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「空間の帯域を支配しろ」
叔父が残したその言葉は、俺の中で一種の呪いとなり、同時に明確な道標となっていた。
中学を卒業した俺は、地元の工業高等専門学校──高専に進学した。
目的はもちろん、電子工学を学ぶためだ。機材の限界を言い訳にしないため、自分の手で音の根源から支配する技術を手に入れる必要があった。
入学後、俺は軽音楽部にあたるオーディオ部に籍を置きつつ、もう一つの部室の扉を叩いた。
吹奏楽部だ。
数十人という人間が、それぞれ全く違う楽器を同時に鳴らす。それでも音が濁らず、ひとつの巨大な生き物のように調和するオーケストレーションの秘密。俺が知りたかったのは、その『周波数の棲み分け』という究極の理論だった。
「おっ、新入部員だねー。きみ、唇厚いじゃん! よしよし、じゃあチューバだね」
見学初日、見るからに美人なギャルといった先輩の鶴の一声なのか、トップダウンの圧力なのか、俺の担当楽器は強制的に決定した。
渡されたのは、自分の半身ほどもある巨大で重たい真鍮の塊。華やかなトランペットやサックスとは無縁の、ただひたすらに低音を這いずり回るだけの地味な楽器だった。
何の思い入れもないベースセクションに放り込まれ、拙い低音を吐き出す日々。だが、毎日毎日、床を震わせるような低音を吹き続けるうちに、俺はある決定的な事実に気づくことになる。
──低音が完璧に制圧された空間では、中高音がどこまでも輝き出すのだ。
ベースラインとなるチューバやコントラバスが、出しゃばらず、かつ決して揺るがない土台を作った時、フルートやトランペットのメロディが天井を突き抜けるように響き渡る。
逆に言えば、低音の処理を少しでも間違えれば、空間全体の音が濁り、すべてが台無しになる。ギターの音作りにおいて一番難しく、そして一番重要なローエンドの処理。俺はチューバのピストンを押し込みながら、その完璧なバランスを耳と体に徹底的に叩き込んでいった。
理論の土壌は整った。次は、それを物理的に出力するための機材だ。
今の手持ちは、あの入門ストラト、SUGIZOモデルのECLIPSE、エフェクターのME-30、そして高校の入学祝いに買ってもらったMTR。いろんな音を録って、曲にするための録音機材だ。
このMTRは、楽器ごとの周波数帯域の割り当てを学ぶのに、これ以上はないと言っていいほどの実験道具となった。
吹奏楽部にはドラムセットが置いてあり、バンドを組んでいるドラマーの先輩が練習がてらよく叩いていた。この音を、家から持ってきたMTRで録音する。
同時に録音できる音の数は4トラック。俺はオーディオ部から4本のマイクを拝借し、音楽雑誌やテレビで見たように、シンバル、タム、スネア、バスドラムに配置して録音した。
ドラムは高音のシンバルから中低音のスネアやタム、低音のバスドラムと、広い周波数帯を使う楽器だ。
ということは、低音を担うベースはバスドラムと周波数帯がぶつからないようにする。ギターも高音から低音まで広い周波数帯を使うから、ドラム、ベースとぶつからないように調整する。さらにギターを2本録音するなら、ギター同士がぶつからないようにもしないといけない。
そうして帯域を綺麗に隔離し録音したセッションを聴いてみると、やけに音がスカスカなのだ。
──おかしい。周波数帯がぶつからないように、きっちり棲み分けたはずなのに。
不思議に思った俺はLUNA SEAのCDを聴いてみた。俺のセッティングと何が違うんだ?
あの日から数えきれないほど聞いたROSIERを再生する。ハイハットの2カウントから食い気味に始まるイントロ。耳に叩き込まれる音の形を脳内で作り上げる。
そうしてすぐ、決定的な違いに気づいた。
LUNA SEAの曲は、周波数帯に谷がない。全ての周波数帯が隙間なくしっかり鳴っているのだ。ギター同士の融和する点、ギターの低音域とベースのエッジが溶け合う。バスドラムから放たれる、全てを押し出す空気の壁をベースの低音域がさらに壁を加速させる。そびえ立つ音の城壁をなぞり、爪を立て、引き裂きながら融和するボーカル。
対して俺の作った音は、楽器と楽器の間に明確な周波数の谷が存在する。それが物足りなさの正体。
自分の作った音をもう一度聴き、それぞれの音を少しずつ重ね合わせて、もう一度音全体で聴いてみる。
さっきと全然違う。音が厚くなった!
重なり合う音。互いを打ち消し合わせるのではなく、あえて重ね合わせて空間を分厚く埋め尽くしていく作業。
そう、音楽は全員で作るものだ。
吹奏楽の曲も、楽器ごとに重なる周波数帯がある。それらが複雑に絡み合って、あの分厚いオーケストレーションの音を作り出してるんだ。
一人一人の音がどれだけ素晴らしくても、その音がバラバラになってはいけない。全ての音がつながり合い、渾然一体となって初めてあの衝撃になるんだ──
音を識ることに、楽しさと感動を覚えていた。
そんな日々の中、理想の音を追求し、実験を繰り返すには、機材や電子部品を買うための資金が要る。親からの小遣い程度じゃ到底足りない俺は、学校が終わると近所のファミレス『Joyfull』の厨房で調理のバイトに明け暮れた。
時給は決して高くない、賄いなんて食べてたらそれで給料が減る。俺はバイトの度に弁当を作り持って行った。もちろん弁当の材料は家の冷蔵庫だ。母親が買いだめていた冷凍食品や食材をこっそり使い出費を減らす。そして稼いだ資金は音楽のために使う。
食器がぶつかる耳障りな高音域、厨房機器から発生する低音域、空いた中音域には人間の声──
そんな音にあふれた厨房で、油と汗にまみれながらも、俺の頭の中は常に周波数のパズルと配線図でいっぱいだった。
その配線図が俺の頭を埋め尽くす原因となった出来事がある。
高専での授業には、理論だけでなく実践も数多くあるのだが、ある日、実習の授業でハンダごての扱いを覚えた俺は、ギターの改造もできるんじゃないか?と思いついた。
そんなタイミングで、オーディオ部の先輩から「ギターのパーツ余ってるからあげるよ」と譲ってもらったのは、プロのギターに必ずと言っていいほど搭載されているアクティブピックアップ『EMG-SA』だった。
四角い9V電池で駆動し、微弱な弦振動の電気信号をギター内部のブースター回路で増幅させるこの漆黒のピックアップは、必要最低限の回路しか持たない俺のギターにはそのままでは載らない。
俺は躊躇なくECLIPSEのボディにドリルとトリマーでザグリを空け、9V電池を仕込むスペースを抉り出した。
そして、ECLIPSEの裏蓋を開けた。そこには廉価版とは思えないほど、丁寧にワイヤリングされた電気回路や部品たちが整然と、まるでひとつの芸術作品のように並んでいた。
感動すると同時に、そんな芸術に、技術を覚えたての俺が手を入れてしまっていいのか、芸術は守らねば、などとさまざまな躊躇いが……
一切なかった。
配線をすべて引き直し、銀色のハンダを溶かして回路を繋ぐ。テスターで配線の確認を行い、電池を繋ぐ。
ギターにシールドを挿し、ME-30を経由してアンプに繋ぎコードを鳴らした瞬間、俺は歓喜に震えた。
どれだけ強く弾いても一切の濁りがない、氷のように冷徹で、コンプレッサーをかけたように粒立ちの揃った完璧なクリーントーン。どんなノイズも許さない「完璧な波」が、俺の指先から出力されていた。
そんな忙しくも充実した生活を送っていた折、ついに目標としていた金額が貯まった。
電車に乗り、過ぎゆく景色を眺めながらも脳内はこれから会いに行く憧れのもので埋め尽くされていた。
2時間後、北九州の小倉駅に到着。さあ楽器店に行くぞ!
とその前に。せっかく遠くまで来たんだ、少しぐらい美味しいご飯を食べてもバチは当たらないだろう。
北九州は、というより福岡県はラーメン、うどんが全国的に有名だ。博多まで行けば屋台のラーメンもあるらしい。
俺は商店街を歩きながら、いい匂いのするラーメン屋に吸い込まれた──
「美味かった…福岡のラーメンすげえ」
俺の住む宇部にも、美味しいラーメン屋は数多くあるが、その多くは福岡の久留米ラーメンをルーツとしているものが多い。
ということは、福岡のラーメンを食べるということは、実質里帰りなんじゃないだろうか。
そんなことはどうでもいい、とにかく楽器店だ。
足早に楽器店へ向かい入店、他のものには目もくれず、エフェクターコーナーにたどり着く。
「あった……GT-5」
そう、俺が今日買いに来たのは、叔父が、久光が持っていたBOSS GT-5だ。
やっと、こいつを手に入れられる。
感動で固まっていると、店員さんが話しかけてきた。
「こんにちは、GT-5ですか?」
「はい……ずっと欲しかったエフェクターなんです」
見ず知らずの人にも想いが伝わってしまいそうなほどの熱量で答える。
「いいですよねGT-5! 僕も使ってたんですよ!」
「そうなんですね!わかります!!
……って、『使ってた』?」
一瞬、思考が止まった。そんなことお構いなしに、店員さんが話を続ける。
「実はBOSSから新型が出て、それに買い替えたんですよ!」
なん……だと……?
聞けばつい数ヶ月前、GT-3という新型が出たとのこと。数字だけ見たら小さくなってるから、GT-5の廉価版と思いきや、新作のエフェクトが数多く追加されていると店員さんは説明する。
正直、何年も憧れていたGT-5を買う気でいたが、もう少し詳しく話を聞いてみることに。
──1時間後、俺の手にある楽器店の紙袋にはGT-5…… ではなく、GT-3が入っていた。
そんな経緯で手に入れたGT-3だが、買って後悔はなかった。
こいつとは、長く付き合えそうだ。
そんな予感がした。
ギターの改造を経験し、GT-3を手に入れた俺は、音作りに邁進することになるが、今の機材で全てが網羅できるわけではない。足りないエフェクターを買うお金もない俺は、そうだエフェクターを自作しよう、と思い立ち、電子工作にも没頭した。
1999年頃はインターネット黎明期と呼ばれ、個人がインターネット上にホームページを作れるようになってきたが、まだまだ一部のパソコンマニアによる聖域だった。
そんなパソコンマニアは電子工作に精通しているものが多く、自作エフェクターの回路図をホームページに公開するギターマニアもちらほらと現れ始めた。
そんなものを情報処理の授業中に見つけたしまった俺は、電子回路理論の教官に頼み込んで秋葉原のパーツ屋のカタログを読み漁り、授業の合間に基板を焼き、無塗装のアルミダイキャストケースに自作の回路を組み込んでいく。発振してピーピー鳴るファズや、まるでギターが喋っているような音を作るボコーダーなど、「変わったエフェクターを作って遊ぶ」のが、高専生活での密かな楽しみになっていた。
そんな自作エフェクターの中でも、俺が一番重宝していたのは、ただ一つのフットスイッチだけがついた無機質な銀色の箱──自作のルーパーだった。
デジタルメモリーICを組み込み、踏み込んだ瞬間の音を記憶して無限にループ再生し続ける変わり種なペダル。
俺にはMTRという立派な録音機材がある。だがこいつは、いちいち演奏の手を止めて録音や再生のボタンを押さなければならず、あくまで実験と分析のための道具として使っていた。
メーカーのロゴも、ツマミの説明書きも一切ないその無骨な箱を作った理由は、ただ一つ。
ギターを抱えたまま足元だけで瞬間に完結する、リアルタイムのセッション環境が欲しかったのだ。
なぜなら、一緒にセッションする友達がいなかったから。
高専にもバンドマンはいるし、上手いプレイヤーもいる。が、何の不幸か俺のクラスにそんな同志諸君は一人もいなかった。これはとてつもなく大きな誤算だった。
そんなわけで俺は、毎日のように自室で一人セッションに明け暮れた。
ルーパーのスイッチを踏み込み、EMG-SAの完璧なクリーントーンで計算し尽くされたバッキングを弾く。足を離すと録音は止まり、もう一度踏めば、アルミの箱は文句一つ言わず、寸分の狂いもない正確さで俺のバッキングをループ再生し続ける。
俺の音と、俺の作った回路さえあれば、それでいい。
だってここには『俺の方が上手い』というマウントも、『ここはもっと走ろうぜ』という身勝手なアレンジも、俺の音を喰い殺そうとする無神経な爆音もない。誰の自己主張も、エゴもないから。
俺は未だあの日──中学の文化祭から踏み出せないままだった。




