第15話 爆炎の剣姫
連載中の
『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』
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学院の応接室で、レオノーラ・アルヴェインは俺たちを待っていた。
窓から差す光が、艶やかな赤い髪を照らしていた。長い髪は高い位置で一つに結ばれ、肩の後ろへ流れるポニーテールには、炎を思わせる鮮やかな光沢が走っている。
すっと通った鼻筋に、凛とした眉。整った顔立ちは妹のエステルにもどこか似ているが、愛らしく親しみやすい印象の妹に対し、レオノーラには人目を引く華やかさと、剣士らしい凛々しさがあった。
今日は鎧ではなく、きちんと整えられた学院の制服姿だ。姿勢よく立つと、引き締まった腰からすらりと伸びる手足まで、鍛えられた均整の取れた体つきがよく分かる。
美しい。だが、それだけでは足りない。
腰に剣を帯び、まっすぐこちらを見る姿には、思わず背筋を伸ばしたくなるような格好よさがあった。
学院でも、その人気は相当なものだ。特に女子生徒から向けられる憧れは、男子のそれにも負けていない。
この部屋へ来る途中も、廊下ですれ違った女子たちの声が聞こえていた。
「レオノーラ様、今日は応接室にいらっしゃるんですって」
「さっきお見かけしたわ。ご挨拶したら、こちらを見てうなずいてくださったの」
「いいなあ……。わたし、遠征からお戻りになってから、まだ1度もお話しできていないのに」
「また剣の訓練を拝見したいわ。構えた時のお姿、本当に素敵だもの」
声を落としているつもりなのだろうが、嬉しさまでは隠せていなかった。
王女だから注目されている、というだけではないのだろう。
生徒会副会長として学院を支え、剣を取れば黒曜の第23層で戦う。その強さまで含めて、彼女は憧れられている。
目の前に立たれると、それも納得できた。
「よく来た。座るといい」
「お時間をいただき、ありがとうございます」
俺が礼をすると、レオノーラはうなずいた。
エステルは姉の隣へ行き、手元の書類をのぞく。
「まだお仕事?」
「最後の確認だ。これで一区切りつく」
紙の上には、迷宮の通路と魔物の出現場所が細かく書き込まれていた。
黒曜、第23層。
昨日、白晶の第1層で審査を受けた俺たちとは、積み重ねてきたものが違う。
「エステルから、活動の話は聞いた。Eランクになったそうだな」
「はい。昨日、認定していただきました」
「浮かれて先へ急ぐなよ。許可された階層と、無事に帰れる階層は同じではない」
「まずは第2層の入口から、確かめるつもりです」
レオノーラは、俺をしばらく見た。
「その考えは、よい」
隣で、シルヴィアの肩から少し力が抜ける。
「シルヴィア。君が一緒なら、治療にも判断にも期待できる。生徒会にも推薦したいと思っていたところだ」
「光栄です、殿下。ですが、今はパーティの活動を続けたいと思っております」
「そうか。返事を急がせるつもりはない」
穏やかなやり取りだった。
剣姫と恐れられていても、常に怒っている人ではないらしい。
そう思ったところで、レオノーラが妹へ向き直った。
「さて、エステル。《栄光の翼》へ来る件だが」
「行かないよ」
即答だった。
姉の眉が、ぴくりと動く。
「……まだ、条件を話していない」
「条件の問題じゃないもの。わたしは《深淵》で続けたいの」
エステルは、俺とシルヴィアを見た。
「ここで、一緒に強くなりたい」
レオノーラが、背筋を伸ばした。
「私たちとなら、もっと深くまで行ける。4属性を使える魔法使いとして、お前が存分に力を振るえる場所もある」
「うん。お姉様たちが強いのは知ってる」
「なら、なぜだ」
声が、少し強くなった。
「3年だぞ。帰ってきたら一緒に潜ろうと、私は楽しみに――」
そこで、言葉が止まる。
エステルが、姉の顔をのぞき込んだ。
「……お姉様、寂しかった?」
「話を逸らすな」
逸れてはいない気がしたが、俺は黙っていた。
*
「エルフォード」
今度は、まっすぐ俺へ来た。
「君は、エステルを連れていく責任を、どう考えている」
「無事に戻るために、できる準備はします。ただ、エステルは守られるだけの仲間ではありません」
レオノーラの目が、細くなった。
「分かっている。私の妹だ」
「はい。今の俺より、ずっと頼りになります。だから、俺も教わって、もっと強くなりたいんです」
エステルが、少しだけ笑った。
「4属性は、わたしが教えてるの。オスカーには無詠唱を習ってる。シルヴィアも、詠唱短縮を練習してるよ」
「回復魔法は、わたくしがオスカーに教えています」
シルヴィアも、静かに続けた。
「3人で補い合って、続けていきたいと思っています」
レオノーラが、椅子の肘掛けへ指を置いた。
「……なるほど。よほど、居心地がよいらしい」
声が、少し低くなった。
これは、納得へ向かう声ではない。
「言葉だけでは分からんな。まずは、お前の力を見せてみろ」
赤髪の剣姫が、立ち上がった。
「実技場へ行く。剣と魔法、使えるものを見せてもらう」
来た。
妹が大好きな姉からの、実力確認。
ここまでは、想定内だ。
俺も、黒曜の第23層で戦う剣を、この目で見ておきたかった。
「分かりました。よろしくお願いします」
*
実技場へ移り、ハインツ先生に事情を説明した。
先生は、今までで1番長いため息をついた。
「また君か、エルフォード」
「申し訳ありません」
「殿下。実力を確かめる手合わせということですね」
「ああ。3度だけ受ける。危険と判断したら止めてくれ」
レオノーラは腰の剣を抜いた。
周囲の生徒が、足を止める。
「爆炎の剣姫だ。あれ、オスカーじゃないか?」
「手合わせするのか? いくら何でも相手にならないだろ」
俺も、同感だった。
レオノーラは練習用の標的へ向かい、剣を立てる。
「炎よ、我が剣に集え。刃に沿いて燃え、立ちはだかるものを断つ力となれ――《クリムゾン・エッジ》」
詠唱とともに、炎が細く刃を包んだ。
赤い光は揺れているのに、その形は崩れない。
次の瞬間、剣が走った。
厚い標的が、斜めに断ち割られる。
返す刃が、隣の標的を払う。踏み込み、切り返し、突き。どの動作でも、炎は剣の形を外れなかった。
俺が4振りで喜んでいた魔法剣とは、別物だった。
炎が消える。
レオノーラは剣を納め、用意されていた木剣へ持ち替えた。
「こちらなら、君も試せるな」
地面に、靴先で小さな印をつける。
「3度、好きなところから来い。魔法も使ってよい。今のお前に何ができるか、見せてみろ」
俺は、先生を見た。
「私が止める。無理に続けるな」
「はい」
エステルとシルヴィアが、並んで見ている。
俺は木剣を構えた。
*
最初は、左から。
《思考加速》を使い、レオノーラの肩を見る。
動き出す気配は、分かった。
分かっただけだった。
俺の木剣が、下へ押さえ込まれた。
次の瞬間には、彼女の剣先が胸の手前にある。
「1度」
腕へ、しびれが広がった。
ヴィンセントの時も、力の差は感じた。それが今は、剣を合わせる前から、逃げ道まで決められているようだった。
2度目は、水弾を使った。
斜めから飛ばし、反対へ回る。
レオノーラは水を剣で弾くと、その動きの続きで俺の木剣を払った。
踏み込ませるつもりで足の前へ作った小さな土の段差も、越える必要すらなかった。彼女は上体と腕だけで、俺の剣を止めていた。
剣先が、また止まる。
「2度」
息を吸い、最後に踏み込んだ。
風を木剣へ沿わせる。斬る威力ではなく、相手の剣を押し流すための風だ。
横から短く当てる。
レオノーラは、受ける角度を変えた。
風ごと、俺の剣が外へ滑る。
彼女の木剣が、肩口へ触れた。
「3度。そこまでだ」
自分の息だけが、近くで聞こえた。
俺は、足元を見た。
レオノーラの靴は、最初につけた印のところにある。
左右へ体を動かしていても、踏み出す必要すらなかったのだ。
「……1歩も、動いてないぞ」
「オスカー、ハーゲンにもベルクにも勝ったのに」
「あれが、黒曜の23層で戦う剣なんだな……」
俺は木剣を下げた。
強い。
考える時間が増えても、体が追いつかない。魔法を重ねても、届く場所を読まれる。正面から押す力は、比べるところにすら立っていない。
この1週間、確かに俺は強くなった。
それでも、今この人には勝てない。
*
レオノーラは木剣を下ろし、俺を見た。
「父上は認めたようだが、この程度では私は認めない。安心してエステルを任せるには、まだ足りん」
返す言葉は、すぐには出なかった。
何をしても届かなかった。その事実が、腕のしびれとともに残っている。
「お姉様。今の力だけで決めないで」
エステルが、1歩前へ出た。
「オスカーは、毎日強くなってる。少し前にはできなかったことを、もう使えるようになってるんだよ」
「……同じ攻めを繰り返さなかったことは、見ていた」
レオノーラの視線が、俺の木剣へ落ちた。
「剣が届かなければ水で隙を作り、踏み込ませられなければ風で剣を動かそうとした。考えて戦っているのは分かる。だが、まだ思いつきに技量が追いついていない」
そこまで、見抜かれていた。
俺は黙って、彼女の次の言葉を待った。
「エステルが言うほど伸びるというのなら、その伸びしろを見せてみろ」
赤い髪が、風に揺れた。
「オスカー・エルフォード。1か月後、私と決闘しろ」
来たか。
実力を確かめたうえで、今度は成長を示せというわけだ。
「殿下。この実力差で、通常の1本勝負は認めかねます」
ハインツ先生が口を挟む。
「分かっている。私から1本取れとは言わん」
レオノーラは、俺へ向き直った。
「その間に、必要なだけ鍛えろ。仲間から学ぶのも、作戦を考えるのも自由だ」
そう言って、レオノーラは手にした木剣の切っ先を地面へ当てた。
そのまま身体をひねり、土の上に円を描く。
直径は、二歩ほど。
ずいぶんと小さい。
「当日は、私はここから出ない」
円の中央へ立ち、木剣を肩へ置いた。
「どちらかの靴の一部でも、線より外の地面へ触れさせたら、貴様の勝ちだ」
「1本を、取らなくても?」
「構わん。私は木剣と身体強化だけを使う。炎も、魔法剣も使わない」
それは、大きなハンデだった。
さっきの3度を体験した後では、それでも簡単だと思えない。
「時間は5分。1本取られても、剣を落としても、転んでも、続けてよい。時間まで私を円から出せなければ、君の負けだ」
「何度でも挑めるのですね」
「ああ。ただし、私も適度に反撃する。降参するなら言え」
先生が、条件を書き留めた。
「エルフォードは、木剣と魔法を使用。外部からの援護は禁止。安全に続行できなければ、私が止めてエルフォードの負けとします」
レオノーラが、うなずく。
「土を動かしてもよろしいですか?」
俺が聞くと、彼女は少し笑った。
「よい。ただし、円の位置は開始時のままだ。線を動かして勝ったと言うのは、なしだぞ」
「承知しました」
先生が、そこも書き足す。
「その勝負で私が勝ったら、エステルには《栄光の翼》へ来てもらいたい」
レオノーラが、妹へ目を向けた。
「お姉様。それは、わたしが決めることだよ」
「無理に連れていくつもりはない。だから、今ここで聞いている。条件を受けるか」
エステルは、すぐには答えなかった。
俺は、レオノーラを見た。
「では、俺が勝った場合は?」
「その時は、私が《深淵》に入る」
ためらいのない返事だった。
俺は、姉と妹の顔を順に見た。
俺が負ければ、妹が姉のところへ行く。
俺が勝てば、姉が妹のところへ来る。
……どちらに転んでも、エステルと一緒になるつもりか。
厳しい実力確認の後で、ずいぶん分かりやすい本音が出てきた。
俺はジッとレオノーラを見る。
「だったら、わたしは受けてもいいよ」
エステルが言った。
「オスカーが負けたら、お姉様のパーティへ行く。でも、お姉様が負けたら、わたしたちの仲間として来て」
「約束しよう」
俺はエステルへ向き直った。
「本当に、その条件でいいのか?」
「うん。わたしは、ここで続けたい。それをお姉様にも認めてほしいの」
迷いのない目が、こちらを見ていた。
本人が決めたことだ。ならば、俺も自分の意思で答えよう。
エステルが、再び姉を見る。
「お姉様が負けたら、今の仲間には、ちゃんと話してね」
「無論だ。引き継ぎとギルドへの届け出は私がする。約束だけして、仲間を困らせるつもりはない」
レオノーラは、俺へ目を戻した。
「受けるか、オスカー」
1か月。
経験値と熟練度は10倍。毎日の鍛錬と迷宮、仲間に教わる魔法がある。
その期間で、剣姫より強くなれるとは言わない。
だが、靴の先を円の外へ運ぶために、使える手段なら増やせるはずだ。
「お受けします」
俺は、顔を上げた。
「1か月後。よろしくお願いします」
*
帰り道、エステルが俺の横を歩いた。
「ごめんね。大変なこと、頼んじゃった」
「俺も、自分で受けたからな」
「……勝てそう?」
「今なら、無理だ」
そこは、はっきり言った。
「だから、1か月使う。4属性、もっと厳しく教えてくれ」
エステルが顔を上げる。
「もちろん。お姉様が踏ん張った時の強さも、説明するよ」
「わたくしは、今日の動きを書いておきます」
シルヴィアが、手帳を出した。
「回復の練習も、続けるでしょう?」
「ああ。それをやめる理由はないからな」
彼女が、ほっとしたように笑った。
俺は2人を見た。
「無詠唱と詠唱短縮の練習も、続けよう。俺だけの1か月にはしたくない」
「うん。3人で強くなろう」
エステルが、拳を差し出した。
俺が合わせると、シルヴィアもためらいながら、小さな拳を並べる。
「ふふ。でも、お姉様はオスカーの成長速度を知らないから。あの条件なら、1か月後にはオスカーが勝てるって思っちゃったんだ」
エステルが、いたずらっぽく笑う。
「奇遇ですわね。エステル、わたくしも実はそう思っていましたの」
シルヴィアまで、楽しそうに同調した。
「シルヴィアまで?」
「だって、オスカーは毎日信じられないスピードで強くなっていますもの」
二人が顔を見合わせ、くすくすと笑う。
「……そうなれるように、頑張るよ」
明日も授業へ行く。
剣を振り、魔法を教え合い、今度は白晶の第2層を確かめる。
続けようと決めた日常に、目標が1つ増えたのだ。
妹を心配する姉との決闘も、負けた相手が仲間になる条件も、想定内だ。
しかし、お姉様が、これほど強かったことは想定外だ…めちゃくちゃ強い……
俺は、まだしびれの残る手を握った。
だが、1か月後。
その足を、線の外へ出してみせる。




