなよ」
「そうならないようにする」
素直に答えると、彼は少し言葉に詰まった。
試合で1本取れたからといって、剣の積み重ねまで追い越したわけではない。それは、俺も分かっている。
「ヴィンセントも、毎日振っているんだろ?」
「当然だ」
今度の返事は早かった。
*
「僕たちも、今は第4層に向けて頑張っているんだ」
話が迷宮へ移ると、フェリクスの表情が少し明るくなった。
「昨日、第3層で下へ行く階段まで確かめた。今日は第4層の入口近くを見てくるつもり」
「もう、そこまで進んだのか」
「ああ。第3層では、だいぶ動けるようになった」
ブルーノがうなずく。
「俺が受けて、ヴィンセントが斬る。フェリクスが横から風を入れる。狭い場所でも、声をかければ動けるようになってきた」
新しい仲間は、まだ決まっていないらしい。
それでも、3人でできることを増やしている。荷物の持ち方から戦い方まで、あちらも少しずつ変えているのだろう。
「第5層で実績を積んで、Dを目指す。そのためにも、まず第4層だ」
ヴィンセントが言った。
「お前たちは?」
自分から聞いたあとで、口元がわずかに動いた。
予定を聞きに来たわけではなかったはずだが、そこには触れないでおく。
「今日は第3層へ行くつもりだ。階段は、一昨日見つけた」
「そうか」
「順調なら、その先も少し見てみたいね」
エステルが言い、俺も、そうだなと答えた。
フェリクスは、ほっとしたように笑った。
「同じ日に潜るなら、どこかで会うかもしれないね」
ああ。
今、フラグが立ったな。
前世で読んだ物語なら、元仲間との再会には何かがつきものだ。今日は、すれ違って挨拶するだけで済んでほしい。
「お互い、無理はしないでおこう」
「分かってる。入口近くだけだよ」
フェリクスが答え、3人は校舎へ戻っていった。
最後にヴィンセントが、俺たちの方を1度だけ見る。
「何か、気になりますの?」
シルヴィアが聞いた。
「いや。あいつらも、ちゃんと前へ進んでるんだなと思って」
それは、本当だった。
もう1つの予感は、胸へしまっておいた。
*
放課後、《白晶迷宮》の第2層は、前回よりずっと短く感じられた。
分岐で立ち止まらず、通った道をつないで進む。魔物が近づけば、先に位置を伝え、戦いやすい場所で迎える。
《探索マップ》に残った道のおかげで、第3層への階段へ迷わず着いた。
「もう着いちゃった。最初にここまで来た時とは、全然違うね」
「探す時間がいらないからな」
「その分、下を見て回れますわね」
3人でうなずき、階段を下りる。
*
第3層は岩陰が多く、曲がり角の先を見通しにくかった。
俺は入口の位置を確かめ、剣の柄へ手を添えた。
「右の岩の向こうに4つ。こっちへ来る」
2人が杖を構える。
やがて、硬い爪が床を叩く音がした。
現れたのは、灰色の毛に覆われた狼だった。前脚が太く、爪の根元まで岩のようなものに覆われている。
《魔物鑑定》で、岩爪狼という名を確かめた。資料で見た、第3層から現れる魔物だ。
1匹が中央を進み、2匹が左の岩沿いへ回る。残る1匹は右側で低く身を伏せ、こちらを窺っていた。
「左2匹、お願い。俺は右へ出る」
「うん」
鉄剣を抜き、右へ踏み出す。近づく狼の進路に小さな土の出っ張りを作り、飛び越す先へ剣を構えた。速さを競わず、来る場所を絞る。
エステルの杖が、左へ向いた。
「風よ、刃となれ――《ゲイル・エッジ》」
岩の陰へ回り込む寸前の1匹を、風が捉えた。白い粒へ変わり始めた身体を飛び越そうとした2匹目へ、彼女はもう狙いを移している。
「水よ、槍となれ――《アクア・ランス》」
着地する前に、水槍が届いた。
その間、シルヴィアは正面を見据え、詠唱していた。
「氷よ、我が魔力を受けて集え。鋭き槍となり、眼前の敵を貫け――《フロスト・ランス》!」
中央の1匹が床を蹴る。
飛び出したところへ氷槍が突き刺さった。太い前脚ごと身体が押し戻され、岩の手前へ倒れる。
残った1匹は、右へ出た俺を狙ってきた。
顎が開く。
《思考加速》の中で、その踏み込みを見る。身体を捻り、鉄剣を首へ向けると、狼は前脚で刃を払おうとした。
爪の硬さは、資料で読んでいる。正面からぶつけず、剣を引いた。
同時に、着地する足の先へ、小さく土を盛る。
爪が床を捉える位置がずれた。傾いた胴へ横から風を当てる。
昨日、木像を相手に何度も合わせた動きだ。
魔物が踏み直すより早く、風を沿わせた剣を、首の横へ走らせた。
倒れた身体が、白い粒へ変わる。
俺は剣先を下げず、周囲を確かめた。近くに、新しい反応はない。
「……よし」
「土を動かしてから風を当てるまで、前より速かったね」
エステルが、杖を下ろした。
「昨日、直したところだからな」
「直すと、すぐ使うんだから」
少し呆れたように言ってから、彼女は笑った。
*
床に残った魔石と爪を拾い、先へ進む。
岩爪狼は第2層のトカゲより素早い。だが、来る方向が分かっていれば、こちらから位置を選べる。
エステルは、短い詠唱で次々に狙いを変えた。シルヴィアには、魔法を完成させる時間を作れる。
俺は剣で受け流し、土で足をずらし、水弾で動きを止める。2匹が続けて来た時は、片方を岩へ寄せ、もう片方から仕留めた。
風の魔法剣は、6振り目にも形が残った。
揺らぎが大きくなる前に、自分で解除する。保てた感覚を覚えておけば、次の練習で確かめられる。
戦うたびに、次に試したいことが増えていく。
通路の先で、2組の冒険者とすれ違った。互いに道を譲り、先ほど魔物がいた場所を伝え合う。
1組は岩の陰で地図を開き、分岐の数を確かめていた。
俺も視界の地図へ目を向けた。戦いながら進んできた道が、そこには途切れず残っている。
次の分岐で右へ入り、少し進んだところで、見覚えのある結晶を見つけた。先ほど通った、広い通路の向こう側へ出てきたらしい。
地図の線が、そこでつながる。
「帰りは、ここを通れば短くなる」
俺が振り返ると、エステルは来た道と前方を見比べた。
「あっちを回って、ここに出たの?」
「そう。次は、同じところを確かめなくて済む」
「じゃあ、帰りの時間が浮くね」
エステルが言うと、シルヴィアも先へ続く道を見た。
「その分、第4層への階段を探せそうですわね」
まだ、2人とも息は乱れていない。俺にも、体力と魔力は十分に残っている。
持ってきた水を飲み、回収した物を王家のバッグへ収めた。
確認したステータスは、レベル27。《剣術》はLv5のままだが、足の運びも、魔力の動かし方も、少しずつ変わっていた。
*
第4層への階段を見つけた時も、予定の折り返し時刻までには余裕があった。
「あった」
エステルが、嬉しそうに足を止める。
第3層の全てを歩いたわけではない。それでも、ここまでの道と、戻るための道は、きちんとつながった。
「今日は、第4層を少し見てから戻ろうか」
俺が聞くと、2人とも、うなずいた。
「賛成。魔力も、まだ十分あるよ」
「わたくしも大丈夫です。入口周辺を確かめるなら、帰る時間にも間に合いますわ」
許可されているのは第5層までだ。第4層へ進むことに、制度上の問題はない。
俺は剣の柄へ手を添え、足元と近くの反応を確かめながら下り始めた。
*
階段を下り、岩の張り出した通路へ入って間もなくだった。
《探索マップ》の端に、いくつもの反応が入ってきた。
1つ、2つ。その後ろにもいる。
岩壁の向こうに集まり、同じ方向へ押し寄せていた。先ほど相手にした群れより、多い。
「止まって」
2人が足を止める。
硬い音がした。
爪が床を叩く音とは違う。何か重いものを、金属で受け止める音だった。
続いて、低い声が響く。
「立つな、ブルーノ! フェリクスも、そこから動くな!」
ヴィンセントの声だった。
「でも、お前1人じゃ……」
言葉の途中で、再び金属が鳴った。今度は、石の上を何かが滑る音も混じる。
俺は2人を見た。
エステルは、もう杖を上げていた。シルヴィアも、声のした方へ視線を向けている。
フラグの回収が、早すぎる。
そんな考えは、次に響いた苦しげな声で吹き飛んだ。
「2人とも、力を貸してくれ」
「もちろん」
「ええ。行きましょう」
鉄剣を抜き、岩の張り出しを回り込む。
奥の窪みに、ブルーノが座り込んでいた。左腿の破れた服を押さえ、横へ倒れた盾へ手を伸ばしている。だが、持ち上げようとすると顔が歪み、身体が傾いた。
その隣には、フェリクス。
脇腹を押さえた手の下で、制服が赤く染まっていた。杖を握り直そうとしているが、息が浅い。唇が詠唱の形に動き、苦しげな呼吸で途切れる。
2人の前に立っているのは、ヴィンセントだけだった。
向かい合う岩爪狼は6匹。正面で牙をむくものの後ろから、別の1匹が横へ回り込もうとしている。
ヴィンセントの剣が、その鼻先を斬った。
狼が跳び退く。追えば、仕留められたかもしれない。
だが、彼は踏み込まなかった。反対側へ身体を返し、フェリクスを狙って低く跳んだ1匹の爪を、剣で弾く。
その間に、正面の狼が距離を詰めた。
倒しに行けば、後ろの2人が襲われる。退こうにも、2人ともすぐには動けない。
ヴィンセントは、窪みの前から離れられずにいた。
「俺たちを置いて――」
「黙れ!」
ブルーノの声を、ヴィンセントが遮った。
「2人とも連れて帰る。勝手に諦めるな!」
剣を握る腕が、震えていた。それでも、仲間へ伸びる爪を、もう1度払いのける。
俺を役立たずだと切り捨てた相手だ。それでも今、動けない仲間を見捨てずに戦っている。その姿まで、否定する気にはなれなかった。
俺は《思考加速》の中で、狼の位置と、2人のいる窪みまでの道を確かめた。
「エステル、狼を押し返してくれ。シルヴィアは2人の治療を頼む」
2人がうなずく。その目に、迷いはなかった。
ヴィンセントの隣へ踏み込む進路を見定めた。
今度は、あいつと剣を交えるためじゃない。
あいつ1人で守っている2人を、一緒に連れて帰るために。
床を蹴った。




