4-16
体育館を揺るがすような大歓声を背に、会場を後にする。
「……先輩、すごかったっすね」
「なんか……俺たち夢でも見てるんでしょうか」
金谷と鈴森が、つぶやくように問いかける。
「わかる……なんかまだ、余韻から抜け出せない」
観客の熱狂。
必死に弾いたギター。
背中で受けるアンプの音。
どれも現実味のない、夢の世界に思えて。
でも。
ここで確かに、俺たちは演奏した。
想像もしていなかったほどの歓声を浴びた。
頂点を目指す者たち。
掲げてはいたが、不安はたくさんあった。だが。
俺たちは、目指す場所――頂点に、辿り着いた。
「咲希、今日すごかったなー。何かあった?」
「え? 変だった?」
「違う違う、逆。すげーカッコよかったよ今日の咲希」
「……う……うへへへへ……剛くんが……かっこいいって……」
先輩、その顔は他人に見せてはいけません。
一通り緩んだ後、吉田先輩はいつもの顔に戻る。
「昨日の昼に、一緒にステージ見に行ったでしょ? あの時から、ステージで立つ姿を想像して、どんな動きがかっこいいかな、どうしたらお客さんが盛り上がってくれるかなって想像してたの」
「それ、俺もやったっす!」
「俺も、どうベース弾いたら女子にキャーキャー言われるか想像してました」
後輩たちの不純な動機はともかく、吉田先輩も脳内ライブやってたんだな。
だからって、いつもとまるっきり違ったパフォーマンスができるのか……?
「今日だけじゃない、剛くんと一緒にバンドやりたいって思ったあの日からずっと、私は頭の中で自分をステージに立たせてた」
「そうなんすか?! ってことは……」
「そう、何年も何年も、数えきれないほど想像の中で歌い続けた。いつか剛くんと一緒にライブするってなった時、情けない姿を見せたくなかったから」
「咲希……」
あ、三谷先輩、泣きそう。
「でもうまくいかないものだね、夏祭りの時は全然だった」
そんなことない。
あの日の吉田先輩もカッコよかった。
「悔しかった。私の想像するボーカリストは、あんなにかっこよくステージに立ってたのに、私は──」
ああ、この気持ち、すごくわかる。
自分の思い描くギタリストになりたくて、でもなれなくて、悔しくて。
「だから歌だけじゃなくて。何を話すか、どう動くか、歌に何を乗せるか……そんな練習も始めたの」
「すごかったぞ咲希は。毎日遅くまで、動きはどうだ、話し方はどうだって俺とチェックしてさ」
「頂点を目指すなら、歌だけじゃダメでしょ?」
頂点を目指す。吉田先輩も、そのためにここまで努力を重ねてたのか。
俺は勝手に、歌うだけで頂点を取れる人だなんて思ってたけど、先輩はもっと深く、先まで見てたんだ。
「正直、私は歌以外は何もない。でも、剛くんのドラム、鈴森くんのベース、山谷くんと金谷くんのギターは十分にすごい」
「姐さん……何もないなんて、そんなワケないじゃないっすか……」
「だから、歌以外でもみんなに報いたいって、そう思ったの」
……ほんと、カッコいいよなこの人は。
ボーカリストが全部持っていく、それで夏祭りの日は自業自得の恥を食らったが……今ならそれでいいんだ、それがいいんだって思える。
俺たちの演奏で、ボーカリストが輝く。
それを全身で感じた観客のボルテージが上がり、会場が沸き立つ。
最高じゃないか。
「何より、山谷くんが私の歌に居場所をしっかり作ってくれたから、すごく楽しく歌えた」
「え、俺ですか? いやいや、特に何も……」
「いつもスタジオで、ここの帯域が〜とか、吉田先輩の声は〜とか、みんなの音の調整とかしてるじゃない」
「そうですよ先輩。いつも俺たち全員の音がみんなに届くようにって、すごく考えくれてるじゃないですか」
「ね、鈴森くんもこう言ってくれてる。山谷くんが作る音があって、私たちの音楽は完成するんだよ」
うわ……ちょっと待って……泣きそう……。
「そうだぞ山谷。お前みたいにバンドの音にまで目を向けるやつ、オーディオ部でもそうそういないって」
「そうっす先輩! 俺のギター、クラスのやつらからも評判いいんすよ!」
「俺のベースだって、先輩がいないと誰にも聞いてもらえませんでした」
「山谷くん。私たちを輝かせてくれたのは君だよ。何より──」
吉田先輩は、俺の目を真っ直ぐ見つめ、そして。
「剛くんとバンドやりたいって夢を、最高の形にしてくれたこと、本当にありがとう」
……深く頭を下げたであろう吉田先輩の姿は、ぼやけて見えない。
オーディオ部の部室に帰るまでずっと、涙は止まってくれなかった。
──ZERO SOUNDすごかったねー!
──今回のバンドでぶっちぎりの一番だよね!
──頂点を目指す者たちって最後の言葉、ちょっと泣きそうだった!
全バンドの出演が終わり、照明を落とされたライブステージ──体育館の周辺には、興奮さめやらぬ観客たちは帰ることもなく、その場で感想を言い合っていた。
その感想の中心はあのバンド。
ZERO SOUND──頂点を目指す者たち。
ふざけんな、何が頂点だ。
くそっっ! なんであんなゴミカスが!!
機材は最高のものを揃えた。
メンバーも腕の立つ奴を揃えた。
練習なんてしなくとも、聴いて少しフレットと弦をなぞれば何だって弾けた。
俺は、天才なんだ。
なのに。
なぜ、俺の圧倒的なギターの音が、観客に届かなかった。
なぜ、あのゴミみたいな寄せ集めの機材を掻き鳴らす後輩どものカスバンドが、あんなにもクリアで、分厚い音を出せたんだ。
考えたところで答えは出ない。
「誰だ、俺のステージを台無しにした奴は……」
俺の輝かしい経歴に傷をつけた奴がいる。
ZERO SOUNDの演奏がどれだけ凄かろうが、俺の音には及ばないはずだ。
誰かが、裏で糸を引いている。
あるはずもない陰謀に踊らされる、哀れな天才がそこにいた。
森山にとって、それは自身の存在意義を根底から否定されるに等しい、耐え難い屈辱だった。
彼の歪みきった自尊心は、強烈な憎悪に侵食されていった、その時。
「何より、山谷くんが私の歌に居場所をしっかり作ってくれたから、すごく楽しく歌えた」
この声、さっきのボーカルか。
山谷って、あの金髪の調子乗ったガキか。あいつが何なんだ。
「いつもスタジオで、ここの帯域が〜とか、吉田先輩の声は〜とか、みんなの音の調整とかしてるじゃない」
だから何だ、覚えたての知識振りかざしてるだけだろ。
「ね、鈴森くんもこう言ってくれてる。山谷くんが作る音があって、私たちの音楽は完成するんだよ」
……まさか。
「そうだぞ山谷。お前みたいにバンドの音にまで目を向けるやつ、オーディオ部でもそうそういないって」
そうか。
あいつだったのか。
あいつが俺の伝説をぶち壊したのか。
そういうことなら。
「……来年の高専祭は」
森山の口元に浮かんだ、醜悪で冷酷な笑み。
「お前を使い倒して、俺が頂点に立ってやる」
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お読みいただきありがとうございます。
ついに頂点を掴んだZERO SOUND。不穏な空気を残したまま、第4章はここで終幕です。
続く第5章、ZERO SOUNDの栄光、そして真太郎を巻き込む出来事は…?
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