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【改稿中】エクリプス 〜選ばれない月は、太陽を閉じ込める〜版権無視Ver.  作者: 月乃下 想
冷徹な天才 命ともる凡才

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21/66

3-9

 俺たちの音を頭から押さえつけ、ねじ伏せ、支配しようとする吉田先輩の天使の歌声。

 三谷先輩の暴力的なまでのドラムが、雷鳴のように轟き、会場の空気を貫く。

 鈴森はベースの音を丁寧に、しかし大胆に編みこみ、ドラムの雷鳴を絡ませ盤石なグルーヴを織り重ねる。

 そのグルーヴに全力で食らいつく金谷。アンプから流れ出す音は、初めて部室に来た時と比べ雄弁になった。俺のギターに綺麗に重なり、全員の音を調和させてゆく。


 ステージ上の演者からすれば優雅にも思える全員の調和は、とっくに飽和し会場を激しく震わせる。


 さながら会場は、嵐の中心点だ。


 2番のサビが終わり、ギターソロが近づく。

 間奏はまずベースソロ。鈴森の左手は危なげなく、指板を縦横無尽に駆け巡る。ベースの音もしっかりと会場に広がり、8小節のベースソロは会場のボルテージを否応なく押し上げる。


 ベースがブレイクし、続いてドラムソロ。

 三谷先輩のパワーは同世代でダントツに強い。スネアが、タムが悲鳴を上げるように鳴り響く。

 普段のスタジオや部室では、周りの音に合わせ、キッチリと音量を調整する先輩も、野外ライブの熱に当てられ、溢れ出す情熱を抑えることなく剥き出しに暴れ狂う。

 それでもBPMは一切崩れない。三谷先輩の凄さはここにある。

 剥き出しの情熱に呑まれたドラムは、テンポキープが出来ず本能のままにスピードを上昇させる。人間の本能はこの衝動に逆らえるほど理性は強くない。音楽に浸かっていればいるほど、この衝動は強さを増す。結果として楽曲のスピードは不安定に変動し、全員が振り落とされ曲が破綻してしまう。


 だからこそ、こんなに情熱的な音で、こんなに冷静なテンポキープができるドラムは貴重なのだ。


 ドラムソロの間に、ギターのピックアップセレクターをフロントに変更、ボリュームとトーンを全開にして、エフェクターのソロサウンドを選択。

 横目で金谷を見ると、ちょうどソロのセッティングが終わったところのようだ。

 金谷と俺のツインギターソロは、『紅』随一の見せ場だ。金谷の音が、俺の音が、少しでも不和を起こせばそれだけで曲が破綻する。

 そしてこのセクションにボーカルはいない。観客は俺たちに注目する。


 呑まれるなよ、金谷。


 そう思う俺も、観客の視線が生むプレッシャーに呑まれないように必死で耐えている。いくら雄弁に音楽を語ろうが、たかだか高校2年生の子供だ。度胸を養う経験なんてそうそうない。



 それでも、負けない。



──いくぞ、金谷。

──いつでもいいっす先輩!



 視線がぶつかった瞬間、ギターソロ前の1拍のブレイク。


 ここだ!

 金谷と俺が、エフェクターを踏み込む。



 同時だった。

 金谷と俺の1音目は、10ms(ミリ・セカンド)のズレもなく、同時にアンプから吐き出された。

 たった1音。

 それだけで流れはできた。


 子供は度胸を養う経験が少ない。

 だからこそ、決まるのは一瞬。たった1音合った、それだけで流れに乗れる、これは、大人が経験を積んでいくにつれ、失くしてしまった何かなのかもしれない。

 俺たちの音はせめぎ合い、空間を押し広げ、そして飽和する。横目で金谷を見ると、中学の頃の久光のように楽しそうにギターを弾いていた。

 きっと俺もそうなのだろう。

 あの日感じた悔しさが、少しだけ。

 ほんの少しだけ報われたような、そんな気がした。



 最後の1音、ロングトーンが減衰し俺たちのソロが終わる。行き着く暇はない。そのまま歌に戻るからだ。

 再び天使にステージの中心を譲り渡し、16分《ぶ》の刻みをベースと合わせる。


 サビ前、再び三谷先輩のドラムソロが入り、ここぞとばかりにドラムを打ち鳴らす。

 天使が作る雲ひとつない青空に、雷鳴が轟くようなドラムソロ。1度目のそれよりも強く、本能を剥き出しに会場に襲いかかる。

 現実にはありえない光景を、俺の目は見た。



 全開のまま『紅』が終わる。

 休憩などいらない、次の曲に行こう。

 三谷先輩の視線が全員に呼びかけ、視線で肯定を伝える。

 息つく暇などいらない、ハイハットが170BPMの4カウント、そのままDAHLIAのイントロ、全楽器隊の音が炸裂する。

 短いイントロを終え、吉田先輩が歌い始める。

 歌い出しからハイトーンのDAHLIAは、トリッキーなギターの音が多い。例えばギターの音を突然1オクターブ上に徐々にシフトさせる、ピックで弦をスクラッチさせ、金属音を発生させる、ギターの音を高速でオン、オフし、ギターの音を細かくぶつ切りさせる、など。

 そういうギミックは俺の真骨頂だ。ダテに音の魔術師なんて呼ばれているわけではないことを証明するいい機会だ。


 序盤からエフェクター、ギターのコントロールスイッチを駆使し、曲中の効果音を次々に再現していく。

 視線を感じ、顔を上げると金谷、鈴森が俺を熱い視線で見つめていた。

 嬉しいぞ後輩たち、でもな……


 金谷、気持ちはわかるけどこっち見るな。鈴森、ベースの音が遅れそうになってる。三谷先輩、そんな俺たちを見ながらニヤニヤしないでください。


 でもわかるぞ、こんな音誰でも出せるわけじゃない。俺の研究の賜物だ。ここは素直に誇りたいところだ。



 そうこうしているうちに2番のサビまでが一瞬かと思わせる体感で終わり、ここから間奏の後、俺のギターソロ。

 紅はツインギターのソロだったが、DAHLIAのソロは俺一人だ。


 実はサビのあたりから緊張が高まってきていた。やばい、失敗したらどうしよう……でもやる、なんて逡巡を幾度繰り返しただろうか。間奏の間にどうにか持ち直さないと。

 なんて考えは、ソロ前にペダルを踏み込みギターのピッチを上げ下げしていたら忘れていた。



 さあ、ソロだ。

 みんな、俺だけを見てくれ。



 ドラムのフィルからの3連符、16分の休符でブレイク(無音)。


 ここだ。エフェクターを踏み込む。


 そして。

 無音の空間に4小節にわたるロングトーンを叩き込む。

 ロングトーンってのは、ただ音を伸ばすだけじゃない。ヴィブラートをかけることで音は心地よく揺らぎ、その音の揺れも一定ではない。後になるにつれピッチの変動を伸ばし、ロングトーンの長さを直感的に音で表現。

 そこから息もつかせぬ16分音符の雨。指が止まる時間は一瞬もない。ピックを手のひらに移し、右手の指で弦をタッピング。左手だけでは移動できない距離を、右手でカバーする。いわゆる速弾きと呼ばれるものではあるが、今までやったことなかった奏法だけあって、ここまでできるようになるのは苦労した。


 中学の頃弾けなかった曲を、こうして弾けるようになった。

 あの頃挫折した曲が、こうして弾けるようになったこと、自分の努力が目に見えて実感できたこと


 何より。


 俺がリードギターでソロを弾く。そんな日が今ここにあることがたまらなく嬉しかった。



 ──そんなソロも、あと3音で終わる。

 本音を言えば一生弾いていたいけど、そうもいかないな。



 最後の1音までを丁寧に弾き、やがて減衰した音は消えてゆく。

 音が消失したタイミングでボーカルに交代。俺もエフェクターのスイッチを踏み込み、バッキングに戻った──




 やがて最後の1音が、音の余韻と共に初夏の夜空に溶けていく。

 空間から全ての音が消え──完全な静寂が、駅前公園を包み込んだ。

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