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【改稿中】エクリプス 〜選ばれない月は、太陽を閉じ込める〜版権無視Ver.  作者: 月乃下 想
勘違いの全能感

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1-4

 文化祭から数時間後。


「おう、お帰り」


 家に帰った俺を待っていたのは、思わぬ来客だった。



「コーちゃん……」



 たぶん母さんだ。俺が文化祭のライブに出るって連絡でもしたんだろう。

 帰ってきてくれたのはすごく嬉しい。


 嬉しい、はずなのに。

 今日だけは、会いたくなかった。

 コーちゃんの顔を見ることもできず、俯いたまま階段を駆け上がり自分の部屋に逃げ込む。


 情けない。恥ずかしい。妬ましい。

 ギターって、こんな思いをしてまでやるものなのか?

 ただ、音を出すことが楽しかったから弾いてた。

 やがて、自分だけで音を鳴らしていることが、だんだん物足りなくなっていった。

 誰かと一緒に演奏がしたい。

 そんな時に中島が「バンドやろうぜ!」って誘ってくれた。本当に、嬉しかったんだ。世界の誰とも積極的に関わってこなかった俺を、中島の世界に招いてくれたことが。

 久光だって、アイツだって練習して、でも天才だから俺よりギターが上手くて、俺のためを思って再度ギターを勧めてくれたんだ。


 悪いやつなんて一人もいない。

 みんな良いやつなんだ。


 でも、どうして、俺の音は、誰にも届かなかったんだ。

 どうして誰も、俺の音を聞いてくれなかったんだ。

 どうしようもないことばかりを、真っ暗な部屋でうずくまりながら頭の中でぐるぐると回していた。


 その時、部屋に響く、ドアのノック音が3回。


「入るぞ、真太郎」


 俺の返事も待たずに、コーちゃんは部屋に入ってきた。

 真っ暗だった部屋の照明を点ける。


「……悔しかったのか」



 そうだよ。

 悔しいよ。


 俺はさ、この日のために全てをかけて準備したんだ。

 練習? 1日も休まず、できる限りしたよ。

 音だって、時間をかけて煮詰めて、妥協なんて一切しなかった。

 今の俺が作り出せる、最高の音を作って、ステージに立ったんだ。



 なのにさぁ……



「……くそ」


 届いて、なかったんだよ。

 誰にも届かなかった。

 俺の音は。

 弾いてないなんて、そんなわけないんだよ!

 自分の全てを出し切った最高のプレイだったんだ!!



「慰めねえぞ」


 だから、この言葉は本当に救われた。慰められたり、優しい言葉をかけられる方がよほど痛い。

 やっとの思いで絞り出した掠れる声で、腹の底から思いを、悔しさを吐き出す。


「俺の音……完璧だったんだ。久光の音に埋もれないように、曲を際立たせるように、丁寧に繊細に作り込んだ。俺の目の前のアンプからは、確かに最高の音を叩き出してたんだよ! 」


 喉が熱い。

 目頭がツンと痛い。

 押し寄せる感情の波を止められない。



「なのに、なんで誰にも届かなかったんだよ!」


 息が苦しい。

 まただ、水に溺れたような息苦しさ。

 はじめて見つけた、自分のやりたいこと。

 楽しいはずだった。

 幸せだと信じきっていた。

 そんな好きなものにさえ、こんな気持ちにさせられる。

 涙が、止まらなかった。


 泣き叫ぶ俺を、何も語らない目で見るコーちゃん。

 タバコの煙をゆったりと吐き出し、床を眺める。


「真太郎……このデータシート、お前が作ったのか」


 床に散らばる、数えきれないほどページをめくり、パラメーターひとつひとつを覚えていった、エフェクターの説明書。その横に無造作に置かれた紙の束は、音を作りながらメモを取っていった努力の結果だ。


「なるほど、ギターのサウンド特性と、アンプのパラメーターまできっちり作り込んでるな」

「寝る時間ももったいなくて、必死に調整して、これって思える音を作っていったんだ……俺、頑張ったんだよ」



 コーちゃんが、床に投げ出したギターケースから俺のギターを取り出す。

 何も言わずシールドを繋ぎ、アンプの電源を入れ、コードを鳴らす。



「俺な、真太郎の初ライブ、見に行ったんだよ」

「……え?」


 思わぬ言葉に、頭が真っ白になる。


「だから、真太郎の音がどうして誰にも届かなかったか、その原因も説明できる」

「教えて、何で俺の音は──」

「だけどな、その前にこれだけは言わせてくれ」



 タバコの火を消しながら、コーちゃんは優しい目で言った。



「いい音だった」



 誰にも届かなかった、と思っていた俺の音。

 それを、いい音だった、って……?


「これでも長年音楽やってんだ。何よりギターの音だ、どんな時でも聞き漏らすわけがない」

「……そうなの?」

「信じられないか? じゃあ──」


 コーちゃんはポケットからメモを取り出し、後ろの方のページからめくっていく。


「これだ。あのME-30の設定は、そうだな……まずコーラス。素人がよくやりがちなのが、透明感を深くするとかいう理由で深くかけること。これは良くない。音の芯が消え失せるからな」


 コーちゃんは続ける。


「それと、ディレイの塩梅《あんばい》って結構難しくてな、これもかけすぎると風呂の中で音が鳴ってるように聞こえて、音の芯が消えるよな。それらをかけすぎないギリギリのパラメーターで合わせたのはさすがだ」


 

 聴いて、くれてたのか。

 俺の音、届いてたのか。

 ああ、良かった……無駄じゃなかった。


「厳しく見ていけば、EQ(イコライザー)は少し詰めが甘かったのと、コンプレッサーが弱すぎってことぐらいか。ここまでが機材の限界だったんだろう。本当に、あのオモチャみたいな機材でよく組み上げた」

「……ありがと」

「それじゃ、誰にも届かなかった音の原因を教えようか」



 どくん、と心臓が跳ねる。

 やっと知ることができる。俺の音を、殺した犯人を。



「真太郎、自分のアンプの真正面に立ってたよな。ひとつめの罠はそれだ」




 は?



 いやいや、そういうもんじゃないのか?

 ギタリストって、みんなアンプを背に弾いてるもんだよな?だから俺もそうしたんだ。


 俺の疑問をよそに、コーちゃんは続ける。


「ギターアンプの音、特に高音域ってのは直進性が強いんだ。どういうことか分かるか?」

「えっと……音が真っ直ぐ一直線に飛ぶってことは……もしかして……」


 次の言葉が、霞の向こうにわずかに見えた。


「今みたいに真正面に立ってりゃ、音は真太郎に全て集まるから、気持ちよく聴こえるだろう。だが、そこから一歩でも横にズレてみろ」


 言われるがままにアンプの横へ移動すると、さっきまで耳に刺さっていた高音がわずかにこもり、モコモコとした輪郭のない音に変わった。


「なんだ、これ……」

「これを中音《なかおと》と外音《そとおと》っていうんだ。こんな小さい部屋で違いが分かるってことは、真太郎は耳がいいな」



 知らなかった。

 家ではいつもアンプの正面でギターを弾いていた。

 リハーサルも、アンプの正面でボリュームを調整した。


「そんな……俺は自分の音をもっと上げなきゃいけなかったのか……」

「初めての、しかも中学校の文化祭のステージで、こんなことを言うのは酷かもしれない。もっとしっかりしたステージなら、PA《音響機材》の返しもあるし、プロならエンジニアが全部やってくれる。メンバー同士の音量バランスもそこで取れる」


 コーちゃんがタバコに火をつけ、煙を深く吸い込んだ。


「厳しいことを言うけどな、真太郎はステージの上で、自分専用の特等席で『自分だけの音』に酔ってただけなんだよ。客席にどう音が飛んでいくか、1ミリも想像してなかったわけだ」


 コーちゃんの言葉が、鋭い刃物のように俺のプライドを切り裂いていく。


「それに、体育館ってのはコンクリートと木の板でできた巨大な反響室のようなものなんだ。低音は壁を這って回り込み、中高音は天井で乱反射する。久光が放った全帯域ブーストされた爆音は、あの巨大なハコの中で暴走する『魔物』になった。真太郎の繊細なアルペジオは、もう一つの罠、『体育館というハコ』に食い殺されたんだ」



 何一つ、わかっていなかった。

 中音と外音、メンバー同士の音量バランス、会場の音響……どれもいま、初めて知ったことばかりだ。


「真太郎がここで折れずに、数多の天才たちに立ち向かい続けたいなら、テクニックとか音作りだけじゃなく、音響というものを知らなきゃいけない。ギターとアンプの特性、空間の反響、そして|PAを通した外音のコントロール……空間《ハコ》の帯域を支配しろ」



 知恵を絞ったつもりでいた。機材の限界を、努力でカバーしたつもりでいた。

 だが、俺は音響という戦場のルールすら知らずに、素手で魔王に突っ込んでいたようなものだったのだ。


「心配すんな、お前は耳がいいんだ。すぐに理解できる。……いいか、真太郎」


叔父は、短くなったタバコを灰皿に押し付けながら、ニヤリと笑った。


「これから先、お前は嫌ってほど出会うはずだ。アイツみたいに何も考えず、ただデカいだけの無神経な音を垂れ流す連中にな。そいつらの音を全部、お前の手で檻にぶち込んでやれ。そして、お前の音で空間ごとねじ伏せるんだ」




 戦うための理論が足りなかったんだ。だから、誰にも俺の音を届けられなかった。

 悔しいけど、知らなかったからで許してくれる時間は、もう終わった。




 俺は知りたい、音のことを。

 さっきまで抱えていた絶望は、気がつけばどこにもいなかった。

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