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第18話 白晶小迷宮第二層

 階段を下りきると、白い光が足元まで届いた。


「上と、少し違うね」


 エステルが辺りを見回した。


 銀髪の横顔に、結晶の光が映っている。新しい場所へ来られたことが嬉しくて仕方ないらしい。それでも、杖を持つ手は下げていなかった。


「足場を確かめながら進もう」


「ええ。階段の位置は、ここですわね」


 シルヴィアが振り返る。俺も《探索マップ》で、通ってきた道を確かめた。


 未踏の先まで全部見えるわけではないが、今いる周囲と、通った道は記録されていく。


 紙を広げて描き写す必要がなく、剣を持っている間も分岐が地図に残る。帰りには、その記録をたどればいい。


 似たような岩ばかりの迷宮で、これほどありがたい能力もない。


 昨日までは、この階段の前で引き返していた。


 今日は、その先へ行ける。


 たった1層の違いなのに、胸が弾んだ。


     *


 最初の曲がり角を越えたところで、石を引きずる音がした。


 通路の先に、灰色の塊が4ついる。


 石板のような鱗に、太い尾。大きいものは俺の背丈を超えている。


 《魔物鑑定》に浮かんだ名は、石甲トカゲだった。


 出発前に見た資料にも載っていた、第2層の魔物だ。背中と頭が硬く、尾による横薙ぎに注意、と書いてあった。


 なるほど。文字で見るより、ずっと尾が太い。


「右の1匹を俺が受ける。左の2匹はエステル、中央をシルヴィアに頼む」


 剣を抜きながら、2人へ付け加えた。


「少し、土と風の組み合わせを試してもいいか?」


「うん。後ろは見てるよ」


「尻尾の届くところへ、回り込みすぎないでくださいませ」


 俺は鉄剣を抜き、右へ寄った。


 石甲トカゲの頭が、こちらを向く。


 4本の脚が床を蹴った。見た目より軽快だが、踏み出す前の動きは見える。


 踏み出す前に横へずれ、向き直ろうとする鼻先へ風を当てる。開いた顎が、さっきまで膝のあった場所を通り過ぎた。


 首の横へ剣を振ると、硬い音とともに刃が滑った。鱗の向きに沿ってしまったらしい。手応えを覚え、剣を引く。


 頭を引いた魔物が、今度は身体を曲げた。


 尾が来る。


 《思考加速》の中で、俺は背後の床を確かめた。浅い溝を越えるだけの幅で退く。


 灰色の尾が剣先の下を通り、張り出した岩を叩いた。欠片が靴へ当たる。


 尾を振った直後は、首の横が空く。仕留める機会はありそうだが、今は足の動かし方を見ておく。


「風よ、刃となれ――《ゲイル・エッジ》」


 短い詠唱が、左から聞こえた。


 エステルの風が、跳びかかった1匹の前脚を払う。


 胴が傾いたところへ、もう1方が迫った。


「土よ、壁となれ――《アース・ウォール》」


 斜めに立った土壁へ、2匹目の頭がぶつかる。突進の向きが変わり、魔物は壁に沿って滑った。


 エステルは、その間に最初の1匹へ杖を向けている。


「水よ、槍となれ――《アクア・ランス》」


 細く絞られた水が、露出した喉を貫いた。


 魔物の姿が白い粒になり始める頃には、次の水槍が形になっていた。土壁から頭を引いた2匹目の、開いた口へ届く。


 速さも、狙う場所も、迷いがない。


 右の魔物が、低い音を立てる。


 俺は視線を戻した。


 2匹を相手に、息1つ乱していない。杖に集めた魔力にも、まだ余裕がある。


     *


 今度は剣に風を沿わせた。


 正面から斬りつけず、頭の脇へ短く振る。魔物が首を曲げ、刃を硬い額で受けようとした。


 俺は深追いせず、剣を引いた。


 続く噛みつきを外し、2振り目を前脚へ。


 鱗の間を切っ先が捉えた。脚を引いたところへ踏み込めそうだが、追撃はせず、また距離を取る。


 腹や喉は柔らかそうだ。しかし、低く構えられると剣が届きにくい。


 なら、姿勢を崩せばいい。


 横から、弱く絞った風を当てた。


 砂が流れ、魔物の背中を白い粉が滑る。


 石甲トカゲは、動かなかった。


 4本の脚を開き、腹を低くしている。この程度の風では、重い胴を横へ運べない。


 昨日の剣姫の足元が、頭をよぎった。


 ここで魔力を増やすのはやめておく。少ない力でも足を動かす方法を、身につけたいのだ。


「氷よ、我が魔力を受けて集え。鋭き槍となり、眼前の敵を貫け――《フロスト・ランス》!」


 シルヴィアの詠唱が終わった。


 大きな氷槍が、中央の1匹へ飛ぶ。


 魔物は頭を下げた。槍はその額へ正面からぶつかり、硬い鱗を砕いて奥まで突き抜けた。


 床へ霜が散る。


 シルヴィアはもう杖をこちらへ向け直し、俺の背後を確かめていた。


 工夫して柔らかい場所へ届かせるエステル。


 硬い場所ごと撃ち抜くシルヴィア。


 一般のEランク冒険者たちも通う階層だ。この2人の魔法なら、余裕があるのも当然かもしれない。


「もう終わっちゃった。そっちは、もう少し試す?」


「ああ。足を動かす時を見たい。少し待っててくれ」


「いいよ。使う魔力の量も見てるね」


 エステルは杖を構えたまま、通路の奥へも目を配った。


 俺にも体力と魔力は残っていた。こうして新しい技を試せるのは、2人と組んだ強みだ。


 剣の風を消す。今は維持する分の魔力を、別のことへ使いたい。


 俺は半歩近づき、魔物の鼻先へ小さな水弾を放った。


 石甲トカゲが、噛み砕くように口を開ける。


 飛び散る水の向こうで、前脚が動いた。


 その1歩の先に、低い土の斜面を作る。


 脚が斜面へ載り、身体の片側が持ち上がった。魔物は嫌がり、反対側の脚を踏み直そうとする。


 今だ。


 斜面を外側へ崩し、同時に風を胴へ当てた。


 さっきはびくともしなかった身体が、傾く。


 完全には倒れない。尾が床を叩き、魔物は姿勢を戻そうとした。


 だが、喉は見えた。


 俺は剣へ細く風をまとわせ、踏み込んだ。


 腕ごと大きく振らない。開いた場所へ切っ先を入れ、そのまま刃を走らせる。


 石甲トカゲの動きが止まった。


 俺は剣を抜き、すぐに尾の届く範囲から離れる。


 倒れた身体が、銀色の粒へ変わっていった。


 おっ、銀色。レアドロップだ。


 前世でガチャを引いた時の、当たりの演出を思い出す。色が変わっただけで嬉しくなるあたり、我ながら分かりやすい。さっきまで足運びと剣の角度を考えていたくせに、もう何が出たのか気になっている。


 だが、喜んで飛びついたところを噛まれるのは御免だ。まずは周囲を見る。


 狙っていた形で倒せたことが、嬉しかった。


「……よし」


「今の、ちゃんと足を見てたね」


 エステルが杖を下ろす。


「土が崩れる前に風を当てていたら、また踏ん張られたと思う」


「支えが変わる時なら、同じ風でも動かせた」


「うん。崩れた場所も、思ったところにできてたよ」


 言われて、床を見る。


 教わったことが、1つ使えた。


 小さな手応えが、胸に残った。


     *


「ただし、お姉様はこれを見て、同じように踏んではくれないよ」


 素材を拾いながら、エステルが言った。


「そこは、分かってる」


 あの人を相手にするなら、足を動かす必要がある状況を、こちらから作らなくてはならない。


「でも、今の攻め方なら、試せることは増えましたわ」


 シルヴィアが、残った魔石を布へ包む。


「最初の風より、最後の風の方が弱かったでしょう?」


「よく分かったな」


「あなたが魔力を使う時の様子は、見ていますもの」


 そう言ってから、彼女は少し視線をそらした。


「治療する側として、消耗を知っておく必要がありますから」


「助かるよ」


 礼を言うと、包みを結ぶ手が少し速くなる。


 エステルが楽しそうに見ていたが、今回は何も言わなかった。


 俺は残りの素材へ目を向けた。


 魔石のほかに、薄い石板のような鱗が落ちている。割れていないものを《物品鑑定》で確かめ、拾い上げた。


 石甲鱗。防具の補修などに使える素材らしい。


 銀色の粒へ変わった個体のいた場所には、厚さの揃った、艶のある鱗が1枚落ちていた。鑑定の表示は《上質な石甲鱗》。同じ魔物でも、時々こうした品が落ちるのか。ほかの鱗と擦れないよう、布を挟んでおく。


 どの個体も同じものを残すわけではなく、魔石だけのものもいた。相変わらず、転生特典にドロップ増量の項目はない。


「これ、全部持っていけるね」


 エステルがマジックバッグを開いた。


 布に包んだ鱗を入れ、口を閉じる。


 今日も、王家の道具はよく働いてくれていた。


     *


 先へ進むと、通路の脇に、もう1つ小さな空間があった。


 中を確かめ、分岐を記録しながら進む。戦いが短く済むので、予定より早い足取りだった。


 次の2匹は、先ほどより短い時間で倒せた。


 俺が1匹の頭へ水弾を当て、向きを変えさせる。その間にシルヴィアが詠唱を《フロスト・ランス》の名で結び、もう1匹へ氷槍が届く。


 俺の相手が口を開いたところへ、今度は細く絞った水弾を放った。


 水が喉へ突き込み、その1撃で魔物が崩れる。


「うん。今のは、ちゃんと奥まで届いたね」


 見ていたエステルが笑った。援護に用意していた魔法を消し、杖を下げる。


「教わった絞り方が、分かってきた」


 最初に試した足の崩し方も、今の水弾も、次から使える。倒せる相手で練習しながら、戦い方を増やしていけるのだ。


 その後、別の1匹と向き合った時、《探索マップ》に新しい反応が現れた。


 背後へ通じる枝道の、壁の向こうに2つ。戻る道へ合流しそうな位置だ。


 姿はまだ見えない。前だけを見ていれば、気づかなかっただろう。


「後ろから2つ、近づいてる。広い方へ移って、まとめて迎えよう」


 目の前の魔物へ水弾を当て、追ってくる足を一瞬止める。


 地図で確かめた道へ3人で戻り、枝道との合流点を越えてから振り向いた。


 直後、曲がり角から2匹の石甲トカゲが現れる。追ってきた1匹と合わせて3匹。だが、今度は全部が前にいる。


「まだ姿も音も分からなかったのに。よく気づきましたわね」


「出てくる方向まで教えてくれるから、すごくやりやすいよ」


 エステルの土壁が2匹の進路を狭め、シルヴィアの氷槍が、続けてその頭を撃ち抜いた。


 2人とも、振り向いて慌てることすらない。正面に揃えてしまえば、処理は早かった。


 残る1匹を相手に、俺は剣へ風を沿わせる練習をした。切っ先と前脚を狙う短い動きで、5振りまで保てる。


 6振り目で風が散ったので、噛みつきを外し、首の横へ鉄剣を入れて仕留めた。


「切れる少し前に、流れが乱れてた」


「ああ。5振り目から、少し無駄に流してた」


 魔力が尽きたわけではない。流し方が整えば、まだ回数を伸ばせそうだ。


 その後も3人で通路を進む。途中の分岐が先ほどの広い場所へ繋がることも確かめ、地図を埋めていった。


 第3層へ続く階段を見つけたのは、帰る予定の時刻より前だった。


「もう、次の階段?」


 エステルが奥をのぞき、俺へ振り返る。


「オスカーって、初めての道でも全然迷わないね。似たような角ばかりなのに」


「戻る時に使う道も、分かりますの?」


「ああ。さっき魔物が出た枝道を避けるなら、左から戻れる。途中の広い場所で、元の通路へ合流するよ」


 通って確かめた道を、《探索マップ》でたどって答えた。


「すごいですわ。道を確かめるために立ち止まる時間も、ほとんどありませんでしたもの」


 シルヴィアの声には、素直な感心があった。


「倒すのが速くても、迷ってたらここまで来られないもんね」


「2人が片づけるのも、十分速いと思うぞ」


 俺が言うと、エステルは楽しそうに笑った。


 第2層でも、戦力には十分な余裕があった。Eランクの探索範囲なら、この3人はかなり恵まれた組み合わせなのだろう。


 俺は軽く掌を開いた。握り締めすぎた場所が少し擦れているが、腕も息もまだ余っている。


「今日は戻ろう。次の階段も分かったし、あとは予定どおりで」


「賛成。帰ったら、今の流し方を図にしてみようよ」


「手も、あとで見せてくださいませ」


 握り直しただけなのに、気づかれていた。


 頼もしい治療役である。


     *


 地上へ出る頃には、俺のレベルは25になっていた。


 第2層で戦った分と、帰り道の討伐。そこへ10倍の経験値が加わった結果だ。《剣術》はLv5のままだが、足を運ぶ時の身体の重さが、少し変わった気がする。


 帰り道では、1度も分岐で迷わずに済んだ。戦いやすかった広い場所も、狭い枝道も、地図に残っている。


 次は確認に使う時間を減らし、その分を探索や戦闘へ回せる。経験と収入を増やすためにも、マッピングは思っていた以上に役立ちそうだった。


 ギルドで品を広げると、エマさんが鱗を手に取った。


「第2層へ進まれたんですね。こちらは大きく欠けていませんし、補修用として買い取れます」


 艶のある1枚を手にすると、エマさんの声が少し弾んだ。


「これは上質品ですね。硬さが均一で加工しやすいので、普通の石甲鱗より高く買い取れます。通常の魔物からも、こうした希少素材が時々出るんですよ」


「ボスを倒した時だけじゃないんですね」


「ええ。いつもの素材が上質になる場合も、普段とは別の部位が落ちる場合もあります。ただ、狙って毎回出せるものではありません」


 示された値段へ、俺は目を向けた。


 第1層で集めていた小さな牙より、単価が高い。


 数だけなら、いつもの方が多かった。それでも、今回の分は、短い探索で持ち帰った量の割によい金になった。


 新しい相手と戦い、技術を覚え、収入も増える。


 次の送金へ回せる額を考え、胸の奥が少し明るくなった。


 素材の出方で額は変わるだろう。それでも、稼げる範囲が広がったことは確かだった。


 受付から離れる時、近くの卓で声がした。


「あの3人、もう2層へ行ってるのか」


「王女様の魔法だろ。そりゃ強いよ」


「いや、剣の坊主の手を見ろよ。ちゃんと自分でも戦ってる」


 手の擦れ方で働きを見られるのは、学院とは違う評価のされ方だった。


 俺は、無意識に掌を隠しかけて、やめた。


 悪い気は、しない。


     *


 建物を出る前に、3人で壁際のベンチへ座った。


 シルヴィアに掌を見てもらうと、表面が少し擦れているだけだと言われた。傷薬を薄く塗り、握り方も確かめてもらう。


「柄を握り締めすぎですわ。ずっと同じ強さで握っていたでしょう」


「硬い鱗へ当てる時に、力が入ったらしい」


「次はそこも直しましょう」


 隣でエステルが、使った道具を帳面へ書き足していた。


「傷薬はまだあるし、包帯も大丈夫。予備の水は、今度もう1本持っていこうか」


「そうだな。持つ人も分けておこう」


「うん。バッグを持ってるわたしと離れちゃったら、困るものね」


 何気ない返事だった。


 俺は、まだ見せていない収納の中を思い浮かべた。


 予備の食料も水も、薬もある。


 だが、俺が持っていると知らなければ、2人はそれを使うつもりで動けない。


 昨日は、いずれ話そうと思っていた。


 今日、こうして一緒に戦って帰ってくると、その「いずれ」を、もう少し近くしてもいい気がした。


「2人とも。明日の昼、少し時間をもらえるか?」


 エステルが顔を上げる。


「練習?」


「その前に、話しておきたいことがある。人に聞かれない場所で」


 シルヴィアの指が、帳面の上で止まった。


 俺は、2人の顔を順に見た。


「今まで、誰にも話していないことなんだ」


 少しだけ、緊張した。


 それでも、言葉にしてから引き返したいとは思わなかった。


「うん。聞くよ」


「わたくしも、空けておきます」


 2人の返事に、俺はうなずいた。


 新しい階層へ進むより、こちらの方が勇気がいるのかもしれない。

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