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「山谷ー! 来たよー!!」
久光だ。
これはまずい。こいつには俺の音楽を余すところなく見せてやる、そう思って呼んだのだ。
なのにこの空気は……最悪だ。自分ができることを探し思考を巡らせるが、空気に呑まれ冷静さを欠いた脳内は、思考が迷走し何一つの解決策も見出せない。
久光の言っていた「完璧な機材と環境」の重要性は、こうやって会場のネガティブな空気に呑まれると痛いほど身に染みる。
こんな時、シーケンサーなら空気に呑まれずお構いなしに完璧な演奏をしてくれる。どんな時でも同じ、あくまで冷徹で、完璧な音を奏でてくれる。
なんて半ばパニックに陥っていた俺を、客席の最前列で腕を組んでいる武田と、その隣に陣取るやけにガラの悪いギャルの集団が、
「なーにやってんのZERO SOUND! 早く聴かせてよーー!」
「ビビってんのかーーー! 男みせろやーーー!!」
「お前らの魂はチワワかーーー!!!」
と煽る。
……ロックの神様、俺、何か悪いことしましたか……?
俺が期待していた『かわいい女子』は幻だったんですか?
だが。
そのおっかない怒声のおかげで、完全に空気に呑まれていた俺は現実に引き戻された。
(……武田、それとヤンキー?の友達連中、ありがと!!)
そう、音響に関しては積み上げてきた経験と理論が、俺にはある。
環境が最悪なら、手元の機材でできる限り空間の周波数を支配するのだ。
そして、音さえ構築できたら……
ZERO SOUNDは最高の音を作り出せる!
──よし、やるぞ。
鈴森に駆け寄る。
「鈴森。 野外じゃ極端な低音域は風に流されて消える。だから無駄な低音域を削って中低音域を限界までブースト。音が割れてもいい、お前のベースでキックの輪郭を物理的に押し出してくれ!」
「えっ!? は、はい!」
次は金谷。
「金谷は中音域をぶち上げる。鈴森のベースと俺のギターの間にある『隙間』を埋めるための架け橋になってくれ!」
「っす、了解っす先輩!」
「セッティングは俺がやる、お前らは音出しだ!」
ステージ上を駆け回り、メンバーの音を迅速にセッティングしていく。
ボーカルがいない間の俺の音は、中高音域と超高音域を強めに出し、他は全てバッサリと削ぎ落とした。
楽器隊が作り出す分厚く強靭な音の壁を、一条の光のように貫通させる音を組み上げた。
最後に吉田先輩のセッティングだ。
町内会レベルのPA卓じゃ、どう足掻いても限界がある。だったら、ゲイン調整と最低限のイコライジングで、最低限加工してそのまま出力するだけでいい。
あの声は、それだけで十分輝けるから。
吉田先輩に駆け寄り、
「先輩、ボーカルは低音域と、耳に痛い超高音だけ絞っておきました。あとは先輩の声だけで空間を貫いていけます!」
「う、うん……! 貫くよ……!」
全員、セッティングは済んだ。あとはやるだけ!
俺は定位置に戻り、大きく息を吐いた。
「……三谷先輩、セッティングできました! お願いします!!」
「おう! ぶっ飛ばしていくぞ!!」
三谷先輩がハイハットを4カウント打ち鳴らす。
X JAPANの激速ナンバー、『紅』のイントロが、初夏の夜空に向かって放たれた。
野外の風を切り裂いて、俺たちの調律された爆音が公園中に響き渡る。
機材なんて関係ない。
三谷先輩の剥き出しのドラムに、鈴森のローミッドを強調したベースが絡みつき、地面を揺らす。そこへ、金谷のミッドを限界までぶち上げたバッキングが重なり、逃げ場のない野外に無理やり『分厚い音の壁』を生み出す。
その音の壁を突き抜ける、リードギターの鋭く響くサウンド。
「うおっ! なんだこれ!?」
焼きそばを食っていたヤンキーたちが、あまりの爆音に目を丸くする。
どうだ!
楽器隊の重厚な音で、観客の度肝を抜く。
だが──本当の衝撃はここからだ。
エフェクターのペダルを踏み込み音を切り替える。
リードサウンドで独占していた高中音域をフルカットし、超高音域だけを残した、細く鋭いサウンド。
主役の座を速やかに降り、月夜を舞う天使に譲り渡すための、果てしなく広がる空を作るために。
──俺たちは全員、喜んで天使に屈した。
これから俺たちは、この天使の歌声を輝かせる。
Aメロの直前。メガネを投げ捨ておさげを解いた吉田先輩が、マイクスタンドを力強く握り直し、大きく息を吸い込んだ。
ブレスの音が会場に強く響いた瞬間。
駅前公園の空間を埋め尽くすその声は、野外の風も、ショボいスピーカーの限界も、ヤンキーたちの驚愕も、そこに存在する全てをねじ伏せ、吉田先輩の放つ歌声、たったワンフレーズで完全に掌握した。
最前列で友達とわいわいしてた武田は、呆気に取られたように目を見開き固まっている。
久光は、どうだ?
横目で久光を探す。──いた。
腕を組んだままピクリとも動かない。
そのまま聞いててくれ久光、俺の作る音楽を今お前に届ける!
そして少しでもいい、心を動かしてくれ!!
そんな謙虚なことを考えつつも、逆境を覆した自負が止まらない。ギターを全力でかき鳴らしながら、自分の口元が自然と緩むのを止められなかった。
どうだ、聴いたか。
これが、人間が作る音楽。
これが俺たちのバンド、『ZERO SOUND』だ!!




