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第15話 爆炎の剣姫

連載中の

『怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う』

https://ncode.syosetu.com/n7268mo/

もよろしくお願いします!

 学院の応接室で、レオノーラ・アルヴェインは俺たちを待っていた。


 窓から差す光が、艶やかな赤い髪を照らしていた。長い髪は高い位置で一つに結ばれ、肩の後ろへ流れるポニーテールには、炎を思わせる鮮やかな光沢が走っている。


 すっと通った鼻筋に、凛とした眉。整った顔立ちは妹のエステルにもどこか似ているが、愛らしく親しみやすい印象の妹に対し、レオノーラには人目を引く華やかさと、剣士らしい凛々しさがあった。


 今日は鎧ではなく、きちんと整えられた学院の制服姿だ。姿勢よく立つと、引き締まった腰からすらりと伸びる手足まで、鍛えられた均整の取れた体つきがよく分かる。


 美しい。だが、それだけでは足りない。


 腰に剣を帯び、まっすぐこちらを見る姿には、思わず背筋を伸ばしたくなるような格好よさがあった。


 学院でも、その人気は相当なものだ。特に女子生徒から向けられる憧れは、男子のそれにも負けていない。


 この部屋へ来る途中も、廊下ですれ違った女子たちの声が聞こえていた。


「レオノーラ様、今日は応接室にいらっしゃるんですって」


「さっきお見かけしたわ。ご挨拶したら、こちらを見てうなずいてくださったの」


「いいなあ……。わたし、遠征からお戻りになってから、まだ1度もお話しできていないのに」


「また剣の訓練を拝見したいわ。構えた時のお姿、本当に素敵だもの」


 声を落としているつもりなのだろうが、嬉しさまでは隠せていなかった。


 王女だから注目されている、というだけではないのだろう。


 生徒会副会長として学院を支え、剣を取れば黒曜の第23層で戦う。その強さまで含めて、彼女は憧れられている。


 目の前に立たれると、それも納得できた。


「よく来た。座るといい」


「お時間をいただき、ありがとうございます」


 俺が礼をすると、レオノーラはうなずいた。


 エステルは姉の隣へ行き、手元の書類をのぞく。


「まだお仕事?」


「最後の確認だ。これで一区切りつく」


 紙の上には、迷宮の通路と魔物の出現場所が細かく書き込まれていた。


 黒曜、第23層。


 昨日、白晶の第1層で審査を受けた俺たちとは、積み重ねてきたものが違う。


「エステルから、活動の話は聞いた。Eランクになったそうだな」


「はい。昨日、認定していただきました」


「浮かれて先へ急ぐなよ。許可された階層と、無事に帰れる階層は同じではない」


「まずは第2層の入口から、確かめるつもりです」


 レオノーラは、俺をしばらく見た。


「その考えは、よい」


 隣で、シルヴィアの肩から少し力が抜ける。


「シルヴィア。君が一緒なら、治療にも判断にも期待できる。生徒会にも推薦したいと思っていたところだ」


「光栄です、殿下。ですが、今はパーティの活動を続けたいと思っております」


「そうか。返事を急がせるつもりはない」


 穏やかなやり取りだった。


 剣姫と恐れられていても、常に怒っている人ではないらしい。


 そう思ったところで、レオノーラが妹へ向き直った。


「さて、エステル。《栄光の翼》へ来る件だが」


「行かないよ」


 即答だった。


 姉の眉が、ぴくりと動く。


「……まだ、条件を話していない」


「条件の問題じゃないもの。わたしは《深淵》で続けたいの」


 エステルは、俺とシルヴィアを見た。


「ここで、一緒に強くなりたい」


 レオノーラが、背筋を伸ばした。


「私たちとなら、もっと深くまで行ける。4属性を使える魔法使いとして、お前が存分に力を振るえる場所もある」


「うん。お姉様たちが強いのは知ってる」


「なら、なぜだ」


 声が、少し強くなった。


「3年だぞ。帰ってきたら一緒に潜ろうと、私は楽しみに――」


 そこで、言葉が止まる。


 エステルが、姉の顔をのぞき込んだ。


「……お姉様、寂しかった?」


「話を逸らすな」


 逸れてはいない気がしたが、俺は黙っていた。


     *


「エルフォード」


 今度は、まっすぐ俺へ来た。


「君は、エステルを連れていく責任を、どう考えている」


「無事に戻るために、できる準備はします。ただ、エステルは守られるだけの仲間ではありません」


 レオノーラの目が、細くなった。


「分かっている。私の妹だ」


「はい。今の俺より、ずっと頼りになります。だから、俺も教わって、もっと強くなりたいんです」


 エステルが、少しだけ笑った。


「4属性は、わたしが教えてるの。オスカーには無詠唱を習ってる。シルヴィアも、詠唱短縮を練習してるよ」


「回復魔法は、わたくしがオスカーに教えています」


 シルヴィアも、静かに続けた。


「3人で補い合って、続けていきたいと思っています」


 レオノーラが、椅子の肘掛けへ指を置いた。


「……なるほど。よほど、居心地がよいらしい」


 声が、少し低くなった。


 これは、納得へ向かう声ではない。


「言葉だけでは分からんな。まずは、お前の力を見せてみろ」


 赤髪の剣姫が、立ち上がった。


「実技場へ行く。剣と魔法、使えるものを見せてもらう」


 来た。


 妹が大好きな姉からの、実力確認。


 ここまでは、想定内だ。


 俺も、黒曜の第23層で戦う剣を、この目で見ておきたかった。


「分かりました。よろしくお願いします」


     *


 実技場へ移り、ハインツ先生に事情を説明した。


 先生は、今までで1番長いため息をついた。


「また君か、エルフォード」


「申し訳ありません」


「殿下。実力を確かめる手合わせということですね」


「ああ。3度だけ受ける。危険と判断したら止めてくれ」


 レオノーラは腰の剣を抜いた。


 周囲の生徒が、足を止める。


「爆炎の剣姫だ。あれ、オスカーじゃないか?」


「手合わせするのか? いくら何でも相手にならないだろ」


 俺も、同感だった。


 レオノーラは練習用の標的へ向かい、剣を立てる。


「炎よ、我が剣に集え。刃に沿いて燃え、立ちはだかるものを断つ力となれ――《クリムゾン・エッジ》」


 詠唱とともに、炎が細く刃を包んだ。


 赤い光は揺れているのに、その形は崩れない。


 次の瞬間、剣が走った。


 厚い標的が、斜めに断ち割られる。


 返す刃が、隣の標的を払う。踏み込み、切り返し、突き。どの動作でも、炎は剣の形を外れなかった。


 俺が4振りで喜んでいた魔法剣とは、別物だった。


 炎が消える。


 レオノーラは剣を納め、用意されていた木剣へ持ち替えた。


「こちらなら、君も試せるな」


 地面に、靴先で小さな印をつける。


「3度、好きなところから来い。魔法も使ってよい。今のお前に何ができるか、見せてみろ」


 俺は、先生を見た。


「私が止める。無理に続けるな」


「はい」


 エステルとシルヴィアが、並んで見ている。


 俺は木剣を構えた。


     *


 最初は、左から。


 《思考加速》を使い、レオノーラの肩を見る。


 動き出す気配は、分かった。


 分かっただけだった。


 俺の木剣が、下へ押さえ込まれた。


 次の瞬間には、彼女の剣先が胸の手前にある。


「1度」


 腕へ、しびれが広がった。


 ヴィンセントの時も、力の差は感じた。それが今は、剣を合わせる前から、逃げ道まで決められているようだった。


 2度目は、水弾を使った。


 斜めから飛ばし、反対へ回る。


 レオノーラは水を剣で弾くと、その動きの続きで俺の木剣を払った。


 踏み込ませるつもりで足の前へ作った小さな土の段差も、越える必要すらなかった。彼女は上体と腕だけで、俺の剣を止めていた。


 剣先が、また止まる。


「2度」


 息を吸い、最後に踏み込んだ。


 風を木剣へ沿わせる。斬る威力ではなく、相手の剣を押し流すための風だ。


 横から短く当てる。


 レオノーラは、受ける角度を変えた。


 風ごと、俺の剣が外へ滑る。


 彼女の木剣が、肩口へ触れた。


「3度。そこまでだ」


 自分の息だけが、近くで聞こえた。


 俺は、足元を見た。


 レオノーラの靴は、最初につけた印のところにある。


 左右へ体を動かしていても、踏み出す必要すらなかったのだ。


「……1歩も、動いてないぞ」


「オスカー、ハーゲンにもベルクにも勝ったのに」


「あれが、黒曜の23層で戦う剣なんだな……」


 俺は木剣を下げた。


 強い。


 考える時間が増えても、体が追いつかない。魔法を重ねても、届く場所を読まれる。正面から押す力は、比べるところにすら立っていない。


 この1週間、確かに俺は強くなった。


 それでも、今この人には勝てない。


     *


 レオノーラは木剣を下ろし、俺を見た。


「父上は認めたようだが、この程度では私は認めない。安心してエステルを任せるには、まだ足りん」


 返す言葉は、すぐには出なかった。


 何をしても届かなかった。その事実が、腕のしびれとともに残っている。


「お姉様。今の力だけで決めないで」


 エステルが、1歩前へ出た。


「オスカーは、毎日強くなってる。少し前にはできなかったことを、もう使えるようになってるんだよ」


「……同じ攻めを繰り返さなかったことは、見ていた」


 レオノーラの視線が、俺の木剣へ落ちた。


「剣が届かなければ水で隙を作り、踏み込ませられなければ風で剣を動かそうとした。考えて戦っているのは分かる。だが、まだ思いつきに技量が追いついていない」


 そこまで、見抜かれていた。


 俺は黙って、彼女の次の言葉を待った。


「エステルが言うほど伸びるというのなら、その伸びしろを見せてみろ」


 赤い髪が、風に揺れた。


「オスカー・エルフォード。1か月後、私と決闘しろ」


 来たか。


 実力を確かめたうえで、今度は成長を示せというわけだ。


「殿下。この実力差で、通常の1本勝負は認めかねます」


 ハインツ先生が口を挟む。


「分かっている。私から1本取れとは言わん」


 レオノーラは、俺へ向き直った。


「その間に、必要なだけ鍛えろ。仲間から学ぶのも、作戦を考えるのも自由だ」


 そう言って、レオノーラは手にした木剣の切っ先を地面へ当てた。


 そのまま身体をひねり、土の上に円を描く。


 直径は、二歩ほど。


 ずいぶんと小さい。


「当日は、私はここから出ない」


 円の中央へ立ち、木剣を肩へ置いた。


「どちらかの靴の一部でも、線より外の地面へ触れさせたら、貴様の勝ちだ」


「1本を、取らなくても?」


「構わん。私は木剣と身体強化だけを使う。炎も、魔法剣も使わない」


 それは、大きなハンデだった。


 さっきの3度を体験した後では、それでも簡単だと思えない。


「時間は5分。1本取られても、剣を落としても、転んでも、続けてよい。時間まで私を円から出せなければ、君の負けだ」


「何度でも挑めるのですね」


「ああ。ただし、私も適度に反撃する。降参するなら言え」


 先生が、条件を書き留めた。


「エルフォードは、木剣と魔法を使用。外部からの援護は禁止。安全に続行できなければ、私が止めてエルフォードの負けとします」


 レオノーラが、うなずく。


「土を動かしてもよろしいですか?」


 俺が聞くと、彼女は少し笑った。


「よい。ただし、円の位置は開始時のままだ。線を動かして勝ったと言うのは、なしだぞ」


「承知しました」


 先生が、そこも書き足す。


「その勝負で私が勝ったら、エステルには《栄光の翼》へ来てもらいたい」


 レオノーラが、妹へ目を向けた。


「お姉様。それは、わたしが決めることだよ」


「無理に連れていくつもりはない。だから、今ここで聞いている。条件を受けるか」


 エステルは、すぐには答えなかった。


 俺は、レオノーラを見た。


「では、俺が勝った場合は?」


「その時は、私が《深淵》に入る」


 ためらいのない返事だった。


 俺は、姉と妹の顔を順に見た。


 俺が負ければ、妹が姉のところへ行く。


 俺が勝てば、姉が妹のところへ来る。


 ……どちらに転んでも、エステルと一緒になるつもりか。


 厳しい実力確認の後で、ずいぶん分かりやすい本音が出てきた。


 俺はジッとレオノーラを見る。


「だったら、わたしは受けてもいいよ」


 エステルが言った。


「オスカーが負けたら、お姉様のパーティへ行く。でも、お姉様が負けたら、わたしたちの仲間として来て」


「約束しよう」


 俺はエステルへ向き直った。


「本当に、その条件でいいのか?」


「うん。わたしは、ここで続けたい。それをお姉様にも認めてほしいの」


 迷いのない目が、こちらを見ていた。


 本人が決めたことだ。ならば、俺も自分の意思で答えよう。


 エステルが、再び姉を見る。


「お姉様が負けたら、今の仲間には、ちゃんと話してね」


「無論だ。引き継ぎとギルドへの届け出は私がする。約束だけして、仲間を困らせるつもりはない」


 レオノーラは、俺へ目を戻した。


「受けるか、オスカー」


 1か月。


 経験値と熟練度は10倍。毎日の鍛錬と迷宮、仲間に教わる魔法がある。


 その期間で、剣姫より強くなれるとは言わない。


 だが、靴の先を円の外へ運ぶために、使える手段なら増やせるはずだ。


「お受けします」


 俺は、顔を上げた。


「1か月後。よろしくお願いします」


     *


 帰り道、エステルが俺の横を歩いた。


「ごめんね。大変なこと、頼んじゃった」


「俺も、自分で受けたからな」


「……勝てそう?」


「今なら、無理だ」


 そこは、はっきり言った。


「だから、1か月使う。4属性、もっと厳しく教えてくれ」


 エステルが顔を上げる。


「もちろん。お姉様が踏ん張った時の強さも、説明するよ」


「わたくしは、今日の動きを書いておきます」


 シルヴィアが、手帳を出した。


「回復の練習も、続けるでしょう?」


「ああ。それをやめる理由はないからな」


 彼女が、ほっとしたように笑った。


 俺は2人を見た。


「無詠唱と詠唱短縮の練習も、続けよう。俺だけの1か月にはしたくない」


「うん。3人で強くなろう」


 エステルが、拳を差し出した。


 俺が合わせると、シルヴィアもためらいながら、小さな拳を並べる。


「ふふ。でも、お姉様はオスカーの成長速度を知らないから。あの条件なら、1か月後にはオスカーが勝てるって思っちゃったんだ」


 エステルが、いたずらっぽく笑う。


「奇遇ですわね。エステル、わたくしも実はそう思っていましたの」


 シルヴィアまで、楽しそうに同調した。


「シルヴィアまで?」


「だって、オスカーは毎日信じられないスピードで強くなっていますもの」


 二人が顔を見合わせ、くすくすと笑う。


「……そうなれるように、頑張るよ」


 明日も授業へ行く。


 剣を振り、魔法を教え合い、今度は白晶の第2層を確かめる。


 続けようと決めた日常に、目標が1つ増えたのだ。


 妹を心配する姉との決闘も、負けた相手が仲間になる条件も、想定内だ。


 しかし、お姉様が、これほど強かったことは想定外だ…めちゃくちゃ強い……


 俺は、まだしびれの残る手を握った。


 だが、1か月後。


 その足を、線の外へ出してみせる。

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