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投稿設定ミスってしまい、大幅に公開が遅くなりました。
申し訳ありません!
「これでお互い一発! じゃあケンカはここでおしまい!!」
それは高専祭が終わった直後、教官に連行される森山に、うちの母さんが飛び蹴りを食らわせ言ったこと。
よりにもよって、公衆の面前で……母さん、なんてことしてんだよ。捕まるぞ。
身内から犯罪者が出るかもしれない恐怖にビビり散らし、殴られた痛みも吹っ飛んだ。
しかし、話は思わぬ方向に転がっていった。
「──この度は、息子さんにうちの愚息が……大変申し訳ありません」
「なーに言っての森山くん! もうケンカは終わったことでしょ?」
「いえ……よりにもよって竹永さんの息子さんに怪我を負わせるなんて……」
「終わったこと、でしょ?」
「そんなこと許されません! 竹永さんの息子さんに!!」
「……こっちが、もういいって、言ってんですから……あんたそろそろ黙りな」
「ひっ! ……はい。分かりました。それにしても……相変わらずですね竹永さん」
「私はもう結婚して山谷ですよ、森山くん」
これは数日後、あらためて謝罪に来た森山の親父と母さんの会話だが……森山の親父、なんかビビってたんだよなあ。
母さん、あなた一体過去に何してたの?
それはそれとして、高専祭での『暴力事件』の代償は、森山にとって致命的なものとなった。
全校生徒と教官の目の前での傷害事件ということもあり、本来なら退学も免れない事態だったが──親が被害者である俺に謝罪したこと、さらに、いわゆる大人の話し合いを重ねたことで、かろうじて卒業だけは許されることになったらしい。
もっとも、退学を免れた最大の要因は、被害者である俺の言葉。
「いや、別に気にしてません。森山先輩のことなんてどうでもいいですから」
この発言が、被害者から許されたとみなされたことらしい。
傷もすぐ治る程度のものだったし、さして気にすることでもない。
一生許さないけど。
そして、この結果に一番胸を撫で下ろしたのはというと──
「山谷君、大事にしないでくれてありがとうね。この問題が大きくなってたら私、学生主事からものすごく怒られてたかも……」
「校長、誰が怒るですって?」
校長の背後に、黒い正気を纏った学生主事が怖い笑顔を浮かべる。
「ひっ! 学生主事、落ち着いて……」
怖いよ、学生主事。
あと、ほっとしたのはわかるけど……もっとしっかりして校長。
だが、対外的に問題は解決しても、家庭内となると話は別だったようで。
親の逆鱗に触れた森山は、自慢だった車を売り払われ、小遣いも完全に止められた。恥をかかされた、家名に泥を塗った、竹永さんに迷惑をかけた──卒業後、お前にうちの敷居はまたがせん! と散々なじられたとか。
問題が全て片付いた後、森山の親父が報告に来た際に母さんが聞かされた話だ。
ついでに、払わされていたスタジオ代も色をつけて返してもらえた。迷惑料も込みなのかな。
果たして、親の威光と金という「エゴの源」を失ったあいつは、ただの惨めな留年学生になり下がった。今は誰からも相手にされず、息を潜めるように残りの学生生活を消化しているという。
「──かくして、学園の平和は守られました、ってとこかな」
「先輩……結局お母さんに全部解決してもらってるじゃないっすか」
「う……うっさいなあ。いいんだよ、結果オーライなんだし」
高専祭の余韻もすっかり消えた、11月のある日。
部室でことの顛末を話していた俺に、金谷が容赦ないツッコミを叩き込む。
酷いよ金谷。でも俺だって思ったよ、何も自分で解決してないって。
「そうだよ金谷先輩、山谷先輩は優しいんだから暴力で解決なんかしませんって!」
1年生女子が絶妙なフォローを入れる。
いや、優しいんじゃなくて、本当に何にもしなかっただけなんだけど……でもここは全力で乗っかろう。
「そうだぞ金谷、暴力では何も解決しないんだ。俺はそんな解決を望んでない」
「先輩のヘタレ」
こいつ……最近マジで遠慮がなくなってきたな。
「そんなことより先輩! 今度こそ、ZERO SOUND復活させるっすよ!」
俺の悲しみと怒りを、そんなことと切り捨てる金谷。
しかしその提案は、俺の感情を投げ捨てるに十分なものだった。
「三谷先輩と吉田先輩が戻ってくれるまで、俺たちでZERO SOUNDを守りたいんです!」
鈴森も強い目で訴える。
二人とも、いい顔になったな。生意気度合いも増してるけど。
「そうだな、先輩たちが社会人になって戻ってきてくれるまでは、と言いたいところだけど……肝心のボーカルとドラムはどうすんだ?」
「それは……これからっす! メンバー募集して、加入したい人を探して……」
それも悪くないだろう。
ただ、この計画は絶対に止めないと。
「で、せっかく入ってくれたメンバーを、先輩たちが戻ってきたら、その後はどうすんだ?」
金谷は頭の上に???が浮かんでいるのが見える。
鈴森は……気付いたな。
「元のメンバーから戻ってくるから辞めてくれなんて……それはあまりに不義理ですね」
「だろ? だから俺は、先輩たちが戻ってくるまでZERO SOUNDは休止って形にした方がいいと思う」
別に、無理してバンドを動かす必要はないのだから。
やっと意味が分かった金谷が、苦しそうに呟く。
「それは、確かに……でも……ZERO SOUNDやってたら俺……女子の人気が上がる気が……」
「じゃあ金谷がバンドを作ったらいいよ。自分のバンドで成り上がった方が、俺はかっこいいと思う。それこそ1年たちと組んでるSPUNKYで人気になれば、女子の人気もぐんぐん上がるんじゃないか?」
少し考え込んだ後、金谷の顔が輝き出す。
「それは……それはそうっすね! 鈴森、それで行こ!!」
「そうだな……先輩、俺たち頑張りますね! 」
「おう、しっかりやって、お前らが女子からチヤホヤされるように祈っとくよ」
よかった、ちゃんと自分のバンドを育てる気になってくれた。
……メンバーに女子がいるバンドの男子に、女子ファンがついてチヤホヤされるかまでは……俺は知らないけど。
「でも、それだと先輩とは別のバンドになっちゃいますね……」
鈴森が少し寂しそうに呟いた。
「いいよ、俺は俺でバンド作るつもりだから。ZERO SOUND再始動まではライバルとして、お前らのバンドと対決することになるな」
「でも先輩……音響セッティングは、お願いしてもいいですか……?」
「そんな遠慮ぎみに聞かなくても、ちゃんとやってやるから。でも金谷、お前もちゃんと勉強して、最終的にはお前一人で全部セッティングをやれるようにな」
そう金谷に振ると、首を激しく横に振りながら叫ぶ。
「いやいやいやいや! 無理ですって!! 『月の牢獄』なんて俺にできるわけないじゃないっすか!!!」
(……んな?)
その言葉を聞いた瞬間、自分の時間が止まったのを感じた。
(こいつ、月の牢獄って言った? なんで知ってんだ…!?)
こっそりと、密やかに、心の中でしか名付けていないはずの、厨二病感を全面に押し出した痛すぎるネーミング。それがなぜか金谷の口から飛び出してきた。
全身の血液が循環を止めたように顔に集まり、かああっと顔が赤くなる熱さを感じながらも、脳をフル回転させ返す言葉を探す。
だが、「なんで知ってんの?」と聞き返す勇気は、俺にはなかった。その単語の響きがあまりにも恥ずかしくて。
俺は引きつった顔で小さく笑い、「……だよなー」とだけ答えた。
それから数日後。
バイト先のファミレスで東田さんと会うことになった。
用件としては、高専祭で借りたままだった音響データのまとめノートを返却するだけ、のつもりだった。
だが、東田さんは俺が席に着くなりコーヒーを飲み干し、前置きもなく唐突に切り出してきた。
「山谷。お前、PAの修行って興味あるか?」
「え……修行?」
「お前は、ギタリストとしての腕も悪くねえ。ただ、俺が認めるのはギターの腕じゃない」
「それ……遠回しに下手って言ってます?」
「違う違う、ただ平凡、十人並み、そこら辺にうじゃうじゃいるレベルには達してる」
「泣きますよ、俺」
「まあ聞け。お前はな、空間を支配する耳と狂気がずば抜けてるんだ。そこは誇っていい。お前の才能と努力が正しく育った結果だ。それで、あの……高専祭で発動……だったか、 『月の牢獄』……で合ってるか? あれは……鳥肌もんだった……なぁ〜」
月の牢獄
まただ。
後輩に続いて、東田さんまで。
さらに、その単語を口にする前後……東田さんの口元がおぼつかなくなったり、わずかに緩みそうになったのを耐える様を、俺は見逃さなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんで東田さんまでエクリプスのこと知ってるんですか!?」
ついに耐えきれなくなり、俺は身を乗り出して尋ねた。自分で口に出しても恥ずかしい。俺の心の中に、密やかにしまっておいたはずの、その名前。
誰かが、心を、読んだ──?
口元を押さえるように手で覆い、何かに変えたような顔をしていた東田さんが、ついに肩をガタガタと震わせ始めた。
「だって、お前……森山に殴られて床に倒れてる時、天井見上げながらブツブツ何か言ってんだもんよ。心配で駆け寄ってみりゃ、なんかキリッとした顔で『……エクリプス……発動……』とか言って……ブフォッ!」
(うわあああああああ!!!!)
ついに堪えきれなくなったのか、東田さんが腹を抱えて大爆笑し始めた。
ファミレスの他の客が何事かとこちらを振り返る。
「い、言ってない! 言ってないですって!!」
「ヒィーッ! 痛えなあ山谷!! しかもお前、事件が起きて、みんなが駆け寄ってきたタイミングで言ってたんだ。ありゃ全員しっかり聞いてたぞ! お前の後輩バンドの奴ら、『山谷先輩がぶっ壊れたー!!』とか叫び出すし……」
「う……ううううううう……やめて東田さん…………」
「マジでお前、音作りは天才だけど中身はしっかり高校生なんだなって……ひー、思い出したら腹いてぇ……! はっはははははは!!」
──だから、後輩たちも知っていたのか!
ああ……顔から火が出るほど恥ずかしい。
どうやらあの時、殴られた衝撃と謎の高揚感で、脳内のカッコいいモノローグが思い切り口から漏れ、あろうことか全校生徒に筒抜けになっていたらしい。
俺は両手で顔を覆い、テーブルに突っ伏した。
ひとしきり笑い転げた後、東田さんは目尻の涙を拭いながら、話を戻すために真面目な顔になる。
「俺がやってるライブハウスの音響設備は、俺が一からガチで組んだ逸品だ。自慢じゃねえが、全国的にもいいセン行ってんじゃねえかと思ってる。お前みたいに音に向き合い、向上心を持ってる奴なら、現場の空気を味わって学ぶ資格があると俺は思うぞ。もちろんバイト代も能力次第で色つけてやる」
願ってもない話だ。
「いいんですか? 勉強させてもらうのにお金まで……」
「これは、あくまで俺の予感だがよ……お前はとんでもねえエンジニアに化ける」
「俺が……マジですか?」
「ただし、そのためには環境と理論が良くなきゃいけねえ。その点ウチは、ロックだけじゃなくブルース、ジャズ、ビッグバンドなんてのも来る。ジャンルが広い分、学べることも多い」
──俺の頭の中に、恥ずかしさをギリギリで上回るほどの、体育館のPA卓から見た熱狂の景色がフラッシュバックした。
自分の足元だけで完結していた6畳間の聖域から、数百人の観客を音の壁で包み込み、熱狂させたあの空間。
俺は、あの空間を支配する感覚を、もっともっと味わいたかった。
返事はとうに決まっていた。
「……やります。よろしくお願いします! それと」
これだけは絶対に念押ししなければ。
「エクリプスのことは……誰にも言わないでください……」
恨めしそうな目を向けると、東田さんは「無理無理……」とまた吹き出した。
お読みいただきありがとうございます。第5章、これで終幕です。
ZERO SOUNDも終幕、森山との件も無事決着し、真太郎がまたひとつ成長しました。
この章は書いてて辛かったこともあり、生み出すのにかなり苦労しました……。
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