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安田さんの鋭い視線が、金谷を捉える。
金谷も視線に気付く。あ、肩が跳ねた。
その姿は、蜘蛛の巣に囚われた蝶……は綺麗に言い過ぎか。
猫に追い詰められたネズミだな、うんネズミだ。
「いやいや金谷さ、先輩に言いかけたとか得意げだけど、アンタのファッションもかなりやばいから! ダサダサでウケるんですけど!!」
「え……ダサ……嘘……」
ダサダサ。
たった一言、しかし、可愛い後輩の命を削り取るには十分な一撃。
金谷、安らかに眠れ……お前のことは忘れないぞ。
「あと鈴森だっけー? アンタたちさー、それペアルックー!? ほぼ同じ服じゃーん!!」
やけに間延びしたしゃべり方の松崎さんが、鈴森をロックオン。
あ、これもうダメだ。
R.I.P.鈴森。
「え、あ、これ一緒に福岡まで買いに──」
「福岡まで行ってこんなの買ったん!? そこらへんのショッピングモールにもあるって!!」
金谷、鈴森、すでに半泣き。
気にするな、それでも休日のお父さんよりはマシだから。
「とにかくアンタら全員ダッサイ! そんなレベルの低い男《《なんか》》がさ、武田センパイと、直属の後輩であるウチらと対等に合コンしようとか、マジ身の程知らずすぎない?」
金谷と鈴森の顔から、血の気がサッと引いていく。
「ちょ、アンタたち黙って……」
武田が制止するも、何かのスイッチが入ったのか彼女たちは止まらない。
「そうですよー! 武田センパイは私達の神なんですからー、カスみたいな男が周りにいると迷惑なんでーす」
松崎さんは完全に目がイッてる(ように見えた)。
こわいよこの子たち。
お気づきかもしれないが、彼女たちは──武田をちょっと、いや、かなり常軌を逸したレベルで崇拝する、完全なる『武田の狂信者』だったのだ。
そして──俺たちの地獄は、ここから始まった。
「おい金谷。ウチのグラス空いてんだけど。早くドリンクバーでメロンソーダ持ってこいよ。あ、氷は少なめで」
「鈴森だっけー? 武田センパイがさー、おしぼり欲しそうにしてんじゃーん。店員さん呼んできなよーはやくー。あとー、ポテト追加ねー」
「ひぃっ!? はい喜んでぇ!!」
「すぐ行ってきますぅぅ!!」
ガイアの囁きを信じていた男たちは、悲鳴を上げて部屋を飛び出していった。
合コンだと思ってウキウキでやってきた彼らを待っていたのは、可愛らしい女子などではない。カルト宗教の教祖と信者二人が展開する、悪魔の狂宴だ。
さながら俺たちは、そんな宴に捧げられる供物。
ただただ悪魔たちにこの身を蹂躙され、魂のひとかけらも残さずこの世から消されてしまうのだ。
残された俺は、あまりの理不尽に口を開けて固まっていた。
すると、安田さんの鋭い視線が、今度は俺へと向けられた。
「てかさぁ。パシリの山谷センパイ」
「……なんだよ」
「先輩、金髪とかなにイキってらっしゃるんですかー? パシリのくせに、自己主張激しすぎなんですけど。黒染めして坊主にしてこいって感じなんですけど」
初対面の1年女子・安田さん……あ、もう『さん付け』はやめよ。
安田からの容赦のないオーバーキル。
さすがの俺もカチンときて言い返そうとした瞬間、隣でポテトをつまんでいた武田が面倒くさそうに口を開いた。
「あんたたち、さっきからうるさいよ。……アタシも金髪じゃん。何か悪いの?」
武田のその一言。
単に「髪色でガタガタ言うな」という程度の、軽いフォローの言葉だったはずだ。
だが、狂った信者たちにとって、それは逆鱗に触れる最悪のスイッチだった。
安田が弾かれたように立ち上がる。
「た、武田センパイ!! 滅相もございません!!」
「ウチらが言いたいのはー、そういうことじゃーないんですよー!」
安田はバンッ!とテーブルを叩き、俺の顔面を指差して吠えた。
「武田センパイの『神の如き神聖な金髪』と! お前みたいな平民の『小汚いだけのゴミのような金髪』を一緒にしないでください!!!」
「そうだーそうだー! やまたにセンパイの金髪なんてー視界のノイズなんだー! 武田センパイの美しさを際立たせるための背景に染まっちゃえー」
「今すぐブリーチ剤の代わりに墨汁かぶってこいや!!」
おかあさん、じょしって、こわい。
たすけて。
安田と松崎のあまりに理不尽な主張に、完全に思考が止まった。
そんな隙を見逃さない安田。
「おら山谷! 武田センパイの視界を汚した罪で、今すぐセンパイの歌う曲を全曲予約しろ!!」
「早くしろーパシリーー!」
戻ってきた金谷と鈴森は、俺が1年女子に取り囲まれてボロ雑巾のように使い倒されている姿を見て、部屋の隅でガタガタと震えながら身を寄せ合っていた。
「……す、すずず、鈴森……。女子って、こ、こわい……」
「……金谷……俺たちはもう、音楽に魂を捧げるんだ……」
そんな光景に頭を抱える武田。
「あああああ……もうほんとに……」
こいつ、本当に面倒見いいよな。
「何サボってんだ山谷ー! 曲!! ドリンク!!」
あれ、いつの間に呼び捨てで呼ばれてんだ……?
しかし、そんな事実に気付いたところで。
言い返そうとか抵抗しようとか、そんな気持ちはポッキリと折れていた。
……二時間後。
悪夢はようやく終わりを告げた。
カラオケボックスを出た俺たち男三人は、駅前のロータリーで完全に魂の抜け殻と化していた。
合コンの費用はもちろん、男側の全額奢りである。
意気揚々と帰っていく安田と松崎を見送る。
「……お疲れ、お前ら」
俺が虚ろな声で呟くと、金谷と鈴森は涙目で俺を見つめ返した。
「女子、こわいっす……。俺たちの知ってる優しい女子……吉田先輩しかいないっす……」
「先輩……やっぱりバンド内恋愛禁止にしませんか……」
傷つき疲れ果てた後輩たちに、俺は頷くことしかできなかった。
「いやほんっとにゴメン! アイツら後で叱っとくから」
「あ……武田……」
いつの間にか武田が背後にいた。帰ったんじゃなかったのか?
「後輩……こわい……ああああああああ……!」
「先輩! しっかりしてください!!」
「誰かー! 先輩の心を癒せる人いないっすかー!?」
……金谷、ちょっとだけ楽しんでないか……?
「お詫びに次回はちゃんとした子連れてくるから! アンタたちみんな、アイツら相手によく頑張ったよ!」
武田が謝る必要ないのに、頭を下げる。
こいつはほんといいやつだなぁ……。
そして金谷、鈴森は、武田の言葉にあった『次回』を聞き逃さなかった。
「武田先輩……次回……こわい子は連れてこないでほしいっす……」
「武田先輩……可愛いとかどうでもいいんです……優しい子を……連れて……」
「わかったわかった! だからほら、いつものアンタたちに戻って!!」
後輩たちは次回への希望に息を吹き返す。
ま、これに懲りずに頑張ってくれ、後輩どもよ。
「あ、そうだ山谷、次回は──」
「ぜーーーーーったい!!! いかないっっっっっ!!!!!」




