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「……なんか、あんなにピュアなもの見ちゃうと、俺たちも彼女欲しくなってくるっすねー」
歩きながら、金谷がぽつりとこぼした。
「ああ。すっごく羨ましい。バンド内で恋愛禁止とか言う人いるけどさ、そんなの嫉妬でしかないよ。あんな純粋な二人見た後に、そんなこと言えないね」
鈴森も深く同意している。
俺は自販機で缶コーヒーを買いながら、呆れたようにため息をついた。
「お前ら、俺たちは音楽に心を捧げ、魂までもロックの神に引き渡したんだ。そんな事言ってる場合じゃないぞ」
「何言ってんすか先輩! だから彼女いないんすよ!!」
「山谷先輩……うらやましかったんですね、わかります」
「お前ら何でそんなこと言うの! 泣くよ俺!?」
そりゃ、俺だってあんな綺麗な恋がしたいとは思ってるけどさ……どこにそんな相手がいるってんだ。いないよそんな女子!
……いいんだ、俺の恋人はECLIPSEだけだ。
「あ、でも先輩、武田先輩と付き合ったりはしないんすか?」
あまりの衝撃に……俺の脳はその言葉の理解を拒む。しかし、そのシンプルな言葉は無常に拒絶を突き破り、その言葉の理解をキッチリ終えた──
「はああぁ!? 金谷お前何言い出してんだ! 人生終わるぞそれ!!」
青ざめながら叫んだ。武田と付き合う、だと!?
それ奴隷契約と何が違うんだ。ホットドッグを奪われ、たこ焼きを奢らされ、次は何を奢らされるっていうんだ。怖い。怖すぎる。
「だって先輩、武田先輩としか遊んでないじゃないっすか。好きなんでしょ?」
「そうですよ先輩、武田先輩しか友達いないじゃないですか」
……しか、ってものすごく強調されて言われた。
でもここは退けない。漢には、退いてはならぬ瞬間が人生に三度あるという。ここがその一度目だ。ぜったいそうだ。
「じゃあ聞くけど、武田と俺が付き合ったら、どうなると思」「尻に敷かれます」「そもそも付き合えずに振られるっす」
ノータイムで答えなくてもいいじゃん……というかさっきから金谷ひどくない?
頭の中に、武田がケラケラ笑いながら侵入してくる。
そりゃないよ、俺はもっとお淑やかで、上品な、守ってあげたくなるような趣味の合う女の子がいいんだよ。
武田はあまりにも強すぎるって……
そんな背中に悪寒が走るような話をしていたら、あっという間に一時間経っていた。そろそろ空気も落ち着いたんじゃなかろうか、と思われる頃合いを見計らって、俺たちは部室に戻った。
「アニキ! ジュース買ってきました!!」
あれだけ男らしい姿を俺たちに見せたんだ。三谷先輩のことは、これからアニキと呼ばねばなるまい。わざと足音を立てながら、ゆっくりと。本当にゆっくりとドアを開ける。
もし室内で何かしてても、ごまかせるだけの時間を確保できるぐらいには。
そこには、俺たちの想像を遥かに超える光景が広がっていた。
「……あ、山谷くんたち、おかえりなさい……えへへへー」
三谷先輩が座るドラムスローンのすぐ隣。
パイプ椅子に座る三谷先輩、その膝の上に、お姫様抱っこをされるように抱えられ、顔を真っ赤にした吉田先輩の姿があった。
いや、顔は確かに真っ赤だったが、その表情は先ほどまでの逃亡スキルカンストの片鱗も消え失せ、完全に『恋する乙女』の蕩けた笑顔だった。
え、これなに?
目の前の光景に理解が追いつかず固まっていると、
「どうしたんすか先輩ー、どいてくれなきゃ入れな……ぶはっ!」
俺を押しのけ部室に入る金谷。その瞬間、目の前の甘ったるい光景に、血を吐くかのようにコーヒーを吹き出し、リノリウムの床に倒れ込む。
「金谷ー、どうしたの? なんか倒れたみた……げふっ!!」
同じく、その光景を見た鈴森がいちごオレを吹き出し、金谷に折り重なるように倒れる。
「金谷いぃぃぃぃ!!! 鈴森いぃぃぃぃ!!!」
どうして……どうしてこんなことに……
「おお、おかえり。……悪いな、気を使わせちまって」
三谷先輩も、まんざらでもない様子で吉田先輩の頭を撫でている。後輩が倒れたことに気づいてないのか? いつもなら真っ先に駆け寄るはずの三谷先輩が。
次々に床に倒れ込む後輩たちなど目に入っていないかのような三谷先輩。
かたや倒れる後輩たちを不思議な顔で見つめる吉田先輩。
いやいや、あなたが原因ですよ、なんて言えるはずもない。
「あ、金谷くんと鈴森くんが重なってXの字になってるー」
どうした吉田先輩。
IQどこかに捨ててきたんですか。
そんなアカデミックとは対極にあるようなキャラでしたっけ。
それにしても、だ。
以前の部室では、吉田先輩は少し離れたところで本を読んでいることが多かったのに……今回の騒動、そして二人きりの話し合いを経て、完全にタガが外れたようだ。
イチャつきレベルは、0から突然レベル上限に上がった。
もはや二人の目には、お互いの姿しか映っていないようだ。
なんだ、この甘ったるい監獄。
俺、金谷、鈴森は、その強烈な甘ったるい空気に満たされた部室に耐えきれず、速やかに去る。こんなとこ、あと数十秒いたら致死量の甘さを吸い込んで人生終了だ。
三谷先輩、俺たちを置いて大人になってしまったんですね……。
この空気には、とても馴染めそうにない。
「……せんぱぁ〜い」
金谷が虚ろな目で俺を見る。ゾンビみたいになってるぞ。
「……なに?」
「俺、やっぱり彼女欲しいっす……。あんな空気浴びちゃって、もう限界っす……!」
「俺もです……今すぐ合コン参加しましょう!」
三谷先輩たちの見せつけた圧倒的な『純愛』は、バンドマンという硬派な生き方に憧れていたはずの後輩を、完全に狂わせてしまったようだ。
そんな浮ついた空気に当てられた後輩たちには、悲しいが現状を正しく伝えなければならない。決して自分の心が傷んでも、友達がいない現状を突きつけられても。
「あのなお前ら、さっきも言ったけど……友達いないのに合コンなんて組めるか!」
う……精神に大ダメージ……
「頼めるやつなんかいるわけな」「「武田先輩が」」
「いるじゃないっすか」「いますよね」
やだ、この子達いつになく圧が強い……こわい。
だが俺も先輩だ。ここまで言われて、無下に断ることもできそうにない。
「……わかった、頼んでみるから。でも実現するかどうかは分からんよ?」
「「はい! お願いしますっ!!」」
あ、これは言っておかないと。
「俺は絶対行かないから! 二人で頑張ってこいよ!?」




