5-3
学年末試験も無事終わり、卒業ライブに向けての追い込み時期となった。
俺以外のみんなは、成績に心配はなかったらしく、試験中も普通に音合わせしていたらしい。
ずるいよみんな、俺も参加したかったよ。
今回は別の曲を2曲追加した。そのうち1曲は、金谷がソロ、もう1曲はコーラスというか、ほぼツインボーカル。
金谷にソロを弾かせるのは、度胸をつけさせる目的もあり、俺がバッキングを弾きたいからって思惑もある。
そしてツインボーカル。最近テレビでギターボーカルを観る機会が増えてきて、だんだんと憧れが強くなっていた。
だってかっこいいじゃん、歌いながらギターも弾くって、いいとこ全部持って行ってる感じで。
そんなギターボーカルに密かな憧れを抱いていた俺としては、ぜひやってみたい! と思っていたのだ。
しかし、ここで金谷、鈴森、さらに三谷先輩までもが手を挙げたのだ。
え、みんなそんなに歌いたいの? 知らなかったんだけど。
結局、順番に歌い、全員で評価することになったのだが、俺の歌を聞いたそれぞれの反応は、
「んー、普通?」
「なんか、印象残んないね」
「俺の方がうまいっす!」
「先輩、ギターがんばりましょ!」
こうして俺のギターボーカルデビューは、塵と消え、意外なことに三谷先輩は歌もうまかったため、ドラムボーカルというとんでもないレアキャラとなったのだった。
そんなわけで。
「山谷、音のチェックは鳴らしながらやってくれるか? 練習時間がそんなに取れないから、同時にやってくれると助かる」
「わかりました、じゃあカウントお願いします!」
ハイハットの4カウント。
4カウント目が鳴り止む前に、半拍早く全ての音が叩き出される。
この半拍が生み出す疾走感。聴いてるだけならかっこいいなで終わるところ、演奏する側になるとこの半拍が難しく、決まった時のかっこよさが凄まじい。
序盤はバッキングに徹しつつ、全員の音を聴く。
金谷、音作り上手くなったな。鈴森も前よりベースの音がしっかり届くようになってる。
何より、二人とも誰がどの帯域を受け持つかを考えて音作りをしていた。
後輩の進歩を感じられ、自分のことでもないのに嬉しくなってきた。
曲は進んでいき、いよいよ金谷のギターソロだ。
エフェクターのスイッチを踏みつけ、一音目を叩き出した、その瞬間。
金谷の音が一気に広がり、空間にきらめく。
MEF-30をしっかり使いこなせてる。この音なら俺が手を加える必要は……あ、俺のギターとぶつかってる帯域が少し残ってるわ。
「金谷、音のセッティングよくなったな」
「へへ、これでも勉強してんっすよ!」
「先輩、こいつテスト勉強そっちのけでエフェクターいじってました」
「な! 鈴森!! それ言うなって……」
金谷、そんなことしてたのになんで成績いいの? 俺とは頭の出来、違うの?
「お前なあ、テスト勉強はしっかりやっとけよ……」
呆れながら金谷をたしなめる。すると、
「さすが山谷だな、試験中のブランクもなさそうじゃないか」
三谷先輩から褒められた。なんて嬉しいことを言ってくれるんだ。もっと言ってください。
でもまあ、そんな気持ちは限界まで抑えて……少し格好つけて答えよう。
「当たり前ですよ先輩、バンドの練習は禁止されましたけど、個人練はダメって言われてないんですから、俺だって家でしっか…………あ」
その言葉を耳にした吉田先輩が、貼り付けたような笑顔でこちらを振り向く。
格好つけることに全力をかけた俺は、足元に埋まっていた地雷に気がつかず、全力で踏み抜いた。
「そっかー山谷くん、家でギター弾いてたんだねー」
吉田先輩、近いです。
吉田先輩、顔が、こわいです。
「私言ったよねー? 真面目に勉強してねーって」
心なしか、目が赤く光ってるような錯覚を覚える。
「せ、先輩やだなあ……俺がそんな不真面目なことするわけが……」
「言い訳にしては随分と弱い言葉だけど、それで私を説得できるって、本当にそう思ってるのかなー?」
だ、誰か、助けて。三谷先輩──!
視線を、いや顔を三谷先輩に向ける。
三谷先輩、どうしてそんな憐れむような顔でこっち見るんですか。
あ、目逸らした。
「先輩……人のこと言ってる場合じゃないっすよ……」
金谷、お前にだけは言われたくない。ちょっと鈴森、なんで両手を合わせて拝んでるの? 俺死ぬの?
まさに四面楚歌。俺はこの状況で、なすすべなく立ち尽くすのみ。
ああ、短い人生だった。
「咲希、ひとまず練習しよう! な? ライブまで時間ないし、練習はしっかりしとかないと!!」
三谷先輩……ありがとう、生き目が見えた。
そそくさと定位置に戻る全員。俺もギターを構え、2曲目の準備をする。
さて2曲目、吉田先輩と三谷先輩のツインボーカル曲なのだが、全員が揃って音を出すのは初めてだ。特に今回は男性と女性の混声、どうしてもボーカルが占有する帯域が広くなるため、調整が非常に難しい。
三谷先輩が4カウント、ハイハットを刻む。
全員の音が、空気を圧縮するように押し出される。
音の構成に耳を集中させ、 鼓膜に響く感覚で、どの音域が出過ぎているか、どこが足りないか、帯域のグラフを脳内に再現させる。
よし、イントロはこれでいい。問題は歌が入ってきた時だ。
三谷先輩の男声の芯となる低中音域と、吉田先輩の透き通る高中音域。この2つが同時に鳴ることで、ボーカルが要求する空間はこれまでの倍に膨れ上がっている。
俺たちがこのままギターを弾いていけば、歌が入った瞬間ボーカルの帯域が渋滞し、声を殺してしまう。
だったら。
「金谷、三谷先輩の声とぶつかる250Hz付近をEQでカット」
「了解っす!」
「鈴森、少し低音域にずらして。俺は吉田先輩の邪魔にならないように、4kHz以下はバッサリ削って音出す」
俺たち弦楽器隊は、二人のボーカルを立たせるために、いつもより帯域を細かく振り分け、パズルのように隙間を縫って音を組み上げていく。
イントロが終わり、二人の声が空間に響く。
その瞬間、手が止まりそうになった。
正直言うと、三谷先輩の歌は俺たちの中では上手い方だった。
あくまで『吉田先輩を除いた』俺たちの中では、だ。
それは三谷先輩も自覚していた。「咲希に教えてもらって練習するわー」と言ってはいたが、三谷先輩は高音域の発声が弱かった。
無理して喉を締め上げて出す高音は、喉に多大な負担をかけるし音としても響かない音になってしまう。このままの発声で歌うと、1曲歌い終わっただけで声は掠れてしまい、その日はもう歌えなくなるだけでなく、話すことすら支障をきたす。
そんな弱い高音より劣る俺たちの歌はなんなんだ、と思いはしたが仕方ない。俺たちは誰も、歌の練習なんてしたことがなかったから。
だから、このツインボーカルの曲は一日一回だけの練習だ、そう思っていた。
しかし、三谷先輩から出るハイトーンボイスは、一切喉を締め上げることもなく、ただ肺から送られる息だけで、自然に声帯を震わせて出たものだった。
体のどこにも負担をかけず、無理な力もかかっていないから、音がどこまでも響いてゆく。そこに寄り添う吉田先輩の声。
ただでさえ吉田先輩の歌は、高専祭の時よりさらにレベルを上げていた。その歌に振り回されるどころか、肩を並べて空間に響き渡る歌声。
二つのボーカルが交差する広大な空間。
その隙間を埋めるように、歌いながらも完璧なビートで鈴森のベースと絡み合う三谷先輩のドラム、さらに金谷と俺のギターが曲を彩り音を響かせる。
これ、もしかしてすごい曲になってるんじゃないか?
そんな俺の心のざわめきをよそに、曲は進む──
演奏が終わる。
なんだこれ、すごすぎる! 何より二人の歌が信じられないぐらい良い!!
ヤバい、鳥肌が収まらない。何か感想言わないと──
「三谷夫妻! 初めての共同作業、最高でした!!」
スタジオの音は全て消えていた。そこに発された俺の声は、何の邪魔もなく自由に響き渡る。
……あれ、俺いまなんて言ったんだ? 感情が爆発してつい口に出たけど。
夫妻? 共同作業?
「山谷、お前……練習終わったら覚えとけよ」
「そうだよ山谷くーん。さっきの話もあるからねー」
お母さん、僕は、もう家に帰れないかもしれません。
おい後輩たち、両手のしわとしわを合わせてこっち向くな。




