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第16話 妹の隣

【レオノーラ視点】


 地上の風は、こんなにも心地よいものだったか。


 《黒曜大迷宮》から戻った私は、王城の方角へ目を向けた。


 《栄光の翼》、8人全員が無事に帰還した。副リーダーとして、まずはそれを喜ぶべきだ。


 あそこに、エステルがいる。


 3年間、魔道王国へ留学していた私の妹。手紙だけでは足りず、帰ってきたら聞きたいことを、何度も頭の中で並べていた。


 食事は合ったか。友人はできたか。困ったことはなかったか。


 魔法は、どれほど上達しただろう。


 いや、最初に言うべきことは決めてある。


 よく帰った、と。


 姉らしく、落ち着いて迎えよう。


「殿下。先にギルドですね」


 仲間に声をかけられ、私はうなずいた。


「分かっている」


 私の足が王城へ向きかけていたからといって、報告を忘れていたわけではない。


「先に報告を済ませよう。記録の整理は僕も手伝うから、君はそのあと、ゆっくり妹君と話すといい」


 ユリウス先輩が、金色の髪を風に揺らして笑った。


 4年生の生徒会長にして、我らのリーダー。雷帝と呼ばれる男は、こういう時も声は穏やかだ。


 帰り道で増えた魔物の情報は、後から入る者にも伝えねばならない。妹に会いたいからと、仲間を危険にさらしたり、報告を後回しにしたりはできなかった。


 私は荷袋を持ち直し、ギルドへ向かった。


     *


「……お姉様?」


 聞き間違えるはずのない声だった。


 入口の向こうで、銀色の髪が揺れている。


 エステルだ。


 少し背が伸びた。顔つきも、記憶の中より大人びている。それなのに、私を見つけて目を丸くするところは、昔のままだった。


 かわいい。


 3年経って、さらにかわいくなるとは、どういうことだ。


 留学先の者たちは、この顔を毎日見ていたのか。


 魔道王国め。ずいぶん得をしたな。


「エステル!」


 仲間に声をかけ、足早に近づく。


 落ち着いた挨拶は、最初の一言で失敗した。


 仕方がない。妹がいるのだ。


 帰りが遅れた理由を伝え、その肩へ手を置く。


「怪我はないな。少し背が伸びたか?」


「3年も経ってるんだよ」


「うむ。よく戻った」


 ようやく、言えた。


 できることなら、そのまま抱きしめて、どこも痛くないかもう1度確かめたかった。


 だが、ここはギルドだ。妹も15歳になった。大勢の前で子供扱いしては、困らせてしまう。


 ならば、人をいなくすればよいのではないか。


 ここを少しの間、貸し切りに――。


 いや、仕事に来ている冒険者たちが困る。妹の頭を撫でたいという理由でギルドを貸し切ろうとするな、私。


 手は、肩へ置くところまでにしておく。


 私は、よく耐えた。


 隣には、かつて妹と張り合いながら真面目に努力してきたシルヴィアもいた。治療術の成績を褒めると、丁寧に礼を返してくれる。


 そして、その隣には男子生徒がいた。


「そちらは?」


「オスカー。わたしとシルヴィア、オスカーのパーティに入ったの」


 待て。


 今、何と言った。


「……パーティ?」


「うん。今日は3人で迷宮へ行ってきたんだ」


 笑っている。説明を間違えた顔ではない。


 私の中には、帰国した妹を《栄光の翼》へ迎える予定があった。副リーダーとして仲間に推薦し、本人にも選んでもらうつもりだった。


 エステルの4属性なら、黒曜で共に戦う仲間たちの助けにもなる。


 魔法を褒め、休憩では話を聞き、帰りには一緒に食事をする。


 よい予定だ。実に、よい予定だった。


 この男子生徒が、どこから入ってきたのだ。


「オスカー・エルフォードです。お帰りなさいませ、レオノーラ殿下」


「エルフォード、か」


 まず、名前を覚えた。


 次に聞くべきことを選んでいると、仲間が受付を指した。


「殿下。先に、通路の様子を報告しましょう。次に潜る者にも知らせる必要があります」


「そうだな。……エステル、この話は、落ち着いてから聞こう」


 妹へ笑いかけ、受付へ向かう。


 黒曜の魔物についての報告は、正確にできた。ユリウス先輩が隣で地図を広げ、私の説明へ通路の位置を添えてくれる。


 オスカー・エルフォードについては、まだ何1つ整理できていなかった。


     *


 その夜、王城で改めて妹と話した。


 今度は人前ではない。私は両腕を広げた。


「おいで」


「もう。お姉様ってば」


 そう言いながら、エステルは近づいてくる。


 抱きしめると、妹の手が背中へ回った。


「ただいま」


「……おかえり」


 3年間。


 短いようで、長かった。


 行きたいと言い出した時の、あの子の目を覚えている。父上に反対されても引かず、自分で学びたいことを調べて持ってきた。


 応援してやりたかった。


 同時に、遠くへ行ってほしくなかった。


 妹のやりたいことを応援する姉と、妹を毎日見ていたい姉が、私の中で何度も争ったのだ。


 前者が勝った。


 後者は、3年間、手紙を書き続けた。


 あちらの学校へ、私も留学すればよい。


 そう思いついたことも、1度や2度ではない。


 炎魔法をさらに磨くためだと言えば、理由も立つ。願書より先に、妹の隣の部屋が空いているか気にした時点で、誰にも言えなくなったが。


「お姉様、少し苦しい」


「すまん」


 腕を緩める。


 その代わり、隣の椅子を引いた。今夜くらいは、ゆっくり話を聞いてもよいだろう。


 留学先の先生。寮の友人。失敗した魔法。


 エステルは、次から次へ話してくれた。


 笑いながら手を動かす姿を見ているだけで、待っていた時間が報われる。


 そして、話題が帰国当日へ移った。


 護衛をまいて街を歩いたこと。ごろつきに絡まれたこと。オスカーが助けに入ったこと。


 私は、持っていた茶器を静かに置いた。


 私の妹に、手を出した。


 そうか。


 ごろつき共を殺そう。


 場所を聞けば、今から行ける。焼き殺す。


「その男たちは、どこにいる」


「そこから聞くの?」


「場所だけでよい。すぐに戻る」


 立ち上がり、椅子の横に置いた剣を取った。


 妹を怖がらせた者が、同じ王都でのうのうと暮らしている。まず、それを何とかするべきだ。


「お姉様。座って」


「だが、そいつらはお前に――」


「剣も置いて」


「まだ抜いてはいない」


「抜くつもりでしょう?」


 よく分かるな。


 さすが、私の妹だ。


「そこ、感心するところじゃないからね」


 口には出していないはずだが。


 エステルが、隣の椅子を指した。


「今から出かけるなら、今日のお話はおしまい。留学先のお土産も、また今度ね」


 私は剣を置いた。


 椅子を引いた。


 座った。


 まだ、土産もあったのか。


「……何をもらえるのだ?」


「最後まで聞いてくれたら、見せてあげる」


「分かった。続けてくれ」


 エステルが、小さく息を吐いた。


「わたし、助けてくれた人の話をしてるんだよ。お姉様に誰かを斬りに行ってほしいんじゃないの」


 妹は両手を広げて、私に見せた。


「もう終わった話だよ。わたしに怪我もないでしょう」


 そうだった。


 先ほど、自分でも確かめた。


 怖い思いをした妹の話を聞くと言いながら、その妹を置いて出かけるところだった。


 茶器へ手を伸ばす。まずは、落ち着こう。


 ……土産は、何だろうか。


 妹は当時のことを説明し、最後に少し声を和らげた。


「本当は、自分でも倒せたんだ。でも、助けようとしてくれたのは嬉しかった」


 その気持ちは、分かる。


 妹を助けてくれたことには、感謝する。本当に、感謝している。


 だが、妹が嬉しそうにその名を呼ぶたび、素直に感謝し続けるのが難しくなる。


 礼を言いたい。少し離れてほしい。


 両方を同じ手紙に書いたら、受け取る方も困るだろうな。


 それにしても、そこから一緒に冒険するまでが、少々早すぎないか。


 父上は既に事情を把握し、護衛を外す条件も決めていた。同行した騎士の報告と、シルヴィアが加わったことで、許可が出ているという。


 私が迷宮にいる間に、皆、話を進めすぎではないだろうか。


「お姉様のところへは行かないよ。わたしは、今の3人で続けたいの」


 妹は、はっきり言った。


 私は、しばらく黙った。


 ここで反対しては、留学へ行かせた時の私が、何のために頑張ったのか分からなくなる。


 だが、納得するには、あの少年のことを知らなすぎた。


「報告が片づいたら、1度ゆっくり話そう。オスカーにも、会っておきたい」


「うん。日を決めてくれたら、伝えるね」


 話を終えると、エステルは約束の土産を渡してくれた。


 包みの中には、赤と金の糸で編まれた組紐があった。


「剣の飾りにどうかなって。お姉様に似合いそうでしょう?」


 私のために、選んでくれたのか。


 遠い国の店で、私を思い浮かべて。


「ありがとう。大切にする」


 明日から使おう。


 いや、剣につけて傷んだらどうする。飾っておくべきか。だが、それでは外出中に見られない。


「ちゃんと使ってね。箱にしまったままにしないでよ?」


「……分かった」


 もう少し、私の考えを分からないでいてくれてもよいのだが。


 妹と別れたあと、私は組紐を机へ置き、留学中の手紙を入れた引き出しを開けた。


 あの子は、この手紙でも何度も書いていた。


 知らないことを、もっと知りたいと。


 自分で選んで進むところも、私の好きな妹なのだ。


 厄介なことに。


     *


 それからの数日、学院の授業に戻りながら、仲間と探索の記録をまとめた。帰路の安全に関わる確認には、どうしても時間がかかる。


 廊下を歩くと、オスカーの名前が聞こえる。


「エステル殿下と、ラングレー嬢の2人ともだぞ」


「ハーゲンが挑んだらしい。あの槍には勝てないだろ」


 翌日には、話が変わった。


「ハーゲンが負けたってさ」


「魔法だけじゃない。内側へ入って、ちゃんと1本取ったんだ」


 ほう。


 さらに日を置くと、弓使いにも勝ったという。


 噂だけでは判断できない。だが、教員の立ち会う試合で勝ち続けているらしい。


 妹から聞く話も、毎晩少しずつ増えた。


「今日はオスカーの風が、ちゃんと剣に残ったんだ」


「シルヴィアと一緒に教本を見たよ。オスカーの説明、時々変わってるけど、面白いの」


「わたしも早く、無詠唱で魔法を使えるようになりたいな」


「パーティ名も決めたよ。わたしが考えたの」


 《深淵》。


 世界を広く見て、深く知りたいから。


 あの子らしい、よい名前だった。


 褒めると、妹は嬉しそうに笑った。


「オスカーも、いいって言ってくれた!」


 私は、先に褒めたつもりだったのだが。


 最近、妹の話には彼が頻繁に現れる。


 剣の練習にも、昼食にも、地図を見る話にも。


 少しは留守にできないものか、オスカー。


 そうだ。私も無詠唱を覚えればよい。


 そうすれば、妹へ教えられる。毎日一緒に練習する理由もできるではないか。


 実によい考えだ。


 では、私には誰が教える。


 ……オスカーか。


 なぜ貴様が、そこにもいる。


 ただ、妹の楽しそうな顔を曇らせたくはなかった。


 私は続きを促し、いつも最後まで聞いた。


     *


 帰還から8日後、ようやく面談の日を迎えた。


 応接室には、妹が昔から好きだった焼き菓子も用意させた。


 これを食べながら話せば、少しは誘いを考え直してくれるかもしれない。


 皿を見てから、私は腕を組んだ。


 15歳になった妹が、菓子1皿で所属先を決めるはずがない。


 私ならエステルが菓子を差し出すだけで、大抵の頼みを聞いてしまいそうなので、危うく見誤るところだった。


 皿は、そのままにしておいた。食べてもらえる分には、嬉しい。


 オスカーは身だしなみを整え、きちんと礼をした。私が注意を促すと、白晶の第2層から慎重に進む予定だと答える。


 浮ついた返事ではない。


 シルヴィアへ生徒会の話をすると、こちらも今のパーティを続けたいと答えた。


 彼女の真面目さは、以前から知っている。


 そんな少女まで、この少年の隣では柔らかい表情をするらしい。


 少し、気に入らない。


 私は妹へ、自分たちのパーティの話を切り出した。


「行かないよ」


 返事が速い。


 もう少しくらい、姉に話させてもよいのではないか。


 好条件を並べてみたが、妹の答えは変わらなかった。


「ここで、一緒に強くなりたい」


 隣の2人を見ながら、そう言う。


 思わず、3年間楽しみにしていたことが口から出かけた。


「……お姉様、寂しかった?」


「話を逸らすな」


 寂しかった。


 今も、少し寂しい。


 だが、それを認めたら、妹が私を慰める会になってしまう。今日は仲間の実力と考えを確かめる日だ。


 ……妹に、慰めてもらえるのか。


 少しだけ、正直に話す方へ心が傾いた。


 いかん。何をしに集まったと思っている。


 私はオスカーへ問いを向けた。


 彼は、自分よりエステルが頼りになると、ためらわずに言った。


 王女だから褒めているのではない。妹の技術に何度も助けられ、教わっている者の答えに聞こえた。


 4属性を学び、無詠唱を教える。


 シルヴィアからは、回復魔法も教わっているという。


 3人の話が、自然につながっていく。


 私の知らない時間が、そこにはあった。


 胸の奥が、少しだけ痛んだ。


 それでも、口を挟んで止めたいとは思わなかった。


 この男を、自分の手で確かめよう。


「言葉だけでは分からんな。まずは、お前の力を見せてみろ」


 立ち上がり、実技場へ来るよう告げた。


 彼は大きく驚かなかった。私を見てから、妹を見る。


 実力を確かめられることは、予想していたのだろうか。


「分かりました。よろしくお願いします」


 今は、強さも知らずに所属の話を決めるつもりはない。


 まずは剣を合わせる。それからだ。


     *


 実技場で、まず炎の魔法剣を見せた。


 彼も魔法剣を学んでいるという。まず、私がどのような剣を使うか見せておこう。自分の技と何が違うか、確かめられるはずだ。


「――《クリムゾン・エッジ》」


 詠唱を結び、刃に炎を保ちながら標的を断つ。


 妹が見ている。


 姿勢を、いつもより丁寧に整えた。


 別に、格好をつけているわけではない。手本を見せるのだから、当然のことだ。


 もう少し、炎を大きくした方が見栄えはよいだろうか。


 いや、それでは剣筋が隠れてしまう。


 エステルが「お姉様、すごい」と言いやすいのは、最後の切り返しか。それとも――。


 標的を断ち終えたところで、私は余計なことを考えるのをやめた。


 危うく、妹からの感想を待つために、剣を構えたまま止まるところだった。


 剣を納めると、オスカーはまだ私の手元を見ていた。


 炎の大きさではなく、剣を返した時の動きが気になるらしい。


 私は木剣に持ち替え、3度だけ攻めてくるよう告げた。


 ハインツの確認を待ってから、彼が構える。


 最初の攻めは、左から来た。


 私が動くと、彼の目が追った。


 手も応じようとする。だが、間に合わない。


 剣を押さえ、胸の前へ切っ先を置いた。


「1度」


 踏み込みから受けへ移る動きが、ちぐはぐだ。考える速さに、剣と体がついてきていないように見える。


 彼はしびれた手を握り直し、私の構えを見た。


 目を逸らさない。


 2度目には、水が来た。


 声はない。本当に無詠唱だ。


 斜めから来る水弾と、反対側から入る木剣。さらに、足の前に小さな土の段差ができる。


 剣だけでは届かないと分かれば、別の手段を重ねるか。


 私は水を弾き、そのまま剣を払った。


 前へ踏み込む必要はない。土の段差は、その場に残った。


「2度」


 初めから、これだけのことを同時にできる者は多くない。


 ただ、狙う場所も仕掛ける時も、まだ素直だ。私がどこを見ているかまでは、読み切れていない。


 それを、教えてやりたくなった。


 ……いや。今日は試すだけのつもりだったはずだ。


 3度目。


 今度は、木剣へ風が沿った。


 横へ押そうとする力を感じ、受ける角度を変える。風ごと剣を滑らせ、肩口へ木剣を触れさせた。


「3度。そこまでだ」


 彼が、大きく息を吐いた。


 私は足を動かしていない。


 現時点での差は、十分にある。


 差が大きいと知りながら、3度とも新しい手を試してきた。


 まだ粗い。


 伸ばせるところは、多い。


 妹の方を見ると、エステルは彼の手元を気にしていた。シルヴィアも、唇を引き結んでいる。


 勝ったのは、私なのだが。


 姉の見事な剣への感想は、後なのだろうか。


 軽く息を吐き、オスカーへ目を戻す。


 彼は逃げるように視線を落としたのではなかった。私の靴と、地面の印を見比べている。


 届かなかった距離を、確かめているようだった。


 そうか。


 負けを知っても、次に目を向けられる男なのだな。


 妹が楽しそうに語っていた、昨日できなかったことが今日できたという話。


 その続きを、私も少し見たくなっていた。


 だが、今の力で安心できるかといえば、それは別だ。


「父上は認めたようだが、この程度では私は認めない。安心してエステルを任せるには、まだ足りん」


 彼は言い返さなかった。


 代わりに、妹が前へ出る。


「お姉様。今の力だけで決めないで」


 オスカーは毎日強くなっている。少し前にはできなかったことを、もう使えるようになっている。


 エステルは、そう言った。


 そんなに信じているのか。


 姉としては、少し面白くない。


 剣を合わせた者としては、確かめたい。


「……同じ攻めを繰り返さなかったことは、見ていた」


 水で隙を作り、風で剣を動かそうとした。その判断は認める。だが、思いつきに技量が追いついていないことも伝えた。


 彼は、最後まで聞いていた。


 できると言い張らず、できなかった理由へ耳を傾ける。その態度なら、試す価値はある。


「エステルが言うほど伸びるというのなら、その伸びしろを見せてみろ」


 私は木剣を持ち直した。


「オスカー・エルフォード。1か月後、私と決闘しろ」


     *


 ハインツが、通常の1本勝負は認められないと口を挟んだ。


 当然だ。今の3度を見れば、誰でもそう考える。


 私から1本取れとは言わない。


 白い石を借り、地面に直径2歩ほどの円を描いた。


 5分以内に、私の靴の一部でも円の外の地面へ着かせれば、彼の勝ち。私は木剣と身体強化だけを使う。彼は剣を落としても、転んでも、安全に続けられる限り何度でも挑める。


 1か月、学び、試し、考えればよい。


 私の剣を上回れなくても、この足を動かす手段を探せるか。それを見せてもらおう。


 土の魔法を使ってよいかと、早速尋ねてきたのには、少し笑った。


 円の位置は変えられんぞ。


 そこまで確認してから、勝敗による条件を話した。


「その勝負で私が勝ったら、エステルには《栄光の翼》へ来てもらいたい」


 妹は、自分で決めることだと答えた。


 だから、今ここで聞いている。無理に連れていくつもりはない。


 すると、オスカーが私を見た。


「では、俺が勝った場合は?」


「その時は、私が《深淵》に入る」


 もちろん、負けるつもりはない。


 それでも、敗北を知らないわけではなかった。


 1年生の時、当時2年だったユリウス先輩に挑み、負けた。炎をまとわせた剣で間合いを詰めるはずが、雷の走る場所へ足を止められ、最後まで自分の距離を作れなかった。


 私が学院へ入ってから、負けた相手はあの人だけだ。


「僕たちと、一緒に迷宮へ入らないか。君の剣があれば、もっと先へ行けると思うんだ」


 悔しさで返事もできずにいた私へ、先輩はそう言った。勝ったことを誇るより、共に戦う話をしていた。その誘いを受け、私は《栄光の翼》へ入った。


 今、全力で戦えばどちらが勝つかは分からない。私も先輩も、あの時のままではないのだから。


 ただ、万一オスカーにも敗れることがあっても、妹と一緒に冒険できる。


 待て。


 勝っても、一緒。


 負けても、一緒。


 私にとって、悪い結果がないではないか。


 ひょっとして、私は交渉にも類まれな才能があるのでは?


 十分に考えた条件であるかのように、私は重々しくうなずいた。


 頭の中にあるのは、妹の隣で弁当を食べる自分の姿だった。


 オスカーが、何とも言えない顔でこちらを見ていた。


 その目は何だ。


 エステルは条件を受け、私が負けたら仲間として来てほしいと言った。


 約束しよう。


 今の仲間への説明も、引き継ぎも、私が責任を持ってする。


 妹の意思を確かめたあと、オスカーも顔を上げた。


「お受けします」


 届かなかった剣を握る手には、まだしびれがあるだろう。


 それでも、目は伏せなかった。


 1か月後、あの剣がどこまで変わるか。


 見届けよう。


 そしてこれだけは認めよう。


 オスカー・エルフォード


 確かに面白い少年だ。

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