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【改稿中】エクリプス 〜選ばれない月は、太陽を閉じ込める〜版権無視Ver.  作者: 月乃下 想
目覚める 月の牢獄

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5-8

 高専祭まであと一週間。

 毎週の強制労働と、したくもないお布施も今日で終わりだと思うと、すっきりした気持ちに……1ミリもならない。

 まだまだ高専祭の本番がある。前日のリハーサルもある。まだまだ森山のエゴに付き合わされる時間は続くし、何なら本番に近づくにつれ暴論や暴力は苛烈なものとなっていた。


 先週のスタジオでは、ドラムの先輩をギターで殴りつけていた。とても高いギターを使っているとは思えない、酷い扱いだ。

 今日の練習前、機材のセッティングをしていたら「こんな音じゃねえ! 山谷、手ぇ抜いてんじゃねえぞこのゴミが!!」の言葉と共に、ギターごと腹を蹴られた。


 なぜこうも森山が荒れているのかは誰も知らないが、俺を脅した日といい、今日までのスタジオ練といい、今までにないささくれ立った雰囲気は今までの森山にはなかった。

 一体何があるのか。気になりつつも、こんな奴のために脳を使うなんてもったいない。すぐに考えるのをやめ、森山が求める音を構築していく。

 構築とは言ったものの、森山の音には一歳手がつけられない。アンプのつまみを少しでも触ろうものなら、強烈な蹴りが漏れなく飛んでくるからだ。

 俺にはギター、ベース、そしてボーカルの帯域設定で、目立たず、しかし音は聴こえるような、精密な作業を要求された。


 そんな気の抜けない、空気の張り詰めたスタジオから脱出できる休憩は、しっかり心のバランスを取っておきたい。

 もしこの時間がなかったら、他の先輩たちみたいに俺の目も死んでしまうだろう。



 ため息をつきながら外の自動販売機にお金を入れ、いつものコーヒーを買う。そろそろ昼の空気にも冷たさが混じり始めてきた。

 ああ、一生このベンチにいたい。スタジオに戻りたくない。

 黄昏た空気の中、全てから逃避しまったりとベンチに座る俺の心を揺さぶるように、駐車場から汚い喚き声が聞こえてくる。



「──だからお父様、まだ僕の音楽、一度も聴いてないじゃないですか!」

「──まだ過程も結果も見てないのに、そんなこと決めるのは早いと思います!」


 この声は、間違いなく森山だ。

 しかし言葉は、森山のそれではない。

 なんだこれ、記憶のミスマッチに頭が混乱する。


「来週の高専祭に来てください、そこで僕の作る音楽を見ていただいて、それから判断をお願いします」


 今まで見たことも聞いたこともない、真剣な森山の言葉と声。


「待ってください! お願いします!!」

「僕からギターを……音楽を奪うのだけは……お願いします……」

「ちょっと、いや、まだ話は……!」



 しばらくの沈黙。

 直後、何かを蹴り上げる音が響いた。


「くそっ! ふざけんじゃねえ!!」


 物陰からこっそり覗いてみると、森山は、自分の車を蹴り上げていた。

 何度も、何度も。


「俺は……俺には……音楽しか……音楽だったら!」



 やがて、その音は聞こえなくなる。

 自分の髪を乱暴にかきむしりながら、森山はその場に力なくしゃがみ込んだ。

 そこに、オーディオ部を恐怖で支配する『暴君』の姿はなかった。



 練習が終わり解散したあと、それとなく先輩たちに休憩中に見た森山の話を振ってみた。


「そっか、山谷は何も知らないんだ」

「はい、ただのクソ先輩だってことしか」

「確かにそうだよね。僕もストレスしかないよ。本当はこんなとこで歌いたくない」


 口々に暴言を吐く俺たちに、ベースの先輩が言葉を挟む。


「まあ俺も嫌だけどさ、森山の気持ちもわからんでもないんだ」

「裏切りですか」

「サイテーだよ」

「アイツかばうとかないわー」

「あの……森山へのストレスを俺にぶつけるのはやめて……」


 涙目になりながらも、ベースの先輩が話を続ける。


「お前ら全員、地元は宇部なら知ってると思うけど……この辺一帯の会社を牛耳ってる、東葉機械興業ってあるだろ? 森山の親父さん、そこの社長なんだ。で、お祖父さんが会長」

「……マジですか」


 その会社は、宇部市に住んでいる人なら知らない人はいないほど大きな会社だ。おそらく宇部市の会社の1/3は、ここの傘下といっても過言じゃないぐらいの大企業。

 街を歩けば、すれ違うあの人もこの人も、東葉グループの社員かも。それほど地元に根ざした企業なのだ。


「そんな家に育ってさ、小さい頃からスパルタ教育だったんだよ。そんな抑圧された中で出会ったのが、ギターで、音楽」



 純粋にギターが好きなのは、なんとなく感じていた。

 音作りは筆舌に尽くし難いほどにひどいものだが、それを抜きにして演奏さえ聞ければ、すぐわかるぐらいには実力が高いと思う。認めたくないけど。



(……そういう事情があったのか)


 親の金で買った機材を見せびらかし、他人を殴りつけ、他人の機材を足蹴にし、最低なエゴの満たし方をする最低最悪な男。

 おそらく俺の長くない人生の中で出会った、ダントツ1位の最低さだ。

 どんな親に育てられたら、こんな歪んだ人間性になるんだと思ったこともあったが、先ほどの電話と今の話を聞いて、ようやく少しだけ合点がいった。


 最低最悪な森山にとって、アンプから叩き出す爆音は、親の支配から自分を守るための、ちっぽけで悲しい盾だったのだ。他人をすり潰してでも自分が一番にならなければ、自分の存在価値そのものが親に否定されてしまうから。

 人生の否定、勝手なレールを敷くこと、それは誰が相手でもやっていいものではないし、誰かの人生を、たとえ親であっても勝手に決めてはいけないと、俺は思っている。

 少しだけ、かわいそうな人間なのだということが理解できた。



「だから、許してやれとは言わないけどさ……少しは分かってやってほしいんだ」

「……だからって、俺たちをゴミ扱いしていいんですか?」


「……そうだな、今の言葉はナシ。すまん」


 森山も、親父からされたことを同じように俺たちにやっている時点で、同情も何もない。明確に加害者だ。

 蹴られた腹はまだ痛むし、森山のやってることは絶対に許されない。



 それに。

 あんな、親への恐怖を裏返しにした八つ当たりみたいなサウンドで、高専祭のステージを破綻させるわけにはいかない。

 アイツの悲鳴みたいな雑音に、これ以上付き合ってやる義理はない。




 高専祭まで、あと一週間。

 しかして、あの音をどうにかする術を、俺はまだ持っていない。

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