4-14
「あー……つっかれたー……」
高専祭の1日目が終わって、自宅。
オーディオ部の仕事をしつつも全バンドの演奏を聴いた俺は、それでも先輩たちのECLIPSEバンドに全て持ってかれていた。
ECLIPSEの曲を、本人たちじゃないとはいえ生で聴けたこと。思わずステージ最前列まで行き、演奏が終わるまでずっと腕を振り、跳び跳ね、一緒に歌い──
「……すっげー、楽しかったぁー」
ベッドに横になりながら、心臓は鼓動がうるさい。尋常じゃない昂りに、とても眠れる状態ではなかった。
明日は、俺たちがステージに立つ。
今日のライブを見て、イメージの解像度が1秒ごとに高くなっていく。
俺たちのバンドも、あんな熱狂的な空気を作りたい。
そのためにできることは全部やってきた。明日はいつも通りに、落ち着いて、でも楽しく、そしてスタジオにはいなかった観客たちを、音で煽り、圧倒し、狂わせる。
でも──
落ち着かなくなった俺は、ギターを取り出し明日の曲を弾く。CDもかけず、アンプにも繋がず、それでも俺には、アンプを通したギターの音が、全員の音が、はっきりと聞こえていた。
目を瞑り、観客を想像に配置していく。
ステージから見る景色を、鮮明に、詳細に、瞼の裏に作り出す。
──お前ら、拳上げろーーーー!!!
──うおおおおおおお!! ZERO SOUNDーーーーー!!!
──あ、顔が緩む。
想像上の世界で、ギターをかき鳴らし、ライブ前日の夜は更けてゆく。
二日目。いよいよ今日が本番だ。
「山谷くん……なんか顔色悪くない……?」
吉田先輩が俺の顔を覗き込む。
「すいません……あまり寝れなくて……」
うそだ。
ほんとうは、ぜんぜんねむれませんでした。
ぼーっとする頭の重さに耐えながら、全員でステージ袖に機材を置きに向かう。
やばい、めっちゃ眠い。
真っ暗な会場に入り、ステージ袖に向かう。今日のヘッドライナーの演奏は1時間後。会場にはほとんど人はいない。
ギターとエフェクターを機材置き場に預け、これからどこに行こうかと思案していると、足がもつれて転びそうになった。
「うわっ、あぶなかったー」
「山谷……お前、遠足前日の小学生かよ!」
三谷先輩が大笑いしながら背中を叩く。あ、世界が揺れる……やっぱ眠い……。
「山谷くん、やっぱ少し休も? 文芸部の部室貸すから、少し寝てきて」
「すみません……そうさせてください……」
そう言いながら、俺の意識は途絶えた。
目が覚めると、そこは知らない空間だった。
どこだここ?壁いっぱいに設置される書庫。そこにはおびただしい数の本。さらに、修学旅行のしおりのような、自作の雑誌みたいな……。
「もしかしてここ、文芸部?」
そういえば吉田先輩が、文芸部の部室で寝てって言ってたような。
あれ、俺どうやってここに来たんだろ。
全然わからない。
というか、今何時?
ポケットのPHSを取り出し、時間を確認──13時。
眠気はもうない。指は、足は、しっかり動く。
立ち上がり、改めて体の動きを確認する。うん、調子いいわ。
じゃあ、戻るか。
……あまりここにいると、見ちゃいけないものとか見つけちゃいそうだし、そんなものを見つけてページを開かない自信はないし、もし知り合いが餌食になってるものとか見つけたら、今までと同じ対応ができる自信もないし。
よーし何も見てない! 会場戻るぞー!!
会場に戻ると、体育館を埋め尽くす観客たちの、むせ返るような熱気と湿気に包まれていた。歓声が至る所で上がり、腕を振り上げ、頭を振り、前列の観客が一体となり体を揺らす。会場は予想を遥かに超えて温まっている。
こういう多数のバンドが入れ替わり立ち替わり演奏するタイプのコンサートは、全バンドで会場の空気を温めていくものだ。前のバンドが盛り上げた空気に、次のバンドがさらに盛り上げていく。このリレーが順調にいくと、最後の出演バンドの盛り上がりは最高潮に達し、後年になって『伝説のコンサート』なんて呼ばれたりする。
ふと、昨日確認してなかったことを思い出し、目を閉じた。
探るように、隅々まで会場の音を聴く。
スピーカーの出音が広い方向に拡散し、壁、天井、床に放たれる。床に放たれた音は、たくさんの人間の間を通り抜け、服に、皮膚にぶつかり減衰する。天井と壁に反射された音は、床方向に反射した分は床と同じく減衰する。
……東田さんの言っていた通り、たくさんの観客が集まることで、強力な吸音材として機能していた。
これで条件は全て揃った。あとは俺たちの音を、昨夜の想像通りにZERO SOUNDの音を観客に叩き込もう。
ステージ袖に向かうと、うちのバンドは全員揃っていた。みんな早いな。
「心配かけてすみません。完全復活しました!」
「お、復活したか!」
「先輩! どのバンドもすげーっす!!」
「さっきのベース、指弾きなのに音がパッキパキで!」
「山谷くん、わたし今日はいつもより声出るよー!」
全員、変な緊張はしてないな。よしっ!
これなら、頂点も夢じゃない。
時刻は14:30、俺たちの一つ前、森山バンドがセッティングを完了させ、ライブが始まる。
俺の主観が大いに入っていること、森山への悪感情が大いに含まれた上での評価であることを前置きして──それは、最低最悪のゴミステージだった、以外の言葉が見つからない。
腕はいいのだが暴力的、かつ自己中心的な森山の音は、昨日と何も変わっていなかった。……いや、客が入ってテンションが上がっているせいで、調子に乗りさらにマスターボリュームを上げたのだろう。音はさらに不快に飽和し、体育館の全体を余すことなく反射し巨大なノイズの濁流を生み出す。
最前列に陣取った観客たちは皆一様に顔をしかめ、耳を塞いでいる。さっきまでの熱狂的な空気を音の濁流でどこかに押し流されてしまった観客は、すっかり白けてしまっていた。
そんな会場の空気にすら気づかず、森山はもはや音楽と呼べもしない自己満足の騒音を、持ち時間いっぱいまで撒き散らし、観客の温度を絶対零度まで叩き落としていった。
森山たちの自己満足騒音公害ステージが終わった。
最後のコードが鳴り止んだ瞬間、体育館を包んだのは歓声ではなく、暴力的で自己中心的な騒音からようやく解放されたという、観客たちの安堵の吐息だった。
まばらで力のない拍手の中、森山だけは、
「天才の音にひれ伏せ、平民ども!」
と言いながら満足げな笑みを浮かべ、ステージを降りてくる。
ある意味そこまで他人を見ずに生きていけるって才能だよ。どう生きてきたらこんな心持ちでいられるようになるのか。心配性の俺には少し羨ましくもある。
……なりたいか、と言われれば絶対なりたくないけど。
しかし会場を見回してみると、森山の爪痕は深く刻まれていた。
主に観客のテンションをここまで冷やし尽くしたこと。
せっかく前のバンドが頑張って観客のボルテージを高めてたのに、これで全て水の泡だ。
俺たちはこの空気の中、演奏するのか。
冗談じゃないよ全く。どうしたらいいんだよこんな最悪の空気。
……って、嘆いたって何も変わらない。慌てるな。俺たちには今日まで組み上げてきた音がある。
こんな空気、俺たちの熱い心で奏でる音楽で、また熱を入れてやる。
その勢いで、俺たちだけでフロアの熱を最高潮までブチ上げてやろう。
俺たちは頂点を目指す者、ZERO SOUND。




