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──思えば、俺の音楽への執着は、常に「形から入る」ことから始まっていたのかもしれない。
高専に入学して間もない、春も終わろうとしていた頃。
毎晩のようにベッドに寝転がりながら、穴が開くほど音楽雑誌を眺めていた俺の頭の中は、ある強い衝動に揺り動かされていた。
『ロックやるなら金髪だろ』
1990年代、雑誌のグラビアを飾るヴィジュアル系ロックスターたちは、一様に派手な髪色で、ギターを低く構え、鋭い視線をカメラに向けていた。
そこでも目に入るのはLUNA SEAのSUGIZO。セミロングの金髪が俺の視線を釘付けにした。
──これだ。これこそが「ロック」だ。
6畳の聖域で、伸ばせるだけ伸ばしたストラップでECLIPSEを低く構え、ルーパーとエフェクターを駆使して一人で音を完結させるという、極めて地味でオタク気質なぼっちプレイスタイルを確立しつつあった俺だったが、だからこそ「見た目だけは誰よりもロックでなければならない」という謎の使命感に燃えていた。
俺はその週末、なけなしの小遣いを数え、同級生の中で誰よりも先に金髪になっていた中学の同級生に電話をかけた。近所のショッピングモールで会った時は、あまりの変化に腰を抜かしそうになったが、卒業から間もない彼女は見た目はもちろん、中学の頃とは打って変わって完全なギャルになっていた。
「山谷ー、この前ぶりじゃん!元気してる?」
「武田、テンション高いな……俺はまぁ、それなり」
テンプレ的な挨拶を交わし、意を決して本題に入る。
「武田、頼みがある……。金髪にする方法教えてくれ!」
「え……金髪って、アンタが?」
素っ頓狂な声をあげて武田が聞き返す。
「うん、俺。やっぱさ、ロックやるなら金髪じゃん」
はぁー、と息を漏らす音が聞こえる。そんなに驚くことか?とか考えていると、
「そうだなー、アタシは薬局に置いてあるやつでブリーチしたよ、お金ないし」
「マジ?市販品であんなに明るくなるもんなの!?」
そうだよ、と武田は答える。そうか、武田もお金ないなりに、自分のなりたいもののために頑張ってんだな。だったら俺も──
「ありがと、商品名教えてくれる?」
「いいよー、えっとね──」
翌日、放課後すぐ薬局に走り、かわいいカメレオンが印刷された『お試しハイブリーチ』を買ってきた。
お試しって名前に入ってるんだから大丈夫という、根拠のない安心感もあり早速パッケージを開け、薬液を混ぜる。
しかし、いざ風呂場の鏡の前に立ってみると、後頭部までムラなくこの薬液を塗るという作業が、一人では絶望的に困難であることに気づく。
どうする。
──俺は数分間悩んだ末、意を決してリビングへ向かった。
「……母さん、ちょっとこれ塗ってくれない?」
夕飯の片付けをしていた母に、俺はブリーチ剤の箱を差し出した。
母の手が止まり、箱のパッケージと俺の顔を交互に見比べる。そして、素っ頓狂な声を上げた。
「はあ!? 金髪!? あんた、入学したばっかりで何考えてんの! そんな派手な色にしてる人なんて、学校にいないでしょ!?」
「いや、いるし! クラスの半分はもう髪染めてるって!」
「嘘言いなさんな! 先週の入学式でそんな子一人も——」
「あー! いいから! 高専は自由な校風なんだから大丈夫なの! すぐみんな染めるから! それに、ロックやるにはこれが必要不可欠なんだよ!そんなことより早く!もう薬液混ぜちゃったから!!」
全国の学生が親を騙す時に使う常套句『みんなやってる』を駆使し、俺は強引に母を丸め込んだ。
到底納得していない顔をしながらも、母は渋々といった手つきで俺の後頭部に冷たいブリーチ剤を塗りたくってくれた。
──いたい。すごいいたい。ハイブリーチやばい……。
ふつうのブリーチならいたくないんかな……。
そういえば……かみそめたらしょうらいハゲるってだれかいってたなぁ……
でも……
これで、SUGIZOみたいになれる──
頭皮を刺すようなヒリヒリとした痛みに耐えながら、俺は「これがロックの痛みか……」などと悦に浸っていた。
数十分後。
薬液を洗い流してドライヤーをかけた俺は、洗面所の鏡の前で息を飲んだ。
そこには、見慣れた黒髪の冴えない陰キャではなく、見事なまでに色素が抜け落ちた、「金髪のバンドマン」が立っていた。
(……完璧だ。今日から俺もSUGIZOだ)
感動に打ち震えながら、俺はその夜、金髪のロックスターとしてステージに立つ自分の姿を夢見ながら眠りについた。
翌日。
意気揚々と教室のドアを開けた俺を待っていたのは、ロックスターへの歓声でも、羨望の眼差しでもなかった。
クラスメイトたちの「お前……マジか……?」という、戸惑いと若干の引いた視線。
当然である。入学式からひと月足らずの1年生の中で、髪を染めている奴なんて(ましてやハイブリーチの金髪なんて)俺一人しかいなかったのだから。
『クラスの半分は染めている』という大嘘が、見事に自分自身の首を絞める結果となった。
「お、おい山谷……お前、どうしたんだよその頭……」
クラスで一番仲のいい林が、恐る恐る問いかける。
「……ロックの神から、お告げがあったんだよ…」
俺は引きつった顔で、精一杯の強がりを言うしかなかった。
その日から俺は、クラスの中で「ちょっと関わらない方がいい、ロックに目覚めちゃったイタい奴」という確固たるポジションを確立することになった。
だが、教室の隅っこでキノコを生やしてそうな地味な俺はもういない。これからは俺もSUGIZOみたいにカッコよく生きられるんだ──
ロックの神からのお告げは絶対だ、一度染めてしまった髪を黒に戻すのは神への冒涜だ、自分に言い聞かせ俺は痛みに耐えながらブリーチを繰り返した。
結局、そのまま「金髪」は俺のトレードマークとなり、卒業するその日まで、俺の頭でパサパサと輝き続けることになる。さらに、金髪=外国人って安直な理由からクラスの数人が呼び始めた、『マーク・パンサー』ってあだ名は、卒業まで俺に付きまとうのだった。
──そんな俺のその意地が学校を変え、金髪が市民権を得た、なんてことはなく。
金髪デビューから半年後に行われた、担任と親による二者面談。
学校に出向いた母は、そこで『クラスの誰も髪を染めていない(金髪なのは自分の息子だけ)』という残酷な現実を目の当たりにすることになる。
その日の夜、家に帰った俺が、ブチギレた母から「あんた!! クラスの半分が染めてるって言ったわよね!? バリカン持ってきなさい!!」と、深夜まで及ぶ長時間の凄惨な説教を受けたのは、言うまでもない。
助けて、ロックの神。




