5-2
「──そっか、誤解は解けたわけね」
「ええ全く、その節は、大変お騒がせを──」
三谷先輩と吉田先輩の結婚報告(?)から数日後。
空は灰色に塗りつぶされ、今週の初めから降り出した雪が少しだけ和らいだ、そんな12月のある日。武田にことの顛末を話すため、ファミレスに呼び出した。
いや、お越しいただいた。
俺はもう、こいつに一生頭が上がらない気がする。
「ホントにありがと、おかげで3月に向けての目標もできた」
「あと、学校辞めなくて済んだじゃん」
……それは言わないでください、武田さん。
「で、3月のライブって初耳なんだけど、何?」
「先輩たちを送る卒業ライブだよ」
今年は中山先輩が卒業する。俺にセッションの楽しさを教えてくれた、オーディオ部の優しくてかっこいい先輩。
結局、中山先輩は森山を嫌ってオーディオ部の部室には寄り付かなくなり、外部のスタジオで活動してるという話を聞くだけだった。
なかなか会えないけど、卒業までにちゃんとお礼を伝えたい。
「そのライブに送る側で出るってわけね。何日?」
「え、来てくれるの?」
「あったりまえでしょ、姐さんの勇姿をこの目に焼き付けておかないと!」
なるほど、吉田先輩のファンはここにもいたのか。
最近、同学年の知らない女子から、吉田先輩に会わせてくれ、どこに行けば会える、何買ったら会ってくれるなどと質問責めされることが非常に多くなった。アイドルじゃないんだから……。
「吉田先輩なー、卒業したら三谷先輩と一緒に住むって、もう実質婚約みたいなもんだよなー」
「え、姐さんが同棲!? って、あれだけ好き合ってたら当たり前かー」
「なんかさ、学生って恋愛とかはあっても、結婚なんてまだまだ先の話って思ってたんだけど、こうも身近にそんな話が出てくると、なぁ」
「確かに。アタシの周りにはまだまだそんな話はないなー」
「それこそ武田、好きなやつとかできた?」
何気なく投げた質問に、武田の時間が停止した。
なんてレアな光景だ、あの武田が固まるなんて。
数十秒経って、武田の時間が動き出す。
「す、すすす好きなやつ!? いないいない!!」
「いねえのかよ、だったらなんであんなに固まって──」
「アンタから出てこなそうな話題だったからびっくりしただけ! そう!! びっくりだったの!!!」
武田は一度、大きく息を吸い込んで、定常運転に戻った。
「そんなことより卒業ライブいつ?」
「あ、ああ。3月の25日」
「日曜ね、了解! 絶対空けとく」
熱心なファンができたね、吉田先輩。
それにしても、武田にはいつも世話になりっぱなしだよな。何か恩返しをしたいもんだ。
……いや、この流れはまずい。確実に今回も奢らされる。今の時点でお会計が2,000円超えてるってどういうことだよ。あの大量の食べ物って、どこに入ってどこに消えてるの? 全然体型変わらないじゃん。
「武田ってさー、めっちゃ食べるけど、全然太らないよなー。なんで?」
武田の視線が絶対零度に染まる。
「……アンタ、それ乙女に聞くことじゃなくない?」
「すまん、セクハラだわこれ。でも気になるんだよ」
俺は太りやすいからな、食べ過ぎないようにセーブしてやっと現状維持なのに、俺の倍ぐらい食べてるこいつは全然太らないなんて、世の中不公平だと思う。
「き、気になるって!? どどどどういうことよバカ!!」
「俺太りやすいからさ、何か運動とかしてんのかなって。言ったことなかったっけ?」
……あれ? 武田が何か考え込みはじめたぞ。
なんか上向いた。
口がもにょもにょ動いて、眉間にシワが寄りはじめた。
あ、そのままの顔で下向いた。
「……うん、ありえないなこいつは」
なんか、不穏なことを、口にしませんでしたか?
「山谷、アンタコロス」
「なんで!? あ、いやそうだセクハラか! って殺されるほどのことか!?」
「うっさい! ここでアンタをコロス!」
「あ! ちょっと待って! スプーンで何するのこわい!!」
俺は今日、ひとつ学んだ。
武田には二度と……大食いのことは言わない。
あっという間に年末年始を過ぎ、短い冬休みが終わった。
卒業ライブに向けて練習! と言いたいところだが、そんな練習を放り出し、俺は図書館にいた。
「だから山谷、そこってbe動詞じゃなくて……」
「林、俺いま英語やってないから……」
学年末試験に向けて、林と勉強していた。
今回の試験で、林と俺は平均70点を取らないと、留年が確定してしまうのだ。
「ってかさー、山谷ってほんと勉強ダメだな」
「うっさい、人のこと言えんのかよ」
林は中学の頃、俺より頭も良かったらしい。同じ中学なのになぜ「らしい」なのかというと、単純に話したことがなかったのだ。
俺たちの出身中学校は、いわゆるマンモス校。全校生徒は1000人を超え、1学年のクラスは8組まである。とはいえ、去年俺と入れ替わりに中学校に入学したうちの妹は、今年のクラスは6組に減ってるよと言っていた。
「あ、それ間違ってる。そこの問題は正則行列の……」
「山谷……数学はいいからお前も英語やれよ。ロックやってるくせに英語は苦手とか終わってるぞ」
「いいんだよ、俺は日本のロック専門だから。日本人だから日本の音楽だけ聞いてりゃいいの」
ストーブに置かれたヤカンからは、蒸気が程よく立ちのぼっている。室内はほんわか暖かく、寝るには絶好の気温だ。
薄ぼんやりとした気分の中、眠りに誘われるところで林が話しかけてきた。
「そういや山谷、武田と付き合ってんの?」
最初言われたことが理解できず、ぼーっとしていた。
やがて水が布に染みるように、その言葉の意味を理解するにつれて、俺の眠気はどこかに吹き飛ばされていった。
「……はぁーーーーっ!? 俺と武田が?! 付き合ってるぅ!?」
思わず椅子から立ち上がり、大声が出た。
図書館の司書さんが、鋭い視線を向ける。数少ない学生もこちらを見る。
気まずさで崩れ落ち、林に首を横に振りながら答える。
「ないない、なんだよその噂」
「同じ中学のやつらの中じゃ有名な話になってるけど。だって良く一緒にいるとこ見られてるし。俺も何回も見たし」
なんて噂をばら撒くんだ、誰かわからない同級生たち。
そんなおっそろしいことあるわけないじゃないか。こわいって。
「そんな噂になるようなことなのか……気をつけないとな」
「なんだ付き合ってないのかー! 面白くねーな。あ、そんなことより彼女がさあ……」
林はよくモテる。顔がいいのもあるが、歌がすごく上手い。
カラオケに行けば、その歌声に女子たちが次々と惚れていく。中学の時にも彼女がいたと言ってたが、いったい何人と付き合ったのか、俺も途中で数えるのをやめたほどだ。
いつか刺されるぞ。
いくら歌がうまくても、こんなスキャンダルの塊みたいな男をバンドに入れるのは怖すぎるため、未だこの男とはバンドは組んでいない。
しかし、武田とそんな噂になってたのか。
確かに頻繁に会ってるし、そんな噂が立ってもおかしくないな。
よし、これからは武田に頼り過ぎないようにするか。
こんな調子で試験を迎え、結果はギリギリ留年ならず。
もう試験なんてこの世から無くなっちゃえばいいのに。




