4-12
「じゃあ、そろそろ時間だ。ZERO SOUND、ステージ上がって音出してー」
東田さんがマイクを通して、全体に指示を出す。
急いでステージに上がり機材のセッティングを終わらせる。次に、さっきの指示通りにギター、ベースのEQを調整。あとは俺たちが音を出しながら東田さんがPAの調整をして、ステージの音を作っていく。
すごいな、とため息が漏れた。
調整した音は、確かに他のバンドより反響が少なく感じられた。ただ……やっぱ、音圧は足りないようにも思える。外音を混ぜて放つとはいえ、観客は吸音材になるんだよな。もしPA卓の音量がすでに全開に近かったら……。
東田さんなら大丈夫か。
「ZERO SOUND、音はオッケー。明日の本番もよろしくー」
音の物足りなさに反して、リハにかかった時間は他のバンドよりも少なかった。
「咲希ー、校内見てまわらね?」
「ごめん剛くん……文芸部の作品集、印刷が間に合ってなくて……今から戻らなきゃ。ごめんね……」
あ、三谷先輩がしぼんでいく。
というか、夏休みにも作品集作ってなかったか吉田先輩。まさか新作……!?
なんて背筋に寒気を感じていると、
「先輩、なんか音小さくないっすか?」
金谷が不安そうに尋ねる。
「大丈夫、東田さんに教えてもらった通りにしてるから。他のバンドよりセッティングの指示少なかっただろ?」
「確かに……」
「あとは明日の演奏だけだ。ミスんなよ」
「縁起でもないこと言わんでくださいよー……」
「ごめんごめん、叩くなってー」
金谷とじゃれながらステージ袖に戻ると、森山バンドが集まっていた。
うわー、全員例外なく目が死んでる。ステージを楽しむ高揚感など、彼らの顔にはひとかけらもない。ただ、森山の機嫌を損ねないように萎縮し、まるで彼のギターを引き立てるための伴奏機械になり下がっているように見えた。
そんな屍たちに囲まれて、森山だけがテンション高く喚いていた。うるさい。
こいつの機材は親の金に物を言わせて買ってもらった、フルスタックの高級真空管アンプ、ヒュース&リッターのクワドロアンプと、プロのミュージシャンも使っているScepter USAのカスタム。
俺のLunarとは値段の桁が違う。機材のポテンシャルだけで言えば、間違いなくこの高専祭で一番の音を出せるはずだ。ムカつくけど。
「おい背景ども! しっかりやれよ!!」
背景。
その言葉を聞いた時、心が冷たくなっていくのを感じた。
こいつは、バンドメンバーを背景なんて思って、扱ってるのか。
最低だ。こんなやつとだけは死んでも組みたくない。
「さあお前ら!! 俺の圧倒的なギターに酔いしれろ!!」
リハーサルだと言うのに森山、本番さながらのテンションで傲慢なMCを放ち、ギターの弦を全力でかき鳴らした。
その直後。
体育館は熱狂などではなく、苦痛と絶叫に包まれた。
「……っっっせえ!!!」
「耳痛え……なんだよこれ……」
自分のリハを見せつけるために、わざわざ後輩や取り巻きの女子を体育館に呼び出していた森山だが、その全員が一斉に顔をしかめ、両手で耳を塞ぐ。
無理もない。森山は、ただひたすらに自分のギターの音を観客に聴かせたいがために、アンプのボリュームを限界まで上げ、さらに高音域と低音域を全開、中音域をバッサリカットし、相変わらず進化も進歩もない、自己満足のバカみたいなドンシャリセッティングにしていた。
その結果。
体育館の魔物である乱反射が、巨大な『濁りの塊』となって空間を暴力的に反射する。
ベースの先輩が弾くルート音も、ドラムの先輩が踏むキックのリズムも、森山の起こした濁流に完全に掻き消され、今何の曲のどの部分をやっているのかすら聞き取れない。
もはやそれは、音楽ではなかった。
高い機材と自称・天才のテクニックを無闇に振り回した結果生まれた、ただの『自己中心的な騒音』だ。
だが、森山自身は、ステージ上のモニタースピーカーから『自分のギターの音だけ』を大音量で聴いているため、客席の惨状に全く気づいていない。
自分こそがこの空間を支配していると錯覚し、目を閉じて気持ちよさそうに、独りよがりなギターソロを弾き狂っている。
俺はステージ袖の薄暗がりの中で、その痛々しい姿を、氷のように冷めた目で見つめていた。
(……これがバンド? 冗談じゃない)
中3の文化祭。
俺がリードギターという存在に憧れ、手を伸ばしたあの輝き。
スポットライトを浴び、バンドの音を切り裂いて空間を舞うあの『光』は、こんな他人の音を蹂躙するだけの、独りよがりな暴力ではなかったはずだ。
「俺の音を聴け。俺だけを見ろ」
森山のギターからは、そんな醜悪なエゴイズムしか聴こえてこない。
他人に譲ることを知らず、空間を分かち合うことを拒絶し、ただ自分の欲望のままに空気を濁らせるだけの傲慢なノイズ。
俺は、かつて心のどこかで抱いていた『圧倒的なリードギター』への憧憬と完全に決別し、静かに幻滅の息を吐いた。
どんなに高い機材を持っていようが、どれだけ指が速く動こうが、あいつは音楽をやっていない。ただ、音を使って自分のプライドを満たしているだけだ。
そんな音に嫌気が差し、体育館から避難する我らがZERO SOUND。
(見てろ森山。本当の『バンドの音』ってやつを、俺たちが教えてやる)
自分たちの出番に向けて、俺は静かに決意し、そして熱く闘志を燃やしていた。




