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【改稿中】エクリプス 〜選ばれない月は、太陽を閉じ込める〜版権無視Ver.  作者: 月乃下 想
まなざしの先

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6-3

 ここしばらく悩んでいた将来のことは、意外な救世主(麻耶)の言葉のおかげで、かなり軽くなった。

 そして、中断となっていた麻耶の相談は、話の流れでなんとなく察していたが志望校の選び方という、中学3年生ならではのものだった。

 とはいえ、麻耶の中ではほぼ決めていたらしく、俺がしたことと言えば背中を押しただけ。

 志望校も決定し、麻耶も受験勉強に本腰を入れ始めた。


 そんな心が軽くなった、12月のある日。


『山谷、助けて』


 メールで送られてきた、たったの6文字。

 いつもの軽口も、ふざけた言葉もない。

 只事じゃないと思わせるには十分だった。


『今どこ?』


 送ると同時に、駐輪場から自転車を出し駆け出す。

 追加で送られてきた場所を見て、一瞬ペダルを漕ぐ足が止まる。


 送られてきた場所は、武田の家だった。




「──相変わらず、でっけー家……」


 遊びに行って、夜遅くなった時に武田を送っていったことも今まで何度かあるし、『インターホン押したら迎えに出るから』と追加メールが来ていたので今更ビビることはないと思っていた。

 でも、いざこのドラマでしか見たことないような構えの家に入るとなると、緊張で心が潰れそうになる。

 目の前の重厚な門構えに気後れしつつも、ゆっくり深呼吸してカメラのついたインターホンを、押す。


「はい、どちら様でしょうか」


 インターホンから聞こえてくる声は、大人の女性のものだった。武田のお母さんかな?


「えっと……山谷と申します。娘さんに呼ばれて来たんですが……」

「山谷さん……なるほど、承知しました。お迎えにあがりますので少々お待ちいただけますか」


 武田のお母さん、丁寧な口調で驚いた。てっきり武田と同じような『はあ、山谷? 勝手に入って来なさいよ』なんて言われるもんかと思っていたが、家の雰囲気に負けない話し方だ。



 そして2分後。

 俺は武田家の長い門道を歩いていた。


「お嬢様のお友達が来られたのは初めてです」

「お嬢様……? 武田のお母さんですよね?」

「いえ、わたくしは使用人です。お手伝いさんみたいなものと思っていただけたら」



 使用人、さん?

 一瞬、意識が理解の外に飛ぼうとしたのを必死に抑える。


 俺のまだ長くない人生において、家にお手伝いさんがいた家など存在しない。

 あんなのドラマでしか見たこと……まただ。

 でも、これでようやくはっきりした。


 武田の家、俺の想像を遥かに超えたお金持ちじゃねーか!

 いつかポテト代、回収してやる……。



 そんな驚きに呑まれていた俺の顔がおかしかったのか、使用人さんがくすりと笑う。


「失礼しました……山谷さんが、お嬢様から聞いた通りの子でしたので」

「え? 俺ですか? ……ちなみに武田はなんと?」


 こちらを優しい顔で見ながら、使用人さんは話す。


「時々お嬢様が遅くに帰られる時、必ず山谷さんの名前が出るんです。『元気なかったから蹴飛ばしてやったー』とか、『悩み聞く代わりにポテト奢らせたー』とか、エピソードも添えられて」

「す……すみません、遅くまで武田を引っ張り回して」

「いいんです、おかげでお嬢様はずいぶん明るくなりましたし、それに……っと、お待たせしました、こちらへどうぞ」


 話してるうちに邸宅へ着き、使用人さんに玄関を恭しく開けてもらい、中へ入る。


「お邪魔します……うおっ」


 玄関だけで、俺の部屋よりぜんぜん広い。

 目の前の壁には虎の毛皮を開いたものが掛けられている。

 よく分からない木の切り株をスライスしたものが飾られている。

 靴を脱いでいると、横には俺の身長より少し低い謎のカラフルな壺が3つ。


 ……お金持ちの家、わけわからんな。

 靴を脱ぎ、用意されていたスリッパを履いて使用人さんについて行く。


 迷路かな?


 歩いた先を右へ左へ、かなりの距離歩いていく。


「お嬢様はこちらです」

「お、お迎えから案内まで、ありがとうございます。……武田ー、入るよー?」


「……どうぞ」


 部屋の中から聞こえてきたのは、いつもの武田とは結びつかないほど小さな声。

 メールの文面といい、何があったんだ?


「お邪魔しまーす……って何その格好」


 目の前にいるのは、やはりいつもの武田ではなかった。


「なんで着物?」

「家ではこれ着ろって親から言われてんの」

「……なに時代だよ」

「でしょ? アタシもそう思う!」

「いきなり復活したな」

「まあいいじゃん。てか、立ち話もナンだし座れば? あ、静さん、コーヒーお願いしていい?」

「承知しました、お嬢様」


 武田って、家の中ではいいとこのお嬢様に見えるな。普段はあんなんなのに。


 さて、それはそれとして座らせてもらおう、と思ったが……。

 友達の家に行くことなんて数えるほどしかなかったから、どこに座ればいいか迷っていると、無言で座布団を指さされた。


 ありがと、と言いつつ座布団に座り、早速事情聴取だ。


「あのメールびっくりしたよ、なんかヤバイことでもあったの?」

「ヤバいよ山谷、アタシの将来がピンチなの!」


 将来。

 奇しくも先日、そのことについて深く考える機会があったばかりだ。


「そうか、武田も将来について悩んでたんだな。俺もこの前さ……」

「このあと家族会議が始まるから、一緒に出て」



 はい?

 家族、会議、だと……?


「うちの親が知ってる同級生、アンタぐらいだから。お願い! うちの親説得して!!」

「いやいやいやいやいや! 武田の親って確か社長さんかなんかだろ!? 俺がそんなことできるわけないって!!」


 高専に入ってから、たくさんの人と深く関わる機会が生まれたとはいえ、別に人と話すのが得意になったわけじゃない。何なら今でも人と話すのは苦手だ。そんな俺に、あろうことか親を説得なんてとんでもない頼み事をされても……。



「アタシ、夢があるの」



 同級生とそんな話をしたこともなかった俺は、目の前の同級生に夢があるなんてことも当然知らない。自分の夢とか将来とか、そんなことを自分自身が考えたことなかったから、誰かのそんな話だって聞くこともなかった。


 でも、誰にだって夢とか将来の希望ってものがあるんだよな。

 それは武田も同じ。まずは話を聞こう。


「武田、何になりたいの?」

「ヘアメイクさん。芸能人とかアーティストの髪を担当する仕事」


 ヘアメイク、それは俺もなんとなく分かる。

 音楽雑誌とかでミュージシャンの髪が綺麗にセットされてるのも、そういえばヘアメイクさんがやってるって書いてあったな。


「すげえじゃん! いつからなりたいって思ってたの?」

「高校入ってからかな。友達の髪セットしてあげたり、美容室行く時にどういう風に切ってもらったらいいか、みたいなこと聞かれたりしてて、それがすごく楽しかったの」

「そう言えば、俺も初めて髪染めるときに電話したわ」

「実は、誰かに髪のことで頼られたのって、あれが初めてだったの。それから少しずつ、クラスの子達と関わっていって、楽しいから勉強して……気がついたら、アタシのヘアメイクで喜んでくれる人を見ることが嬉しくなってた」


 一呼吸おいて、武田が続ける。


「そうして、それがアタシの夢になった。いつかアタシのヘアメイクで、テレビに出てる芸能人をもっと綺麗に見せたいって」

「すげえな、武田。自分の好きなことが夢になるって、すごく幸せじゃん」



 武田もちゃんと、将来なりたいものを見つけたんだな。それは本当に尊敬する。



「でも武田、家族会議になるってことは」

「うん、反対された。鼻で笑われて、そんな浮ついた仕事、すぐに廃れて路頭に迷うから、お前の感性なんかで頂点に立てるわけがないって。……このままじゃ、よく分からない良い大学に進学させられて、したくもない仕事に就かされるの。それが、アンタのためだからって。いい機会だから、髪も黒に戻せって」


 その言葉を聞いて、少しだけ腹が立った。

 あまり褒めたくはないが……俺が見る武田は、いつも髪型が決まっていた。それは自分でアレンジしたものなのだろう。それを見て俺も、少しはヘアセットとか覚えなきゃなと反省したものだ。

 そんな武田の努力を、感性を、親は見ていないのか?

 大体センス云々言うのなら、あの玄関はなんなんだ、変な壺に切り株、虎の毛皮とかドラマで見た、センスのない成金の家そのものじゃないか。あんな趣味悪い置物を良しとする感性の方がどうかしている。


 そんな俺の怒りをよそに、武田が俯きながら、もう少しだけ言葉を吐き出す。


「勝手に金髪にした日からさ、親からお小遣い止められちゃって。それでもお年玉とか、余ったお小遣い貯金してた分でやりくりしてたんだけど、それでもこんな兵糧攻めみたいな仕打ちはきつかった」


 気がつけば、武田の目からは涙がこぼれていた。


「真剣に音楽と向き合って、頑張ってるアンタと話してるとさ、アタシも夢を追いかけても良いのかなって思えて、そんな安心感が欲しくて。でもお金なくて……毎回呼びつけては奢らせててごめん」

「武田……気にすんなって。俺も困った時にはすぐ武田に頼ってたしさ、お互い様ってことでいいじゃん」


 こんな事情があったなんて知らなかった。

 俺の知ってる武田は、一般的な優しさはないし、口も手足の癖も悪いが、困った時には絶対に解決策をくれる、そんな芯のある優しさを持っている。そんな優しさに、俺は今までどれだけ助けられたか。



「お小遣いのことはまだいい。でも、今回の進路のことは、さすがに笑えないし冗談じゃないって思ってる」


 自分の夢を否定される。どうして武田の親は、そんな傷付けることをするんだ。


 子供が苦しむ姿を見たくない、それはうちの親もよく言ってた。でも最後は、必ず背中を押してくれた。子供の夢に翼を与える、それが親ってものだと、ずっと教えられてきた俺には、自分の世界の外側すぎる話に理解ができなかった。



 だから、麻耶が背中を押してくれたように、今度は俺が。



「……俺は認めない」

「……え? 山谷?」

「娘が夢を見つけて、それに向かって進もうとする足を引っ張るなんて、俺は認めない」

「……」

「いいよ、武田の親と話す。家族会議って何時から?」


 時計を見て、申し訳なさそうな顔で武田が答える。


「……5分後」



「……もうすぐじゃん! 作戦とか考える時間ないじゃん!!」

「ごめん……今時計見て思い出した」


 説得材料も、武器も、考える時間がないまま戦いに行くのか。

 控えめに言って不利すぎる。




 だけど。

 伝えなきゃいけないことは、もう決まっていた。

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