1-3
先の出演バンドのライブが終わり、ステージの緞帳が降りる。
「よーしみんな!伝説作るよ!!」
久光がウキウキした顔で叫ぶが、やめてくれ。
ここでそんなに叫んだら観客に聞こえちゃうから……。
「いいかみんな、円陣組むぞー!」
テレビか何かで見た、ライブ前のプロミュージシャンよろしく皆で円陣を組み、
「ウルトラベロシティーズ、行くぞ!」
何度聞いてもうなじのあたりがこそばゆくなる名前。これ、久光が考えた最強のバンド名だそうだ。
しかし、恥ずかしがっている場合じゃない。
ECLIPSEとエフェクターをアンプに繋ぐ。
俺の足元には、数ヶ月かけて完璧な音を作り込んだマルチエフェクター『ME-30』が誇らしく鎮座していた。
今日までの時間で、できる練習も音作りも全てやり切ったんだ。INORANパートは、久光より上手く弾けるはずだ。
アンプの正面に立ち、全員の音を鳴らしながら音量を調整していく。
ステージを動き回りながら音出しをしていると、妙なことに気付いた。
アンプの正面からずれた場所に立つと、演奏中に自分の音が聞こえなくなってしまうのだ。アンプと真正面で向き合うと、自分の音がしっかりと聞こえる。
演奏する場所はここだ。
自分の音もよく聞こえ、全員の音も聞くことができる。
セッティングが終わり、ステージを見回す。
ステージの反対側には久光。Fender USAを構え、足元の機材に手を伸ばしている。
その手の先にあるものを見た俺は、目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。
久光の足下には、無数のスイッチと液晶ディスプレイ。そして重厚な筐体。
叔父がかつて俺に見せた、魔法の箱。
BOSSの最上位機種『BOSS GT-5』が、当然のような顔をして久光の足下に鎮座していたのだ。
なんで。
あれが、久光の足下にあるんだ──
そんな俺の雑念をよそに、皆のセッティングが終わった。
戸惑う間もなくライブが始まる。
中島がハイハットシンバルで6カウント、直後『ROSIER』のイントロが炸裂する。
久光の指先は縦横無尽にフレットを駆け回り、SUGIZOの狂気的なプレイを完璧に1音1音積み上げ構築する。
悪気のないドヤ顔で、GT-5のペダルを踏み込む天才。
──かかってこい、俺の音に。
まるでそう言いたいかのような、独善的で暴力的な音。
「すぐ弾けるようになるよ」なんて爽やかに言ってきた久光は、ステージの上にはいなかった。
だめだ、冷静になれ。
音を絡めろ。
ここでアルペジオを……
少しでも気を抜くと、俺の音が喰われる。息をする暇もない。
必死にINORANの音を再現しようと、アイツの音に食らいつこうと音を奏でる。
久光のピックは、そんな俺の心など目にもくれず、弦を切り裂く。
あの日俺が惹かれた、独特なSUGIZOの奏法を完コピしていた。
久光のアンプから次々と襲いかかる、音の刃……
嫌だな、天才って。
なんて自分本位な音で、なんてかっこいい音なんだよ。
こんなところにまで悪気のなさを全開にするなんて、本当に俺のプライドを粉砕してくる。
──だからって、遠慮なんかしたくない。
お前の引き立て役は俺じゃない。
襲いかかる音を受け止め、いなし、膨大な音の圧力に抗う中、一つ気がついたことがある。
俺に絡みつく久光の音には聴き覚えがあった。あの時コーちゃんに使わせてもらったGT-5、答えはその中で俺を呼びかけていた。
天才がアンプから引きずり出す音、それらには緻密な計算など一切ない。ただ、工場出荷時のパッチナンバー『1-2』に登録されているだけの『派手で分厚いだけの音』だ。
他のメンバーのことなど一切見ていない、俺たちの音を知らない誰かの作った音。
だからこそ──
その暴力的なまでの音圧と、全帯域を無神経に埋め尽くすGT-5の音の壁を前に、俺が数ヶ月かけて研ぎ澄ませたME-30の音は、アンプから俺の背中へ響いていた。
空間を支配するために作り上げたINORANのアルペジオは、久光の放つ濁流のような音を繊細な針のように縫い抜け、しっかりと曲の空間を支えていく。
息もつけない、苦しい、でも。
俺の音は、襲いかかる音の刃を優しく受け止める。
そう、立ち向かうんじゃない。
人間が猛獣に立ち向かわないように、俺はこの音を手なづけるんだ。
傷つけぬよう、警戒させぬよう、優しく。
そして向かってくる音の雪崩を、手のひらですくい取り海へ導くように。
音の流れを強く、太く、深く。もっとだ、こんなんじゃ足りない。
「もっと……」
どれだけ知恵を絞り、手持ちのカードを磨き上げても、圧倒的なスペックと才能の暴力の前では無意味だと思いそうになる。
だが。
俺は確かに作ることができたんだ。
天才に噛み付く窮鼠の牙を。
弾けなかった『ROSIER』のリードパート。
ステージの上で、憧れたあのプレイを横に、俺は空間を押し広げた──
確かな手応えを掴んだライブが終わり、ステージを降りる。
クラスの友達が駆け寄り、感想を伝えにきてくれた。
「お前弾いてた? ぜんぜん聞こえなかったぞ」
──は?
「いや、そんなことないよね……? 俺にはしっかり聴こえて──」
「ホントだって、久光の音はすげー聴こえてたけど、マジで弾いてた?」
嘘だ。
俺には聴こえてた。あの音圧を縫い抜ける、鋭くも優しく包み込む俺の音が──
「あ、わかった! ボリューム上げてなかったんだな、お前」
「いや……上げてた……俺にはしっかり聴こえて……」
「んじゃ足りなかったんじゃねーの?もっと上げりゃ聴こえてたかもなー」
まただ。
この悪気のない言葉。
久光の言葉を受けた時の重苦しさを、今また感じている。
何よりも悔しいのは──
俺の音、届かなかったのか……?
あれだけ頑張ったのに。
音を突き詰めて、自分なりにいい音が作れたのに。
なんでだ。
なんでだ。
なんでだ。
頭の中でこの言葉だけが、文化祭が終わった後もリフレインしていた。




