5-1
「ZERO SOUNDは、3月で終わりにしよう」
「え……なんでですか三谷先輩。俺っすか、俺がなんかしたんっすか!?」
「いきなり終わりなんて……これからもっとライブできるって……楽しみにして……」
「ごめんね金谷くん、鈴森くん。でも私たち、もう続けられないんだ」
突然のZERO SOUND解散宣言。
高専祭の熱狂もすっかり思い出となり、吐く息が白くなり始めた12月。午後から突然ちらつき始めた雪を避けるように、オーディオ部の部室で暖をとりながら集まっていたZERO SOUNDの面々は、突然発せられた先輩の言葉に、思考が追いつかず大切なことを見逃したまま話を進めることとなった。
なんでだ。
俺たち、すごく上手くいってたじゃないか。
解散って言われるような不手際もないはずだし、音楽性の違いもないはずだ。
何より高専祭で頂点を獲った俺たちが、解散なんてどうして……。
俺は先月、2000年11月をもって解散した、ECLIPSEのことを思い出していた。
復帰したボーカルの歌い方が変わったとか、メンバー間の不和とか、いろいろな憶測が飛び交ったが、その発表はドッキリでもなく、覆ることもなく、東京ドームでのラストライブをもって解散してしまった。
俺の人生を変えてくれたバンドが解散してしまったことに、俺は学校を一週間休んでしまうほどのショックを受けた。
学校に来られるようになってからも気持ちは重く、最近になってようやくECLIPSEの解散を受け入れ、前を向いて歩き出せそうになった矢先に、今度はうちのバンドだ。
正直今回は、もう学校を辞めてしまうほどの衝撃を──
俺の目からは、涙がぽろぽろとこぼれ出る。
「お、おい山谷! そんな泣くほどのことじゃな──」「……俺、学校辞めます」
思わず口に出た、退学宣言。
「や、山谷くん!? 早まっちゃダメ! まずは話を聞いて──」「もう辞めます……」
こんな気持ちになるぐらいなら、音楽なんて、学校なんて、もう辞めてやる!
部室から走り出し、自転車置き場まで駆け出す。
乱暴に開かれた扉からは、冬の冷たさが流れ込んでいた。
「……マジか山谷、話も聞かずに行っちゃった。……さむっ!」
「剛くん……どうしよう、私たちのせいで山谷くんが学校……」
「落ち着け咲希、まずは理由を話さないと」
慌てる二人の先輩に、置いてけぼりの後輩二人が涙目で叫ぶ。
「三谷先輩っ! なんでっ、なんで解散なんて言うんっすか!?」
「俺たちが先輩のお菓子盗み食いしてたから怒ってたんですか!? でも食べた分買い足してましたし、許してください!!」
さらっと罪を告白する鈴森に、三谷先輩は立ち上がり、驚きながらも糾弾する。
「あれの犯人お前らだったのかよ!? 俺、中山先輩だと思って濡れ衣着せちゃったじゃないか……あああ謝らないと!」
「剛くん落ち着いて! 今お菓子のことなんてどうでもいいからっ!!」
吉田先輩に諌められ、三谷先輩がハッとしたように椅子に座り直す。
「ああすまん……そうだ、そうだな。まずは理由から話さないと」
「あのね金谷くん、鈴森くん──私たち、来年5年生でしょ。卒業研究も始まるし、何より就職活動が始まるの」
「「……あ」」
「それに俺たち、就職したら一緒に住もうって話してんだ」
「一緒に住……む……!?」
金谷が目を見開く。
「ってことは! 卒業してすぐ結婚するんですか!?」
鈴森の目が、少女マンガを読んでいる時のようなキラキラしたものになる。
「それは就職してからかな。仕事に慣れて安定してからとは考えてるよ。高専祭終わって少しした頃、剛くんから提案されてね。もちろん二つ返事でオッケーしたんだ」
「新生活に向けての準備もあるし、それに、できれば就職先も地元でって考えてるから……かなり忙しくなるんじゃないかって思う。ここら辺って、大きい企業そんなにないしな」
「だから、一旦終わりにしないとって、そういうことっすか……!?」
金谷は気が抜けたように座り込み、ふぅーっと大きく息を吐く。
「そういうことなら先に言ってくださいよ……山谷先輩、泣きながら出ていっちゃいましたよ……」
「山谷くん、電話つながんない……大丈夫かな」
吉田先輩は携帯の画面を見つめながら、ため息をひとつこぼした──
「──で、それがこんなさっむーい中、アタシを呼び出した理由?」
めそめそ泣きながら、ぽつぽつと理由を話す俺を見て、武田は大きなため息を吐く。
「……俺、ZERO SOUNDならずっとやっていけるって思ってたんだ。なのに終わりにしようって……もうむり……がっこうやめる……」
そんな俺のじめじめした空気をよそに、いつも通りの気だるそうな声で話す武田。
「んでー? その終わりにする理由って、一体何だったの?」
「……らん」
「は? 聞こえないけど」
「……わからん」
一瞬の沈黙。
「あのさぁ……理由ぐらい聞きなさいよ」
「だって……俺が原因とか言われたら辛いじゃん。俺泣くよ?」
「もう泣いてるでしょ」
……ぐうの音も出ない。
「アンタねぇ、理由も聞かずに飛び出して、アタシを呼び出してめそめそしてる暇あったら、戻ってちゃんと話し合いなさい」
「えー……こわいー」
「子供かっ! いいからすぐ学校戻る! 電話もさっきから何回も鳴ってるでしょ。多分先輩たちだよ」
何度も電話は鳴っていたが、誰からの着信か見るのが怖くてカバンにしまっていた。
「きっと先輩たちも、誰が嫌だとかじゃなくて、そうしないといけない理由があるんじゃない?」
……その発想は、どこにもなかった。
解散って言葉が、今の俺にはあまりにも重くて、聞いた瞬間頭の中が真っ白になって、世界がモノクロに豹変した。
そのショックで今ここにいるわけだが。
そうだ、ちゃんと理由、聞かなきゃな。
あれだけ楽しくバンドやってたんだから、俺が嫌いなんてことはない。はず……。
「また変なこと考えてるでしょ。とにかく電話返して、学校戻りなさいって。それと」
武田が言葉を続ける。
「もし終わるなら、いつまでも後ろ向いてないで、最後の瞬間まで全部出し切りな」
……そうだな。最後の瞬間まで、全力で演奏しよう。
大好きなみんなとのバンドで、後悔なんてしたくないから。
「ありがとたけだ……このお礼はいつか必ず」
「んじゃ、ここの会計よろしく! いつもありがとねー、ごちそうさまっ!!」
そうして、合計2,396円の伝票が、俺の手に渡った。
今回は喜んで支払おう。ありがとう武田。
でも、一人で2,000円は食べ過ぎじゃないか……?
「あ、それと山谷」
「ん?」
「高専祭のライブ、かっこよかったよ」
うわ、今その言葉はずるい。もう俺泣きそうじゃん。
「ありがど……」
「また泣く! ほら、さっさと行け!!」
雪の中去っていく姿を見送るように、武田が外を眺める。
「──まったく山谷は……ほーんと手がかかる」
「だから、ほっとけないんだけど」
──部室の扉の前に立ち、大きく息を吸う。
……よし。
扉を開けて、部室に入る。
ちなみに電話は折り返してない。こわかったから。
「すみませーん……」
部室に入る、すると。
「びだにぜんばぁーーーーい、おべでどうございばずーーー!!」
「俺……今日ほど先輩を男と思ったことないっす! 感動しました!!うわーん!!!」
「やめろお前ら! 暑苦しいっ!!」
……え、なにこれ。
「あ、山谷くんおかえりー! 心配したんだよー!?」
吉田先輩だけが定常運転だった。
「突然すみませんでした……ってか、これなんですか……?」
「あー、それはね……」
涙でぐずぐずになった金谷が、顔を向け叫ぶ。
「三谷先輩結婚するんっす! じゃなくて一緒に住むんっす!!」
「びだにせんばい、ぷろぼーずじだんでずーーー」
え、まじ?
それでバンド辞めるの? え、まさか学校辞めるの?
それってまさか、できちゃった結こ「山谷! 妄想止めろ!! 順番に話すから!!!」
「──というわけで、咲希と俺は今年度でバンド活動を終わらせるんだ」
「じゃあ、俺が嫌いとか、なんか金髪が鼻につくとか、音響に口出してうざいとか……」
「ないない! なんでそうなるんだよ……俺がお前のこと、そんなふうに思うわけないだろ」
え、先輩、好き。
「俺たちは未来に向かって歩き出すために、ここで一区切りつけるだけだ。地元で就職できたら、また一緒にバンドやろうぜ」
「私も、みんなとまたステージ立ちたいから。頑張ってくるね!」
「わかりました……とにかく、結婚おめでとうございます!!!」
「「おめでとうございまーすっっ!!!」」
金谷と鈴森があとに続く。
「「だから結婚はもう少し先ーーーーーー!!!!!」」
早くも息ぴったりな三谷夫妻であった。




